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『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』~幼少期・王立学園編~  作者: 黎明の星
王立学園編

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狩りの一日

木々の向こうから、また小さな音が聞こえた。

クロードは目を凝らしたが、枝と草が重なって、その奥まではよく見えない。

先ほどまで隣にいたザナンも口を閉じ、ブラインは弓を持ったまま動かなかった。

ガルディオがわずかに顔を動かす。

クロードもその先を追うと、草の間に茶色いものが見えた。

(あれは……)

ゆっくりと顔が上がり、長い耳が現れる。

鹿だった。

先ほど逃げていった鹿なのか、別の鹿なのかは分からない。

それでも今度は、こちらに気づいていないように見えた。

クロードが一歩近づこうとすると、隣のザナンがそっと腕に触れた。

振り向いたクロードに、ザナンは首を横に振る。

クロードは足を戻し、もう一度鹿を見た。

鹿の身体の前には細い枝が何本も重なっている。

ブラインが弓に矢をつがえたが、まだ引かない。

鹿が首を下げ、草の向こうへ半分隠れると、その手を静かに下ろした。

しばらくして鹿が動き、少しだけ横へ歩いた。

ブラインはその後を追って弓の向きを変えたが、まだ矢を放たない。

(今なら見えてるのに……)

クロードは思ったものの、ブラインのいる場所からは違って見えるのかもしれない。

それに、鹿はまだ足を動かしていた。

ガルディオは一度後ろを確かめ、ブラインへ小さく頷いた。

クロードも身体を動かさずに待つ。

鹿がもう数歩進み、枝の重ならない場所で足を止めた。

そこで初めて、ブラインが弓を引く。

弦が張られ、矢の先が鹿へ向いた。

ザナンはクロードの隣で息を潜めている。

鹿が顔を上げた。

その瞬間、ブラインの指が離れた。

矢が木々の間を抜け、鹿の身体に当たる。

「あっ……」

声が漏れた時には、鹿は大きく跳ねて走り出していた。

クロードは思わず足を踏み出しかける。

「待て」

ガルディオの短い声で、その場に止まった。

鹿は木々の奥へ消え、葉の揺れる音も遠ざかっていく。

「当たりましたよね?」

クロードが小声で聞くと、ブラインは弓を下ろした。

「ああ、だが、どこまで走ったかは分からない」

「追わないんですか?」

「すぐにはな」

ガルディオが鹿の消えた方を見た。

「少し待つぞ」

四人はその場で待った。

さっきまで聞こえていた足音は、もうしない。

クロードは鹿の姿が消えた辺りを見つめたまま、何度も耳を澄ませた。

「……もう倒れたんでしょうか」

「まだ分からん」

ガルディオは短く答えた。

ザナンがクロードを見る。

「飛び出して追ってたら、また逃げられたかもしれないだろ」

「はい……危なかったです」

「止まれたならいいさ」

ザナンはそう言って、もう一度林の奥へ目を向けた。

やがてガルディオが歩き出し、三人もその後へ続く。

鹿がいた場所には、踏み倒された草が残っていた。

ブラインがその先へ進み、柔らかな地面を確かめる。

「こっちだと思います、父上」

ガルディオも足元を見て頷いた。

クロードは二人の少し後ろから、鹿が通ったらしい跡を追う。

草が揺れた場所は覚えている。

けれど、地面の跡は途中から分かりにくくなっていた。

「……あれ、どこだろう」

クロードが立ち止まると、ザナンも足を緩めた。

「今度は上も見ろよ」

「見てますよ」

言い返しながら顔を上げると、少し先の低い枝の下で草が押し分けられていた。

「あっ、あそこ!」

クロードが指した先へ、ブラインも目を向ける。

「よく気づいたな」

「さっきの場所と、葉っぱの向きが似てたので」

「通ったのは確かかもしれないな」

ブラインは近づいて確かめたが、すぐにその奥へ踏み込むことはしなかった。

ガルディオが周囲を見てから進む方向を示す。

四人は間隔を空けず、さらに林の中へ進んだ。

やがてザナンが先の茂みを見て足を止める。

「父上、あそこに」

クロードが顔を向けると、木の根元近くに茶色い身体が見えた。

先ほどの鹿だった。

横倒しになったまま、動いていない。

ガルディオは三人を待たせて先に近づき、鹿の様子を確かめた。

しばらくして振り返る。

「仕留められたな」

ブラインが息を吐き、弓を持つ手を下ろした。

ザナンも肩の力を抜く。

「やったな、兄上」

「ああ。逃げた時はどうなるかと思ったよ」

ブラインは笑ったが、もう一度鹿の方へ目を向けた。

クロードもゆっくりと近づく。

