雷が選ぶもの
翌朝、クロードは机に向かうと『雷の記録』を開いた。
昨日までに書いた記録を上から順に読み返し、最後の一行で目を止める。
『次は、周りにある物を変えてみる』
距離を変えても、雷は狙った枝には当たらなかった。
魔力量を少なくしても、少し多くしても同じだった。
ただ、それで距離や魔力量が雷の行き先に関係していないと分かったわけではない。
今の自分には、まだ分からない。
なら、次を試す。
クロードは机の上に置いてある石へ目を向けた。
これまで雷を試すときには、乾いた枝を目印にしてきた。けれど雷は枝には当たらず、何度試しても近くの地面へ落ちている。
もし、周りにある物が違ったらどうなるのだろう。
木ではなく石なら。
あるいは、金属なら。
前の世界では、電気の通りやすさは物によって違った。金属は電気を通しやすく、木や石とは性質が違う。
けれど、それは前の世界で知ったことだ。
《雷属性》の魔法が、前の世界の雷や電気と同じ性質を持っているとは限らない。
似ているから同じだと決めるのではなく、本当に同じような性質があるのかを確かめたい。
クロードは紙の余白に、木、石、金属と書いた。
一つずつ置いて試すことも考えたが、それでは外れたときに、その物が雷の行き先に関係したのか、それともいつものように狙いが定まらなかっただけなのか分かりにくい。
それなら、違う物を二つ置いてみればいい。
同じくらいの距離に二つの物を並べ、その間を狙う。
そのとき、雷がどこへ行くのかを見る。
クロードは三つの組み合わせを書き出した。
木と石。
木と金属。
石と金属。
三回。
今日試せる回数と同じだ。
クロードは紙を持って立ち上がった。
「父さまに聞いてみよう」
ガルディオは今日も、クロードの説明を黙って最後まで聞いた。
「二つ置くのか」
「はい。同じくらいの距離に置いて、その間に雷を出してみたいです」
「どちらかを狙うわけではないんだな」
「はい。どっちかを狙ったら、ぼくが狙ったからそっちに行ったのか、置いてある物が関係したのか分からなくなるかもしれないので」
ガルディオはクロードの持っている紙へ目を落とした。
「木と石はいい。金属は俺が用意する」
「はい」
「置くのも俺がやる。お前は触るな」
クロードは金属という文字を見てから頷いた。
雷と一緒に試そうとしている物だ。
自分で触れている必要はない。
「分かりました」
「今日も三回までだ。一回ごとに休む。少しでも体に異常があれば、その時点で終わりだ」
「はい」
いつもの場所へ移動すると、ガルディオが周囲を確認した。
人の姿がないことを確かめてから、最初の二つを地面へ置く。
これまで使ってきた乾いた枝と、クロードが集めていた石の一つだ。
二つは少し離し、クロードから見てほぼ同じ距離になるように並べた。
クロードは位置を確認してから右手を前へ出した。
見るのは枝でも石でもない。
二つの間だ。
昨日までと同じ程度の魔力を意識し、指で印を作る。
青白い光が走った。
ぱちっ、と乾いた音が響く。
雷は枝にも石にも当たらず、その手前の地面へ落ちた。
クロードは残った小さな跡を見る。
「どっちにも当たらなかった……」
今までと大きく違うようには見えない。
だからといって、木と石には雷が行かないと決まったわけでもない。
今日の一回では、そこまでは分からない。
「体は」
ガルディオの声が聞こえた。
クロードは自分の手を握ってから開いた。
「痛くないです。痺れもありません」
「熱は」
「ないです」
「なら休め」
「はい」
腰を下ろし、持ってきた紙に結果を書く。
『木と石――どちらにも当たらなかった』
それだけ書いて筆を置いた。
一回目が終わっただけだ。
休憩を終えると、ガルディオが石を片づけた。
代わりに置かれたのは、小さな金属片だった。
乾いた枝と金属。
二つは先ほどと同じように、クロードからほぼ同じ距離に置かれている。
クロードは金属を見つめた。
前の世界なら、これが一番気になる。
金属は電気を通しやすい。
雷も電気と深く関わっていた。
もし、この世界の《雷属性》にも似た性質があるなら、何か違いが出るかもしれない。
けれど、そうなると決まったわけではない。
クロードは視線を二つの間へ戻した。
「いきます」
「ああ」
右手を伸ばす。
距離はさっきとほぼ同じ。
使う魔力も同じくらいを意識する。
指で印を作った。
青白い光が弾ける。
次の瞬間、雷が横へ逸れた。
ぱちっ。
「……え?」
クロードの目が止まる。
雷は地面へ落ちていなかった。
乾いた枝でもない。
金属片そのものに当たっていた。
クロードはしばらく何も言わず、それを見つめた。
今まで何度やっても、雷は狙った枝には当たらなかった。
距離を変えても駄目だった。
魔力量を変えても駄目だった。
それなのに今、初めて置いた金属には当たった。
