見たあとの動き
その日の剣術の授業でも、18人は防具を着けて木剣を持っていた。
剣術の授業で生徒同士が打ち合うのは、もう初めてではない。
構えや足運び、間合いを覚えたあとも何度か相手を替えながら木剣を交え、その経験は戦闘実践で木剣を使う時にもつながっていた。
クロードも防具の留め具を確かめてから木剣を握る。
少し離れたところではノーゼスが肩を回し、エクリアも防具を着け終えていた。
ザナトスは木剣を振らずに手首だけを動かしている。
全員の準備を確認したバナンが前へ立った。
「今日はいつも通り、時間で相手を替える」
18人がバナンを見る。
「当てたら一度止まれ」
「相手が止まったあとまで振るなよ」
「はい」
返事が重なる。
バナンが手を上げた。
「組め」
生徒たちが動き始める。
クロードが周囲を見たところで、ノーゼスと目が合った。
「最初やるか?」
「うん」
2人で少し離れた場所へ移動する。
向かい合って木剣を構えた。
戦闘実践では同じ側にいることが多い。
それでも剣術の授業では、こうして何度も相手になっている。
ノーゼスの動きも、最初に打ち合った頃より見慣れていた。
「始め」
バナンの声が響く。
ノーゼスが一歩前へ出た。
クロードはその足を見る。
もう一歩。
ノーゼスが木剣を振る。
いつもなら、クロードは一度距離を広げてから次を見ていた。
けれど今日は、足がすぐには後ろへ動かなかった。
頭に浮かんだのは、野外実習で見たグレインだった。
オーガの大きな身体を前にしても、グレインは必要以上に遠くへ離れていなかった。
大きく下がらず、少し位置を変えて剣を外していた。
クロードは横へ動いた。
ノーゼスの木剣が近づく。
あと少し。
そう思った瞬間、防具の腕へ木剣が触れた。
「そこまで」
近くにいたバナンの声が掛かる。
ノーゼスがすぐ木剣を引いた。
クロードも止まる。
「当たったな」
「うん」
クロードは自分の腕を見る。
痛みはほとんどない。
けれど避けたつもりだった。
2人が位置を戻す。
「今日、あんまり下がらないな」
ノーゼスが言った。
「ちょっと試してる」
「何を?」
クロードは木剣を構え直した。
「まだ分からない」
「なんだそれ」
ノーゼスが笑う。
「もう一回行くぞ」
「うん」
再び向かい合う。
ノーゼスが前へ出た。
クロードは今度も大きく下がらない。
ただ、さっきより少し早く横へ足を出した。
木剣が身体の前を抜ける。
今度は当たらない。
クロードはそのままノーゼスを見る。
ノーゼスは木剣を戻しながら、もうこちらへ向き直っていた。
クロードも構えへ戻す。
すぐに前へ出た。
木剣を振る。
ノーゼスが受ける。
乾いた音が鳴った。
クロードは押し込まず、横へ足を動かす。
ノーゼスも離れた。
もう一度向かい合う。
「さっきより近いな」
ノーゼスが言った。
「うん」
「やりにくい」
「僕も」
「お前もなのかよ」
ノーゼスが笑いながら踏み込む。
クロードも木剣を上げた。
何度か木剣がぶつかる。
近いまま動こうとすると、相手の木剣もすぐ届く。
大きく離れれば一度考える時間が出来る。
今はそれが短い。
ノーゼスが振る。
クロードが横へ外れる。
すぐにノーゼスが向き直る。
クロードも止まらず構えを戻した。
また次が来る。
野外実習で見ていた時より、ずっと忙しい。
先生たちは簡単そうにやっていたわけではない。
自分が外から見ていただけだった。
「そこまで」
交代の声が掛かった。
クロードとノーゼスが木剣を下ろす。
ノーゼスが息を吐いた。
「近いと疲れるな」
「僕も思った」
「次もそれやるの?」
クロードは少し考えた。
「やってみる」
「じゃあ次のやつ大変だな」
