食べに行こう
放課後、クロードが教本を鞄にしまっていると、ノーゼスが机の横へやってきた。
「今日、イリターニ食堂に行かないか?」
クロードは顔を上げた。
「いいね」
「エクリアも誘おうぜ」
ノーゼスが教室の中へ目を向け、帰り支度をしていたエクリアを呼ぶ。
自分の鞄を持って近づいてきたエクリアは、2人を交互に見た。
「どうしたの?」
「これからイリターニ食堂に行こうって」
クロードが答えると、エクリアの顔がほころんだ。
「私も行くわ」
「じゃあ決まり」
ノーゼスが自分の鞄を取りに戻るあいだ、クロードも机の上に残っていた筆記具をしまった。
エクリアが教室の出口へ向かいながら振り返る。
「今日は違うものを食べてみようかしら」
「前に食べたのもおいしかったよね」
「そうなのよね」
エクリアは少し考え、それから笑った。
「品書きを見てから決めるわ」
「見たら、もっと迷うんじゃないか?」
戻ってきたノーゼスが言う。
「ノーゼスはもう決めてるの?」
「まだ」
「じゃあ、一緒じゃない」
クロードも笑い、2人と教室を出た。
廊下には授業を終えた生徒たちの声が残っている。
ノーゼスが歩きながら店の料理の話を始め、クロードも鞄を持ち直してその隣へ並んだ。
◇
学園を出て王都の通りを進むと、やがてイリターニ食堂の看板が見えてきた。
扉の向こうから聞こえる話し声に、皿の触れ合う音が混じっている。
ノーゼスが扉を開けると、奥からマサナの声が飛んできた。
「いらっしゃい、あんたたちか!」
ナリナが客席の方から近づいてくる。
「3人?」
「うん、座れる?」
ノーゼスが答えると、ナリナは空いている卓へ目を向けた。
「こっちへどうぞ」
3人はナリナのあとについて席へ向かい、鞄を邪魔にならない足元へ置く。
ナリナは一度離れ、クロードが品書きへ手を伸ばしたところで水を運んできた。
「今日は何にする?」
「今から見るところ」
ノーゼスが答えると、ナリナは彼の手元にある品書きへ目を落とした。
「じゃあ、決まったら呼んでね」
「うん」
別の卓から声が掛かり、ナリナはそちらへ返事をしながら離れていった。
ノーゼスはその方を見送ってから、品書きを開く。
向かいではエクリアが、さっそく気になる料理を指で示していた。
「私、これにするわ」
クロードもそこを見る。
「それもおいしそう」
「クロードは?」
「こっちかな」
クロードが別のところを指すと、ノーゼスが横から覗いた。
「あ、それ俺も迷ってた」
「一緒にする?」
「そうする」
ノーゼスは品書きを閉じ、卓の中央へ置いた。
「2人とも同じなのね」
「エクリアもこっちにする?」
クロードが聞くと、エクリアは自分の選んだ料理をもう一度見てから首を横に振る。
「私はこっちを食べたいわ」
「じゃあ決まったね」
3人の注文を確かめ、エクリアがナリナへ声を掛けた。
注文を聞いたナリナが厨房へ向かうと、奥からマサナの返事が聞こえた。
「はいよ!」
客席へ戻ってきたナリナを別の客が呼び、彼女はそちらへ顔を向ける。
「今行くね!」
ノーゼスが水を飲みながら、店の中へ目を向ける。
「やっぱりいいな、ここ」
「まだ料理来てないよ」
クロードが言うと、ノーゼスは笑った。
「待ってるあいだも退屈しないだろ」
ちょうど隣の卓で笑い声が上がり、クロードもつられてそちらを見る。
エクリアは品書きを卓の端へ寄せた。
「2人の料理も気になるのよね」
「そっちに決めたんじゃなかったのか?」
「決めたけど、気になるのは別でしょう」
「分かる」
クロードが頷くと、ノーゼスは2人を見て水を置いた。
「じゃあ俺も気になる」
「合わせなくていいわよ」
エクリアが笑った。
