左手でも
昼休み、クロードたちは食堂の席で昼食を取っていた。
午前中に何人もの相手と木剣を交えたせいか、座っていると足の疲れが少しずつ抜けていく気がする。
ノーゼスは料理を口へ運びながら、向かいのクロードを見た。
「ザナトス、最初からクロードのところ行ったよな」
「うん」
「あれ絶対決めてたわよね」
エクリアが言うと、クロードは少し笑った。
「たぶん」
最初に向かい合ったザナトスは、始まるとすぐ一気に距離を詰めてきた。
けれど次に戦ったランは待っていても前へ来ず、クロードが大きく動いた時に初めて距離を詰めてきた。
そのあとに木剣を交えた相手たちも同じではなかった。
「ランとはやりにくかった?」
ノーゼスが聞く。
「ザナトスとは全然違った」
クロードは頷いた。
「待ってても来なかったし、僕が動いたら下がるんだけど、大きく動くと今度は前に来た」
「私は近づいてきた相手を追ったら、すぐ離れられたわ」
エクリアが言う。
「俺も距離取るやついたな」
ノーゼスも午前のことを思い返しているようだった。
クロードは料理を食べながら、待ち時間に見たザナトスのことも思い出した。
自分と戦った時には開始直後から飛び込んできたのに、ガレスと向かい合った時にはすぐには入らず、相手を見ながら動いていた。
「同じ人でも変わるんだよね」
「何が?」
ノーゼスが聞く。
「ザナトス」
クロードが答える。
「僕とやった時はすぐ来たけど、ガレスとやってた時は待ってたから」
「ああ、そういえばそうだったわね」
エクリアが頷く。
「相手が違ったからじゃない?」
「たぶん」
だから次にザナトスと戦った時、また最初から飛び込んでくるとは限らない。
今日一度見たからといって、それだけを待っていればいいわけでもなさそうだった。
3人はそのまま昼食を進める。
しばらくして、ノーゼスが水を飲んだ。
「今日どうする?」
クロードもすぐに意味が分かった。
「やる」
「私も」
エクリアの返事も早い。
「じゃあ放課後、いつものところな」
「うん」
それだけで予定は決まった。
昼食を終えると3人は教室へ戻り、午後の授業を受けた。
一日の最後を告げる魔導の鐘が鳴るころには、午前に感じていた足の重さもだいぶ薄れていた。
◇
放課後、3人は利用の確認を済ませて魔法演習場へ入った。
それぞれ使う場所を決めると、ノーゼスは土を使える区画へ向かい、エクリアも少し離れた的の前へ立つ。
クロードは左右を隔てられた区画へ入り、正面の的を見た。
まず少しだけ横へ動く。
止まると同時に右手で《印》を組む。
「《サンダーボール》」
青白い雷がまとまり、そのまま的へ飛んだ。
もう一度、今度は反対へ動いてから放つ。
雷球は少し右へずれたが、形を崩さず的へ当たった。
クロードは最初の位置へ戻る。
今度は少し違う動きにした。
前へ出る。
止まる。
すぐに横へずれて向きを変える。
そこから《印》へ入った。
雷球が飛び、的の端へ当たった。
午前中、ランと向かい合った時には、前へ進めば下がられた。
そこで大きく動けば、今度は向こうから入ってきた。
クロードは次に、一歩下がってからすぐ前へ身体を向け直した。
ザナトスが一気に距離を詰めてきた時は、考えている間にも相手が前へ来た。
同じような速さで身体を動かしてから、《印》を組む。
青白い雷が集まる。
放つ。
雷球は的の横を通った。
「外れた」
クロードは元の位置へ戻った。
もう一度同じ動きをする。
今度は的へ当たる。
その次は、形が少し乱れた。
動き方を変えれば、魔法を出す時の身体の向きも変わる。
急げば狙いもずれやすい。
けれど、1回の結果だけでは何が違ったのかまでは分からない。
クロードは同じ動きを何度か繰り返した。
少し離れたところでは、ノーゼスが《ロックボール》を的へ放っている。
一度横へ動いてから土の球を作り、放つ。
次は出す位置を変える。
何度か繰り返したあと、地面へ《印》を向けた。
土が盛り上がり、《ロックウォール》が立つ。
ノーゼスはすぐ横へ動き、壁越しに的を見る位置を変えた。
少し位置をずらしてもう一度壁を作る。
今度は作った直後に反対側へ回った。
午前中に相手と木剣を交えた時のように、ずっと正面だけにいるつもりではないらしい。
エクリアも一か所には留まっていなかった。
少し離れたところから《ウィンドボール》を放つ。
位置を変える。
向きを変えた直後、今度は水の《印》へ入った。
《ウォーターボール》が的へ飛ぶ。
次は水を続けず、また風へ戻る。
午前中にも、一度離れてからすぐ向きを変えて相手を追っていた。
その動きを魔法でも試しているようだった。
クロードは自分の的へ向き直った。
もう一度、一気に距離を詰められた時を考える。