ノーゼスが笑いながら離れていく。
◇
次にクロードと向かい合ったのはエクリアだった。
「ノーゼスと何してたの?」
エクリアが木剣を構えながら聞く。
「何って?」
「いつもより近いところでずっと動いてたじゃない」
「見えてた?」
「見てたんだから見えるわよ」
クロードも構える。
「野外実習で先生たちが戦ってたの見たでしょ」
「オーガの時?」
「うん」
クロードは頷いた。
「グレイン先生もラディス先生も、あんまり大きく離れなかったから」
エクリアが少しだけ目を細める。
「真似してるの?」
「真似出来るか分からないけど、やってみてる」
「そう」
エクリアが木剣を握り直した。
「じゃあ私も普通にやるからね」
「うん」
「始め」
声と同時にエクリアが動いた。
最初から真っすぐは来ない。
横へ一歩動き、クロードの向きが変わったところで前へ入る。
クロードも足を動かす。
木剣が来る。
少し横へ。
今度は外れた。
クロードはそこで安心せず、すぐエクリアを見る。
もう身体がこちらを向いている。
二度目が来た。
クロードは木剣で受ける。
音が鳴る。
エクリアが引く。
クロードも木剣を戻す。
今度はこちらから入った。
エクリアが下がる。
クロードは追う。
けれど一直線には追わない。
少し横へずれながら距離を詰める。
木剣を振る。
エクリアが避ける。
クロードは振った木剣を戻す。
その間にエクリアがもう前へ出ていた。
「っ」
クロードも身体を向け直す。
木剣同士がぶつかる。
離れる。
また向かい合う。
エクリアが少し笑った。
「やっぱり今日違うわね」
「そう?」
「前より戻らない」
クロードは少し考える。
「戻らない?」
「距離よ」
エクリアが一歩だけ下がってみせる。
「前は一回離れてからまた来ることが多かったでしょ」
クロードはこれまでの打ち合いを思い返す。
確かに、一度外へ出て距離を作ることは多かった。
相手を見るためでもあり、構えを戻すためでもあった。
「今日はそこまで下がらないから、すぐ次が来るのよ」
「エクリアからもね」
「そういうこと」
エクリアがまた構える。
「だから止まったら当てるわよ」
「止まらないようにする」
再び動く。
エクリアが木剣を振る。
クロードは外す。
構えを戻す。
クロードが振る。
エクリアが下がる。
すぐに横へ動く。
クロードも向きを変える。
一つ動けば、次が近い。
剣を外したあとも相手を見る。
自分が振ったあとも相手を見る。
エクリアも同じようにこちらを見ている。
クロードが一歩入った。
木剣を振る。
エクリアが受ける。
クロードはすぐ引こうとした。
その前にエクリアが横へ動いた。
木剣が脇から伸びてくる。
クロードも横へ逃げる。
間に合わない。
防具へ軽い衝撃が入った。
「そこまで」
エクリアが木剣を下げる。
「入った」
「うん」
クロードも木剣を下げた。
「近くにいたら、やっぱりすぐ来るね」
「当たり前でしょ」
エクリアが笑う。
「先生たちだって、近くにいるならその分ずっと見てたんじゃない?」
クロードは少しだけ黙った。
グレインの足。
オーガの身体。
ラディスが入ってきたあとの位置。
剣だけを見ていたわけではなかった。
「そうかも」
「今頃気づいたの?」
「見てる時は分からなかったから」
「まあ、私も出来るとは言ってないけど」
エクリアが木剣を構え直す。
「もう一回」
「うん」
その後も時間まで打ち合った。
クロードは何度か距離を取った。
ずっと近くに残ることは出来なかった。
離れた方がいいと思えば離れる。
近くに残れそうなら、そのまま次を見る。
最初に考えていたほど、先生の動きは単純ではなかった。
交代の声が掛かる。
2人が木剣を下ろした。
