今日はイリアの番
朝食の席へ着いたクロードは、向かいからじっと見つめられていることに気づいた。
イリアが両手を膝の上に置き、何かを言いたそうにしている。
「おはよう、イリア」
「おはよう、お兄ちゃん!」
返事をした途端、イリアが身を乗り出した。
「昨日の約束、覚えてる?」
「もちろん、今日はイリアが遊びを決めるんだよね」
「うん!」
嬉しそうに頷いたイリアの目が、今度は食堂へ入ってきたザナンへ向く。
「ザナンお兄さまも!」
「おはようより先にそれか?」
「おはよう! それで、覚えてる?」
「覚えてるよ、昨日ちゃんと返事しただろ」
ザナンが席へ着くと、イリアはようやく満足したように笑った。
「二人とも、今日は宝探しをするからね!」
「宝探し?」
クロードが聞き返すと、イリアは得意そうに胸を張った。
「そう! イリアが宝物を隠すから、お兄ちゃんたちはそれを探すんだよ」
「昨日は鹿を探して、今日は宝物か」
ザナンが笑う。
「じゃあ俺たちは、また探す方なんだな」
「だって、イリアが決める日だもん!」
「そうだったな」
クロードは昨日の林を思い出し、思わず笑った。
「宝物って、何を隠すの?」
「それもあとで見せる!」
「今は内緒なんだ?」
「うん、でもなくなったら困るものじゃないよ」
イリアは少し考えてから、エリスの方を向いた。
「自分のおもちゃから選んだの」
「そうなのね」
エリスは微笑んでから、三人を順に見た。
「昨日はよく歩いたでしょうから、疲れたらちゃんと休むのよ」
「はい、母さま」
クロードが答えると、ザナンも頷いた。
「分かってます」
イリアは二人を見比べる。
「じゃあ、朝ご飯を食べたら始めようね!」
「まずは食べ終わってからね」
エリスに言われ、イリアは慌てて自分の皿へ向き直った。
その様子に、クロードとザナンは顔を見合わせて笑った。
◇
朝食を終えると、イリアは二人を屋敷に面したガーデンテラスへ連れていった。
手には小さな布の袋を持っている。
「見て!」
袋から出てきたのは、手のひらに収まるくらいの木札が三枚だった。
それぞれに赤、青、黄色の細い布が結んである。
「これが宝物?」
「そう! 全部見つけたら終わりだよ」
クロードは一枚を手に取って確かめ、イリアへ返した。
「庭のどこに隠すの?」
「それは言わないの!」
「そりゃそうだろ」
ザナンが横から笑った。
「お前、隠す場所まで聞いてどうするんだ」
「どこまで探していいのか、聞きたかったんです」
「庭の中だけ!」
イリアがすぐに答えた。
「花壇の中は入らなくていいし、土も掘らなくていいよ」
「分かった」
「それじゃあ、二人ともあっちで待ってて!」
イリアは屋敷の廊下を指す。
庭が見えないところで待つことになり、クロードとザナンは並んで壁にもたれた。
「ずいぶん張り切ってるな」
「昨日から考えてたのかな」
「かもしれないな、お前はどこに隠すと思う?」
「まだ見てもいないのに分かりませんよ」
「それもそうか」
ザナンは肩を揺らして笑う。
しばらくすると、廊下の先からイリアの声がした。
「もういいよー!」
二人が庭へ出ると、イリアはテラスの前で腕を組んで待っていた。
「じゃあ、宝探し、始め!」
クロードは庭の植え込みへ目を向けた。
普段遊んでいる庭も、何かが隠されていると思うと違って見える。
「まず、どこから探そうかな」
クロードが呟くと、ザナンはすぐそばの椅子へ歩いていった。
そして脚の裏側を覗き込み、手を伸ばす。
「あったぞ」
「えっ、もう?」
赤い布のついた木札が、ザナンの指の間にあった。
イリアが口を大きく開ける。
「早すぎるよ!」
「始まったばっかりだろ、ここに見えてたぞ」
「もっと奥を探すと思ったのに!」
「近くにあったら、先に見るよ」
クロードがそう言うと、イリアは少し悔しそうに頬を膨らませた。
「でも、あとの二つは難しいからね!」
「それは楽しみだな」
ザナンが木札を渡すと、イリアは袋へ戻してから二人の後ろへ回った。
