9対9
終期式まで1か月を切った頃、クロードたち2年魔法組は2限続けて戦闘実践を行うため、第2運動場へ集まっていた。
そこにはいつものように結界用のポールが並べられていたが、囲われている範囲はこれまでよりずっと広かった。
「今日は、この18人全員に入ってもらいます」
トルシアの言葉に、クロードは広い結界の中を見た。
「全員?」
ノーゼスが隣で聞き返す。
「ええ、9人ずつに分かれて、生徒同士で戦ってもらいます」
ザナトスがすぐに口元を上げた。
「面白そうじゃん」
エクリアは結界の広さを見ながら、小さく息を吐く。
「9人ずつ……」
用意されていた防具には、胸と肩に白か赤の色が大きく入っていた。
トルシアが名前を呼び、白と赤へ分けていく。
白はクロード、エクリア、ガレス、ナーン、カイル、ミズー、ラン、マミヤ、ベン。
赤はノーゼス、ザナトス、タンガ、トルト、ピア、ミナ、レクシア、リーゼ、ヤンナ。
クロードが白い防具を受け取る横で、ノーゼスは赤い防具を持ち上げた。
「今日は敵だな」
「うん」
「遠慮すんなよ」
「ノーゼスもね」
ザナトスも赤い防具を身につけながら、クロードを見る。
「今度は9人いるからな」
「そっちも9人でしょ」
「分かってるよ」
トルシアは全員が防具を着けたのを待ってから、結界の中を示した。
「授業は最初の15分をミーティング、続く40分を実践、最後の15分を片付けと反省に使います」
その形を、このあともう1限繰り返すことも伝えられた。
結界の両側には、それぞれのチームが使うセーフティーゾーンが置かれている。
「セーフティーゾーンへ同時に入れるのは、各チーム3人までです」
休むために入るか、立て直すために入るかは自分たちで決める。
一方で、木剣や魔法が防具へ明確に当たった場合は、その場から救護ゾーンへ退避する。
そこで養護教諭の確認を受け、戻ってよいと判断されれば戦闘へ復帰できる。
「結界の中には、ネノマ先生、オルディク先生、ダルガン先生、フィオネ先生が入ります」
4人の先生が結界の中へ入り、それぞれ離れた位置へ移動した。
「先生方は対戦相手ではありません」
トルシアが続ける。
「判定と安全確認を行いますので、指示があった場合はすぐに従ってください」
クロードは4人の先生を見たあと、向かい側に並ぶ赤い防具へ目を戻した。
同じ教室にいた9人なのに、色が違うだけでずいぶん見え方が変わる。
「では、15分です」
白と赤は結界の外で左右に分かれ、それぞれ離れた場所へ集まった。
白組では、9人が輪になるように立つ。
「どうする?」
最初に口を開いたのはガレスだった。
「前に出る人決める?」
「最初だけ決めても、すぐ変わるんじゃない?」
マミヤが言う。
「9人もいるしね」
「黒板で話した時みたいに、動いたら場所変わるもんね」
ランが続けた。
クロードは黒板へ何度も丸や線を描き直した放課後を思い出す。
「決めすぎない方がいいと思う」
「じゃあ何も決めない?」
ナーンが聞く。
「それも困るわ」
エクリアがすぐ返した。
「少なくとも、魔法を使う時と、セーフティーへ行く時は声を出しましょう」
「戻る時も言った方がいいね」
ベンが言う。
ミズーが頷いた。
「何人休んでるか分からなくなりそう」
「前に固まりすぎるのもやめよう」
カイルが結界を見る。
「6人でも邪魔になる時あったし」
「じゃあ最初は少し広がる?」
ガレスが聞いた。
「広がりすぎたら助けに行けないよ」
ランが返す。
「難しいな」
ガレスが頭をかいた。
誰か1人が作戦を決める形にはならなかった。
前へ出る人も、魔法を使う人も、その時に変える。
ただ、声を出すことと、同じ場所へ集まりすぎないことだけは9人の間で確認した。
「あと、右とか左だけだと分かんないかも」
クロードが言うと、何人かが笑った。
「この前、黒板でやったばっかりだもんね」
エクリアも笑う。
「名前も呼びましょう」
時間を知らせる声が掛かり、白組は話を止めた。
向こうでは赤組も立ち上がっている。
何を話したのかは分からない。
