違う動き
昼食後の説明を終えてから、十八人はまた王都近郊の道を歩いていた。
クロードはグレインの後ろを歩きながら、道の両側へ何度も目を向ける。
草が揺れる。
枝が風で動く。
そのたびに、少しだけ視線を止めた。
午前中に見た《グラスウルフ》は、走り出す前に身体を低くしていた。
前足で地面も掻いていた。
次に見つけた時は、そこより前から何か分からないか見てみたかった。
「まだ探してるのか?」
隣を歩くノーゼスが聞いた。
「うん」
「グラスウルフ?」
クロードは少し考える。
「それもだけど、ほかの魔物もいるかもしれないから」
エクリアが前を見たまま口を開く。
「さっき先生も、同じ種類でも同じ動きとは限らないって言ってたものね」
「うん」
クロードは道の先を見る。
何が出てくるのかは分からない。
分からないから、見ていたかった。
少し歩いたところで、先頭のグレインが右手を上げた。
後ろを歩いていた生徒たちが次々に足を止める。
クロードも止まった。
グレインは道の脇を見ている。
ラディスも少し位置を変え、周囲へ目を向けた。
セリアナが自分の班の六人を近くへ寄せる。
クロードはグレインの視線の先を追った。
草の間で、何かが動いている。
四本の足は見えない。
さっきの《グラスウルフ》とは、動き方から違っていた。
形を揺らしながら、地面の上を少しずつ進んでいる。
「あれは?」
クロードが小さく言う。
グレインが周囲を確認してから答えた。
「《スライム》だ」
クロードは目を細める。
名前は聞いた。
けれど、午前中の二体とは見ている感じがまるで違った。
セリアナが《スライム》を見てから、自分の班へ向き直る。
「今度は、あなたたちです」
ナーン、ミナ、タンガ、ミズー、レクシア、リーゼが前を見る。
「私が止めたら、すぐに下がってください」
「はい」
六人の返事が重なる。
グレインがクロードたちへ手を向ける。
「お前らはここから見ろ」
クロードたちは少し離れた位置で止まった。
ラディス班も別の場所から見ている。
セリアナ班の六人が、互いの位置を確かめながら前へ出た。
一か所には集まらない。
けれど、前の戦闘実践の時ほど大きく離れてもいない。
クロードは六人ではなく、その先の《スライム》を見る。
午前中は足を見た。
頭の向きも見た。
地面を掻く動きも見た。
今度は、どこを見ればいいのか分からない。
《スライム》が少し動いた。
タンガが一歩前へ出る。
「行く」
リーゼがその横を見る。
「タンガ、少し右!」
タンガが位置をずらした。
ナーンの右手が動く。
《印》を組む。
火の球が形になる。
《スライム》がその場で輪郭を大きく揺らした。
次の瞬間には、さっきとは少し違う位置へ動いていた。
ナーンの《ファイアボール》が横を通る。
「外れた!」
ナーンが声を上げる。
タンガがさらに前へ出ようとする。
けれど、すぐに足を止めた。
《スライム》がどちらへ動くのか、まだ分からない。
ミズーが横へずれる。
「水いく!」
《ウォーターボール》が飛ぶ。
今度は《スライム》の端へ当たった。
身体が大きく揺れる。
それでも動きは止まらない。
「当たった」
ミズーが言う。
「まだ来る!」
リーゼの声が続いた。
《スライム》が少しずつ六人の方へ進む。
速くはない。
けれど、次にどちらへずれるのかが分かりにくい。
ミナも右手で《印》を組みかける。
その前へタンガが動いた。
ミナはすぐに手を下ろす。
「タンガ、そこだと撃てない」
「分かった」
タンガが少し横へ移る。
その反対側でレクシアの右手が動いた。
土魔法が《スライム》の近くへ出る。
《スライム》がまた形を揺らし、進む向きを変えた。
「そっち行く!」
リーゼが声を上げる。
ミズーが下がる。
ナーンも位置を変える。
クロードはその一連の動きを見ていた。
午前中とは違う。
《グラスウルフ》なら、身体を低くした時に次の動きを予想しようとした。
今は同じ見方が使えない。
「足、見ようがないな」
ノーゼスが小さく言った。
「そうね」
エクリアも《スライム》から目を離さない。
