日々を重ねて
魔法基礎の教本にも、魔法実習のノートにも、書き込みが増えていった。
教室で学んだことを演習場で試し、戦闘実践では木剣と初級魔法を使って身体を動かす。
算術や世界史の授業を受け、食事の席では友達と話し、朝には剣も振った。
3年の前期は、そんな毎日の中で進んでいった。
《サンダーランス》の《印》も、教本を確かめずに最後までつなげられるようになってきた。
短かった雷が前へ伸び、先端まで細くまとめられる回が増えていく。
ジャルダンとリセナに見てもらいながら、流す魔力も少しずつ増やしていった。
そうして迎えた魔法実習で、クロードは左右を土壁で隔てられた区画に立っていた。
正面の的を見ていると、周囲を確かめたジャルダンがクロードの後ろへ下がった。
「始めていい」
クロードは頷き、右手を上げた。
いつもの《サンダーアロー》を放つ時より多い魔力を流し、最後まで《印》をつなぐ。
手元に生まれた雷は、前へ伸びながら1本にまとまっていった。
青白い光が強さを増しても、長く伸びた形は崩れない。
クロードは、その先端を正面の的へ向けた。
「《サンダーランス》!」
槍の形をした雷が手元を離れ、正面へ走った。
的にぶつかった瞬間、鋭い音とともに青白い光が弾ける。
クロードは右手を下ろせず、光の消えた先を見つめていた。
「……飛んだ」
口にした途端、頬が緩んだ。
「先生、飛びました!」
「ああ、最後まで形を保てたな」
ジャルダンの返事を聞き、クロードはもう1度的を見た。
胸の奥が熱くなって、なかなか顔の緩みが収まらない。
その日のノートには、初めて槍を放てた時のことを残した。
書いている間も、的へ走っていった青白い雷が何度も目に浮かんだ。
◇
「とうとう放てたのか」
休み時間に話すと、ノーゼスがクロードの右手を見た。
「うん、的まで飛んだ」
「いいなあ」
ノーゼスは自分の教本へ目を落とし、開いていた頁を親指で押さえた。
「次は俺も驚かせてやるからな」
「楽しみにしてる」
「私もいるんだけど」
そばで聞いていたエクリアが口を挟む。
「2人だけで競わないでくれる?」
「じゃあ、3人だね」
クロードが言うと、エクリアは少し顎を上げた。
「2人とも、覚えておきなさいよ」
ノーゼスが笑い、クロードもつられて笑った。
それぞれの教本を開き直してからも、練習の話はしばらく続いた。
戦闘実践で使うのは、引き続き木剣と初級魔法だった。
同じ6人で授業を重ねるうちに、短い声を聞いてすぐ近くの味方へ顔を向けられることが増えていった。
木剣で前へ出るノーゼスを見て、クロードがその横へ位置を変えることもある。
エクリアも水と風を使い分け、魔法を通したあとには自分から前へ出ていた。
空いて見える場所へ進む時、クロードの目は横や奥へも向くようになっていたが、確かめている間に相手が入ってしまうこともあった。
「雷いく!」
木剣を左手へ移したクロードが声を掛けると、近くにいたガレスが1歩横へずれた。
その先へ《サンダーボール》を放ち、右手に木剣を戻したところで、今度はピアの声が聞こえる。
「下がって!」
クロードが退くと、その前を水が通り過ぎた。
声に応じて動けたと思った次の瞬間には、ノーゼスと同じ場所へ入りかけてしまう。
「おっと」
2人で足を止めたところへ、ベンから別の方向を知らせる声が飛んできた。
顔を見合わせる間もなく、それぞれ木剣を構え直す。
授業のあとには、6人で水を飲みながら、うまく通った声も聞き逃した声も話した。
そんな日々を重ねて、やがて前期が終わった。
◇
中休みに入り、帰省の手続きを済ませたクロードは、馬車に揺られてアインハルト領へ戻った。
屋敷に着くと、玄関からイリアが駆けてくる。
「お兄ちゃん!」
「ただいま、イリア」
近くまで来たイリアは、クロードの手を両手で握った。
「おかえり、待ってたよ」
「うん」
クロードが笑うと、イリアも嬉しそうに顔を上げる。
「何して遊ぶ?」
「今、決める?」
「帰ってきてから決めるって言ったでしょ」
「そうだったね」
握られた手を軽く振り、クロードは頷いた。
「じゃあ、荷物を置いたら相談しよう」
「うん!」
エリスにも挨拶をして、クロードは部屋へ荷物を置きに行った。
着替えを済ませて戻ると、イリアはさっそく庭の方を指した。
「かくれんぼにしない?」
「いいよ、どこまで?」
「今日は庭の中だけ」
イリアは少し考えてから、クロードを指す。
「お兄ちゃんが探す方ね」
「じゃあ、20数えるよ」
クロードが目を閉じると、イリアの足音が遠ざかった。
