黒板の前で
その日の授業をすべて終えた放課後、クロードは鞄へ教本をしまいながら、近くにいたノーゼスとエクリアへ顔を向けた。
「4人の時、2人になったところが一番大変だったかも」
ノーゼスが椅子へ座ったまま振り返る。
「ランが救護行って、マミヤが休んだ時?」
「うん」
クロードは頷いた。
「先生も2人だったから、ベンと僕で1人ずつ見ようとしたんだけど、先生も途中で相手変えるから」
「6人の方は逆だったわね」
エクリアが鞄を机へ置いた。
「人はいるのに、動きたいところにも人がいるのよ」
「俺は5人の時がちょうどよかった気がする」
ノーゼスが言う。
「外から見た時は、もっと動けそうに見えたけどな」
「僕もそう思った」
クロードはノーゼスを見る。
「ノーゼスが真ん中の方に動いた時、外から見てたらそこ空いてた」
「あれ?」
ノーゼスが少し考える。
「どの時だ?」
「誰かが救護に行って、もう1人が休んだあと」
「それだけじゃ分かんないな」
「いっぱいあったものね」
エクリアが笑った。
「でも、外から見てると空いてるところは結構分かったわよ」
「中だとそんなに見えないぞ」
後ろから声がした。
3人が振り向く。
帰り支度をしていたザナトスが、鞄を持ったままこちらを見ていた。
「ザナトスも?」
クロードが聞く。
「当たり前だろ」
ザナトスは近くの机へ鞄を置いた。
「外から見てる時は、そこ行けばいいのにって思ったけど、入ったら先生がこっち見てるし、魔法も飛んでくるし」
「それ」
ノーゼスがすぐ頷く。
「空いてるから行けるってわけじゃないんだよな」
「でも空いてたところもあったぞ」
今度はガレスが会話へ入ってくる。
「俺、外から見てた時にクロードの後ろ結構空いてた」
「いつ?」
クロードが聞く。
「4人の方」
「最初?」
「いや、ランが抜けたあとだったかな」
「その時、僕どこにいた?」
「それが分かんないから言ってんだよ」
ガレスが笑った。
クロードも思わず笑う。
「じゃあ分からないじゃん」
「でも空いてたのは覚えてる」
「どっち側?」
エクリアが聞く。
ガレスが教室の前を指した。
「こっち」
「それ、ガレスから見てこっち?」
「そう」
「クロードから見たら反対じゃない?」
近くで聞いていたマミヤが言った。
「……あ」
ガレスが止まる。
ノーゼスが笑った。
「もう分かんないじゃん」
「だから場所が分かればいいんだろ」
「どうやって?」
その声を聞いていたランも席から近づいてきた。
「私、その時なら一緒にいたよ」
「ランが救護に行く前?」
クロードが聞く。
「たぶん」
「たぶん増えたな」
ザナトスが言う。
「じゃあ、その時先生どこにいた?」
「オルディク先生が私の方にいたのは覚えてる」
「ダルガン先生は?」
「クロードの方じゃなかった?」
「途中で変わってるよ」
話すほど、どの瞬間のことを話しているのか分からなくなっていく。
クロードは頭の中でコートを思い浮かべようとしたが、何度も人が動いたため一つの形にはならなかった。
「黒板使えば?」
少し離れた席からヤンナが言った。
全員が前を見る。
「黒板?」
ノーゼスが聞き返す。
「場所描けば分かるんじゃない?」
「それいいかも」
クロードは立ち上がった。
黒板の前へ行き、大きな四角を1つ描く。
「これがコート」
その中へ丸を2つ描いた。
「先生が2人」
「先生が丸なの?」
ザナトスが言う。
「分かれば何でもいいよ」
「じゃあ俺たちは?」
「こっち」
クロードは別の形を4つ描いた。
「僕と、ランと、マミヤと、ベン」
「最初はね」
マミヤが黒板へ近づく。
「私、もう少しこっちだったと思う」
「どっち?」
「ここ」
マミヤがクロードの描いた印の横を指す。
クロードが位置を少し直した。
「ランは?」
「最初はオルディク先生の近くまで行った」