「さっき覚えたことを、そのまま使えないわ」
クロードは頷いた。
「でも、何も見なくていいわけじゃない」
「それはそうだな」
ノーゼスが答える。
クロードは《スライム》の輪郭を見る。
動く前に何か変わっていないか。
向きを変える時に違いはないか。
けれど、一度見ただけでは分からない。
六人の方では、リーゼがまた声を出した。
「ミナ、今ならいける!」
ミナが右手を上げる。
水の球が飛ぶ。
《スライム》が横へずれ、球は地面へ落ちた。
「外れた」
ミナが小さく言う。
タンガが今度は《印》を組み始める。
火の球が形になりかけたところで、《スライム》が前へ進んだ。
「近づいてる!」
レクシアの声。
タンガは《印》を解いて下がる。
ナーンも一歩下がった。
セリアナが前へ出る。
「そこまでです」
六人がすぐに動きを止めた。
「下がってください」
タンガが後ろへ下がる。
ミナ、ナーン、ミズー、レクシア、リーゼも続く。
誰も魔法を撃たない。
クロードはその様子を見ながら、午前中にグレインが前へ入った時のことを思い出した。
教師が引き取ったら手を出さない。
六人もそのまま距離を取った。
セリアナが《スライム》との間へ入る。
クロードたちはその場から動かずに待つ。
少しして、《スライム》の動きが止まった。
セリアナは周囲を確かめてから六人へ振り返る。
「大丈夫です」
張っていた空気が少し緩んだ。
タンガが息を吐く。
ミズーも肩の力を抜いた。
リーゼは自分の班の五人を順番に見た。
六人とも怪我はない。
クロードも小さく息を吐いた。
◇
少し離れた場所で、三つの班が集まった。
グレインはセリアナ班を見る。
「どうだった?」
六人が少し顔を見合わせる。
ミナが先に口を開いた。
「グラスウルフの時みたいに、次に動くところが分かりませんでした」
声は大きくない。
それでも全員に聞こえた。
タンガも《スライム》がいた方を見る。
「止まってるみたいに見えた時も、急に位置が変わった」
「前に出ようとすると、思ったところと違う場所にいた」
ナーンが続ける。
リーゼが頷いた。
「声を出してから動いても、もう場所が変わってる時があった」
ミズーは自分が水を当てた時を思い出すように少し考える。
「当たっても、それで止まるとは限らなかった」
レクシアも口を開く。
「土を出したら向きを変えたけど、次も同じになるかは分からない」
セリアナは六人の話を聞いてから、小さく頷いた。
「外から見ていた時は?」
タンガが少し考える。
「グレイン先生の班もラディス先生の班も、もっと速く動いてるように見えた」
「中に入ったら?」
「速いとか遅いとかだけじゃなかった」
タンガが答えた。
「どっちに動くか分からない方が困った」
セリアナはそこで答えを付け足さなかった。
グレインが今度は外から見ていた生徒たちを見る。
「何か違ったか?」
クロードは《スライム》がいた場所を見る。
「見るところが違いました」
「どう違った?」
「グラスウルフの時は、足とか身体を低くするところを見てました」
クロードは少し考える。
「でも、スライムには同じ見方が出来なかったです」
グレインが頷く。
ノーゼスが続ける。
「足を見るっていうのが、そのまま使えなかった」
エクリアも頷いた。
「相手が違うんだから、当たり前ではあるんだけど」
少し間を置く。
「でも、見てるだけだと同じように考えそうになるわね」
クロードはその言葉を聞きながら、午前中の《グラスウルフ》を思い出した。
同じ《グラスウルフ》でも動き方は同じとは限らない。
今度は種類そのものが違った。
戦闘実践でも、相手が変われば見るところは変わった。
人だけではなかった。
「前にも似たことあったな」
ノーゼスが言う。
クロードはノーゼスを見る。
「戦闘実践?」
「うん」
「相手の班が変わった時」
エクリアが先に言った。
クロードも頷いた。
「そうだね」
新しいことを一つ見つけたというより、前に感じたことが別の場所でも出てきた。
グレインは十八人を見渡した。
