3年生
王立学園へ戻ってからの3日間、クロードは朝に木剣を振り、左手で《印》を作る練習も続けた。
一歩動いてから《サンダーボール》を使ってみることもあったが、出来る時もあれば途中で指が止まる時もある。
上手くいかなければ止まってやり直し、疲れれば休む。
そうして過ごしているうちに、冬休みは終わった。
今日から3年生だ。
クロードが教室へ入ると、そこには2年間一緒に過ごしてきた顔が並んでいた。
ガレスとベンが何かを話して笑い、マミヤとリーゼも席の近くで話している。
少し前まで静かだった学園に、いつもの声が戻っていた。
「クロード」
ノーゼスが手を上げる。
「おはよう」
「おはよう」
クロードが席へ向かうと、エクリアもこちらを見る。
「ちゃんと戻ってたのね」
「3日前には戻ってたよ」
「俺は昨日」
ノーゼスが言った。
「ぎりぎりじゃない?」
「間に合ってるからいいだろ」
エクリアが呆れたように息を吐く。
クロードは椅子を引いた。
「休みの間も土魔法やってた?」
「やってたぞ」
「壁も?」
「壁も、他のも」
ノーゼスが答える。
「クロードは左手か?」
「うん、まだ練習中」
「まだ難しい?」
「右手より遅いし、動くと止まる時もあるよ」
クロードが自分の左手を見る。
帰省中に一歩だけ動きながら発動出来たことはある。
けれど、それで毎回出来るようになったわけではない。
「エクリアは?」
「水も風もやったわよ」
エクリアは当然のように答えた。
「やっぱり両方なんだ」
「片方だけ休ませる理由ないでしょ」
「休みだったのに?」
ノーゼスが言う。
「あなたもやってたんでしょ」
「まあな」
その時、少し離れたところから声が飛んできた。
「クロード!」
振り向くと、ザナトスがこちらへ歩いてくる。
「おはよう」
「おう」
ザナトスはクロードの前で止まった。
「覚えてるよな?」
「何を?」
「3年になっても負けないって言っただろ」
クロードは少し考えた。
「まだ言ってるの?」
「まだってなんだよ!」
近くでガレスが吹き出した。
「休み明け一発目からそれかよ」
「関係ないだろ」
「クロードも大変だな」
「別に大変じゃないよ」
クロードが答えると、ザナトスが不満そうな顔をした。
「そこは俺が強いから大変とか言うところだろ」
「なんで?」
「なんでって……」
エクリアが笑い、ノーゼスも肩を揺らした。
教室のあちこちから聞こえる声も、休み前とそれほど変わらない。
3年生になったからといって、皆が急に別人になるわけではなかった。
やがて教室の扉が開く。
ゼルトスが入ってきた。
「おはよう、諸君」
教室の声が少しずつ静かになる。
ゼルトスは教壇の前まで歩き、18人を見渡した。
「無事に3年生になったようだね」
「先生もまた担任なんですか?」
ガレスが聞いた。
ゼルトスは少しだけ口元を上げた。
「残念そうに聞こえるな」
「いや、そういう意味じゃないです」
「なら安心したよ」
近くから笑いが起きる。
「今年も君たち魔法組の担任を務める」
ゼルトスはそのまま続けた。
「2年生の時より、出来ることも増えただろう」
クロードは自分の手を見る。
雷の初級魔法は4つとも使えるようになった。
剣を持って戦う経験も増えた。
左手で魔法を使おうとすることも出来るようになった。
けれど、まだ思い通りにならないことも多い。
「もちろん、進級しただけで急に何でも出来るようになるわけではない」
ゼルトスの言葉に、クロードは顔を上げた。
「今年も出来ないことは出来るようにしていけばいい」
少し間を置き、教室を見渡す。
「では、まずは始期式へ行こうか」
椅子が引かれ、18人が席を立った。
◇
始期式には、進級した生徒たちが学年ごとに集まっていた。
クロードたちは3年生の並ぶ場所へ入る。
前にここへ並んだ時は、2年生になったばかりだった。
立っている場所が、また1つ変わった。
クロードは周囲を見回してから前を向く。
2年生になった時には、《サンダーボム》はまだ使えなかった。
《サンダーショック》も、教本を開いて初めて名前を知った魔法だった。
今ではどちらも使える。
けれど《サンダーボム》は失敗することがあり、《サンダーショック》も何も考えずに使えるほど簡単ではない。
左手の《印》も、まだ練習の途中だ。
出来ることは増えた。
出来ないことも、まだ残っている。
前方では新しい学年の始まりを告げる話が続いている。
クロードはそれを聞きながら、少しだけ笑った。
今年は何が増えるのだろう。
始期式が終わると、生徒たちはそれぞれの教室へ戻っていった。
◇
教室へ戻ると、ゼルトスは全員が席につくのを待ってから口を開いた。
「さて、3年生から変わることを少し話しておこう」
クロードは前を見る。
「魔法組の魔法実習は、今年から中級魔法へ進む」
教室のあちこちで声が上がった。
クロードも思わず姿勢を正す。
「中級……」
