冬休みへ
進級テストの結果が発表されてからも、授業はいつもどおり続いていた。
エクリアが初めて一番になったことを知っている生徒たちも、今では自分の教本やノートに向き合っている。
クロードも朝の木剣を欠かさず、授業が終われば気になるところを確かめていた。
そんな日々が過ぎ、3年生最後の魔法実習の日を迎えた。
魔法演習場では、生徒たちがそれぞれの魔法に取り組んでいる。
クロードは土壁に挟まれた場所で、いつものように《サンダーランス》の《印》を組んだ。
雷が細く伸び、先端まで形を保ったところで的へ放つ。
青白い光が的に当たって散り、クロードは手を下ろした。
「今のは届いたな」
後ろで見ていたジャルダンが言う。
「はい。でも、少し時間が掛かりました」
「急いだ時はどうなる?」
「まだ崩れることがあります」
クロードは少し考えてから付け加えた。
「いつも同じところが崩れるわけでもないんです」
「そうか」
ジャルダンは的を見てから、クロードへ視線を戻した。
「じゃあ、今日も違いを残しておけ」
「はい」
リセナも手元の一覧を閉じながら口を開いた。
「先ほどの《印》は最後まで合っていました。形が保てた時の動きも、記録しておいてください」
「分かりました」
失敗した時のことは何度も書いてきた。
うまくいった時も、同じように確かめておきたい。
クロードはノートを開き、今の一回について書き留めた。
少し離れたところでは、ノーゼスが作った《ロックウォール》の端を確かめていた。
横幅を広げた壁を見比べながら、首をかしげている。
エクリアも水と風を順番に放ち、二つの《印》を組む時の手の動きを確かめていた。
どちらも、今日で練習を終わりにするつもりはなさそうだった。
やがて授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。
生徒たちが魔法を止め、使っていたものを片付けていく。
全員が集まると、ジャルダンが一度その顔を見渡した。
「3年生の魔法実習は、これで終わりだ」
クロードは思わず顔を上げた。
毎回のように来ていた場所なのに、そう言われると少し不思議な気がする。
「これからも練習はするだろうが、今日やったことを急に変える必要はない。できたところも、できなかったところも覚えておけ」
「はい!」
生徒たちの返事が重なった。
リセナは片付けを終えた生徒へ目を向けた。
「練習の記録も忘れないでくださいね」
その言葉に、ノーゼスが小さく笑った。
「まだ書くことあるな」
「僕もだよ」
クロードが答えると、エクリアが横から言った。
「私は帰ってからも増えると思うわ」
「休みなのに?」
ノーゼスが聞く。
「休みだからよ」
そう返したエクリアに、ノーゼスは肩をすくめた。
クロードはもう一度だけ的の方を見てから、二人と並んで魔法演習場を出た。
◇
残りの授業も終わり、終期式の日が来た。
朝の教室では、鞄を机へ置く音や話し声がいつもより大きく聞こえる。
「休みになったら、朝はもう少し寝てられるな!」
ガレスが言うと、ベンが笑った。
「その分、夜更かしするんじゃないの?」
「それは……あるかもしれない」
「何だよ、もう決めてるのか」
ノーゼスも横から笑った。
クロードが自分の席に着くと、エクリアが近づいてきた。
「帰省の準備はできた?」
「まだ少し。明日の朝、最後に確かめるつもり」
「またノートを増やしてるんじゃない?」
「持って帰りたいのが何冊かあって」
「やっぱり」
エクリアが笑う。
「僕だって、全部持っていくわけじゃないよ」
「誰も全部とは言ってないわ」
そこへゼルトスが入ってきた。
「おはよう、諸君。なかなか晴れやかな顔をしているね」
教室のあちこちで笑い声が上がる。
「先生、今日で終わりですから!」
ガレスが答える。
「そうだろうね。だが、式が終わるまではまだ3年生だ」
ゼルトスは少し口元を上げた。
「最後の一日くらい、きれいに締めくくろうじゃないか」
生徒たちは席を立ち、ゼルトスに続いて式の会場へ向かった。
集まっていたのは3年生だけではない。
ほかの学年の生徒たちも並び、学園長の話に耳を傾ける。
式が進む間、クロードは少し前に受けた進級テストのことを思い出した。
