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『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』~幼少期・王立学園編~  作者: 黎明の星
王立学園編

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二つあるなら

別の日の朝、エクリアは女子寮を出る前に持ち物を確かめていた。

魔法の教本を鞄へ入れる。

今日も水と風の両方を練習するつもりだった。

水をやれば風もやる。

風から始めた日も、水をそのままにして終わるつもりはない。

二つあるなら二つとも。

今では、それが当たり前になっていた。

鞄を持ち上げ、エクリアは女子寮を出た。

朝の学園には、すでに校舎へ向かう生徒たちの姿がある。

エクリアもその流れに入り、いつもの教室へ向かった。

教室へ入ると、ノーゼスが先に席へ着いていた。

少し離れたところでは、クロードが教本を開いている。

「おはよう」

「おはよう」

クロードが顔を上げる。

「おはよう」

ノーゼスも片手を上げた。

エクリアは自分の席へ向かいながら、クロードの机を見る。

「朝からまた魔法?」

「ちょっと見てただけ」

「ちょっとで済むのか?」

ノーゼスが言う。

クロードがそちらを見る。

「見るだけなら」

「そのあと考え始めるだろ」

「それはあるかも」

エクリアが笑った。

「自分で分かってるならいいんじゃない?」

やがて授業が始まり、いつもの学園の一日が動き出した。

いくつかの授業を終えたあと、その日は剣術の時間になった。


◇


第2運動場には、授業用の木剣と防具が並べられていた。

エクリアも防具を着け、一本の木剣を手に取る。

初めて触った頃より、重さには慣れた。

構える時に足元を何度も見直すことも減っている。

それでも木剣を握ると、魔法を使う時とは違うところへ意識を向けなければならなかった。

相手の足を見る。

自分の木剣の位置を確かめる。

距離が変われば、自分も動く。

バナンの指示で、生徒たちは相手と向かい合った。

開始の声が掛かる。

エクリアは相手の足を見る。

一歩動いた。

こちらも横へずれる。

木剣が伸びてくる。

エクリアは身体を引いた。

避けたと思ったところで、木剣の先が腕側の防具へ触れた。

「そこまで」

動きを止める。

エクリアは自分の腕を見る。

はっきり当てられた。

相手と位置を戻し、もう一度向かい合う。

今度はさっきより先に横へ動いた。

相手もこちらへ向く。

エクリアはそのまま下がらず、木剣を振った。

受けられる。

すぐに引く。

相手が追ってきた。

また距離が変わる。

エクリアも木剣を戻しながら足を動かした。

前よりは続けて動ける。

それでも相手を見ながら木剣を構えへ戻そうとすると、まだ遅れる時がある。

相手の振りを避け、今度はこちらから入ろうとしたところで交代の声が掛かった。

エクリアは木剣を下ろした。

「もう少しだったのに」

小さく呟く。

悔しくないわけではない。

剣術だって出来ないままでいいとは思っていない。

戦闘実践では木剣を使うこともある。

相手に近づかれれば、魔法だけを考えていられないことも知っている。

それでも、木剣を返す列へ向かいながら自分の手を見る。

魔法の《印》を組む時の方が、今の自分にはずっと自然だった。

少し前の方では、クロードが木剣を返している。

小さい頃から剣を続けてきたと初めて聞いた時は驚いた。

今なら、その積み重ねが少し分かる気がする。

何度授業を受けても、自分はまだ考えながら動くことが多い。

「エクリア」

ノーゼスに呼ばれ、顔を上げる。

「どうだった?」

「一回当てられた」

「俺も」

ノーゼスが腕の防具を軽く叩いた。

「でも前より動けたわ」

「じゃあいいじゃん」

「良くはなってるけど、得意ではないのよ」

エクリアが言うと、後ろからクロードが近づいてきた。

「剣?」

「そう」

エクリアは返した。

「嫌いじゃないけど、私は魔法の方が得意ね」

クロードが頷く。

「エクリアは二つあるもんね」

「そうよ」

エクリアは少し笑った。

「だからそっちも大変なんだけど」

「結局大変じゃん」

ノーゼスが笑う。

「練習しなかったらもっと大変になるでしょ」

「それはそうだけどさ」

三人は木剣を戻し、運動場をあとにした。


◇


昼になると、三人は食堂で同じ卓を囲んでいた。

ノーゼスが料理を食べながら腕を動かす。

「剣術の日って腹減るな」

「いつも食べてるじゃない」

エクリアが言う。

「今日はもっと減る」

「何が違うのよ」

「動いた量」

「戦闘実践の日も言ってなかった?」

「戦闘実践はもっと減る」

エクリアは呆れながらも少し笑った。

向かいではクロードが黙って食べている。

「クロード」

「なに?」

「今日は考えてないの?」

「食べてる」

「珍しい」

「僕だって食べる時は食べるよ」

「そういう意味じゃないわよ」