数え終えて振り返っても、さっきまでいた場所にはもう誰もいない。
庭を見回し、木の陰を1つずつ覗いていく。
すぐに見つかるかと思ったが、回り込んだ先にもイリアはいなかった。
「そっちじゃなかったか」
クロードが向きを変えた時、少し離れたところから小さなくしゃみが聞こえた。
その方へ目を向けると、別の木の陰から金色の髪が覗いている。
「見つけた」
「あー、もう!」
イリアが木の陰から顔を出した。
「今の、くしゃみしなかったら分からなかったでしょ」
「うん、分からなかった」
クロードが素直に答えると、イリアは少しだけ得意そうな顔になる。
「じゃあ、次はお兄ちゃんが隠れて」
「分かった」
今度はクロードが場所を探す番だったが、隠れる前からイリアの数える声が追い掛けてきた。
「ちょっと早くない?」
「まだ数えてるだけだもん」
クロードは笑い声をこらえながら、庭の奥へ足を運んだ。
木の陰に身を寄せ、足音が近づくのを待つ。
「お兄ちゃーん」
返事をしそうになって、慌てて口を押さえた。
「どこですかー」
すぐ近くまで来た声が、また遠ざかっていく。
木の横からそっと顔を出すと、イリアは反対の方を見ていた。
見つからないままでいるのも、思ったより落ち着かない。
クロードはもう少しだけ顔を出し、イリアが振り返るたびに引っ込めた。
それを何度か繰り返すうち、自分でもおかしくなってくる。
「ふっ」
「聞こえた!」
クロードが口を押さえた時には、もうイリアがこちらへ走ってきていた。
「お兄ちゃん、見つけた!」
「ああ、見つかった」
木の陰から出ると、イリアが声を上げて笑った。
「お兄ちゃんの方が、隠れるの下手だった」
「イリアも、くしゃみで見つかったじゃないか」
「笑ったのとは違うもん」
クロードは言い返そうとして、また笑ってしまった。
イリアもつられて笑い、しばらく2人とも次の言葉が出てこない。
やっと息を整えてから、クロードは庭を見回した。
「もう1回やろうか」
「やる!」
「今度は、僕が探すよ」
イリアは頷くと、早く目を閉じてと言うようにクロードの前で両手を広げた。
◇
中休みの間、クロードは朝の鍛錬や自分の勉強を続けながら、イリアともよく遊んだ。
その休みの間に誕生日を迎え、12歳にもなった。
「お誕生日おめでとう、クロード」
エリスに礼を言っていると、隣からイリアも身を乗り出してくる。
「おめでとう、お兄ちゃん!」
「ありがとう」
クロードが笑うと、イリアも満足そうに笑った。
王都へ戻る朝には、イリアも玄関まで一緒についてきた。
「楽しかったね」
「うん、僕も」
イリアはクロードの手を1度握ってから、そっと離した。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
「いってきます」
馬車に乗ってからも、クロードは窓の外へ顔を向けていた。
エリスの隣で手を振るイリアへ、見えなくなるまで手を振り返した。
◇
王都に戻り、後期の始期式を終えると、教室にはいつもの18人の声が戻ってきた。
クロードが席に着くと、ノーゼスが机のそばへやってくる。
「休み、どうだった?」
「家に帰って、イリアと遊んだよ」
「何して遊んだんだ?」
「かくれんぼをしたんだけど、僕が笑って見つかった」
「何やってるんだよ」
ノーゼスが声を上げて笑うと、そばへ来たエクリアまで笑った。
「そんなにおかしかったの?」
「隠れてたら、なんだかね」
思い出したらまた笑いそうになり、クロードは口元を押さえた。
教室の前から、ゼルトスの声が響く。
「さて、諸君、続きは休み時間にしたまえ」
ノーゼスたちも自分の席へ戻り、クロードは鞄から教本を取り出した。
後期の授業が始まり、魔法演習場にも、第2運動場にも、また足を運ぶようになった。
戦闘実践の日、クロードたち6人はグレインの前へ集まった。
ノーゼス、エクリア、ガレス、ベン、ピア。
前期と同じ5人がそばにいる。
「野外実習に向けた準備も始めるぞ」
グレインの言葉に、クロードは顔を上げた。
前期に聞いた時にはまだ先だった野外実習が、いよいよ近づいてきた。
ノーゼスも少し背筋を伸ばし、エクリアがグレインを見る。
クロードは第2運動場へ目を向けた。
ここでは何度も6人で動き、声を聞き、同じ場所へ入りかけては足を止めてきた。
学園の外では、どんなふうになるのだろう。
知りたいことがいくつも浮かび、クロードは自然と口元を緩めた。
(早く行ってみたいな)
クロードは5人と並び、グレインへ視線を戻した。




