見えない違い
翌朝、クロードは『雷の記録』を開いた。
昨日までに書いた結果を、上からもう一度読み返す。
最初の日は、同じ枝を三回狙った。
三回とも外れた。
次の日は枝までの距離を変えた。
近くしても、遠くしても外れた。
距離を変えても狙った場所には飛ばなかった。
けれど、それだけで距離が関係ないとは言えない。
クロードは昨日、自分で書いた一文を見る。
『距離を変えても外れた。距離が関係ないかは、まだ分からない』
その下には、次に確かめたいことが書いてある。
『次は、魔力量を変えるとどうなるか』
今日はこれを試す。
クロードはその文字を指でなぞった。
魔力を多くすれば、雷は変わるのか。
少なくすればどうなるのか。
狙った場所へ飛びやすくなるのか。
それとも、何も変わらないのか。
考えているだけでは分からない。
ただし、魔力量を増やすなら昨日までとは違う危険もあるかもしれない。
クロードは記録を閉じると、ガルディオを探しに向かった。
◇
「魔力量を変えたい?」
ガルディオが聞き返した。
「はい」
クロードは『雷の記録』を開き、昨日書いた部分を見せる。
「距離を変えても全部外れました。だから次は、雷に使う魔力を変えたらどうなるか試したいです」
ガルディオは紙に目を落とした。
「どの程度変えるつもりだ」
「まず少なくして、それから多くしてみたいです」
「多くする方は、少なくした結果を見てからだ」
「分かりました」
「ああ。まだお前がどの程度まで安全に使えるか分からん」
確かにそうだ。
昨日まで使っていた程度なら、今のところ痛みや痺れは出ていない。
けれど、魔力を増やしたときも同じとは限らない。
「少なくして変化があるかを見る。それからだ」
「分かりました」
一つずつ。
クロードは頷いた。
◇
二人はこれまでと同じ場所へ向かった。
土のむき出しになった地面。
水も用意してある。
使うのも、これまでと同じ乾いた枝だった。
今日は距離を変えない。
変えるのは、雷に使う魔力だけ。
クロードは枝の前に立つ。
「まず、昨日までより少なくします」
「ああ」
右手を向ける。
魔力を腕へ動かし、指先へ集める。
これまで使っていた量を思い出しながら、その手前で止める。
少なく。
ただし、雷が出る程度には。
指を組む。
パチッ。
青白い光が走った。
雷は枝を外れ、その横の地面へ落ちた。
クロードは地面を見る。
「外れた……」
そこまでは昨日までと同じだ。
次に、雷が落ちた跡を見る。
昨日までより魔力を減らした。
なら、何か違っているかもしれない。
クロードはしゃがみ込み、地面をじっと観察した。
「どうした」
「昨日までと違うか見てます」
ガルディオも地面を見る。
「分かるか」
「……分かりません」
跡は残っている。
だが、それが昨日までより小さいのかと聞かれると自信がない。
雷が走ったときの光も見た。
音も聞いた。
けれど、昨日までと比べて弱かったと言い切れるほどの違いは感じなかった。
「もう一回やってみたいです」
「同じ量か」
「はい。できるだけ」
ガルディオはクロードの手を確認してから頷いた。
「一回だけだ」
クロードは再び枝へ手を向けた。
先ほどと同じくらいの魔力を集める。
同じ姿勢。
同じ距離。
パチッ。
二度目の雷も枝には当たらなかった。
今度は少し手前の地面へ落ちる。
クロードはまた跡を見る。
一回目とも比べる。
「……やっぱり分からない」
違いがないのだろうか。
それとも、違いはあるけれど自分には見分けられないだけなのだろうか。
そこは同じではない。
「休め」
ガルディオが言った。
「はい」
今度はすぐに手を下ろした。
◇
休憩しながら、クロードは二回の結果を『雷の記録』へ書いた。
『昨日までより魔力を少なくした。二回とも枝には当たらなかった』
その下に続ける。
『音、光、地面の跡は、違いがあるか分からなかった』
書いたあと、少し考える。
『変わらなかった』
とは書かなかった。
自分に違いが分からなかっただけかもしれないからだ。
