それぞれの帰り道
宝探しをした日から、何日かが過ぎた。
クロードは朝の木剣を続けながら、イリアと遊んだり、部屋で教本を開いたりして過ごしていた。
その日の午後も庭でイリアと話していると、屋敷からザナンが出てきた。
「おう、二人とも」
「ザナンお兄さま!」
イリアが手を振る。
「今日は遊べる?」
「少しならな」
「じゃあ、何して遊ぶか決めよう!」
イリアが嬉しそうに言うと、ザナンは少し困ったように笑った。
「そうだな。その前に一つ話がある」
「何ですか?」
クロードが尋ねる。
「俺、明後日には王都へ戻ることになった」
「えっ、もうですか?」
「ああ。士官学校の方で、これから実地訓練が増えるんだ」
ザナンは近くの椅子へ腰を下ろした。
「卒業後の配属先を決めるための訓練もあるからな」
「そうなんですね」
クロードは少し驚いた。
ザナンが士官学校で学んでいることは知っている。
休み中でも王都へ早く戻り、訓練を続けていたこともあった。
それでも、もう卒業が近づいているのだと思うと少し不思議だった。
「ザナン兄さま、もうすぐ卒業なんですよね」
「順調にいけばな」
「卒業したら、どこへ行くんですか?」
「それはまだ分からん」
ザナンが肩をすくめる。
「だから、これからの訓練が大事なんだよ」
「そっか……」
クロードが頷くと、イリアがザナンの袖を引いた。
「じゃあ、次はいつ帰ってくるの?」
「それもまだ分からないな」
「えー!」
イリアは少し頬を膨らませた。
「せっかく、次はみんなで遊びを決めるって言ったのに!」
「まだ帰るまで時間はあるだろ?」
「あるけど!」
「じゃあ、明日は三人で遊ぶか」
その言葉に、イリアが顔を上げる。
「本当?」
「ああ。今度はちゃんと三人で決めようぜ」
「やった!」
クロードも笑って頷いた。
「僕も明日は空いてますよ」
「じゃあ決まりだな」
ザナンが立ち上がると、イリアは二人の手を順番に握った。
「明日はいっぱい遊ぼうね!」
「おい、いっぱいってどれくらいだ?」
「いっぱいはいっぱい!」
ザナンがクロードを見る。
「……また一日中か?」
「そうかもしれませんね」
クロードが笑うと、ザナンも笑って首を振った。
◇
翌日、三人は約束どおり庭に集まった。
「今日は何する?」
イリアが二人を見比べる。
「私はかくれんぼがいい!」
「僕は追いかけっこでもいいよ」
クロードが言う。
「俺は少し座っていられる遊びがいいな」
ザナンが答えると、イリアは不満そうな顔になった。
「それじゃあ三人で遊べないよ!」
「だから、三人で決めようって話だろ?」
「じゃあ、ザナンお兄さまもちゃんと考えて!」
「考えてるよ」
ザナンは少し腕を組んだ。
「最初にかくれんぼをして、そのあと追いかけっこにするか」
「それ、二つともやるだけじゃないですか」
クロードが笑う。
「どっちかだけじゃ嫌なんだろ?」
「……そうだけど」
イリアが少し考えてから、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ、それにしよう!」
「決まったな」
ザナンが笑い、クロードも頷いた。
最初のかくれんぼでは、イリアが真っ先に隠れる方を選んだ。
クロードとザナンが手分けして探すと、今度は笑い声を漏らさずに隠れている。
「前より上手くなったな」
ザナンが小さく言う。
「宝探しの時も、隠すのは上手でしたからね」
「最後は自分で教えてたけどな」
二人が笑っていると、木の陰から声が飛んできた。
「聞こえてるよ!」
「お、そこか!」
「しまった!」
イリアが慌てて口を押さえる。
ザナンとクロードが笑いながら近づくと、イリアは諦めたように木の陰から出てきた。
「もう! 二人ともずるい!」
「自分で返事したんだろ?」
「だって、聞こえたんだもん!」
次はザナンが隠れる番になった。
ところが、大柄な兄が庭の木々の間へ隠れようとする姿が可笑しくて、クロードは思わず笑ってしまう。
「おい、まだ探すなよ!」
「すみません、見えちゃって!」
「見えても言うな!」
イリアも声を上げて笑った。
そのあとも順番を交代しながら遊び、ひと休みしてから追いかけっこを始めた。
ザナンは最初こそ軽く走っていたが、イリアが何度も追いかけてくるので、結局庭を走り回ることになった。
「ちょっと待て、イリア!」
「待たないよ!」
「俺だけずっと追われてないか?」
「ザナンお兄さま、速いんだもん!」