ランが言う。
「じゃあこう?」
「もうちょっと離れてたと思う」
「俺、外から見てたけど、ランもっと前じゃなかったか?」
ザナトスが口を挟む。
「最初の最初じゃない?」
ランが返す。
「どこからが最初なんだよ」
「始まったところ」
「それなら前じゃないだろ」
「じゃあ途中」
「途中広すぎるって」
教室のあちこちから笑い声が上がった。
いつの間にか、帰り支度を終えた何人かも黒板の近くへ寄っている。
「ランが救護に行ったところからにしたら?」
ピアが言った。
「その方が分かりやすいかも」
クロードは最初の図を消し、もう一度コートを描いた。
今度は生徒を3人にする。
「僕、マミヤ、ベン」
「私はこのあと休んだわよ」
マミヤが言う。
「じゃあすぐ2人になる」
クロードがマミヤの印を消した。
「これだ」
ベンも黒板へ近づいた。
「この時、僕はダルガン先生を見るって言った」
「僕がオルディク先生」
クロードは先生2人のそばへ、それぞれ線を引く。
ザナトスが黒板を見る。
「じゃあ1人ずつなら簡単じゃん」
「そう思ったんだけど、オルディク先生がベンの方へ行った」
クロードは丸を動かすように線を足した。
「それで僕がベンに声掛けて、その間にダルガン先生が僕の方へ来た」
「ああ、そういうことか」
ガレスが言う。
「外からだと2対2に見えるけど、分かれて戦ってたわけじゃないんだ」
「うん」
クロードが頷く。
「先生が同じ人だけ見てくれるわけじゃなかったから」
「それなら、こっち空いてたのも行けないな」
ガレスが黒板の端を指した。
「行こうとしたら先生も動くし」
「そこに行く前に魔法が来るかもしれないわよ」
エクリアも黒板の前へ来る。
「6人の時はもっとごちゃごちゃしてた」
「描いてみようぜ」
ノーゼスが言った。
クロードが4人側の図を消しかける。
「待って」
ランが止めた。
「横に描けない?」
「描ける」
クロードは黒板の空いているところへ、もう1つ四角を描いた。
今度は生徒の印を6つ置く。
「クロード、ノーゼス、ピア、ミナ、ミズー、リーゼ」
「俺ここだった」
ノーゼスが自分の印を指した。
「最初はもう少し後ろ」
「僕は前に行こうとして、ミナと同じところに行きかけた」
クロードが2つの印を近づける。
ミナが少し離れたところから黒板を見ていた。
「うん、止まった」
小さな声が聞こえる。
「そのあとクロードが先に行ったよね」
「うん」
「その横から私が水を使った」
ピアが自分の位置を指す。
「そうだ」
クロードはピアから先生の方へ線を引いた。
「だから僕止まった」
「でもその先に私がいたのよ」
リーゼが近づいてくる。
「ネノマ先生が避けたら、私も止まった」
「1個の魔法で3人動いてる」
ノーゼスが黒板を見る。
「撃った私も動いてるけどね」
ピアが言った。
「じゃあ4人?」
「先生も避けてるから5人じゃない?」
「もう増やすなよ」
ノーゼスが言い、また笑いが起きた。
「でも外から見てた時、そんなに詰まってるようには見えなかった」
ヤンナが言う。
「私はこっちから見てたけど、もっと空いてるところあったよ」
「どこ?」
エクリアが聞く。
ヤンナが黒板の端を指す。
「このへん」
クロードがそちらを見る。
「そこ、オルディク先生が戻ってくる方だった」
「そうなの?」
「僕からは戻ってくるの見えてた」
「私は先生の反対側見てたから分からなかった」
ヤンナが頷く。
「外から全部見えるわけでもないんだね」
「中からも全部見えてないよ」
クロードが言う。
「僕、左手で魔法出した時にもう1人の先生見るの遅れたし」
「それは見えてないっていうか、見てなかったんじゃない?」
エクリアが言う。
クロードは少し考えた。
「それもそうか」
「俺も壁出したあと、先生が横行ったの気づくの遅れたことある」