さっきまで耳を動かし、こちらに気づけば逃げてしまいそうだった鹿が、もう動かない。

「……本当に、仕留めたんですね」

「ああ」

ブラインが隣で答えた。

クロードは鹿を見てから、兄の弓へ視線を移す。

「ずっと待っていたのは、枝が邪魔だったからですか?」

「それもある。動いている間に無理に射っても、うまく当てられるとは限らないからな」

「僕、見えた時にはもう射てると思ってました」

「俺の場所からは、まだ枝が重なってたよ」

「そうだったんですね」

同じ鹿を見ていても、立っている場所が違えば見えるものも違う。

クロードは少しだけ離れたブラインの立ち位置を思い返した。

ガルディオが二人へ声を掛ける。

「話は戻ってからでもできる。まず持ち帰るぞ」

「はい!」


◇


鹿を運べるように整えてから、四人は屋敷へ向けて歩き始めた。

見つけた時より近くで見ると、鹿は小柄でも思っていた以上に重そうだった。

「俺が持つよ」

ザナンが言って鹿を担ぎ上げると、クロードは目を丸くした。

「ザナン兄さま、大丈夫ですか?」

「すぐそこまで走るわけじゃないんだ。これくらいならな」

「走らないでくださいよ」

「お前に言われるとは思わなかったな」

ザナンが笑い、クロードもつられて笑った。

ブラインは弓と荷物を確かめ、クロードへ水の入った袋を渡す。

「これを頼めるか?」

「はい!」

「ザナン、疲れたら替われよ」

「分かってます、兄上」

ガルディオが先に立ち、来た道の方へ足を向けた。

クロードは袋を持ち、ザナンの少し後ろを歩く。

帰り道では、足元だけでなく兄の背中や周囲の枝にも気を配った。

しばらくすると、ザナンがふっと息を吐く。

「……やっぱり軽くはないな」

「さっき、大丈夫って言ったじゃないですか」

「大丈夫なのと、重くないのは別だろ」

クロードが笑うと、ブラインも振り返った。

「ほら、そろそろ替われ」

「お願いします」

ザナンが鹿を下ろし、今度はブラインが担ぎ直した。

クロードは自分の荷物を見てから、二人へ目を向ける。

「僕も何か持てませんか?」

「今、持ってるだろ」

ザナンが水の袋を指した。

「それはそうですけど……」

「こっちの荷物まで持ってもらったら、俺の手が空くな」

ブラインが笑うと、クロードも笑って頷いた。

「じゃあ、そっちも持ちます!」

渡された荷物を持ち直すと、少し重くなった。

それでも、歩くのに困るほどではない。

ガルディオは振り返り、四人が揃っているのを確かめた。

「無理なら言え」

「はい、父上」

帰りは獲物を探す必要がなく、先ほどよりも会話が増えた。

それでも足元の悪い場所では、自然と話が途切れる。

「クロード、狩りはどうだった?」

ザナンが尋ねた。

「思ってたより、歩いてる時間が長かったです」

「それは俺も思った」

「ザナン兄さまもですか?」

「久しぶりだからな。鹿の方から出てきてくれるわけじゃないし」

少し前を歩くブラインが笑う。

「最初の鹿には逃げられたしな」

「僕、あの時は何もできませんでした」

「俺たちだって射る前に逃げられただろ」

ブラインが返した。

クロードは頷いてから、もう一度兄の背中へ目を向ける。

「でも、さっきの矢はすごかったです」

「射るまでずいぶん待たせたけどな」

「僕なら、もっと早く射ろうとしてたと思います」

「そういう時もあるさ。でも、今日は待ってよかった」

ブラインはそう言って、足元の段差を越えた。

クロードは手に持った袋を握り直す。

弓を引いた時の兄の姿が、まだはっきり頭に残っている。

魔法とも剣とも違う道具を使う姿だった。

どのくらい練習すれば、あんなふうに狙えるのだろう。

聞いてみたいことがまた一つ増えた。


◇


屋敷へ戻る頃には、歩き通した四人の靴に土がついていた。

門をくぐると、屋敷の方から小さな足音が聞こえてくる。

「お兄ちゃん!」

イリアが飛び出してきた。

「おかえり! どうだった? 何か捕まえた?」

「ただいま、イリア」

クロードが答えるより早く、イリアの目がブラインの担いでいるものへ向いた。

「……鹿?」

「うん。鹿を一頭、狩ったんだ」

イリアはブラインとガルディオを見比べた。

「誰が捕まえたの?」

「ブライン兄さまだよ」

「ブラインお兄さま、すごい!」

ブラインは鹿を運ぶ手を休め、笑った。

「ありがとう。先にこれを預けてくるよ」

ガルディオとブラインが獲物を屋敷の者へ引き渡す間、クロードとザナンは荷物を片付けた。

イリアはそのそばで、まだ聞きたいことがありそうな顔をしている。

「じゃあ、お兄ちゃんは何したの?」

「僕は、鹿を探すのを手伝ったよ」

「どうやって?」

「地面の跡とか、草が倒れてるところを見つけたんだ」