下がる。
向きを変える。
《印》へ入る。
雷をまとめる。
放つ。
今度は的へ当たった。
もしこれが戦闘実践なら、右手には木剣がある。
魔法を使う時は木剣を左手へ持ち替えて、空いた右手で《印》を組んできた。
そのあと剣を使うなら、また右手へ戻す。
先生を相手にした時も何度もやってきた。
けれど今日ザナトスが最初に詰めてきた時の速さを思い返すと、持ち替えている間にも相手は動く。
ランのように待っていた相手が、こちらの動きに合わせて急に入ってくることもある。
次も同じ動きをしてくれるとは限らない。
クロードは右手を見た。
それから左手を見る。
「左でも出来たら……」
木剣を右手から動かさなくていい。
今まで必要だった持ち替えが一つなくなる。
クロードは左手の指を動かした。
右手なら考える前に進む《印》も、反対の手では一つずつ指の位置を確かめないと止まる。
まず魔力を出さず、最後まで形だけをなぞった。
もう一度。
途中で指の位置を間違える。
最初へ戻る。
「むずかしいな」
小さく呟き、もう一度組み直した。
何度か形だけを繰り返したあと、正面の的を見る。
左手を上げた。
いつもよりゆっくり《印》を組む。
青白い雷が手元へ集まり始める。
右手の時より形が揃うまで時間が掛かる。
外へ伸びた雷を戻そうとしたところで、別の方向が大きく乱れた。
クロードは魔力を止めた。
雷が消える。
「今何してるんだ?」
横を見ると、ノーゼスがこちらを見ていた。
「左手でやってみてる」
「左?」
ノーゼスが自分の左手を見る。
「なんで?」
「戦ってる時、右手で木剣を持ってるでしょ」
「ああ」
「魔法を使う時に左へ持ち替えてるけど、左手で魔法を使えたら、そのままでいいかなって」
ノーゼスが少し考える。
「ああ、持ち替えなくていいのか」
「うん」
クロードは午前中の運動場を思い出した。
「今日みたいに急に近づかれたら、その方が早いかもしれないし」
「ザナトスみたいなやつか」
「そう」
ノーゼスが笑った。
「あいつ待ってくれないもんな」
「ランも待ってたと思ったら急に来たし」
「それもそうか」
ノーゼスは少しだけクロードの左手を見ていたが、すぐ自分の練習へ戻っていった。
クロードももう一度《印》を組む。
1回目よりは途中で止まらなかった。
雷が集まる。
丸くまとめる。
けれど放つところへ入る前に形が崩れ、また魔力を止めた。
3回目は形を作るところまで出来た。
そのまま放つ。
雷球は的のかなり手前で崩れた。
「飛んだ」
届かなかった。
それでも左手から雷球を放つところまではいった。
クロードは同じ場所へ戻り、もう一度左手を上げた。
「クロード、左でやってるの?」
今度はエクリアが近くまで来ていた。
「うん」
「さっきの、右手よりかなり遅かったわよ」
「やっぱり?」
「見てても分かるくらい」
クロードは自分の左手を見る。
右手なら移動したあとでもすぐ《印》へ入れる。
左手では、止まって指の形を確かめているだけで時間が掛かる。
今日のザナトスが目の前にいたら、これでは待ってくれない。
「もう1回見ててくれる?」
「いいわよ」
クロードは正面を向いた。
左手で《印》を組む。
雷が現れる。
形をまとめる。
放つ。
今度は雷球が途中で少し揺れながらも、的の端へ当たった。
「当たった」
「当たったわね」
エクリアが頷く。
「でも、さっきより速かった?」
クロードが聞く。
「少しだけ」
エクリアは少し考える。
「ただ、形は途中で揺れてた」
「うん」
速くしたから揺れたのか、それとも別のところが違ったのかは分からない。
クロードはそれ以上決めず、同じ場所からもう一度試した。
今度は《印》の途中で指が止まった。
やり直す。
次は放てたが、的の左へ外れた。
その次は形が崩れて止めた。
一度届いたからといって、そのまま右手と同じにはならなかった。
「難しそうだな」
ノーゼスが休憩に来て言った。
「うん」
「右手なら普通に出来るのにな」
「だから比べやすい」
クロードが答えると、ノーゼスが少し笑った。
「そういうとこは変わんないな」
クロードも笑ってから水を飲んだ。
休んでいる間、今度は2人でエクリアの練習を見る。
エクリアは少し歩いてから向きを変え、風の《印》へ入った。
《ウィンドボール》が的へ飛ぶ。
すぐに同じ場所から続けず、位置をずらす。
次は水の《印》へ変わった。
水球が飛び、的へ当たる。
その次はもう一度風へ戻る。
「切り替えるの早くなった?」
ノーゼスが聞く。
エクリアは手を下ろした。
「今のはね」
「今のは?」
「毎回同じじゃないから」
「なるほど」
ノーゼスは自分の場所へ戻りかけて、途中で振り向いた。
「俺ももう少しボールやる」