クロードも追いかける側へ加わる。
「ザナン兄さま、こっちですよ!」
「お前まで!」
三人の笑い声が、庭に響いた。
しばらく遊んだあと、ようやくテラスの椅子へ腰を下ろす。
ザナンは大きく息を吐いた。
「……結局、今日もずいぶん走ったな」
「楽しかったでしょ?」
イリアが尋ねる。
「まあな」
「じゃあよかった!」
イリアは満足そうに笑った。
クロードも水を飲みながら、二人の顔を見る。
「三人で決めたのに、結局イリアが一番元気でしたね」
「そうだな」
「だって、二人とも遊んでくれるんだもん!」
その言葉に、ザナンは少し笑ってからイリアの頭を撫でた。
「また帰ってきた時にな」
「うん!」
イリアは嬉しそうに頷いた。
◇
ザナンが出発する朝、屋敷の前には馬車が用意されていた。
荷物の積み込みを終えたザナンが、家族の方へ歩いてくる。
「じゃあ、行ってきます」
クラリッサが息子の顔を見た。
「向こうでも身体には気をつけるのよ」
「分かってますよ、母上」
「訓練が増えるからって、無理しすぎないようにね」
「はい」
ザナンは笑って頷いた。
ガルディオも息子へ目を向ける。
「しっかり学んでこい」
「はい、父上」
ブラインが隣から声を掛けた。
「次に会う時には、また話を聞かせてくれよ」
「ええ、兄上もお元気で」
「お前こそな」
ザナンは笑い、それからクロードの方へ向き直った。
「クロード」
「はい!」
「王都に戻っても、ちゃんと剣を振っておけよ」
「もちろんです!」
「次に会った時、また一本取られたんじゃ困るからな」
クロードは思わず笑った。
「次はもっと当てますよ」
「言うようになったなあ」
ザナンも笑う。
「楽しみにしてるよ」
その隣で、イリアがザナンの服をつまんだ。
「ザナンお兄さま」
「なんだ?」
「今度帰ってきたら、また遊ぼうね」
「ああ」
「今度も三人で決めようね!」
「そうだな」
ザナンは少し屈んで、イリアと目を合わせた。
「でも、いつ帰れるかはまだ分からないぞ」
「うん、分かってる」
イリアは頷いた。
「じゃあ、帰ってきた時に決めればいいもん!」
「それでいいな」
ザナンが笑うと、イリアも笑い返した。
エリスやセレナにも声を掛けたあと、ザナンは馬車へ向かった。
乗り込む前にもう一度家族の方を振り返る。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
クロードとイリアの声が重なった。
馬車が動き始める。
ザナンは窓から手を上げ、クロードたちも手を振り返した。
やがて馬車が道の向こうへ消えていく。
クロードは、その姿が見えなくなるまで見送っていた。
「ザナンお兄さま、行っちゃったね」
イリアが呟く。
「うん」
「しばらく帰ってこないのかな」
「そうかもしれないね」
クロードが答えると、イリアは少しだけ考えた。
「でも、また会えるよね」
「うん。僕もまた会いたいよ」
イリアは頷いて、クロードの手を握った。
「じゃあ、お兄ちゃんはまだいるよね?」
「もう少しいるよ」
「よかった!」
イリアは嬉しそうに笑い、クロードの手を引いて屋敷へ戻っていった。
◇
ザナンが王都へ戻ってからも、屋敷での生活はいつもどおり続いていた。
クロードは朝に木剣を振り、時間があれば教本やノートを開く。
イリアとも庭で遊び、食事の席では家族と話して過ごした。
ある日、クロードはブラインと先日の狩りの話をしていた。
「ブライン兄さま、弓って難しいんですか?」
「簡単ではないな」
ブラインは少し笑った。
「鹿が止まるまで待っていたの、すごいなと思って」
「待つのも大事だからな」
「僕だったら、もっと早く射ようとしていたかもしれません」
「慌てても、狙ったところへ当たるとは限らないさ」
クロードは頷いた。
魔法を放つ時にも、急いだことで形が崩れたことがある。
けれど、弓では魔法とは違う難しさもあるのだろう。
「また、いろいろ教えてください」
「ああ。機会があればな」
ブラインは笑って頷いた。
そんな日々を過ごすうちに、クロードも王都へ戻る日が近づいてきた。
冬休みも残り少なくなり、部屋では帰還の準備が進められている。
クロードも机の上の教本やノートを整理し、持って帰るものを選んだ。
《サンダーランス》の記録も、まだ途中のままだ。
新学期になれば、また違う授業も始まる。
何を持っていこうかと考えながら、クロードは鞄を閉じた。
◇