「次はどっちへ行く?」
「教えてくれるの?」
「教えないよ!」
イリアは笑いながら答えた。
◇
二枚目は、なかなか見つからなかった。
クロードは背の低い木が並ぶ方へ歩き、枝の間を覗き込む。
少し離れたところでは、ザナンがテラスの端を確かめていた。
「そっちはどうですか?」
「見つからんけど、お前の方は?」
「まだです」
クロードは足元の草を見た。
一部分だけ倒れているのが気になり、しゃがんで確かめてみる。
けれど、そこに木札はなかった。
「昨日の鹿を探してるわけじゃないぞ」
いつの間にか近づいてきたザナンが言う。
「分かってますよ」
「今にも足跡を探し始めそうだったからな」
「ちょっと草が気になっただけです」
イリアが後ろで吹き出した。
「お兄ちゃん、今日は鹿はいないよ!」
「イリアまで!」
三人の笑い声が庭に広がった。
クロードは立ち上がり、今度はもう少し高いところへ目を向ける。
葉の間から、細い青色がちらりと見えた。
「あれ?」
横へ回ると、枝の陰に青い布の端が下がっている。
手を伸ばして確かめると、その奥に木札があった。
「見つけた!」
「えーっ!」
イリアが駆け寄ってくる。
「なんで分かったの?」
「青い布がちょっと見えてたから」
「ちゃんと葉っぱの後ろにしたのに!」
イリアは枝を覗き込み、隠していた場所を確かめた。
「ここからだと、見えるんだね」
「こっち側からならね」
「じゃあ、次はもっと上手に隠す!」
そう言ったあとで、イリアは慌てて首を振った。
「でも今日は、あと一つあるから!」
「そうだったな」
ザナンが笑う。
「じゃあ最後の宝物はどこだ?」
「それを探してって言ってるの!」
イリアは二人の背中を押すようにして、庭の方へ促した。
最後の一枚は、二人で手分けして探しても見つからなかった。
クロードは植え込みの間を見て回り、ザナンはさっき通った場所をもう一度確かめる。
けれど黄色い布はどこにも見えない。
「これ、本当に庭の中にあるんだよな?」
ザナンが尋ねる。
「あるよ!」
「じゃあ、俺たちが見落としてるのか」
「そうだよ!」
イリアは嬉しそうに頷いたものの、しばらくすると落ち着かなくなってきた。
「お兄ちゃん、そっちじゃないよ」
「あれ、ヒント?」
クロードが振り返る。
「……今のは違う!」
「そうか?」
ザナンが笑う。
「聞いちゃったけどな」
「だって、二人とも全然見つけないんだもん!」
「難しくしたかったんじゃないの?」
クロードが尋ねると、イリアは少し困った顔になる。
「難しくしたかったけど……見つけてもほしいの!」
ザナンが声を漏らして笑った。
「そりゃ、俺たちも頑張らないとな」
「うん!」
イリアは大きく頷き、また口を閉じた。
クロードはもう一度辺りを見る。
さっきからイリアは、二人がテラスの方へ戻るたびに少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
「ザナン兄さま、こっちも見ませんか?」
「いいぞ」
二人でテラスへ戻ると、イリアもすぐについてきた。
「あっ……」
イリアが何か言いかけて、自分の口を押さえる。
ザナンがクロードへ顔を寄せた。
「どうやら近いらしいな」
「みたいですね」
「聞こえてるよ!」
イリアが抗議する。
クロードは笑いながら、テラスの端に並んだ鉢植えへ目を向けた。
大きな鉢の陰に、少しだけ黄色いものが覗いている。
「ザナン兄さま、あれ!」
「お、あったか?」
ザナンが鉢の反対側へ回り、クロードは手前から覗き込む。
二人が位置を変えると、鉢の後ろに差し込まれた木札が見えた。
「これだ!」
クロードが取り出した途端、イリアが両手を上げた。
「あーっ、見つかっちゃった!」
「やっと全部だな」
ザナンは肩を回し、イリアの方を向いた。
「どうだ、俺たちの勝ちだろ?」
イリアは少し考え、それから得意そうに胸を張った。
「イリアの勝ち!」