偶然かもしれない。
そう考えるより先に、前の世界で知っていたことが頭に浮かぶ。
金属は電気を通しやすい。
「……同じなのか?」
思わず小さな声が漏れた。
見た目が似ているだけではないのかもしれない。
この世界の雷にも、前の世界の電気と似た性質があるのかもしれない。
けれど、クロードはすぐに金属から目を離した。
まだ一回だ。
今までだって雷は狙った場所とは違うところへ飛んでいる。
たまたま、その行き先に金属があっただけかもしれない。
「クロード」
ガルディオの声で、クロードは顔を上げた。
「体はどうだ」
「あ……大丈夫です」
手を握り、開く。
「痛くないです。痺れもありません」
「熱は」
「ないです」
「休め」
「はい」
腰を下ろして紙を膝に載せる。
クロードは少し考えてから書いた。
『木と金属――金属に当たった』
そして、その下にもう一行加える。
『金属だから当たったのかは分からない』
一回では分からない。
でも、さっきまでとは違う結果が出た。
もう一度同じ組み合わせで試してみたい。
そう思ったが、今日用意した組み合わせはもう一つ残っている。
石と金属だ。
休憩を終えると、ガルディオが乾いた枝を片づけ、代わりに石を置いた。
先ほどと同じ金属片が、その隣にある。
クロードは石と金属を交互に見た。
もし、また金属に当たったら。
そう考えた瞬間、少し胸が高鳴った。
前の世界で知っていたことと、この世界で起きていることがつながるかもしれない。
けれど、期待した結果が出ると思い込んではいけない。
見るのは、起きてほしいことではなく、実際に起きたことだ。
クロードは二つの間へ視線を戻した。
「いきます」
「ああ」
今日三度目の印を作る。
魔力量も、距離も、できるだけ先ほどと揃える。
青白い光が走った。
ぱちっ。
雷が伸びる。
クロードはその行き先を目で追った。
そして、息を止めた。
雷は石には当たらなかった。
地面にも落ちなかった。
また、金属片そのものに当たっていた。
「……また当たった」
今度は、さっきよりはっきりと声が出た。
木と金属では、金属に当たった。
石と金属でも、金属に当たった。
金属を置いた二回ともだ。
クロードは金属片から目を離せなかった。
やっぱり。
その言葉が頭に浮かびかける。
けれど、すぐに飲み込んだ。
二回だ。
たった二回。
二回続いたことは事実だが、それだけで金属へ雷が向かうと決めることはできない。
それでも、一回目より気になる結果になったのは間違いなかった。
「父さま」
「今日は終わりだ」
クロードが振り向くより先に、ガルディオが言った。
「……もう一回だけ」
「三回だ」
即答だった。
クロードは口を閉じる。
もう一度、木と金属を同じように置いて試したい。
また当たるのか確かめたい。
けれど、三回までという約束は最初に決めたことだ。
気になる結果が出たからといって、それを変えていい理由にはならない。
「……分かりました」
ガルディオが近づいてくる。
「明日でも結果は逃げん」
クロードは一瞬だけ父の顔を見た。
それから、もう一度金属へ目を向ける。
確かにそうだ。
今すぐ答えを出す必要はない。
道具を片づけて屋敷へ戻ると、クロードはすぐに机へ向かった。
『雷の記録』を開き、今日の結果を改めて書き直す。
『木と石――どちらにも当たらなかった』
『木と金属――金属に当たった』
『石と金属――金属に当たった』
三つの記録を見比べる。
木と石だけのとき、雷は地面へ落ちた。
金属を置いた二回は、どちらも金属そのものに当たった。
偶然かもしれない。
けれど、偶然ではないかもしれない。
前の世界では、金属は電気を通しやすかった。
もし《雷属性》にも同じような性質があるのなら、今日の結果には理由があることになる。
クロードは筆を持ち直した。
『金属が雷の行き先に関係しているかもしれない』
書いてから、その下に続ける。
『まだ回数が少ないので分からない』
今まで狙っても当たらなかった雷が、金属を置いた二回だけは当たった。
だからこそ、確かめる価値がある。
次は何をするべきか。
クロードは今日の二回目を思い返した。
木と金属。
まずは同じ組み合わせを、同じくらいの距離に置く。
今日と同じことが、もう一度起きるのかを見る。
クロードは最後に一行を書き加えた。
『次は、木と金属を同じ条件でもう一度試す』
筆を置いても、金属に雷が当たった瞬間が頭に残っていた。
前の世界で知っていた雷と、この世界の《雷属性》。
二つは本当に似ているのだろうか。
まだ分からない。
けれど今日、初めてその間につながりがあるかもしれないと思える結果を見つけた。
答えではない。
確かめなければならないことが、また一つ増えただけだ。
それでもクロードには、その一つがたまらなく面白かった。