やがて厨房から料理が運ばれてきて、クロードとノーゼスの前に同じ皿が並ぶ。
続いてナリナがエクリアの料理を置くと、卓の上に温かな匂いが広がった。
「お待たせ!」
「ありがとう」
エクリアが料理へ目を落とし、クロードもさっそく一口食べる。
口の中に広がった味を確かめているうちに、自然と次の一口へ手が伸びた。
「うまいな」
隣のノーゼスが言う。
クロードは頷き、向かいを見た。
エクリアも料理を口へ運び、満足そうに目を細めている。
「そっちは?」
「おいしいわ」
「やっぱり気になるな」
ノーゼスが言うと、エクリアは自分の皿へ視線を戻した。
「今日はこれにしてよかった」
「余計に気になるだろ」
その言い方に、クロードも笑った。
しばらくは料理を食べながら、互いの皿へ時々目を向けていた。
水を飲んで一息ついたところで、エクリアが口を開く。
「中級も、早く思った通りに使いたいわね」
「俺も」
ノーゼスが頷いた。
「教本見てると、早くやりたくなる」
「そうなのよ」
エクリアはクロードへ目を向ける。
「この前の休憩で、形も始めたって言ってたでしょう」
「《サンダーランス》?」
「ええ、ああいう話を聞くと、私も早くって思うのよね」
クロードは食べていたものを飲み込んでから答えた。
「あの授業の終わり頃に、1回だけ少し細長くなったんだ」
ノーゼスが顔を向ける。
「出来たの?」
「槍にはなってないよ」
クロードは首を横に振った。
「まだ短いし、真っ直ぐでもなかった」
「でも、細くはなったのね」
「うん、だからもう1回やってみたんだけど」
手元で左右へ分かれた雷を思い出し、クロードは少し口を曲げる。
「次は先が2つに分かれた」
「2つ?」
「その次は細くなったけど、細長くなった時より短かった」
ノーゼスが自分の皿へ目を落としてから、もう一度クロードを見た。
「続かなかったのか」
「同じにしたつもりだったんだけどね」
「もう1回は?」
エクリアが聞く。
「やろうとしたら、鐘が鳴った」
クロードが答えると、ノーゼスが声を出して笑った。
「そこで終わったのか」
「手を上げたところだったのに」
「それはもう少しやりたかったわね」
「うん」
クロードは皿から一口取り、食べてから続けた。
「出来たって言ってみたかったんだけどな」
「言われたら悔しいわ」
エクリアがすぐに返す。
「まだ言ってないよ」
「分かってるわよ」
「俺は自分のがうまくいったら、それで嬉しいけどな」
ノーゼスが言う。
「ノーゼスは、先に出来たって言いたくないの?」
エクリアに聞かれ、ノーゼスは少し考える。
「出来たら言うかも」
「ほら」
「出来たらの話だって」
クロードは笑い、自分の料理をもう一口食べた。
「楽しそうだね」
水差しを持ってきたナリナが、3人の顔を見る。
「学校の話?」
「うん、魔法」
ノーゼスが答えた。
「今は何年生なの?」
「3年」
「3人とも?」
クロードとエクリアも頷いた。
ノーゼスが少し身体をナリナの方へ向けて続ける。
「戦闘実践の班も一緒になったんだ」
「へえ」
「6人で組んで、5年の終わりまでずっと同じなんだって」
「じゃあ、長い付き合いになるね」
「入学した時から同じクラスだけどな」
「あ、そうなんだ」
ナリナが3人へ視線を巡らせる。
「それで話が尽きないのね」
「黙って食べるのも変だろ」
ノーゼスが答えると、エクリアが水を置いた。
「ノーゼス、そんなに喋ってたら食べられないわよ」
「食ってるって」
ノーゼスは皿に残った料理を示し、それからナリナへ顔を戻した。
ナリナは水差しを置き、彼の顔を見ながら尋ねる。
「ノーゼスで合ってる?」
「うん、ノーゼス」
ノーゼスの背筋が少し伸びた。
「2人は?」
「私はエクリア」