クロードは木剣を右手に持ち、白い防具の仲間と結界へ入った。
赤い防具の9人も反対側から入ってくる。
ネノマたち4人の先生は、生徒の邪魔にならないよう広く位置を取っていた。
トルシアが結界の外から両組を見渡す。
「始めてください」
18人が一斉に動いた。
クロードは正面へ走り出しかけ、すぐに速度を落とした。
前にはガレスがいて、その少し横からマミヤも動いている。
赤側ではザナトスとタンガが前へ出て、その後ろでノーゼスが手を動かしていた。
「壁くる!」
誰かの声が飛んだ直後、地面から《ロックウォール》がせり上がる。
クロードは右へ回ろうとする。
「クロード、そっち赤いる!」
エクリアの声で足を止めた。
壁の向こうから回り込んできたトルトが木剣を構えている。
クロードは木剣を上げ、近づいてきた一撃を受けた。
その横から光が見え、すぐに身体を引く。
ヤンナの《ライトボール》が視界の端を明るく染めた。
「前!」
別の声が聞こえた。
誰に向けた声なのか分からない。
一瞬そちらへ意識を向けた間に、トルトがもう一度踏み込んでくる。
クロードは木剣を合わせ、今度は横へ抜けた。
白い防具が視界に入る。
ミズーだった。
「クロード、行くよ!」
ミズーが水の魔法を放つ。
クロードはその射線から外れ、ノーゼスの壁の横へ走った。
赤側も止まってはいない。
ザナトスの火球が白組の前を横切り、ベンとガレスが別々の方向へ避ける。
空いた場所へタンガが入る。
「ガレス!」
ランが声を上げる。
ガレスが振り向くより早く、タンガの木剣が肩の防具へ当たった。
「止めてください」
近くにいたオルディクの声が通る。
タンガがすぐに木剣を引いた。
ガレスは判定を受け、結界の外にある救護ゾーンへ向かう。
白が8人になった。
クロードがそれを見た時には、赤の前からピアの水魔法が飛んできていた。
クロードは左へ避ける。
その先へマミヤが入りかけ、2人とも同時に足を止めた。
「ごめん」
「こっち行く」
マミヤが向きを変える。
黒板の上なら丸を1つずらすだけだった。
今は、その一瞬にも相手が動く。
「白、1人休む!」
カイルが声を出してセーフティーゾーンへ下がった。
続いてベンも距離を取り、白側のセーフティーへ入る。
「2人!」
ミズーが声を上げる。
クロードは返事をしながら前を見る。
赤側でもリーゼがセーフティーへ下がっていた。
赤い防具が1人減っている。
それでも、今が8対何人なのか数える余裕はなかった。
目の前にいる相手と、近くの味方を見るだけで精いっぱいだった。
ノーゼスの壁が途切れた場所から、ザナトスが出てくる。
「クロード!」
ザナトスがそのまま木剣で距離を詰めた。
クロードは正面から受けず、横へ動く。
木剣同士が一度触れ、ザナトスがすぐ離れる。
その背後へナーンの火球が飛んだ。
「ザナトス、後ろ!」
赤側から声が飛ぶ。
ザナトスが振り向かず横へ跳び、火球が通り過ぎる。
「見えてなくても避けるのか」
クロードが思わず声を漏らす。
「聞こえてるからな!」
ザナトスが返し、そのまま別の白い防具へ向かった。
クロードも追わない。
近くではノーゼスが別方向へ動いている。
右手の木剣を左へ持ち替えようとして、クロードは一度止めた。
今は近い。
左手で《印》を作るより、右手のまま木剣を使った方が早い。
レクシアが前へ出てきたため、クロードは木剣を構え直した。
だがその横からエクリアの声が飛ぶ。
「クロード、離れて!」
すぐに後ろへ下がる。
風の魔法がクロードのいた場所を抜け、レクシアが横へ避けた。
「今のよかった」
クロードが言う。
「話してる場合?」
エクリアはもう別の赤い防具を見ていた。
クロードも前へ向き直る。
白と赤が何度も交差する。
セーフティーへ入る者が増え、戻る者もいる。
救護へ退いたガレスも、しばらくして許可を受けて戻ってきた。
「戻った!」
ガレスが大きく声を出す。
「ガレス戻った!」
近くのランが繰り返す。
それでも全員には届いていない。
クロードのところまで聞こえた時には、ガレスはもう別方向へ走り出していた。