「覚えた動きを、そのまま次の相手に当てはめるな」
「でも、覚えたことを捨てる必要もない」
クロードはグレインを見る。
「見て、違うなら変えろ」
短い言葉だった。
クロードは小さく頷いた。
セリアナ班の六人も、それぞれ返事をした。
◇
その後も教師たちは周囲を確認しながら、十八人を連れて王都の方へ戻っていった。
クロードは行きと同じように周囲を見た。
けれど、朝とは少し違っていた。
草の揺れだけを見るわけではない。
地面も見る。
木の間も見る。
何を見ればいいのか分からない場所では、少し長く目を止めた。
帰り道では、新たに生徒が魔物へ向き合うことはなかった。
やがて遠くに王都の建物が見えてくる。
「帰ってきた」
誰かの声がした。
ノーゼスが大きく息を吐く。
「歩いたなあ」
「朝より疲れてる?」
クロードが聞く。
「朝よりはな」
ノーゼスは笑った。
「魔物の時も疲れたし」
エクリアも肩に掛けた荷物を少し直す。
「私は思ったより疲れたわ」
「僕も」
クロードは答えた。
身体だけではない気がした。
見ているだけでも、ずっと力が入っていた。
王都へ入り、そのまま王立学園へ戻る。
学園へ着くと、三人の教師が十八人を集めた。
セリアナが人数を確かめる。
ラディスは生徒たちの様子を見ていた。
グレインが全員へ目を向ける。
「怪我は?」
大きな怪我をした者はいない。
何人かが自分の腕や足を確かめてから首を振る。
グレインは頷いた。
「今日はここまでだ」
少しだけ空気が緩む。
クロードは背負っていた荷物を持ち直した。
朝は何があるのか楽しみだった。
実際に外へ出てみると、怖いと思った。
足も止まった。
魔法も外した。
それでも、知らなかったものをいくつも見た。
《グラスウルフ》。
《魔素核》。
《魔素石》。
そして《スライム》。
「疲れた?」
エクリアが聞いた。
「うん」
クロードは頷く。
少し考えてから笑った。
「でも、面白かった」
ノーゼスが横を見る。
「あれで?」
「怖かったけど」
「そこは別なんだな」
「うん」
クロードはすぐに答えた。
エクリアが小さく笑う。
「今日はちゃんと休みなさいよ」
「エクリアもね」
「私は休むわよ」
「本当かな」
「どういう意味?」
三人は話しながら歩き出した。
◇
夜。
男子寮の自室で、クロードは机にノートを開いた。
今日書きたいことは多かった。
最初に《グラスウルフ》と書く。
その下に、身体を低くしたこと。
前足で地面を掻いたこと。
そこから走り出したことを書く。
少し空けて、《スライム》と書いた。
ペンが止まる。
同じようには書けない。
足を見ることも、身体を低くするところを見ることも出来なかった。
クロードは昼からの場面を思い出す。
形が揺れた。
位置が変わった。
六人が声を掛けても、その間にまた動いた。
けれど、何を見れば次の動きが分かるのかは分からなかった。
クロードはそこに「まだ分からない」と書く。
次に、ザナトスのことを思い出した。
怖かったと言っていた。
それでも最初の火の球を当てた。
自分は最初、足が動かなかった。
そのあと雷を撃ったけれど、当たらなかった。
クロードはノートに二つとも書いた。
どちらが正しいとも書かない。
次に同じことが起きた時、自分がどうなるかも分からない。
最後に、今日の一番下へ短く書く。
「相手が違えば、見るところも違う」
書いてから、少し考える。
戦闘実践でも、似たことを考えたことがあった。
相手の班が変われば、見るところも変わった。
同じ相手でも、次には動きが変わった。
クロードはその下にもう一行だけ足した。
「魔物でも同じ?」
疑問符を付ける。
まだ、一日しか外へ出ていない。
《グラスウルフ》も《スライム》も、見た数は少ない。
答えにするには早かった。
クロードはペンを置いた。
怖くなくなったわけではない。
それでも、次に外へ出た時も見てみたいと思った。
ノートを閉じる前に、最後の二行をもう一度見る。
「相手が違えば、見るところも違う」
「魔物でも同じ?」
クロードは小さく頷き、ノートを閉じた。




