形まで
魔法実習の授業がある日、クロードたち18人は魔法演習場へ集まっていた。
クロードは自分の練習場所へ着くと、《サンダーランス》の頁を開いて右手を動かす。
これまでの魔法実習でも、《印》と魔力を一緒に扱う練習は続けていた。
最初の頃より教本を見る回数は減り、魔力を流したまま最後まで《印》を通せることも増えている。
それでも途中で指が止まることはあり、《印》へ意識を向けた時に魔力量が変わることもあった。
クロードは教本から目を離し、右手を上げる。
最初の形。
次。
その次へ指を動かす。
同時に、自分が動かしている魔力も感じる。
途中で少し迷ったが、指は止まらなかった。
最後まで《印》を通すと、手元に青白い雷が現れる。
雷は細く揺れながら外へ伸びかけ、そのまま形を崩した。
クロードはすぐに魔力を止めた。
「今のは最後までいった」
自分の右手を見てから、ノートへ短く書く。
少し離れたところではノーゼスが土属性の教本を開き、何度か《印》をやり直していた。
エクリアも自分の場所で練習を続け、一度手を下ろすと別の頁へ目を移す。
他の生徒たちもそれぞれの場所で中級魔法の練習を始めていた。
クロードはもう一度右手を上げる。
今度は途中で魔力が少し強くなった気がした。
すぐに手を止める。
「増えたかも」
魔力を止め、最初からやり直す。
次は最後まで《印》が通った。
青白い雷が現れる。
さっきより大きく外へ伸びることはない。
クロードはそのまま止めた。
近くまで来ていたリセナが、手元の一覧とクロードの右手を見比べる。
「今の《印》は最後まで合っています」
「魔力は?」
「大きく増えてはいません」
クロードは少し考える。
「同じくらいでした?」
「そこまでは分かりません」
リセナは答えた。
「ただ、先ほど止めた時のような大きな変化はありませんでした」
「分かりました」
クロードはノートへ書き足す。
《印》は合っていた。
魔力は大きく変わらなかった。
それだけを残した。
もう一度試す。
今度は途中で指が止まった。
その次は教本を一度確認してから最後まで通した。
さらにもう一度。
教本を見ずに最後まで進む。
クロードが手を下ろしたところで、ジャルダンが近くへ来た。
「今のはどうだった?」
「《印》は最後までいきました」
「魔力は?」
「大きくは変わってないと思います」
「思う?」
クロードは頷いた。
「前みたいに増えた感じはしませんでした。でも、同じだったかまでは分かりません」
ジャルダンはそれ以上答えを足さず、クロードのノートを見る。
「じゃあ、今日は一つ増やしてみるか」
「一つ?」
ジャルダンが開かれた教本を指した。
そこには《サンダーランス》の説明と、槍状に伸びる雷の図が載っている。
「形だ」
クロードは教本を見る。
「槍の形?」
「そこまで作れなくていい」
ジャルダンは言った。
「今扱っている魔力のまま、雷を前へ細くまとめようとしてみろ」
クロードは少しだけ眉を上げた。
「魔力は増やさないんですか?」
「まだ増やさない」
ジャルダンはクロードを見る。
「《印》と今の魔力を扱いながら、形まで見たらどうなるかを確かめる」
クロードはもう一度教本へ目を落とした。
高い出力の雷を槍状にまとめ、形を維持して放つ。
まだ、その全部をやるわけではない。
今まで扱ってきた魔力の中で、形だけを一つ増やす。
「やってみます」
クロードは右手を上げた。
魔力を動かす。
最初の《印》。
次。
さらに次。
途中で魔力を感じる。
大きくは変わっていない。
最後まで指が動く。
青白い雷が現れた。
クロードは雷を見る。
丸くするのではない。
前へ。
細く。
そう意識する。
雷の一部が前へ伸びた。
「伸びた」
けれど、手元に近い部分は太いままだった。
先へ伸びた雷も途中から何本かに分かれ、そのまま散っていく。
クロードは魔力を止めた。
