一番上の名前
進級テストが終わってからも、クロードたちの授業は普段どおり続いていた。
魔法基礎で新しい説明を聞いたり、戦闘実践で走り回ったりしているうちに、試験の答案を提出してから何日かが過ぎた。
エクリアも結果は気になっていたが、魔法実習ではいつもどおり水と風の練習を続けていた。
試験が終わったからといって、できなかったことが急にできるようになるわけではない。
それでも、答案を書き終えた時の手応えを思い出すことはあった。
その日の最後の授業が終わると、ゼルトスが教卓の前で生徒たちを呼び止めた。
「さて、諸君。進級テストの採点が終わったよ」
教室に残っていた話し声が、すっと小さくなる。
「筆記5教科の総合順位を発表する。結果はこちらで確認してくれたまえ」
ゼルトスが教壇の横へ紙を張り出すと、生徒たちが次々と席を立った。
「お、出たのか!」
ガレスが立ち上がり、近くの生徒と一緒に前へ向かう。
ノーゼスも椅子を引いた。
「クロード、見に行こうぜ」
「うん」
クロードが立ち上がると、エクリアも鞄を机に置いたまま二人の後についていった。
掲示の前には、すでに何人もの生徒が集まっている。
ノーゼスが背伸びをして、紙の上から下へ目を走らせた。
「うわ、結構集まってるな」
「ちょっと待てば見えるよ」
クロードが言うと、前にいた生徒が場所を空けてくれた。
エクリアはその間から、掲示の一番上を見る。
そこには『1位 エクリア・ファインザード』と書かれていた。
(……え?)
思わず目を瞬かせる。
もう一度、最初の行を読む。
名前も順位も変わらない。
その下にあるのは『2位 クロード・アインハルト』だった。
自分の名前を探す時、これまではいつも一番上にあるクロードの名前が先に目に入った。
今日は、そこに自分の名前がある。
「……私、1位?」
口にしてみても、まだ少し信じられなかった。
「そうだよ!」
隣からクロードの声がした。
「エクリア、1位だ! おめでとう!」
エクリアはクロードを見て、もう一度掲示へ顔を向けた。
間違いない。
嬉しさが一気に込み上げてきた。
「……やった!」
思わず声が大きくなる。
「やったわ! 私、1位になった!」
「すげえじゃん、エクリア!」
ノーゼスが嬉しそうに笑った。
「ずっとクロードに勝ちたいって言ってたもんな!」
「ええ。やっとよ!」
エクリアも笑い返す。
それから、改めてクロードへ向き直った。
「ありがとう、クロード」
「うん!」
クロードは嬉しそうに頷いたあと、自分の名前を見上げた。
「僕は2位かあ」
「……悔しくないの?」
エクリアが尋ねると、クロードは少し考えた。
「ちょっと悔しいよ。僕も頑張ったから」
「そうよね」
「でも、エクリアが1位になったのは嬉しいな」
あまりにも普通に言うので、エクリアは少し眉を上げた。
「それだと、全然悔しそうに聞こえないわ」
「えっ、そうかな?」
クロードが首をかしげる。
ノーゼスが横で吹き出した。
「クロードらしいなあ」
「でも、次は僕も負けないよ」
クロードが言うと、エクリアは驚いて顔を上げた。
いつもなら、笑って『すごいね』と言われて終わると思っていた。
「……へえ。言ったわね?」
「うん!」
「じゃあ、次だって負けないから」
エクリアが返すと、二人は顔を見合わせて笑った。
「なあ、俺も自分の名前を探していいか?」
ノーゼスが二人の間から掲示を覗き込む。
「あ、ごめん!」
クロードが半歩横へずれた。
ノーゼスは指を使わずに紙の下まで目を追い、ようやく自分の名前を見つけたらしい。
「……ああ、あった」
「どうだった?」
クロードが聞く。
「次はもうちょっと上へ行きたいな。算術、もっとやっときゃよかった」
「途中の式、ちゃんと書けたんでしょ?」
エクリアが言うと、ノーゼスは頷いた。
「書けた。でも、それで全部合ってたとは限らないからな」
「そうだね」
クロードが頷く。
ノーゼスはもう一度掲示を見てから、エクリアの肩を軽く叩いた。
「まあ、今日はエクリアの日だな。おめでとう!」
「ありがとう!」
その時、人の向こうからザナトスの声が飛んできた。
「おい、クロード! 2位じゃねえか!」
ザナトスが人の間を抜けてくる。
「うん、今回はエクリアが1位だったんだ」
クロードが答えると、ザナトスは掲示の一番上へ目を向けた。
「……本当だ。エクリア、お前すげえな!」
「でしょ?」
エクリアが胸を張ると、ザナトスはにやりと笑った。
「けど、次は俺だって負けねえぞ!」
「まず自分の順位を確認したら?」
エクリアが返す。
「今から見るんだよ!」
ザナトスはそう言って紙へ向き直り、クロードたちもほかの生徒の邪魔にならないよう横へ退いた。
結果を見終えた生徒が席へ戻り、代わりにまだ見ていなかった生徒が前へ進んでいく。
教室のあちこちから、喜ぶ声や悔しがる声が聞こえていた。
◇
人の輪が少し小さくなった頃、エクリアはもう一度だけ教壇の方へ目を向けた。
紙の一番上に自分の名前があるのは、少し離れた場所からでも分かった。
入学式の日のことを思い出す。
新入生代表として壇上に立っていた、聞いたこともない名前の少年。
自分が首席ではなかったと知り、どんな相手なのか確かめたくて声を掛けた。
「次は負けないから」
あの時、自分はそう言った。
翌日には、教室で勉強も実技も一番を目指すと宣言した。
それから、クロードと同じ教室で学ぶ日々が始まった。
最初は負けた相手として気になっていたのに、今では魔法の失敗を話し合い、放課後に一緒に練習することもある。
それでも、勝ちたいという気持ちがなくなったことはなかった。
算術で迷ったところを調べ直した日も、世界史の順番を確かめ直した夜も、誰かに言われたからやったわけではない。
自分で分かるようになりたかったし、次こそは一番を取りたかった。
エクリアは鞄を手に取る。
今も、魔法ではまだ思うようにできないことがたくさんある。
でも、今日の1位は、誰かから譲ってもらったものではなかった。
「エクリア、帰らないの?」
ノーゼスが教室の扉の近くから呼んだ。
クロードもその隣で待っている。
「行くわ!」
エクリアは二人の方へ歩き出した。
「まだ嬉しそうだな」
ノーゼスが笑う。
「嬉しいもの。隠す必要ないでしょ?」
「ないない!」
クロードも笑って頷いた。
「本当におめでとう、エクリア」
「もう、さっきも聞いたわ」
そう返しながら、エクリアは自分でも笑ってしまった。
「でも、ありがとう」
3人で廊下へ出ると、別の教室からも授業を終えた生徒たちが歩いてきていた。
ノーゼスは途中で明日の授業の話を始め、クロードもすぐにそれへ乗った。
エクリアも二人の会話に加わりながら歩く。
一番になれたからといって、明日から急に別の毎日が始まるわけではない。
きっとまた分からないところも出てくるし、思いどおりにできないこともある。
それでも今日は、何度思い返しても嬉しかった。
エクリアは二人の間で、もう一度小さく笑った。