出発の日の朝、クロードは家族と朝食を取った。
ザナンが先に王都へ戻っているため、今日はその席に姿がない。
それでも、食卓ではいつもどおり会話が続いていた。
「クロード、荷物はもう大丈夫か?」
ブラインが尋ねる。
「はい。昨日のうちに確認しました」
「ノートばかり入れてないだろうな」
「ちゃんと着替えもありますよ!」
「それは用意してもらったんだろ?」
「……そうですけど」
ブラインが笑い、クロードもつられて笑った。
エリスがその様子を見て微笑む。
「道中はちゃんと休みなさいね」
「はい、母さま」
「王都へ着いたら、すぐに無理をしないように」
「分かりました」
ガルディオもクロードへ目を向けた。
「次は4年生か」
「はい」
「学ぶことも変わってくるだろう」
「そうですね。楽しみです」
「そうか」
ガルディオは短く頷いた。
朝食を終えると、クロードは荷物を持って屋敷の前へ向かった。
馬車はすでに用意され、同行する使用人たちも出発の準備を終えている。
エリスやクラリッサ、セレナも見送りに来ていた。
ブラインとガルディオも、馬車の近くに立っている。
そしてイリアが、クロードのそばへやってきた。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「今日、帰るんだよね」
「うん」
イリアは少しだけ寂しそうな顔をした。
「今度は、いつ帰ってくる?」
「次のお休みになったら、また帰ってきたいな」
「そっか」
イリアは頷いた。
「じゃあ、今度は何して遊ぼうか」
「それは帰ってきてから決めようよ」
クロードが笑うと、イリアも笑った。
「うん! また一緒に決めようね!」
「約束」
「約束!」
イリアはクロードの手を握り、少しだけ揺らした。
それから、自分でそっと手を離す。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
「行ってきます、イリア」
クロードは笑って答え、馬車へ向かった。
乗り込む前にもう一度家族を振り返る。
「父上、母さま、皆さん。行ってきます!」
ガルディオが頷き、家族もそれぞれ声を掛けた。
イリアは大きく手を振っている。
クロードも手を振り返し、馬車へ乗り込んだ。
やがて馬車が動き始める。
窓の外では、イリアがまだ手を振っていた。
屋敷が遠ざかり、家族の姿も少しずつ小さくなっていく。
クロードは最後まで手を振り返し、見えなくなったところで座席へ身体を戻した。
今回も、楽しい冬休みだった。
父上と兄さまたちと狩りへ行き、鹿を探して林を歩いた。
イリアとザナン兄さまと宝探しもした。
ザナン兄さまは、もう士官学校へ戻っている。
自分もこれから、また学園へ戻る。
そう考えながら、クロードは窓の外へ目を向けた。
◇
王都への道のりは、これまでと同じく2日間だった。
初日は道中の宿で一泊し、翌朝また馬車に乗って出発する。
窓の外には、帰省する時にも見た景色が続いていた。
行きの馬車ではザナンと話しながら通った道だ。
今はその兄がいないため、クロードはときどき窓の外を眺めながら過ごした。
途中で休憩を挟み、午後には王都へ入る。
見慣れた街並みが見えてくると、クロードは少し身体を起こした。
「もうすぐだ」
馬車は王都の道を進み、王立学園へ向かった。
やがて学園の門が見えてくる。
冬休み中のため普段ほど賑やかではないが、少しずつ生徒たちも戻り始めているようだった。
馬車が門をくぐり、男子寮の近くで止まる。
クロードは外へ降り、二日間の移動で固くなった身体を伸ばした。
「んー……」
荷物を降ろすのを手伝ってもらい、男子寮へ向かう。
廊下を歩くと、久しぶりに戻ってきた場所の匂いや空気が感じられた。
自室の扉を開ける。
ベッドも机も、出発した時のままそこにある。
「ただいま」
誰に言うでもなく、小さく呟いた。
鞄を置き、木剣を壁際へ戻す。
持ってきたノートも机の上へ並べた。
家族と過ごした時間は、まだ頭に残っている。
けれど、ここも自分が長く過ごしてきた場所だ。
クロードは椅子へ腰を下ろし、窓の外を眺めた。
冬休みは、あと少し。
そのあとは新学期が始まる。
今度は4年生だ。
戦闘実践や遠征など、これまでとは違うことも増えるだろう。
まだ何が待っているのか、全部は分からない。
それでも、クロードは少し笑った。
「楽しみだな」
そう呟いてから、クロードは机の上のノートへ目を向けた。