「次、誰?」
エクリアが周囲を見る。
クロードも顔を向ける。
その前に声が飛んできた。
「俺」
ザナトスが歩いてくる。
エクリアが小さく笑った。
「やっぱり来た」
「何がやっぱりだよ」
「ずっと気にしてたじゃない」
「見えてただけだ」
「それ、私がさっき言ったやつなんだけど」
ザナトスはエクリアを無視してクロードを見る。
「やるぞ」
「うん」
クロードは木剣を握り直した。
◇
ザナトスと向かい合う。
これまでにも何度も木剣を交えてきた。
最初に防具を着けて打ち合った時だけではない。
剣術の授業でも、戦闘実践でも、相手になることがあった。
ザナトスが前へ出る速さも、途中で動きを変えることがあるのも知っている。
向こうもクロードの動きを知っているはずだった。
2人が構える。
バナンが少し離れたところから見る。
「始め」
ザナトスが動いた。
クロードも足を見る。
一気には来ない。
一歩。
もう一歩。
クロードも位置を変える。
ザナトスが横へ動いた。
クロードが向きを変えた瞬間、距離が縮まる。
木剣が来る。
クロードは大きく下がらず横へ出た。
ザナトスの木剣が身体の前を通る。
クロードはすぐに構えを戻す。
そのまま一歩入った。
木剣を振る。
ザナトスが受ける。
乾いた音が鳴った。
ザナトスの目が少し開く。
クロードは木剣を引いて横へ動く。
ザナトスも離れる。
また向かい合った。
「お前、今日なんか違うな」
ザナトスが言った。
「エクリアにも言われた」
「なんでだ?」
クロードは木剣を構えたまま答える。
「野外実習で先生たちが戦ってるの見たからかも」
「先生?」
「うん」
「だから何したんだよ」
「まだ試してるところ」
ザナトスが少し笑った。
「じゃあ試させねえ」
すぐに前へ出てくる。
「それは困る!」
クロードも動いた。
さっきより速い。
ザナトスの木剣が振られる。
クロードが外す。
すぐ次を見る。
ザナトスは止まらない。
向きを変えてまた入る。
クロードも木剣を戻す。
受ける。
離れる。
今度はこちらから入る。
ザナトスが木剣を合わせる。
ぶつかったところで、クロードは押し返さない。
横へ動く。
ザナトスもついてくる。
近い。
クロードは一度離れようとした。
ザナトスがそれを見て踏み込む。
木剣が伸びる。
クロードは下がりながら木剣を上げた。
ぎりぎりで受ける。
「危なっ」
「下がると思ったぞ!」
「見てたの?」
「当たり前だろ!」
ザナトスが笑う。
クロードも少し笑った。
自分だけが相手を見ているわけではない。
ザナトスもこちらが変わったことを見ている。
もう一度離れる。
今度は少し距離が空いた。
クロードは息を整える。
ザナトスも構えたまま動かない。
一瞬だけ静かになる。
クロードはオーガの前に立っていたグレインを思い出した。
大きく動かなかったことだけではない。
剣を振ったあとも、次を見るまでが速かった。
ラディスが加わったあとも、2人とも一度動いて止まってはいなかった。
クロードは木剣を握り直す。
前へ出た。
ザナトスが木剣を振る。
クロードは横へ外れる。
そこで止まらない。
身体を向ける。
木剣を戻す。
ザナトスも向き直る。
その前にクロードが踏み込んだ。
木剣を振る。
ザナトスが身体を引く。
木剣の先が防具のすぐ前を通った。
届かない。
クロードはすぐに木剣を戻す。
ザナトスがもう来ている。
今度は受ける。
木剣が鳴る。
ザナトスが横へ出る。
クロードも追う。
一歩。
木剣を振る。
ザナトスが受ける。
そのまま互いに離れた。
「今の!」
ザナトスが笑っている。
「何?」
「いつもなら一回止まってただろ!」
クロードは少しだけ目を開いた。