「壁は?」
クロードが聞く。
「壁もやる」
ノーゼスは当たり前のように答えた。
「今日だって相手がずっと同じところにいたわけじゃないしな」
そのまま土を使える区画へ戻っていく。
クロードも立ち上がった。
休む前より左手の指は動かしやすくなっている。
今度は右手で一度確かめる。
少し後ろへ動き、すぐ向きを変えて《印》へ入る。
《サンダーボール》はすぐ形になり、的へ届いた。
同じ位置へ戻る。
次は左手。
後ろへ動く。
向きを変える。
そこで《印》へ入ろうとしたが、最初の形で少し遅れた。
雷が現れ、放つまでには右手よりずっと時間が掛かった。
それでも球は的へ向かい、端へ当たった。
クロードはすぐに次を始めなかった。
右手なら動いたあとでもほとんど止まらず使える。
左手では、《印》へ入るところから遅い。
届く時もあれば、届かない時もある。
しかも実際に向かいに相手がいれば、その間にも距離は変わる。
今日だけでも、ザナトスとランではその変わり方がまったく違っていた。
クロードは左手を見た。
いきなり動きながら全部を揃えようとするより、先に止まった状態で確かめた方がよさそうだった。
今度は動かず、その場で《印》だけを組む。
雷を出す。
丸くする。
放つ。
的へ届いた。
もう一度。
今度は途中で崩れた。
その次は届いた。
何度か繰り返したあと、クロードはようやく左手を下ろした。
「今日はそこまで?」
エクリアが聞く。
「うん」
「次も左手やるのか?」
ノーゼスも近くまで戻ってきた。
「やる」
クロードは頷いた。
「まず止まったままで何回か揃えて、それから動いたあとでもやってみたい」
「それが出来たら、今度は相手が動く時ね」
エクリアが言う。
クロードは頷いた。
「うん」
今日の午前中だけでも、相手によって動く時も距離も違っていた。
止まっている的に使えるだけでは、まだ足りない。
「じゃあ次も見るわ」
「俺も」
ノーゼスが言う。
エクリアは自分の練習場所を見る。
「私は切り替えた直後をもう少しやる」
ノーゼスも続けた。
「俺は壁の場所変えるのと、ボール」
「結局両方じゃん」
クロードが言うと、ノーゼスが笑った。
「だから両方使うんだって」
3人で使った場所を片づける。
演習場を出る頃には、外から差し込む光が少し低くなっていた。
「またやろうな」
ノーゼスが言う。
「うん」
「もちろん」
エクリアも答えた。
◇
夜、クロードは机に向かい、今日のことをノートへ書いていた。
午前中に向かい合った相手を思い返す。
ザナトスは最初から一気に距離を詰めてきた。
ランは距離を取り、クロードが大きく動いたところへ入ってきた。
そのあとの相手たちも同じではなかった。
さらにザナトス自身も、ガレスと戦っている時にはクロードの時とは違う動きをしていた。
同じ相手なら同じ動きになるわけでもない。
クロードはそこまで書いてから、今度は放課後の記録へ移った。
右手なら動いたあとでも《印》へ入り、《サンダーボール》を放てる。
左手では《印》の途中で指が止まることがある。
雷をまとめられない時もある。
放てても途中で崩れたり、的から外れたりした。
それでも何度かは、左手から放った雷球が的まで届いた。
「使えないわけじゃないんだよな」
クロードは左手を開き、指をゆっくり動かした。
ただ、届いたことと戦っている時に使えることは別だった。
木剣を持ち替えなくてもいいように始めたのに、《印》を組んでいる間に相手が近づいてしまえば意味がない。
相手がザナトスのように最初から来るのか、ランのようにこちらの動きを待つのかも分からない。
だからまず、左手そのものを確かめる必要がある。
クロードは次に試すことを書いていく。
止まった状態で左手の《印》を繰り返す。
同じ状態で《サンダーボール》を作る。
放つ。
右手と比べる。
そこまで揃ってきたら、動いたあとにも試す。
そして、その先で相手がいる時にどうなるかを確かめる。
今の段階で全部を一緒に試しても、どこで違ったのか分かりにくい。
クロードはノートから左手へ視線を移した。
魔力は出さず、左手だけで《印》を組んでみる。
途中で一度指が止まった。
「ここか」
最初からやり直す。
今度は最後まで組めた。
続けてもう一度やると、次はまた途中で止まる。
まだ身体が覚えているとは言えない。
今日出来たのは、左手でも何度か雷球を飛ばせたところまでだ。
次も同じように出来るかは、まだ分からない。
クロードは今日の記録を見直し、最後に一行書き足した。
『まず、左手で同じように出来るか確かめる』
その先には、また動く相手がいる。
そこまで使えるようになるかは、これから確かめていけばいい。




