もうひとつ増える
それから次に戦闘実践の授業があった日、第2運動場には再び3つのチームが集まっていた。
クロードたちがグレインのところへ向かうと、演習する場所を囲うようにポールが並べられている。
前の授業にはなかったものだった。
クロードがポールを見ていると、その間に薄い光が走った。
「今日は魔法も使う」
グレインが言った。
クロードは結界の内側を見る。
前の授業では、6人とも木剣だけでグレインを追った。
今日はそこへ魔法も加わる。
「木剣も使っていいんですよね?」
ガレスが聞いた。
「使っていい」
グレインは6人を見る。
「ただし、中級魔法は使うな」
クロードは小さく頷いた。
《サンダーランス》は、まだ《印》と魔力を一緒に扱う練習をしている途中だった。
ここで使えるものではない。
「今まで使ってきた魔法だけだ」
6人が木剣を手に取る。
グレインも1本持って結界へ入った。
クロードたちも続く。
「この前は木剣を足した」
グレインが言う。
「今日は、そこへ魔法を足す」
クロードは右手の木剣を握った。
「俺に魔法を当てることだけを考えるな」
グレインが6人を見る。
「木剣も魔法もある中で、周りを見て動けるか確かめろ」
クロードはノーゼスたちを見る。
前へ出る時には声を出す。
戻る時にも伝える。
誰かが入っているなら、同じ場所へすぐには入らない。
前の授業で何度も試したことだった。
「始めるぞ」
6人が広がった。
グレインが木剣を構える。
クロードも構えながら周囲を見る。
ガレスが少し右。
ノーゼスはその後ろ。
エクリア、ベン、ピアも離れている。
グレインが動いた。
クロードはすぐには追わない。
まず周りを見る。
前へ入っている人はいない。
少し距離もある。
今なら魔法を使えそうだった。
クロードは右手の木剣を持ったまま、左手の指を動かし始める。
《サンダーボール》の《印》を組む。
右手より遅い。
それでも、左手でも何度か使ってきた。
「入る!」
ガレスの声が聞こえた。
クロードは顔を上げる。
ガレスがグレインへ向かっていた。
「待って!」
クロードは途中まで組んでいた《印》を解いた。
ガレスがグレインへ木剣を振る。
グレインが受け、横へ動く。
クロードは雷を出さないまま位置を変えた。
その横からピアの声がする。
「水、いくよ!」
クロードはさらに外へ動く。
ピアの《ウォーターボール》が前へ飛んだ。
グレインが横へ避ける。
「俺、行く!」
ノーゼスがその先へ入ろうとする。
だがグレインの近くには、まだガレスがいた。
「ガレスいる!」
ベンの声でノーゼスが足を止める。
ガレスがグレインから離れた。
「戻る!」
ノーゼスが今度こそ前へ出る。
クロードももう一度左手を上げた。
けれどノーゼスがグレインを追って動くたびに、狙える場所も変わっていく。
《印》へ目を向ける。
顔を上げる。
また指を動かす。
その間にグレインが位置を変える。
「クロード、右!」
エクリアの声が聞こえた。
クロードが右を見る。
グレインがこちらへ動いていた。
《印》を解き、右手の木剣を構える。
乾いた音が鳴った。
グレインの木剣を受ける。
クロードは一歩下がった。
「離れる!」
その声と重なるように、別の声が飛ぶ。
「光、行く!」
ベンだった。
クロードはベンの方を直接見ず、グレインから距離を取る。
光が視界の端へ広がった。
グレインが顔をそらすように位置を変える。
その先へエクリアが動いた。
「私、入る!」
木剣を持って距離を詰める。
クロードは一度下がったまま、6人の位置を見ようとした。
さっきより見る場所が多い。
木剣を持った人。
《印》を組んでいる人。
動いているグレイン。
飛んでいく魔法。
その全部が、同時に変わっていく。
「壁出す!」
ノーゼスの声がした。
地面から《ロックウォール》が立ち上がる。
グレインの前を塞いだ。
「止まった?」
ガレスが壁の横を見る。
クロードも反対側を見る。
グレインの姿が見えない。
エクリアが壁から距離を取る。
「どっちから来る?」
次の瞬間、壁の端からグレインが出てきた。
「こっち!」
ピアが声を上げる。
全員が一斉にそちらを見る。
クロードも動こうとして、すぐ前にベンがいることに気づいた。
足を止める。
ベンも同じ方向へ動こうとしていた。
「ごめん」
「僕も」
その間にグレインはさらに位置を変えた。
「止める」
グレインの声が掛かる。
6人が動きを止めた。
ノーゼスが《ロックウォール》を消す。
クロードは左手を開いた。
