同時にやる
それから次に魔法実習があった日、クロードたち18人は魔法演習場へ集まっていた。
前には、これまで授業で会ったことのない2人の教師が立っている。
「ジャルダン・フォルディアだ」
男性教師が18人を見渡した。
「3年の魔法実習では、私が主担当を務める」
隣に立っていた女性教師も一歩だけ前へ出る。
「補助担当のリセナ・カルディスです」
短い挨拶が終わると、ジャルダンはすぐに生徒たちへ視線を戻した。
「魔法基礎で、中級魔法の《印》は習ったか?」
いくつもの返事が重なる。
クロードも右手を見ながら頷いた。
《サンダーランス》の《印》は、教本を見ながらなら最後まで組めた。
けれど、まだ何も見ずに最後まで動かせるとは言えない。
「まずは魔力を使わずにやってみてくれ」
ジャルダンが言った。
「今どこまで出来るのかを見たい」
生徒たちはそれぞれ教本を手元へ置き、自分の《印》を始める。
リセナは属性ごとの《印》がまとめられた一覧を手に、生徒たちの間を歩き始めた。
クロードも《サンダーランス》の頁を開いてから、いったんそこから目を離した。
最初の形を作り、覚えている順番で指を動かしていく。
前の授業で何度も繰り返したぶん、最初の方は迷わなかった。
そのまま先へ進み、次の形を思い出そうとしたところで指が止まる。
(次は……)
少し考え、クロードは指を動かしかけた。
「少し待ってください」
すぐ近くから声がした。
クロードの手が止まる。
リセナは手元の一覧へ目を落とし、《サンダーランス》の《印》を上から確認した。
それから、もう一度クロードの右手を見る。
「一つ前から違っています」
「一つ前?」
クロードも教本へ目を落とした。
上から順番を追うと、自分が合っていると思っていた形の一つ前で、すでに指の向きが違っていた。
「本当だ」
「そこから直すのではなく、最初から確認してください」
「はい」
クロードは手を下ろし、最初の形へ戻った。
少し離れたところにいるジャルダンは、すぐには何も言わず、その様子を見ている。
もう一度始める。
今度は途中で一度教本を確認し、さっき間違えたところを越えた。
さらに進み、別のところで少し迷ってまた頁を見る。
最後まで指を動かし終えると、クロードは息を吐いた。
「最後まではいった」
「教本を見ながらなら、だな」
ジャルダンが言った。
クロードは自分の教本を見る。
「はい」
「見なければ途中で止まる?」
「まだ止まります」
「分かった」
ジャルダンはそれ以上先へ進ませず、隣の生徒へ視線を移した。
クロードももう一度最初から始める。
近くではノーゼスが土属性の頁を見ながら手を動かし、途中で眉を寄せて最初へ戻っていた。
エクリアも自分の《印》を確かめ、終えると別の頁へ目を移す。
少し離れたところでは、ザナトスが一度手を止めた。
リセナは一覧とザナトスの手元を見比べる。
「今のところ、形が崩れています」
ザナトスが自分の指を見る。
「ここ?」
「その一つ前から確認してください」
ザナトスは教本を見直し、少しして眉を寄せた。
「……本当だ」
「速く組む必要はありません」
リセナはそれだけ言うと、次の生徒の方へ歩いていった。
ザナトスは小さく息を吐いて、最初の形へ戻る。
クロードだけが止まっているわけではない。
初級の《印》なら、今では考え込まずに動かせるものも多い。
けれど中級では、まず指の順番を追うだけでも意識を使う。
クロードは教本を見る回数を少しずつ減らしながら、同じ《印》を繰り返した。
やがて授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
◇
短い休みを挟んだあと、クロードたちは再びそれぞれの練習場所へ立った。
ジャルダンが全員を見渡す。
「次は魔力も使う」
クロードの顔が上がった。
「ただし、まだ中級魔法を完成させる必要はない」
ジャルダンは続ける。
「まずは、自分が扱える魔力を使いながら《印》を最後まで組めるかを確かめる」
「強くしなくていいんですか?」
クロードが聞いた。
「今はいい」
ジャルダンは短く答えた。
「高い出力を試す前に、今出来ることを一緒にやってみろ」
クロードは頷き、右手を上げた。