ノーゼスが吹き出した。

しばらく食事を続けたあと、エクリアは放課後のことを考えた。

特別な用事はない。

「今日、練習行く?」

エクリアが聞く。

クロードがすぐに頷く。

「行く」

ノーゼスも料理を飲み込んでから答えた。

「俺も」

「やっぱり三人ともじゃない」

「エクリアから聞いたんだろ」

「そうだけど」

食事を終えると、三人は教室へ戻った。

午後も授業はいつも通り続いた。

魔法や剣だけで一日が終わるわけではない。

授業を受け、教本を開き、ノートを取る。

そうして最後の魔導の鐘が鳴る頃には、朝からずいぶん時間が経っていた。


◇


放課後、三人は利用の確認を済ませて魔法演習場へ入った。

それぞれ使える場所へ分かれる。

ノーゼスは土魔法を使える場所へ向かい、クロードも自分の練習場所へ移動した。

エクリアは少し離れた的の前に立つ。

まず水から始める。

《印》を組み、魔力を流す。

「《ウォーターボール》」

水の球が正面へ飛び、的へ当たって弾けた。

エクリアは次の《印》へ入る。

今度は風。

指を動かす。

風が手元へ集まる。

「《ウィンドボール》」

風の球が飛び、的へ届いた。

一度手を下ろす。

もう一度水。

次は風。

位置を少し変え、水。

向きを戻して風。

何度もやってきた切り替えだった。

以前より迷わず変えられる回もある。

それでも毎回同じ速さではない。

水を使ったあと、風の《印》へ入るところで指が一度止まった。

エクリアはそのまま続けず、最初から組み直す。

今度は最後まで通った。

風の球が的へ向かう。

エクリアは飛んだ魔法を見ながら、野外実習を思い出した。

初めて実物の魔物へ魔法を使った日。

自分の《ウォーターボール》は《グラスウルフ》の身体へ当たった。

水が弾け、相手はよろめいた。

けれど、それで止まったわけではない。

すぐに足を踏み直した。

そのあとも魔物は動いた。

クロードも雷を作り、ノーゼスたちも次の動きへ入った。

一つ魔法を使ったからといって、そこで状況が止まるわけではなかった。

そのあとの野外実習でも、相手が動けば味方も動いた。

一つ使って、次の《印》へ入っている間にも位置が変わる。

エクリアは手を下ろした。

「もう一つ、すぐ使えたら……」

小さく呟く。

水のあとに風。

風のあとに水。

今でも切り替えることは出来る。

けれど一つを使い終えてから、次の《印》へ入り直している。

その間にも相手は動く。

続けて魔法を出せるなら、その時に選べることも増えるかもしれない。

エクリアはもう一度《ウォーターボール》を作った。

的へ放つ。

すぐ風へ切り替える。

今度は途中で止まらなかった。

《ウィンドボール》も的へ届く。

「今のは早かった」

自分で言ってから、少し口元が緩む。

もう一回。

水を放つ。

風へ。

今度は《印》の途中で指が引っ掛かった。

エクリアは手を止める。

「毎回同じじゃないのよね」

以前も同じことを言った気がする。

エクリアは一度休むことにした。

水筒を取りに戻る途中、青白い光が見えた。

少し離れたところでクロードが左手から魔法を使っている。

エクリアは足を止めた。

クロードが左手を練習し始めた頃にも何度か見ている。

最初は右手よりかなり遅く、途中で形が揺れることもあった。

今も練習自体は続けているらしい。

クロードが一度手を下ろしたところで、エクリアは近づいた。

「まだ左でもやってるのね」

「うん」

クロードが振り返る。

「出来る時もあるけど、右と同じにはならないから」

エクリアはクロードの左手を見る。

前に見た時は、どのくらい遅いのかや形がどうなるのかを見ていた。

そういえば、始めた理由そのものは聞いていない。

「なんで左で始めたの?」

クロードが一度瞬きをする。

「言ってなかったっけ?」

「私は聞いてないと思う」

「俺は前に聞いたぞ」

いつの間にか休憩へ来ていたノーゼスが横から言った。

「何でだっけ?」

「聞いたのに忘れてるじゃない」

エクリアが言うと、ノーゼスが笑った。

クロードも少し笑ってから、自分の右手を見る。

「右手で木剣を持ってる時に、そのまま左手で魔法を使えたら、持ち替えなくていいかなって思ったんだ」

エクリアは少し黙った。

木剣を右手に残すための左手。

クロードには、左手を使いたい理由があった。

エクリアは自分の両手を見る。

朝の剣術を思い出す。

少しずつ出来るようにはなっている。

けれど、自分が一番伸ばしたいものは剣ではない。

水と風。

二つある魔法の方だった。

「じゃあ私、両方とも魔法に使えばいいんじゃない?」

「え?」

ノーゼスが先に反応した。

クロードもエクリアの手を見る。

「両方?」

「だって、私は剣より魔法の方が得意でしょ」

エクリアは片方ずつ手を上げる。

「一つ使ったあと、次の魔法を作ってる間にも相手は動くじゃない」

野外で水が当たったあと、すぐに踏み直した《グラスウルフ》を思い出す。

「もう片方でも魔法が使えたら、次に入るのを早く出来るかもしれない」