隣でノーゼスが呟いた。
「もちろん、今まで使ってきた魔法をやらなくなるわけではない」
ゼルトスは続ける。
「使える魔法を増やしながら、これまでの魔法も磨いていくことになる」
クロードは2年生の間に何度も繰り返した《サンダーボール》を思い出した。
使えるようになったあとも、魔力量を増やせば形が崩れた。
使えるというだけで、終わりではなかった。
「それから、戦闘実践も続く」
今度はザナトスが目に見えて反応した。
「今年も先生と戦えるんですか?」
「その辺りは実際の授業で聞いてくれたまえ」
ゼルトスが笑う。
ザナトスは少し残念そうに座り直した。
「魔法実習の担当も2年生の時とは変わるから、そちらも授業の時に紹介されるだろう」
クロードは頷く。
トルシアやネノマと一緒に練習してきた2年生は終わった。
今度は中級魔法を教わることになる。
どんな先生なのかも、まだ分からない。
「細かいことはこれからだ」
ゼルトスは教室を見渡した。
「初日から全部聞いてしまっては、楽しみが減るだろう?」
ノーゼスが小さく言う。
「やっぱ気取ってるな」
クロードの横で、エクリアがすぐに顔を向けた。
「聞こえるわよ」
ゼルトスの視線がこちらへ向く。
ノーゼスの肩が止まる。
「2年生の時と同じ注意をさせないでくれたまえ」
教室に笑い声が広がった。
「……覚えてたのか」
「先生なんだから覚えてるでしょ」
エクリアが小声で返す。
クロードも笑った。
3年生になっても、変わらないものもあるらしい。
◇
この日の授業では、魔法基礎が行われた。
魔導の鐘が鳴り、ナターシャ・ミナルトアが教室へ入ってくる。
クロードたちが進級しても、魔法基礎の教師は変わらない。
「皆さん、3年生への進級おめでとうございます」
教室から返事が返る。
ナターシャは教本を教壇へ置いた。
「ゼルトス先生から聞いていると思いますが、今年から皆さんは中級魔法を学び始めます」
クロードは教本を開く。
「1年生では魔力を扱うための基礎と基本になる魔法を学び、2年生ではそれぞれの属性に応じた初級魔法を増やしてきました」
頁をめくる音がする。
「中級になると、属性ごとの差はさらに大きくなります」
ナターシャが続けた。
「共通した形を覚えるというより、それぞれの属性が持つ性質を使った魔法が中心になります」
クロードは雷属性の頁を探した。
これまで何度も開いた初級の頁を越える。
その先に、中級と書かれた頁があった。
クロードの手が止まる。
《サンダーランス》。
《チェインライトニング》。
《サンダーフィールド》。
どれも使ったことのない名前だった。
「3つしかない」
クロードが小さく呟く。
隣のノーゼスがこちらを見る。
「雷?」
「うん」
ノーゼスは自分の土属性の頁を見る。
「こっちはもっとあるぞ」
「やっぱり雷は少ないね」
初級でもそうだった。
雷属性の使い手が少ないため、登録されている魔法も他の属性より少ない。
数は少ない。
けれど、クロードの目はその3つの名前から離れなかった。
《チェインライトニング》の説明には、最初に当たった相手から近くの別の相手へ雷が伝わると書かれている。
《サンダーフィールド》は一定の範囲に雷を発生させる魔法だった。
味方まで巻き込む危険があるという注意も書かれている。
そして一番上にある《サンダーランス》。
クロードはその説明を読む。
雷を槍状に高出力でまとめて放つ。
《サンダーアロー》より威力が高いぶん、形を維持して狙った方向へ飛ばす制御が難しい。
「高出力……」
思わず声が漏れた。
少し前まで、自分は魔力を少し増やしただけで《サンダーボール》の形を崩していた。
同じくらいの魔力を出そうとしても揃わず、形を保つことと魔力量を分けて何度も確かめた。
その先にある魔法は、最初から高い出力をまとめて形にしなければならないらしい。
簡単そうには見えなかった。
むしろ、自分が苦労してきたことがそのまま大きくなったように見える。
「クロード君」
ナターシャの声がして、クロードは顔を上げた。
「何か気になるところがありましたか?」
「《サンダーランス》です」
「はい」
「《サンダーアロー》より魔力を多く使って、形も保たないと駄目なんですよね?」
「教本ではそう説明されています」
ナターシャは頷いた。
「ただし、私は雷属性を使えません」
その言葉に、クロードは少し笑った。
2年生になった最初の日にも、似た答えを聞いた。
「分かってます」
「そうでしたね」
ナターシャも少し笑う。
「実際にどの程度の魔力が必要になるか、クロード君の雷でどこが難しくなるかは、実習で確かめてください」
「はい」
クロードはもう一度教本へ目を落とした。
《サンダーランス》。
難しそうだ。
すぐには出来ないかもしれない。
何度も失敗するかもしれない。
それでも、クロードの口元は少し上がった。
「……やってみたい」