《印》だけなら、さっきまで何度もやった。
魔力を動かすことも、これまで何度も繰り返している。
けれど、長くなった《印》と一緒にやるのは初めてだ。
クロードは自分の魔力へ意識を向け、普段から扱っている範囲の量を動かす。
そのまま《サンダーランス》の最初の形を作った。
指を次へ進める。
同時に、自分が動かしている魔力も感じる。
次の《印》を思い出そうとしたところで、手が止まった。
「……あれ?」
魔力の方へ意識を向けている間に、次の指の形が抜けていた。
クロードは魔力を止め、右手を下ろした。
隣からノーゼスの声がする。
「止まった?」
「うん」
「俺も」
ノーゼスも教本を開き直していた。
クロードは少し笑い、もう一度の順番を確認する。
今度は《印》を忘れないよう、指の動きへ少し強く意識を向けた。
最初より先まで進む。
そのまま次へ進もうとしたところで、リセナの声が掛かった。
「いったん止めてください」
クロードは魔力を止めて手を下ろす。
「今度は何か違いましたか?」
「始めた時より魔力が増えています」
「増やしたつもりはないんですけど」
「《印》を思い出そうとした辺りから増えています」
クロードは少し考えた。
さっきは魔力を気にして《印》が止まった。
今度は《印》を気にしたら、出している魔力の方が変わった。
どちらも単独なら、これまで何度もやってきたことだ。
一緒になるだけで、片方へ意識を向けた時にもう片方がずれる。
「難しいな……」
クロードが呟く。
ジャルダンが近くまで来た。
「今の2回で、何が違った?」
クロードは右手を見ながら答える。
「最初は《印》が止まりました」
「次は?」
「《印》は先までいったけど、魔力が増えてました」
「なら、今はそこを分けて見ればいい」
ジャルダンが言った。
「一度で全部合わせようとしなくていい」
クロードは顔を上げる。
「どちらが崩れたのか、自分でも確かめながらやってみろ」
「はい」
クロードは水を一口飲んでから、もう一度右手を上げた。
最初に動かした魔力の感覚を覚える。
そのまま《印》を始める。
さっきより遅く、一つ進むたびに指と魔力の両方を確かめた。
途中で迷いかけ、いったん教本を見る。
そこで続けず、魔力を止めて最初からやり直した。
次は、教本へ目を向けずに進む。
指を動かす。
魔力を感じる。
また指を動かす。
途中で少しだけ魔力が強くなった気がして、意識を戻す。
今度は指が止まりそうになる。
それでも順番を思い出し、ゆっくり次へ進んだ。
最後の《印》まで指が動く。
青白い雷が手元で細く揺れ、外へ伸びようとした。
クロードは形をまとめようとするが、雷は槍の形にはならず、すぐに輪郭を崩した。
「止めます」
クロードは自分から魔法を止めた。
青白い光が消える。
リセナは手元の一覧で《サンダーランス》の《印》をもう一度確認してから口を開いた。
「今の《印》は最後まで合っています」
クロードが顔を上げる。
「ただ、途中で魔力量が少し変わっています」
「やっぱり?」
「はい」
リセナはクロードが魔法を出していた場所を見る。
「それと、形はまだまとまっていません」
「槍じゃなかったです」
「まだそこまで進めなくていい」
ジャルダンが言った。
クロードは2人を見比べる。
「今は、《印》と魔力を一緒に扱った時に何が崩れるか見えただろう」
「はい」
「なら、次は同じところをもう一度だ」
クロードはもう一度、自分の右手を見る。
《印》だけなら、少しずつ覚えられる。
魔力だけなら、量を比べながら何度も練習してきた。
けれど2つを同時にすると、それだけでまた難しくなる。
その先には、もっと多い魔力を扱うことも、雷を槍の形へまとめることも残っている。
クロードは教本の《サンダーランス》へ目を向けた。
出来ていないことは、まだたくさんある。
それでも、今どこで止まるのかは少し見えた。
「もう一回やります」
クロードが言うと、ジャルダンは頷いた。
リセナはクロードの右手へ視線を戻す。
「今度は、途中で魔力が変わったかも自分で見てください」
「はい」
クロードは最初の形を作る。
今度は指だけではなく、自分の魔力も感じながらゆっくり動かし始めた。