答案を返した後も、魔法の練習も木剣の授業も続いた。
今日の式が終われば、今度はしばらく学園から離れる。
そう考えているうちに、終期式は終了した。
教室へ戻ると、ゼルトスが教卓の前に立った。
「さて、これで3年生としての授業も行事も一区切りだ」
ノーゼスが小さく息を吐く。
ゼルトスはそれに気づいたらしく、目を細めた。
「ノーゼス君、まだ何か残っていてほしかったかな?」
「いえ、全然!」
即答したノーゼスに、みんなが笑う。
「それは残念だ。もう少し名残惜しんでくれてもいいんだがね」
ゼルトスも笑ってから、声を落ち着かせた。
「今年は学園の外へ出る機会もあった。いつもの教室や運動場だけでは分からなかったこともあっただろう」
クロードは野外実習で足元を確かめながら歩いたことを思い出した。
「休みの間も、無理をして怪我などしないように。戻ってきた時に、元気な顔を見せてくれたまえ」
「はい!」
「では、明日から冬休みだ」
その言葉に、教室の空気が一気に緩んだ。
ゼルトスが出ていくと、生徒たちはそれぞれ鞄を持ち始めた。
「やっと休みだ!」
ガレスが大きく伸びをする。
「明日からどうするんだ?」
ノーゼスがクロードに聞いた。
「家に帰るよ。王都から二日掛かるから、着くのは明後日かな」
「そっか。またイリアと遊ぶんだろ?」
「うん。前に帰った時も、また遊ぼうって約束したからね」
エクリアが鞄を持ち直した。
「今回も、練習だけして帰らないようにね」
「分かってるよ」
「前にイリアに言われてたものね」
「もう、ちゃんと遊んでるってば」
三人が笑っていると、ザナトスが通り掛かった。
「おい、クロード! 休み明けも手を抜くなよ!」
「ザナトスこそ!」
クロードが返すと、ザナトスは満足そうに笑って先へ行った。
教室から出ていく生徒たちの間に、別れの声があちこちで交わされる。
「じゃあ、またね」
エクリアが手を上げる。
「また学園で!」
ノーゼスも手を振った。
クロードは二人に手を振り返してから、男子寮へ向かった。
◇
翌朝、クロードは自室で荷物を確かめていた。
着替えなどは手伝ってもらっていたが、机に残しておいたノートだけは自分で選ぶ。
持っていくのは、《サンダーランス》の記録と左手の《印》を確かめた頁があるものだ。
それから、家で使う教本を一冊。
「これでいいかな」
鞄を閉じ、壁際の木剣へ目を向ける。
木剣も忘れないようにしてから、部屋を出た。
王都でザナンと合流した時には、兄の方が先に来ていた。
「ザナン兄さま!」
「おう、クロード。準備はできたか?」
「はい。ザナン兄さまも、帰る日が合ってよかったです」
「今回はちょうど重なったからな」
ザナンは弟の鞄を一度見て、笑った。
「またノートが入ってるんだろ?」
「前より増えてます」
「堂々と言うなあ」
「使うんですから」
「そうかそうか」
二人は馬車に乗り込み、王都を後にした。
道が続くにつれて、窓の外には畑や林が増えていく。
クロードが何度も外を見るので、ザナンが声を掛けた。
「何か見つけたか?」
「いえ。ここ、帰りにも通った道だなって」
「前にも二日掛けて帰っただろ」
「そうなんですけど、少しずつ景色が分かるようになってきて」
ザナンも窓の外を見た。
「道を覚えるのは悪くないな」
「ザナン兄さまは、もう全部覚えてるんですか?」
「全部は覚えてねえよ」
「そうなんですね」
「そこは驚くところか?」
クロードが笑うと、ザナンも笑った。
その日は道中の宿で休み、翌朝また馬車に乗る。
二日目の午後には、見慣れた屋敷へ続く道へ入っていた。
「もうすぐですね」
「ああ。帰ったらまずゆっくりしたいな」
「イリアが待ってたら、どうします?」
「……少しは遊ぶか」
ザナンが答え、クロードは楽しそうに笑った。
やがて馬車が門をくぐり、屋敷の前で止まった。
◇
馬車を降りると、屋敷の扉が開いた。
「お兄ちゃん! ザナンお兄さま!」
イリアがこちらを見つけ、駆け寄ってくる。
「イリア、ただいま!」
「おかえり!」
イリアはクロードの手をつかんでから、ザナンの顔も見上げた。
「二人とも帰ってきた!」
「ちゃんと帰ってきたぞ」
ザナンが笑いながら答える。