自分では気づいていなかった。
「そうだった?」
「俺とやってる時はな!」
「じゃあ変わった?」
「だから最初から言ってるだろ!」
ザナトスがまた前へ出る。
クロードも笑いながら構えた。
今度はザナトスが途中で足を止めた。
クロードも反応して止まりかける。
その瞬間、ザナトスがもう一度踏み込んだ。
「っ!」
クロードが横へ動く。
遅い。
木剣が肩の防具へ入った。
「そこまで」
バナンの声が掛かる。
ザナトスがすぐ木剣を引いた。
「よし!」
クロードは肩を見てからザナトスを見る。
「途中で止まったのに」
「お前が止まると思ったからな」
ザナトスが笑う。
クロードも少し悔しくなって笑った。
「次は止まらない」
「じゃあ次も変える」
「また?」
「当たり前だろ」
2人が位置を戻す。
バナンが近くまで歩いてきた。
クロードを一度見る。
「今日は動き変えたな」
「はい」
「野外実習で見たものか?」
クロードは頷いた。
「先生たちがあまり大きく動いてなかったので、やってみようと思って」
バナンはすぐには答えず、クロードとザナトスの距離を見る。
「見るのはいい」
クロードもバナンを見る。
「試すのもいい」
バナンが続ける。
「ただ、形だけ真似するな」
クロードは少しだけ首を傾けた。
「同じだけ動けばいいって話じゃない」
バナンはザナトスを見る。
「相手が違えば、必要な距離も変わる」
今度はクロードを見る。
「今のお前が、あの先生たちと同じ距離で動けるとも限らん」
「はい」
「見たものを自分で試して、駄目なら変えろ」
クロードは小さく頷いた。
それなら、これまで魔法でやってきたこととも似ている。
一度出来たから終わりではない。
同じことが次にも通るとは限らない。
「続けろ」
バナンが離れる。
ザナトスが木剣を上げた。
「今度こそ来いよ」
「ザナトスもね」
「俺は最初から行ってる!」
「途中で止まったじゃん」
「あれはわざとだ!」
「分かってるよ」
クロードが笑う。
2人はもう一度構えた。
その後も、どちらかが動けばもう一方も動いた。
クロードが近くへ残れば、ザナトスはその距離で攻め方を変える。
クロードが離れれば、今度はそこへ踏み込んでくる。
クロードも大きく下がらないことだけには拘らなかった。
離れた方がいいと思った時は離れる。
残れそうな時は、そのまま次を見る。
木剣を外したあとに相手を見る。
振ったあとにも相手を見る。
一つ終わるたびに止まらず、その先へつなげようとする。
何度か木剣がぶつかったところで、授業終了の魔導の鐘が鳴った。
「そこまで」
バナンの声で18人が動きを止める。
ザナトスが木剣を下げた。
「もう終わりかよ」
「終わりだ」
バナンが即答する。
周りから小さな笑いが起こった。
クロードも木剣を下ろす。
息はかなり上がっていた。
いつもより近いところにいる時間が長かった分、休める時間も少なかった気がする。
防具を外しながら、クロードはさっきまでザナトスと立っていた場所を見る。
先生たちのようには動けなかった。
同じように動こうとして、最初はノーゼスに当てられた。
エクリアには近くにいる分だけ次が早く来た。
ザナトスはクロードの変化を見て、自分の動きまで変えてきた。
それでも、一度動いたあとに次を見ることは前より増えた。
野外実習で見たものを、そのまま真似することは出来ない。
けれど見たからこそ、今までとは違う動きを試すことが出来た。
クロードは木剣を返す列へ向かう。
すぐ後ろからザナトスの声がした。
「次もやるからな」
クロードが振り返る。
「うん」
「次はもっと変える」
「じゃあ僕も変えるよ」
ザナトスが笑った。
クロードも笑い、前へ向き直った。