結局、最初の試行では《サンダーボール》を一度も放てなかった。
グレインがクロードを見る。
「撃たなかったな」
「撃とうとはしたんですけど」
クロードは最初に《印》を組んだ場所を見る。
「ガレスが前に入ったから、止めました」
ガレスがクロードを見る。
「でも俺、入るって言ったぞ」
「聞こえたよ」
クロードは頷いた。
「聞こえたけど、その時は左手の《印》を見てたから、ガレスを見るのが遅れた」
ガレスも少し考える。
「俺もクロードが《印》やってるの、ちゃんと見てなかった」
グレインが2人を見る。
「じゃあ、どっちが悪かったと思う?」
クロードはすぐには答えなかった。
ガレスが前へ出たことが間違いだったわけではない。
自分が魔法を使おうとしたことも、それだけなら間違いではない。
「どっちも、もう少し見られた?」
クロードが言う。
「僕が待ってもよかったし、ガレスが僕を見てから入ってもよかった」
「俺が別の方から行ってもよかったな」
ガレスも答えた。
グレインはそれ以上何も言わず、今度はノーゼスを見る。
「壁は?」
ノーゼスがさっき壁を出した場所へ目を向ける。
「止めるつもりだった」
「止まったか?」
「いや」
ノーゼスは少し笑った。
「横から出られた」
エクリアが続ける。
「それに、私たちからも見えなくなったわ」
「また邪魔になったな」
ノーゼスが言う。
クロードは壁があった場所を見る。
2年の戦闘実践でも、壁があることで先生だけでなく、自分たちも相手を見失ったことがあった。
グレインは6人を見る。
「次はどうする?」
◇
6人は少し離れたところへ集まった。
「魔法使う時も言おう」
ベンが最初に言った。
「前にもやってたし」
「水とか風とかも言った方がいい?」
ピアが聞く。
「何が来るか分かった方が動きやすいんじゃない?」
エクリアが答える。
ガレスが木剣を持ったまま考える。
「でも長く言ってる暇ないだろ」
「短くでいいと思う」
クロードが言った。
2年の戦闘実践でも、長く説明している間に状況は変わっていた。
「入る」
「戻る」
「水いく」
「壁出す」
そのくらいなら、動きながらでも言える。
ノーゼスがクロードを見る。
「雷も言えよ」
「言うよ」
クロードは笑った。
「でも、全部聞こうとしたらまた遅れそう」
エクリアが6人を見る。
「聞こえたもの全部に反応するんじゃなくて、自分の近くを見ないとね」
「それもやってみよう」
ピアが頷く。
決まりを増やしすぎない。
声を出して、それでも周りを見る。
6人はもう一度位置へ戻った。
グレインも木剣を構える。
「始めるぞ」
グレインが動く。
クロードは木剣を右手に持ったまま周囲を見る。
ガレスは少し離れている。
ノーゼスも前には入っていない。
今度は左手を上げる前に声を出した。
「雷いく!」
左手で《印》を組み始める。
ガレスが一歩出かけ、止まった。
「待つ!」
ピアも横へ動く。
クロードは《印》を続ける。
やはり右手より遅い。
グレインが少し位置を変えた。
左手の雷が形になり始める。
その時、グレインがこちらへ向きを変えた。
クロードは迷った。
このまま完成させるか。
木剣へ戻るか。
距離が縮まる。
クロードは《印》を解いた。
右手の木剣を構える。
グレインの木剣が伸びる。
クロードは受けて横へ動いた。
「雷やめた!」
声を出す。
「じゃあ俺行く!」
ガレスが反対から入った。
グレインがガレスへ向きを変える。
クロードはその間に距離を取る。
左手を見る。
もう一度使うことも出来る。
けれど今はグレインとガレスが近い。
使わない。
「水いくよ!」
ピアの声。
ガレスが離れる。
《ウォーターボール》が飛ぶ。
グレインが避けた。
その先へエクリアの声が続く。
「風、いく!」
今度は風の球が別の方向から飛ぶ。
グレインがさらに位置を変える。
「入る!」
クロードは前へ出た。
木剣を振る。
グレインが受ける。
もう一度振ろうとして、後ろから声が聞こえた。
「光いく!」
ベンだ。
クロードは追わずに横へ外れる。
光がグレインの方へ向かう。
グレインが顔をそらし、足を動かした。
「戻る!」
クロードは距離を取る。
その横をノーゼスが通る。
「俺行く!」
ノーゼスが木剣で前へ出た。
前の授業でやった交代が、少しだけ戻ってきた。
魔法があるぶん、同じようにはいかない。
それでも、最初より誰が何をしようとしているのかは分かる。
クロードは木剣を左手へ持ち替えた。
今度は右手を空ける。