ノーゼスが黒板に近づく。
「こうやって壁出して」
生徒と先生の間に線を1本引く。
「こっちは止められるけど、先生がこっち行ったら意味ない」
「じゃあ横にも壁出せば?」
ザナトスが言った。
「どこまで出すんだよ」
「いっぱい」
「味方も動けなくなるだろ」
「じゃあ薄く」
「厚さの話じゃない」
ノーゼスが笑う。
「でもここに壁あったら、俺なら反対から行く」
ガレスが別の方向を指した。
「先生もそうするんじゃない?」
「するかも」
ノーゼスは自分で描いた壁を見る。
「じゃあこれ出せばいいってわけでもないな」
「風ならここから撃てるんじゃない?」
リーゼが別の位置を指す。
「そこ、前に人いたら無理よ」
エクリアが言う。
「じゃあいなかったら?」
「その時なら使えるかも」
「その時っていつ?」
ザナトスが聞く。
一瞬、みんなが黙った。
そのあと、また何人かが笑った。
「またそこに戻った」
クロードも笑う。
黒板には2つのコートと、たくさんの丸や線が残っていた。
けれど話しているうちに、どちらの図もすぐ古くなる。
救護へ行けば1人消える。
セーフティーゾーンへ入ればまた減る。
戻れば増える。
先生が動けば線を引き直す。
味方が動けば空いている場所も変わる。
「これ、ずっと描き直さないと駄目じゃん」
カイルが言った。
いつからそこにいたのか、クロードは気づかなかった。
周囲を見る。
黒板の前だけではなく、近くの机にもクラスメイトが座っている。
帰り支度を終えたまま立っている生徒もいた。
数えてみると、教室にいたのは18人全員だった。
「みんな残ってたんだ」
クロードが言う。
「今気づいたのかよ」
ノーゼスが笑った。
「途中から増えてたのは分かってたけど」
「俺、帰ろうと思ってたんだけどな」
トルトが言う。
「聞いてたら気になった」
「私も」
レクシアが黒板を見る。
「次も人数変わるかもしれないんでしょう?」
「先生、人数だけとも限らないって言ってた」
ヤンナが答えた。
「じゃあ、この形覚えても次そのまま使えないな」
ザナトスが黒板を見上げる。
「同じ先生でも動き方変わるしね」
クロードは木剣で対峙した時のザナトスを思い出した。
自分と戦った時と、ガレスを相手にした時では動き方が違っていた。
先生なら、なおさら同じように動くとは限らない。
「じゃあ意味ない?」
ミズーが聞いた。
クロードはすぐには答えなかった。
黒板を見る。
最初に自分が見えていたもの。
外から見た人が見えていたもの。
同じ場所にいたのに、別の方向を見ていた人が知っていたもの。
全部を合わせても、次に同じことが起きるとは限らない。
「そのまま使うのは無理だと思う」
クロードは言った。
「でも、僕が見えてなかったことは分かった」
「私も」
エクリアが頷く。
「外から見て空いてると思った場所も、中にいた人から聞くと違ったし」
ノーゼスも黒板を見る。
「壁出したら終わりじゃないのも、外から見た方が分かりやすかった」
「じゃあ次、また見ればいいんじゃない?」
ランが言った。
「中でも?」
クロードが聞く。
「中でも外でも」
「それいいね」
黒板には完成した形はなかった。
丸も線も何度も消され、描き直した跡が残っている。
それでも、3人で話し始めた時より分かることは増えていた。
クロードは黒板の前に集まったみんなを見る。
誰かに話し合えと言われたわけではない。
気づけばみんなで、今日見たものを持ち寄っていた。
「そろそろ帰る?」
誰かが言った。
「その前に黒板消さないと」
エクリアが言う。
「あ」
何人かの声が重なった。
クロードはもう一度、丸と線だらけの黒板を見る。
「消す前に、もう1回だけ見よう」
ノーゼスが言った。
誰もすぐには黒板へ手を伸ばさなかった。