青白い光が消える。
「先が分かれた」
ノートへ戻り、今の形を書く。
根元は太い。
先が分かれた。
「もう一回」
右手を上げる。
魔力を動かす。
《印》を進める。
最後まで通る。
雷が現れる。
今度は最初から形を意識した。
細く。
もっと細く。
前へ伸ばす。
雷が強く光った。
クロードの表情が変わる。
すぐに魔力を止めた。
「今、増えた」
リセナもこちらを見ていた。
「はい」
クロードは右手を下ろす。
「形を細くしようとしたところ?」
「その辺りからです」
リセナは答えた。
「始めた時より魔力が増えていました」
クロードは少し笑った。
「まただ」
ジャルダンが聞く。
「何が?」
「見るものを増やしたら、魔力が変わりました」
第164話の時と同じように、とは口にしなかった。
けれどクロードには覚えがある。
魔力を見れば《印》が止まり、《印》を見れば魔力が変わった。
今度は形を見たら、また魔力が変わった。
「じゃあ、次は?」
ジャルダンが聞く。
クロードはノートを見る。
《印》。
魔力。
そこへ今書いた形。
「形を見た時に、魔力が変わってないかも見ます」
「全部一度に直すのか?」
クロードは少し考えた。
「……それだと、またどこが変わったか分からなくなりそうです」
ジャルダンが頷く。
「なら、今度はどこで変わったかを見ろ」
「はい」
クロードは右手を上げる。
今度は形を急いで作ろうとしない。
魔力を動かす。
《印》を進める。
最後まで通す。
雷が現れてから、形を見る。
少し前へ伸ばす。
根元が膨らむ。
クロードはそこへ意識を向けた。
その瞬間、先端が散った。
「そっちか」
魔力を止める。
もう一度。
今度は《印》の途中で指が止まった。
クロードは無理に続けず、最初からやり直した。
次は雷が現れるところまで進む。
細くしようとすると、また魔力量が少し変わる。
クロードはそこで止める。
一つずつ結果を書いていく。
やがて1限目の終わりを告げる鐘が鳴った。
クロードは右手を下ろし、水を取りに向かった。
◇
短い休憩に入ると、クロードはその場へ座ってノートを開いた。
並んでいる記録を上から見る。
《印》で止まった。
魔力が増えた。
根元が太かった。
先が分かれた。
形を見たら魔力が増えた。
今までより、見る欄が一つ増えている。
クロードは空いているところへ書いた。
《印》。
魔力。
形。
3つ並んだ文字を見る。
「増えてるな」
声がして顔を上げると、ノーゼスが水を持って立っていた。
「何が?」
「見るやつ」
ノーゼスがノートを覗く。
「前は《印》と魔力だっただろ」
「今日は形も」
「また増えたじゃん」
「うん」
クロードは少し笑った。
「でも、どこが違ったか分けやすくなった」
「忙しくもなってるだろ」
「それも増えた」
ノーゼスが笑う。
そこへエクリアも水を持って近づいてきた。
「何笑ってるの?」
「クロードが見るもの増やしてる」
「僕が増やしたわけじゃないよ」
クロードが返す。
エクリアはノートを見てから、クロードの練習場所へ目を向けた。
「形もやり始めたの?」
「うん。まだ全然槍じゃないけど」
「そりゃ最初から出来たら困るでしょ」
「僕は困らないよ」
「私はちょっと悔しい」
エクリアが即答する。
ノーゼスが笑った。
「そこかよ」
「何よ」
クロードも笑い、水を飲む。
エクリアは自分の場所へ戻る前に教本を開き直した。
ノーゼスも水を飲み終えると、自分の練習場所へ戻っていく。
クロードはすぐには立ち上がらなかった。
右手を休めながら、もう一度ノートを見る。
一つ出来れば次へ進めるわけではない。
今は、3つのどこが変わったのかを見る。
鐘が鳴り、2限目が始まった。
クロードはノートを閉じて立ち上がる。
最初に《サンダーランス》の《印》だけを一度確認した。
教本を見ずに最後まで通る。
次に魔力を動かす。