ノーゼスがエクリアの両手を見比べる。

「右と左で交互に使うってことか?」

「まずはね」

エクリアは頷く。

「一つ使ったあと、反対の手ですぐ次の《印》へ入れたら、今より早く出来るかもしれないでしょ」

クロードが少し考える。

「水と風を別々の手で?」

「そこまで出来たら面白そうじゃない?」

言ってから、エクリア自身も少し笑った。

水と風。

右と左。

二つずつある。

どちらの手でどちらを使えるのかも、まだ分からない。

そもそも反対の手で《印》を組んだことすらない。

「じゃあ何からやるの?」

クロードが聞く。

「まず、反対の手でも《印》を組めるかどうか」

エクリアはそう言って、自分の練習場所へ戻った。

ノーゼスもついてきかけたが、途中で足を止める。

「俺は?」

「自分の練習したら?」

「だよな」

ノーゼスは笑いながら土魔法の場所へ戻っていった。

クロードも少し離れた自分の場所へ戻る。

エクリアは教本を開いた。

最初から魔力は使わない。

まずは知っている《印》を、いつもとは反対の手でなぞってみる。

指を動かす。

最初の形。

次の形。

そこで止まった。

「……あれ?」

いつもの手なら考えなくても続くところだった。

教本を見る。

もう一度。

最初。

次。

その次で、指の向きが分からなくなる。

エクリアは手を下ろした。

「クロードが遅かった理由、ちょっと分かったかも」

少し離れたところからクロードが顔を上げる。

「難しい?」

「難しいわよ」

エクリアは教本へ視線を戻す。

「知ってる《印》なのに、知らないみたいになる」

「僕も最初そうだった」

「だったら出来るようにはなるってことでしょ」

クロードは少し笑った。

「たぶん」

「たぶんはいらない」

エクリアはもう一度手を上げた。

最初から組む。

また途中で止まる。

教本を見る。

戻る。

もう一度。

今度はさっきより一つ先まで進んだ。

魔力はまだ使わない。

今日は《印》だけでいい。

普段の手と同じように動かないのに、いきなり魔法まで出そうとする必要はなかった。

何度か繰り返すうち、最初の部分だけは少し迷わず動くようになった。

それでも最後までは届かない。

エクリアは手を下ろし、一度息を吐いた。

悔しい。

だからもう一度やりたくなる。

朝の剣術でも同じだった。

一度当てられたなら、次は少し変える。

魔法でも、出来なければ教本へ戻る。

水と風を覚えてきた時も、ずっとそうしてきた。

エクリアはもう一度反対の手を上げた。

その日の自主練が終わるまで、魔力を使うことはなかった。

最後まで《印》を組めたわけでもない。

それでも、始めた時より止まる場所は少し先になっていた。

「今日はここまでね」

エクリアが手を下ろす。

クロードとノーゼスも練習を終え、片づけを始めている。

「次もやる?」

クロードが聞いた。

「やるわよ」

エクリアはすぐに答えた。

「まだ何も出来てないもの」

「そのうち両方で使うのか?」

ノーゼスが両手を上げてみせる。

「出来るかどうかも分からないでしょ」

「でもやりたいんだろ?」

エクリアは少し考えた。

それから自分の両手を見る。

「出来たら面白いとは思う」

クロードが笑った。

「僕も見てみたい」

「その前に、クロードも左手ちゃんとやりなさいよ」

「やってるよ」

「エクリアに抜かれないようにな」

ノーゼスが言う。

「なんでノーゼスが言うのよ」

三人で笑いながら、魔法演習場をあとにした。


◇


夜、女子寮へ戻ってから、エクリアは今日のことをノートへ書いていた。

朝の剣術。

一度当てられたこと。

前より動けても、まだ剣は得意とは言えないこと。

その下へ、放課後の練習を書く。

『水→風』

『風→水』

切り替えられる。

ただし、毎回同じ速さではない。

少し間を空ける。

野外実習で魔物へ水を当てた時のことを思い出す。

当たっても相手はすぐに動いた。

一つ使い終わる頃には、もう次の状況が始まっていた。

エクリアは続きを書く。

『次の魔法をもっと早く使えたら、選べることが増える?』

疑問符を付ける。

その下へ、今日思いついたことを書く。

『反対の手でも《印》』

今日は途中までしか出来なかった。

魔力も使っていない。

水と風を別々の手で使えるかも分からない。

エクリアはそこで鉛筆を止めた。

前に自分で言ったことを思い出す。

二つあるんだから、二つとも練習しないと駄目。

水も風も、ずっとそうしてきた。

エクリアは自分の両手を見る。

使える属性は二つある。

手も二つある。

だからといって、すぐに両方使えるわけではない。

それでも、試してみたいことは出来た。

エクリアは最後に一行書き加える。

『まず、反対の手でも《印》を最後まで』

書き終えると、もう一度その文字を見る。

「明日もやろう」

エクリアは小さく言って、ノートを閉じた。

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