赤側ではピアが救護へ下がり、少しあとにタンガがセーフティーへ入る。
白側ではマミヤが一度セーフティーへ入り、カイルが戻ってくる。
人数は増えたり減ったりを繰り返した。
クロードは一度距離ができたところで木剣を左手へ移す。
右手で《印》を作り、《サンダーボール》を放つ。
雷球は赤い防具の間を抜け、ザナトスが横へ動いたことで外れた。
「外れた!」
ザナトスの声が聞こえる。
クロードは雷を追わず、すぐに周囲へ視線を戻した。
その右からノーゼスが来ている。
「クロード!」
今度は誰かが自分の名前を呼んだ。
声の方向を探すより先に、ノーゼスの木剣が見えた。
クロードは左手の木剣を上げる。
受けた衝撃で腕が押される。
そのまま下がった先に白い防具が見え、クロードはぶつかる前に足を止めた。
白だから味方だと分かるが、誰なのかを見るより先にノーゼスがまた動く。
「後ろ行く!」
味方の声。
誰の後ろなのか一瞬分からない。
「クロードの後ろ!」
言い直されて、クロードはすぐ前へ出た。
背後をベンが通り、光の魔法を放つ。
ノーゼスが視線を逸らした隙に、クロードは右へ抜ける。
「分かると動ける」
そう思った直後、別の声が2つ重なった。
内容はどちらも聞き取れない。
白い防具が前に2人、赤い防具が3人。
その奥にもまだ人がいる。
先生4人も判定のために位置を変え続けている。
クロードは全部を見るのを諦め、今一番近いところへ意識を絞った。
誰がどこにいるかを把握しきることはできない。
それでも、さっきより味方を見る。
声があれば聞く。
動いたら、また見る。
40分は長かった。
後半になるほど木剣を握る手が重くなり、足も前半ほど軽く動かない。
白側のセーフティーゾーンに3人入った時には、あとから下がろうとしたランが手前で止まった。
「いっぱい!」
「1人戻れる?」
声が飛ぶ。
少ししてミズーがゾーンから出た。
「出る!」
「じゃあ私入る!」
ランが入れ替わる。
その間にも戦闘は続いている。
赤側でも同じように人が出入りし、救護から戻った者が声を上げる。
最初の9対9の形は、もうどこにも残っていなかった。
やがてトルシアの声が結界の外から響く。
「そこまでです」
クロードは木剣を下ろした。
少し遅れて、あちこちで構えが解かれていく。
息を切らしている者もいれば、その場で肩を回している者もいる。
クロードも大きく息を吐いた。
赤い防具の向こうで、ノーゼスが腰に手を当てている。
「長いな、40分」
「うん」
「でもまだもう1回あるぞ」
ザナトスが横から言った。
ノーゼスが嫌そうな顔をする。
「今それ言うなよ」
片付けを始めながら、白組は自然と近くへ集まった。
「声、多すぎたね」
最初に言ったのはミズーだった。
「聞こえても誰に言ってるか分からないのもあった」
ベンが続ける。
「名前呼んだ時は分かりやすかった」
「でも名前呼んでも、そのあと何するか分からない時あったよ」
マミヤが言う。
ガレスは外した防具を抱えながら頷いた。
「俺、救護から戻った時、どこ入ればいいか全然分かんなかった」
「戻ったって声は聞こえた」
クロードが言う。
「でも、聞こえた時にはもうガレス動いてた」
「待ってられないしな」
「セーフティーも3人入った時、誰が戻れるか分からなかった」
ランが言う。
「そこはもっと近い人同士で言った方がいいかも」
カイルが返す。
エクリアはしばらく黙って聞いてから、赤組の方を見た。
「向こうも同じこと話してるわね」
赤い防具を外した9人も、片付けながら輪になっていた。
クロードには内容までは聞こえない。
ただ、ノーゼスが何かを言い、ザナトスが返し、ヤンナとリーゼも話へ入っているのが見えた。
白組も話を続ける。
1回やっただけで、最初の15分には出なかったことが次々に出てくる。
魔導の鐘が鳴った。
短い休みに入る。
クロードは静かになった結界の中と、向こう側の赤組を見た。
次も同じ9人と戦う。
けれど、次も同じ戦いになるとは思えなかった。