今の自分には見えないほど小さな違いなら、変わっていないように見える。
測る道具もない。
なら、分からないものは分からないと書くしかない。
クロードは紙から顔を上げた。
「父上」
「なんだ」
「少しだけ増やすのは駄目ですか?」
ガルディオはすぐには答えなかった。
「体に異常は」
「ありません」
「指は」
クロードは両手を開いて見せる。
痛みも痺れもない。
ガルディオはしばらく考えたあと、口を開いた。
「少しだけだ」
「はい」
「昨日までと大きく変えるな」
「分かりました」
「異常を感じたらすぐ止めろ」
クロードは頷いた。
◇
今度は、昨日までより少しだけ多く魔力を使う。
どこまで増やせるかを試すのではない。
増やしたときに何か違いが出るかを見るためだ。
クロードは枝へ右手を向けた。
昨日まで使っていた量を思い出す。
そこから、ほんの少しだけ多く。
指を組む。
パチッ。
青白い雷が走った。
枝には当たらない。
雷はまた地面へ落ちた。
クロードはすぐに自分の指先を見る。
痛くない。
痺れもない。
次に地面を見る。
「……」
しゃがみ込む。
跡を確認する。
顔を上げ、今度はガルディオを見る。
「分かりません」
「何がだ」
「さっきより強くなったのか」
魔力は増やしたつもりだ。
だが、音を聞いただけでは分からなかった。
光も同じように見えた。
地面の跡にも、はっきりと違うと言えるほどの差は見つけられない。
「魔力は増やしたんです」
「ああ」
「でも、違いが分からない」
クロードは地面に残った跡を見る。
魔力を少なくしたときも外れた。
少し多くしても外れた。
だからといって、魔力量が雷の行き先に関係していないとはまだ言えない。
それに、魔力量を変えて本当に雷そのものが変化しているのかも、今の自分には確かめられない。
「もう一回――」
「今日は終わりだ」
やはり即答だった。
クロードは少しだけ枝を見つめ、それから頷く。
「はい」
試したいことはある。
けれど、試せることと試していいことは違う。
今の自分では、ここまでだ。
◇
部屋へ戻ったクロードは、『雷の記録』へ今日の結果をまとめた。
『魔力を少なくしても、狙った枝には当たらなかった』
『少し多くしても、当たらなかった』
そこまで書いてから、次の一文を慎重に選ぶ。
『魔力量と雷の行き先に関係があるかは、まだ分からない』
さらに続ける。
『音、光、地面の跡にも違いがあるかもしれないが、今の自分には確認できなかった』
クロードはその一文をしばらく見つめた。
分からなかった。
今日一日使って分かったことが、それだけのようにも思える。
けれど、何が分からないのかは昨日より少しだけはっきりした。
今の自分が出せる雷では、魔力量を少し変えた程度の違いを見分けることができない。
もっと大きな力を使えるようになれば違うのかもしれない。
何かを測る方法があれば分かるのかもしれない。
それは今後確かめればいい。
クロードは昨日書いた、もう一つの疑問へ目を移した。
『周りにある物は、雷の行き先に関係するか』
昨日も今日も、乾いた枝を狙った。
そして雷は、一度も枝には当たっていない。
落ちたのは地面だった。
なぜだろう。
たまたまなのか。
それとも、雷がどこへ進むかには、自分の狙いとは別の何かが関係しているのか。
前の世界で知っていた雷や電気のことが頭に浮かぶ。
だが、それだけで答えを決めることはできない。
この世界の雷魔法が同じ性質を持っているのか、自分はまだ確かめていない。
クロードは『雷の記録』の最後に一行を書き加えた。
『次は、周りにある物を変えてみる』
書き終えると、クロードは窓の外へ目を向けた。
木。
土。
石。
屋敷の壁。
庭には、違うものがいくつもある。
何を置けばいいだろう。
何と何を比べれば、違いが分かるだろう。
答えはまだ見つかっていない。
けれど、次に確かめたいことは決まった。
クロードは『雷の記録』を閉じた。
明日は、雷ではなく、その周りを見てみよう。




