もっと強く
朝食を終えてしばらくすると、クロードはガルディオと一緒に屋敷の稽古場へ向かっていた。
帰ってきた日に、左手でも魔法を使う練習をしていると話した時、一度見せてみろと言われていた。
昨日はイリアと一日遊んだため、今日になってようやくその約束を果たすことになった。
稽古場へ入ると、クロードは足を止めた。
何度もここで剣を振り、父上や兄たちに教えてもらった。
そして、ここはアルト兄さまがいなくなった場所でもある。
昨日、イリアを背負って歩きながら、アルト兄さまもいたら一緒に遊んでくれただろうかと思った。
稽古場を見渡すと、その時よりもはっきりと兄のことが浮かんでくる。
あの時の自分には、何もできなかった。
クロードは左手を見た。
できることは、あの頃より増えている。
魔法も覚えた。
剣も続けてきた。
戦闘実践では、相手がいる中でどう動くかも考えるようになった。
それでも、まだ足りない。
(もっと強くならなきゃ)
クロードが左手を握ると、少し前を歩いていたガルディオが振り返った。
「クロード」
「はい」
「始めるか」
ガルディオはそれ以上何も聞かなかった。
「はい!」
◇
稽古場の端へ移動すると、ガルディオが少し離れた場所に立った。
「まずは普段どおりやってみろ」
「分かりました」
クロードは右手を前へ出す。
指を動かして《印》を組み、魔力を流す。
「《サンダーボール》」
雷が丸い形を作り、右手の先に浮かんだ。
クロードは少しだけ維持したあと、魔法を消した。
ガルディオが頷く。
「次は左だ」
「はい」
今度は左手を前へ出す。
指を動かす。
右手なら考えるより先に動くところで、左手の指が一度止まった。
クロードは形を確かめてから続きを組む。
魔力を流す。
「《サンダーボール》」
少し遅れて、左手の先にも雷が集まった。
丸い形になり、空中に浮かぶ。
「出たな」
「はい。でも、右手より遅いです」
クロードは魔法を消し、もう一度左手を見る。
「もう一度やります」
「ああ」
左手で《印》を組む。
今度はさっきより早く進んだ。
けれど途中で指の位置がずれた。
魔力を流しても、雷は形になる前に散った。
「失敗しました」
「もう一度だ」
「はい」
クロードは最初から組み直す。
三度目は《印》を最後まで組めた。
雷も出た。
けれど右手と同じ速さにはならない。
四度目は途中で止まった。
五度目は形になった。
何度か繰り返したあと、ガルディオが口を開いた。
「左でも出せるようにはなっているな」
「はい」
「だが、まだ安定していない」
「そうなんです」
クロードは頷いた。
「出せる時は増えました。でも急いでいる時は、まだ右手の方が早いです」
「それなら今は右を使えばいい」
「はい」
「左で使えるようになることと、左を使わなければならないことは別だ」
クロードは戦闘実践のことを思い出した。
木剣を右手に持っていても、左手の《印》が間に合わなければ、持ち替えて右手で使ったこともある。
「戦闘実践でも、間に合わない時は右手を使いました」
「それでいい」
ガルディオが答える。
「使える手段が増えても、遅い方を無理に使えば隙になる」
「はい」
クロードは左手を開いた。
左手で魔法を使えるようになりたい。
けれど、それだけが目的ではない。
できることを増やして、その中から選べるようになりたい。
「次は木剣を持ってやってみたいです」
「やってみろ」
◇
クロードは木剣を一本手に取り、右手で握った。
いつものように構える。
そのまま左手を前へ出した。
「やってみます」
「ああ」
左手の指を動かす。
木剣を持って立っているだけなら、《印》を組むこと自体はできた。
「《サンダーボール》」
雷が左手の先に集まり、丸い形になる。
「できました」
「次は動いてみろ」
「はい」
クロードは一度魔法を消した。
木剣を構えたまま、前へ一歩踏み込む。
もう一歩動きながら左手で《印》を組み始める。
最初の指は動いた。
次も動く。
けれど足を止めないよう意識した瞬間、左手の動きが遅れた。
「……あ」
《印》が途中で止まる。
クロードはそのまま動きを止めた。
「難しいです」
「何が変わった?」
ガルディオが尋ねる。
クロードは少し考えた。
「止まっている時は左手だけ見られました。でも動くと、足と木剣のことも考えます」
「そうだな」
「戦闘実践だと、もっと周りも見ないといけません」
「なら、今の速さで使えると思うか?」
クロードは首を横に振った。
「まだ無理だと思います」
「それが分かっているならいい」
ガルディオは木剣を持つクロードの右手と、開いた左手を見た。
「最初から全部やろうとするな」
「はい」
「止まった状態でできるなら、次は一歩だけ動く。その次にもう一歩だ」
クロードは頷く。
学園で魔法を覚えてきた時も同じだった。
できないものを一度に完成させたことはない。
一つずつ分けて、できるところから増やしてきた。
「もう一回やります」
「ああ」
クロードは木剣を構え直した。
一歩踏み込む。
左手で《印》を組む。
さっきよりも足の動きを小さくして、左手の指が止まらないことを確かめる。
魔力を流す。
雷が集まった。
「《サンダーボール》」
左手の先に、雷の球が浮かんだ。
「できた」
クロードは思わず笑った。
「一歩だけならできました」
「なら、今日はそこからだ」
「はい!」
もう一度。
今度は途中で失敗した。
それでもクロードは最初からやり直す。
成功した時と失敗した時の違いを考えながら、何度も繰り返した。
◇
練習を終える頃には、左手の指が少し疲れていた。
クロードは木剣を元の場所へ戻し、何度か左手を開いたり閉じたりする。
「今日はここまでだ」
「はい」
ガルディオと一緒に稽古場を出ようとして、クロードはもう一度振り返った。
静かな稽古場がそこにある。
アルト兄さまがいなくなった場所。
昔の自分には、できることがほとんどなかった。
今は少し増えた。
それでも、まだ増やせる。
クロードは左手を軽く握った。
(もっと強くなりたい)
剣も。
魔法も。
できることを、もっと増やしたい。
「クロード?」
先を歩いていたガルディオが呼ぶ。
「今行きます!」
クロードは振り返るのをやめ、父の後を追った。