左手で出来ることだけにこだわる必要はない。
グレインとノーゼスの距離を見る。
まだ近い。
待つ。
ノーゼスが下がった。
「戻る!」
グレインとの間が空く。
「雷いく!」
右手で《印》を組む。
指が左手より早く動いた。
《サンダーボール》が形になる。
放つ。
青白い雷の球がグレインへ向かう。
グレインが横へ避けた。
クロードは雷を追い続けず、すぐに周囲を見る。
グレインの動いた先。
ガレスが近い。
エクリアは少し離れている。
ベンとピアも位置を変えている。
「ガレス、行ける!」
クロードが声を出す。
「分かった!」
ガレスが前へ出た。
木剣を振る。
グレインが受ける。
その後ろでノーゼスが《印》を組み始めた。
「壁出す!」
声が飛ぶ。
ガレスがすぐに横へ離れる。
土が盛り上がる。
今度の《ロックウォール》は、グレインの正面ではなく少し横へ出た。
グレインがそちらを避ける。
「こっち来る!」
ピアの声。
クロードもそちらを見る。
今度はグレインの姿が見えたままだった。
「入る!」
「水いく!」
クロードとピアの声が重なった。
クロードが踏み出しかける。
ピアも《印》を組み始めている。
2人が同時にお互いを見る。
「待つ!」
今度はクロードが止まった。
《ウォーターボール》が先に飛ぶ。
グレインが動く。
「今行く!」
クロードが前へ出る。
木剣を右手へ持ち替えようとしたところで、さらに声が重なった。
「右!」
「光いく!」
「クロード!」
誰の声を聞けばいいのか、一瞬分からなくなった。
クロードの足が止まる。
グレインがこちらへ向きを変える。
「下がって!」
今度はエクリアの声だけが近くではっきり聞こえた。
クロードは後ろへ下がる。
その横をグレインの木剣が通った。
「止める」
6人が動きを止めた。
さっきより長く続いた。
けれど最後は、また声が重なった。
グレインが6人を見る。
「今、誰の声を聞いた?」
「最後はエクリア」
クロードが答える。
「その前は?」
クロードは考える。
右と言った声。
光を使うと言った声。
自分の名前。
「全部は分かりませんでした」
「俺も」
ガレスが言った。
ベンも首を傾ける。
「僕、光いくって言ったけど、クロードが聞いたかは分からなかった」
ピアが言う。
「私、水を出したあと、誰かの声聞き逃した」
ノーゼスも周囲を見る。
「声増えたな」
「魔法も増えたからね」
エクリアが答えた。
グレインはそこで答えを言わなかった。
「もう一回やるぞ」
6人がそれぞれ位置へ戻る。
クロードはグレインだけではなく、近くにいる仲間を見る。
全部を見ることは出来ない。
全部の声を同じように聞くことも出来ない。
それは2年の戦闘実践でも何度も経験してきた。
けれど今は、この6人で繰り返している。
誰が前へ入りやすいのか。
誰が魔法を使おうとしているのか。
どの声が近くから聞こえたのか。
さっきより少しだけ分かるものもあった。
「始めるぞ」
またグレインが動く。
「入る!」
「風いく!」
「戻る!」
声が飛ぶ。
クロードは木剣を持ったまま動く。
使えそうなら魔法を使う。
近ければ木剣へ戻る。
誰かが前へ入れば、一度待つ。
待っている間にも場所は変わる。
うまくいく時もあれば、また2人が同じ場所へ動く時もあった。
ノーゼスの壁で見えにくくなることもある。
ベンの光へ意識が向いて、別の声を聞き逃すこともある。
ピアの水が通るところへ入りかけて止まることもあった。
エクリアが水から風へ変えれば、次に見る場所も変わった。
ガレスが前へ出ている間は、クロードが魔法を使わず横へ回ることもあった。
そのたびに止めて、短く話し、また動く。
何度繰り返しても、6人がぴったり同じように動けるわけではなかった。
それでも最初のように、魔法を使おうとしただけで全部が止まることは少なくなった。
やがて授業の終わりを告げる魔導の鐘が鳴った。
「そこまでだ」
グレインの声で、6人が動きを止める。
クロードは木剣を下ろした。
前の授業では、木剣が増えた。
今日は、そこへ魔法まで増えた。
見るものはもっと増えた。
声も増えた。
迷うことも増えた。
けれど、木剣しかなかった時には出来なかったことも出来る。
離れた場所から雷を使える。
誰かの魔法でグレインが動けば、その先へ別の誰かが入れる。
壁で進む場所を変えることも出来る。
クロードは木剣と、自分の右手を順番に見た。
使えるものが増えれば、選ぶものも増える。
(今、何を使うかも、見て決めるんだ)