「なんでだよ!」
「だって、隠したのはイリアだもん!」
「それなら、探して見つけたのは俺たちだぞ」
ザナンが言うと、イリアは二人を見比べた。
「……じゃあ、みんなの勝ち!」
クロードは思わず笑い出した。
「うん、それがいいね」
ザナンも笑いながら、見つかった三枚の木札を袋へ戻してやった。
◇
ひと休みするために、三人はテラスの椅子へ腰を下ろした。
クロードは水を飲み、向かいのザナンを見る。
「昨日も今日も、いっぱい歩きましたね」
「今日は鹿を担がなくて済んだけどな」
「その代わり、ずっと探してたでしょ!」
イリアが間に入る。
「そうだな、なかなか見つからなかったよ」
ザナンが答えると、イリアは嬉しそうに笑った。
「ねえ、宝探し、楽しかった?」
「楽しかったよ」
クロードが答える。
「僕は最後のが全然分からなかった」
「俺もだし、途中で教えてくれなかったら、もっと探してただろうな」
ザナンの言葉に、イリアが少し考える。
「でも、ずっと見つからないのはつまらないもん」
「見つけてほしかったんだね」
「うん! ちゃんと考えて隠したんだよ」
イリアは布の袋を膝へ載せ、三枚の木札を覗き込んだ。
「最初のはすぐ見つかっちゃったけど」
「俺が近くから見たからな」
「じゃあ、次はそこには隠さない!」
「次はあるのか?」
ザナンが尋ねると、イリアはすぐに頷いた。
「あるよ! また考える!」
「俺たちにも休みをくれよ」
「今、休んでるでしょ?」
「……確かに」
ザナンが笑い、クロードも水の入った杯を手に笑った。
しばらくしてイリアも椅子にもたれ、庭の方を見た。
「二人とも、ちゃんと探してくれてよかった」
その声は、さっきより少し小さかった。
クロードはイリアへ顔を向ける。
「イリアが考えてくれたから、僕たちも楽しかったんだよ」
「本当?」
「うん」
ザナンも頷く。
「最初は簡単だと思ったんだけど、最後のは手こずったな」
「でしょ!」
イリアはぱっと顔を明るくして、もう一度袋を抱えた。
◇
それから三人は、イリアに隠し場所をもう一度案内してもらったり、庭でゆっくり話したりして過ごした。
夕方、屋敷の中へ戻ると、エリスが三人を見つけた。
「おかえりなさい、今日は何をして遊んだの?」
「宝探し!」
イリアが勢いよく答える。
「イリアが三つ隠して、お兄ちゃんたちが全部見つけたの!」
「あら、じゃあ二人とも頑張ったのね」
「イリアも頑張ったよ!」
「もちろん、どこへ隠すか考えたんでしょう?」
「うん! 最後のはなかなか見つからなかったよ」
ザナンがその横で肩をすくめる。
「俺たちが探すより、イリアが待つ方が大変そうでしたけどね」
「だって、早く見つけてほしかったんだもん!」
「難しく隠したんじゃなかったのか?」
「もう、その話はいいの!」
イリアが頬を膨らませると、エリスもクロードも笑った。
「昨日は狩りで、今日は宝探しね」
エリスが言う。
「二人とも、イリアに付き合ってくれてありがとう」
「僕も楽しかったです」
クロードが答えると、ザナンも頷いた。
「俺も、思ったより頭を使いましたよ」
「足もいっぱい使ったよ!」
イリアが付け加える。
エリスは三人の顔を見て、また微笑んだ。
「それなら、まずはゆっくり休みましょうね」
「はーい!」
イリアは元気よく返事をすると、クロードの手を取った。
「お兄ちゃん、また遊ぼうね!」
「もちろん、また何をするか考えよう」
「今度もイリアが決めていい?」
「どうする、ザナン兄さま?」
クロードが振り向くと、ザナンはわざと困った顔をした。
「少しくらい、俺たちにも決めさせてくれないか?」
「じゃあ、みんなで決めよう!」
イリアが答えると、ザナンは笑った。
「それならいいな」
クロードも二人と顔を見合わせて笑う。
次に何をして遊ぶかは、まだ決まっていない。
それでも、今日三人で笑いながら庭を歩いた時間は、クロードにとって楽しい冬休みの一日になった。