そこから《印》を始める。
一つ。
次。
その次。
途中で少しだけ魔力が強くなった気がした。
クロードは止める。
「今のは魔力」
ノートへ書く。
もう一度。
今度は途中で《印》を間違えた。
最初から。
次は最後まで通る。
雷が現れる。
形を見る。
細く。
前へ。
先端が一つにまとまりかけたところで、根元が大きく広がった。
クロードは止める。
「今のは形」
記録を残す。
また右手を上げる。
今度は《印》も最後まで通り、魔力量も大きく変わらなかった。
雷が現れる。
前へ伸ばす。
根元はまだ太い。
先も途中から散る。
それでもさっきより少し長く形が残った。
クロードは消してからノートへ戻った。
「毎回違うな」
同じようにやっているつもりでも、崩れる場所は同じではない。
だから一つ直しただけでは終わらない。
次の試行では、形を見る前に魔力が増えた。
その次は、形を意識したところで《印》の最後の動きが遅れた。
さらに次は、《印》も魔力も大きくは崩れなかったのに、雷がほとんど前へ伸びなかった。
クロードは水を飲み、右手を休める。
リセナが近くまで来た。
「記録を見てもいいですか?」
「はい」
クロードはノートを渡した。
リセナは並んだ記録を上から見る。
「同じ失敗が続いているわけではありませんね」
「はい」
「《印》が合っている時でも、形が散ったものがあります」
クロードが頷く。
「魔力が増えてないと思った時もです」
「そのまま残しておいてください」
リセナはノートを返した。
「今の段階で一つの原因に決める必要はありません」
「分かりました」
クロードはノートを受け取り、少し休んでからまた立ち上がる。
何度目かの試行。
魔力を動かす。
最初の《印》。
次。
指を進めながら魔力も感じる。
途中で大きな変化はない。
最後まで通る。
青白い雷が現れる。
クロードはすぐに細くしようとしなかった。
まず今ある雷を見る。
少し前へ伸びようとしている。
そこから、ゆっくり形を動かす。
前へ。
少しだけ細く。
根元から大きく押し出すのではなく、外へ散ろうとする雷を一つの方向へ戻していく。
右側から伸びた細い雷が内側へ戻る。
左側も大きく膨らまない。
先端が揺れる。
クロードはそこだけを見続けず、根元へも目を戻した。
まだ太い。
けれど、さっきまでより細い。
雷が前へ伸びる。
長くはない。
真っ直ぐでもない。
それでも今までのものより、明らかに細長い形が残った。
クロードは目を見開く。
「今、ちょっと細くなった」
形が崩れる前に魔力を止める。
青白い雷が消えた。
クロードはすぐに右手を見る。
リセナも手元の一覧を確認していた。
「今の《印》は合っています」
「魔力は?」
「途中で大きく増えたようには見えませんでした」
クロードは頷く。
「形は?」
リセナは雷があった場所へ視線を向ける。
「さっきまでよりまとまっていました」
クロードは教本を開いた。
そこに載っている《サンダーランス》を見る。
細く、長く伸びた槍状の雷。
今のものとはまだ全然違う。
「槍には、まだ短いですね」
「そうですね」
リセナはそのまま答えた。
高い出力でもない。
放ってもいない。
一度だけ少し形が近づいただけだ。
ジャルダンがこちらへ歩いてくる。
「今のをどうする?」
クロードは教本から自分の右手へ視線を戻した。
少し細く出来た。
なら、その次に確かめたいことは決まっている。
「もう一回、同じの出来るかやります」
ジャルダンが頷く。
クロードはノートへ今の結果を書いた。
《印》は最後まで。
魔力は大きく変わらなかった。
形は前より細くなった。
書き終えると、右手を上げる。
さっき出来た形だけを追いかけない。
まず魔力を動かす。
最初の《印》を作る。
次も同じように出来るかを確かめるため、クロードはもう一度ゆっくりと指を動かし始めた。