「僕はクロードです」
「エクリアとクロードね」
ナリナは顔と名前を確かめるように2人を見て、にこっと笑った。
ノーゼスも何か言いかけたところで、マサナの声が飛んでくる。
「ナリナ、あっちの卓もお願い!」
「はーい、今行く!」
ナリナは水差しを持ち上げ、3人へ顔を向けた。
「じゃあ、ゆっくり食べてね」
別の卓へ向かうナリナを、ノーゼスが目で追う。
エクリアはその横顔を見たあと、自分の料理を一口食べた。
クロードも水を飲み、手元の皿へ向き直る。
「エクリア、そっちにしてよかった?」
「ええ」
「僕もそっちを食べてみたくなった」
「さっきから言ってるな」
ノーゼスがこちらを向く。
「ノーゼスも言ってたでしょう」
「俺はこっちもうまいと思ってるぞ」
「僕だって」
クロードは自分の皿を見て笑った。
「両方気になるんだよ」
エクリアが楽しそうに2人を見る。
「今日は私の選び方がよかったのかしら」
「食べてないから分かんないだろ」
「私は食べてるもの」
ノーゼスが言い返しかけ、それから自分でも笑い出した。
料理を食べ終えたあとも、3人は水を飲みながら話していた。
教本の話になり、帰りに通る街の店へ話が移り、エクリアが卓の端にある品書きを引き寄せる。
「私、デザートも食べたいわ」
クロードはその手元へ顔を向けた。
「僕も」
「じゃあ俺も」
ノーゼスが身を寄せ、3人で品書きを覗く。
「これはどう?」
「私はこっちがいいわ」
「あ、それもいいな」
今度はノーゼスが迷い、エクリアが品書きを彼の方へ少し回した。
クロードも気になるところを指しながら、何を頼むか考える。
決めたものをナリナへ伝え、届くまでのあいだも3人で話し続けた。
やがてデザートが並び、それぞれの皿へ手が伸びる。
エクリアは自分の選んだものを食べてから、クロードの方を見る。
「そっちもおいしい?」
「うん」
「今度はエクリアが気にしてる」
ノーゼスが言うと、エクリアは笑った。
「気になるのは別なんでしょう?」
クロードは頷き、残りをもう一口食べた。
◇
会計を済ませて鞄を持つと、ナリナが新しく入ってきた客を空いている卓へ案内していた。
3人はその人たちが通るのを待ってから、扉へ向かう。
「ごちそうさまでした」
クロードが声を掛けると、奥からマサナの声が返ってきた。
「ああ、またおいで!」
エクリアも礼を言い、ノーゼスが扉へ手を掛ける。
「クロード、エクリア、ノーゼス!」
ナリナの声に、3人とも振り向いた。
案内を終えたナリナが、卓のそばからこちらを見ている。
「気をつけて帰ってね!」
「うん、また!」
ノーゼスが答え、クロードたちも声を返して店を出た。
扉が閉まると、店の賑やかさが少し遠くなる。
ノーゼスは鞄を持ち直し、口元を緩めたまま歩き始めた。
エクリアがその隣へ並び、クロードも続く。
「今日の料理、おいしかったわ」
エクリアが言った。
「デザートも?」
「そっちもよ」
「僕、料理はエクリアのも食べてみたいな」
クロードが言うと、ノーゼスが振り返る。
「まだ気になってるのか?」
「気になるよ、エクリアがずっとおいしいって言ってたから」
エクリアが笑う。
「私まで2人の料理が気になったわよ」
「じゃあ、みんな同じか」
ノーゼスが言い、クロードも笑った。
道を行く人とすれ違いながら、3人で学園の方へ進む。
クロードのお腹はいっぱいだった。
もう少し話していたくて、隣を歩く2人へ顔を向ける。
「誘ってくれてよかった」
ノーゼスがクロードを見る。
「だろ?」
「私も、来てよかったわ」
エクリアが笑うと、クロードも頷いた。
「また食べに行こう」
2人の返事を聞きながら、クロードは笑って歩き続けた。