「草を見てたの?」

イリアが不思議そうに聞き返す。

「そう。草の向きが、ほかと違うところがあってね」

「へえ……草も見るんだ」

「俺はクロードが枝にぶつからないか見てたけどな」

ザナンが横から言うと、クロードはすぐに振り向いた。

「ぶつかってませんよ!」

「俺が先に言ったからな」

「ちゃんと気づきました!」

「言われてからだろ?」

イリアが二人の顔を交互に見て、楽しそうに笑った。

「お兄ちゃん、木にぶつかりそうだったの?」

「ぶつかってないってば!」

そこへエリスが出てきた。

「みんな、おかえりなさい」

「ただいま、母さま」

「無事に帰ってきてよかったわ。まずは汚れを落として、少し休みなさいね」

「はい」

クロードが答えると、イリアはすぐに顔を上げた。

「じゃあ、休んだら続きを聞いていい?」

「もちろん」

「約束だよ!」

「うん、約束」

エリスもそんな二人を見て微笑んだ。


◇


夕食の席では、イリアがさっそく狩りの話を始めた。

「お兄ちゃん、鹿を見つけたんだよ!」

「イリアが見つけたのか?」

ブラインが笑って尋ねる。

「違うよ、お兄ちゃんたちだよ!」

「そうだったな」

イリアは大きく頷き、隣のクロードを見る。

「最初の鹿は逃げちゃったんでしょ?」

「うん。見つけたと思ったら、すぐ走っていったんだ」

「そんなに速かったの?」

「すごく速かったよ。追いかけても追いつけなかったと思う」

「追いかけてないだろ」

ザナンが言うと、クロードは笑った。

「追いかけちゃ駄目って言われてましたから」

「ちゃんと守ったんだな」

ガルディオが言い、クロードは頷いた。

「はい。途中で忘れそうにはなりましたけど」

「それを自分で止められたならいい」

ガルディオは短く答えて、食事へ戻った。

「ブラインはどうだったの?」

クラリッサが尋ねる。

「鹿が動いていたので、しばらく待ちました。矢は当たったんですが、そのあとも少し走られましたね」

「戻ってくるまで時間がかかったものね」

セレナが言うと、ザナンが頷いた。

「見つけるまでが長かったんですよ。それに帰りは重くて」

「ザナン兄さま、途中で交代してました!」

クロードが言うと、ザナンは目を細めた。

「誰がずっと担ぐって言った?」

「最初は余裕そうだったじゃないですか」

「最初はな」

ブラインも笑いながら口を挟む。

「俺だってずっとは無理だよ。二人で替わって正解だった」

「二人とも、お疲れさま」

クラリッサが笑うと、イリアがすぐに手を上げた。

「お兄ちゃんも荷物持ってたんだよ!」

「そうなんだ」

エリスがクロードを見る。

「はい。途中から少し増えました」

「じゃあ、今日は足も疲れたでしょう」

「ちょっとだけです」

「それなら今夜はゆっくり休みなさい」

「はい、母さま」

イリアはまだ話したりないらしく、今度はガルディオへ顔を向けた。

「お父さま、狩りって毎回鹿を捕まえられるの?」

「そうとは限らん」

「じゃあ今日はよかった日?」

ガルディオは少し考えてから頷いた。

「ああ。みんな無事で、獲物も持ち帰れたからな」

「そっか!」

イリアは納得したように笑った。

ザナンがその顔を見てからクロードへ目を向ける。

「お前、帰ってからもずっと質問されてただろ」

「ザナン兄さまも答えてたじゃないですか」

「そりゃ、俺も行ってきたからな」

「じゃあ明日は一緒に遊ぶの?」

イリアの問いに、ザナンが一瞬黙った。

「……俺もか?」

「うん!」

ブラインが声を上げて笑う。

「また捕まったな、ザナン」

「兄上は人ごとだと思って!」

「だって帰ってきたんだもん!」

イリアが笑って言うと、ザナンもとうとう笑った。

「分かった分かった。少しは付き合うよ」

「やった!」

クロードも笑いながら、食卓に並ぶ家族の顔を見た。

林の中では、何を見ても知らないことばかりだった。

獲物の足跡を探すことも、弓を射るまで待つことも、倒れた鹿を見つけて持ち帰ることも、見ているだけでは分からないことが多かった。

それでも、父上や兄さまたちと一緒に歩き、話しながら帰ってきた時間は楽しかった。

何を聞いても全部の答えが出るわけではない。

明日になれば、また別のことが気になるのだろう。

「お兄ちゃん、聞いてる?」

イリアの声に、クロードは顔を上げた。

「うん。何?」

「明日は私が遊ぶのを決めるからね!」

「うん、楽しみにしてるよ」

そう答えると、イリアは満足そうに笑い、ザナンが隣で小さくため息をついた。

その顔が可笑しくて、クロードもまた笑ってしまった。

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