「今度はどのくらいいるの?」
イリアがクロードへ尋ねた。
「しばらくいるよ」
「じゃあ、いっぱい遊べるね!」
「うん。何をするか、また考えよう」
「もう考えてるよ!」
「早いね」
クロードが笑うと、イリアも得意そうに笑った。
そこへエリスが出てきた。
「おかえりなさい、クロード、ザナン」
「ただいま、母さま」
「ただいま戻りました」
エリスは二人を順に見て、微笑んだ。
「二日間の移動で疲れたでしょう。まずは中へ入りなさい」
「はーい!」
真っ先に返事をしたイリアへ、ザナンが顔を向けた。
「疲れたのは俺たちなんだけどな」
「早く入ってほしいんだもん!」
クロードは二人のやり取りを聞きながら、久しぶりの屋敷へ足を踏み入れた。
◇
夕食には、ガルディオとブラインも席についていた。
クラリッサとセレナも席についており、帰ってきた二人へ笑顔を向けていた。
「道中は大丈夫だった?」
セレナが尋ねる。
「はい。予定どおり着きました」
クロードが答えると、セレナは安心したように頷いた。
「3年生も終わったんだな」
ブラインがクロードへ声を掛けた。
「はい。授業は全部終わりました」
「荷物はちゃんと片付けたか?」
「片付けましたよ」
クロードが答えると、ブラインは笑った。
「ノートからじゃないだろうな」
「……先に机に置きました」
「やっぱりな」
ザナンが声を上げて笑った。
「馬車の中でもずっとノートの話だったぞ」
「ずっとじゃありません!」
「二人とも、食事の間くらい弟をからかわないの」
クラリッサが言うと、ブラインもザナンも笑いながら頷いた。
エリスはクロードの皿を見て、少し安心したように微笑む。
「道中、ちゃんと食べられたみたいね」
「はい。母さま」
「それならよかったわ」
その様子を見ていたガルディオが、クロードへ目を向けた。
「学校での鍛錬は続けているか」
「はい。朝も木剣を振っています」
「そうか」
ガルディオは短く頷く。
「休みの間も、無理はするな」
「はい」
少しの間、食事をしながらそれぞれの話が続いた。
やがてガルディオが、ブラインとザナンへ顔を向けた。
「せっかく揃ったんだ。休みの間に、狩りにでも行くか」
「狩りですか?」
クロードが思わず聞き返した。
「ああ。俺とブライン、ザナン、それにお前だ」
ブラインが父の方を見た。
「俺もですか。久しぶりですね」
「たまにはいいだろう」
「ええ。予定を見ておきます」
ザナンも少し身を乗り出した。
「面白そうですね、父上。クロードも行くのか?」
「はい。……でも、僕は狩りのことをあまり知りません」
クロードが答えると、ザナンは笑った。
「なら、覚えればいいだろ」
「お前も、勝手に動くなよ」
ガルディオが短く言う。
クロードはすぐに頷いた。
「はい。ちゃんと聞きます」
「それならいい」
ブラインがクロードを見て笑った。
「魔法の練習とは違うからな。行けばすぐ何か見つかると思うなよ」
「そんなに見つからないものなんですか?」
「その日になってみないと分からないさ」
答えを聞くほど、クロードは気になってきた。
獲物をどう見つけるのか。
見つけたら、どう近づくのか。
学園の野外実習で歩いた時とは、また違うことがあるのだろうか。
その時、隣からイリアが身を乗り出した。
「お父さま、お兄ちゃんたちだけ?」
「今回はな」
「えー!」
イリアは少し頬を膨らませ、すぐクロードへ顔を向けた。
「じゃあ、お兄ちゃん。狩りに行かない日はイリアと遊んでね」
「もちろん!」
「約束だよ?」
「約束」
イリアが嬉しそうに笑うと、エリスもその隣で微笑んだ。
「まだ帰ってきたばかりなんだから、二人とも予定を詰め込みすぎないでね」
「はーい」
今度はクロードとイリアが一緒に返事をした。
その声に、食卓で笑いが起こる。
クロードも笑いながら、ガルディオと兄たちを見る。
狩りに出かける話は、まだ出たばかりだった。
何をすることになるのか、詳しいことは分からない。
それでも、父上とブライン兄さま、ザナン兄さまと一緒に出かけるのは楽しそうだった。
冬休みには、まだ知らないことが待っている。
そう思うと、クロードは早く話の続きを聞いてみたくなった。




