俺とやろうぜ
次に戦闘実践の授業があった日、クロードたちは運動場へ集まっていた。
いつものようにトルシア、ネノマ、オルディク、ダルガン、フィオネの5人が待っている。
ただ、その近くに並んでいるものは、これまでとは少し違っていた。
木剣の横に、防具がいくつも置かれている。
「今日は防具あるんだ」
クロードが見ていると、ノーゼスも首を伸ばした。
「あれ着けるのか?」
「たぶん」
エクリアも防具へ目を向ける。
「結構あるわね」
授業開始の魔導の鐘が鳴り、18人が集まった。
トルシアが全員を見渡す。
「今日は、生徒同士で木剣を使ってもらいます」
一瞬、静かになった。
そのあと、何人かの声が重なる。
「生徒同士?」
「本当に打つんですか?」
「はい」
トルシアは防具の方を見る。
「そのための防具です」
ザナトスが木剣を見た。
口元が少し上がっている。
クロードはそれに気づいた。
「魔法は使うんですか?」
ベンが聞く。
「今日は使いません」
ネノマが答えた。
「木剣だけです」
クロードは木剣へ目を向けた。
最近の戦闘実践では、木剣を持ちながら魔法を使うことも多かった。
相手だけでなく、先生や仲間の位置、飛んでくる魔法まで見なければならない。
今日はそれがない。
目の前の相手との距離や動きに、いつもより集中することになる。
オルディクが木剣を1本持ち上げた。
「防具を着けているからといって、力任せに振っていいわけではありません」
何人かが頷く。
「相手も練習中です」
ダルガンが続ける。
「危ないと判断したら、こちらで止めます」
フィオネが並んでいる生徒たちを見る。
「一度に行うのは5組です」
5人の先生がそれぞれ少し離れた場所へ移動した。
「先生1人につき1組を見ます」
「残った組は、少し離れて見ていてください」
ネノマが続ける。
「時間が来たら交代します」
トルシアがもう一度口を開く。
「防具の上へ、こちらが当たったとはっきり判断できる一撃が入ったら、一度止めます」
「位置を戻して、また始めます」
「今日は何本取ったら勝ち、という授業ではありません」
クロードは少しだけ肩の力を抜いた。
何度か相手を変えながら、実際に打ち合うための授業らしい。
「では、最初の2人組を作ってください」
トルシアが言った。
クロードが周囲を見るより早く、声が飛んできた。
「クロード」
振り向く。
ザナトスがまっすぐこちらへ歩いてきていた。
「俺とやろうぜ」
「いいよ」
クロードが答えると、ザナトスは満足そうに笑った。
「早いな」
すぐ横でノーゼスが言う。
「まだ誰も動いてなかったぞ」
「最初から決めてたんじゃない?」
エクリアが笑う。
「うるさい」
ザナトスはそう言いながらも、クロードから離れなかった。
ほかの生徒たちも相手を決め始める。
あちこちで名前を呼ぶ声が上がり、防具を順番に手に取っていった。
クロードもザナトスと一緒に防具を着けた。
身体を動かしてみる。
何も着けていない時より重い。
腕を曲げた時の感覚も少し違う。
「動きにくいな」
ザナトスが肩を回す。
「少しね」
クロードも腕を動かした。
木剣そのものの重さには慣れている。
けれど、防具を着けて同じクラスの生徒と実際に打ち合うのはこれまでとは違う。
最初に入る5組が先生たちの近くへ分かれた。
クロードとザナトスの前にはオルディクが立っている。
少し離れたところでは、まだ始めない生徒たちがこちらを見ていた。
クロードとザナトスが向かい合う。
ザナトスが木剣を構えた。
クロードも構える。
以前なら、構えてから足の位置や木剣の持ち方を一つずつ確かめる時間がもっと長かった。
今は互いに構えたまま動き始める。
ザナトスが少し前へ出た。
クロードも距離を取る。
また一歩。
今度はクロードが横へ動いた。
ザナトスの身体もこちらへ向く。
先生を相手にしている時とは違う。
目の前にいるザナトスも、自分が届く距離を探している。
「始めてください」
オルディクの声が掛かった。
先に動いたのはザナトスだった。
一気に距離が縮まる。
「っ!」
クロードは木剣を上げた。
木剣同士がぶつかり、乾いた音が鳴った。
思っていたより強い。
クロードが一歩下がる。
ザナトスは止まらない。
木剣を戻し、そのままもう一度前へ出てくる。
クロードは横へ動いた。
木剣が防具のすぐ近くを通る。
「速いな」
思わず声が出た。
「お前には負けたくないからな!」
ザナトスが答える。
また距離を詰めてくる。
クロードは木剣だけを追わない。
足を見る。
肩を見る。
身体の向きを見る。
そして距離を見る。
ザナトスが踏み込んだ。
クロードも下がる。
今度も避けられると思った。
その瞬間、ザナトスの身体の向きが少し変わった。
木剣が追ってくる。
避けきれなかった。
防具越しに肩へ衝撃が入る。
「そこまでです」
オルディクの声が掛かった。
2人がすぐに止まる。
ザナトスは木剣を下げた。
「よし!」
嬉しそうな声だった。
クロードは打たれた肩を見る。
痛みは強くない。
防具が受けてくれている。
それよりも、最後の一歩の方が気になった。
「もう1回やりたい」
クロードが言う。
ザナトスが笑った。
「言うと思った」
2人は位置を戻した。
オルディクがそれを確認する。
「では、もう一度」
再び向かい合う。
今度はクロードから動いた。
真っすぐ近づかず、少し横へずれる。
ザナトスも向きを変える。
クロードが踏み込む。
木剣を振る。
ザナトスが受けた。
クロードはその場で押し込まず、すぐに足を動かす。
振ったあとも、続けて動く。
何度も練習してきた動きだった。
ザナトスが追ってくる。
クロードも向き直る。
木剣がぶつかる。
離れる。
また近づく。
今度はザナトスの木剣が空を切った。
クロードは前へ出ようとした。
けれど、途中で止める。
空振りしたあともザナトスの足は止まっていなかった。
すぐに身体がこちらへ向き直る。
クロードは無理に入らず、もう一度距離を取った。
「来ないのか?」
「今はやめた」
「じゃあ俺から行く!」
ザナトスが笑いながら前へ出る。
クロードも木剣を構え直した。
さっき肩へ届いた時とは少し違う。
今度は見えている。
ザナトスの木剣を受ける。
すぐ横へ動く。
クロードも振る。
ザナトスが身体を引いた。
それでも間に合わず、クロードの木剣が脇腹側の防具へ当たった。
乾いた音が鳴る。
「そこまでです」
オルディクの声で、2人とも動きを止めた。
クロードは息を吐いた。
ザナトスも肩を上下させている。
「今の入ったよね?」
クロードが聞く。
「入った」
ザナトスは少し悔しそうに答えた。
そのあと、すぐに木剣を握り直す。
「次は避ける」
「じゃあ次も当てる」
「言ったな?」
ザナトスが笑う。
2人はもう一度位置を戻した。
今度はどちらもすぐには動かなかった。
互いに一度ずつ防具へ当てている。
さっき使った動きを、そのまま繰り返しても届かない気がした。
ザナトスが先に一歩踏み込む。
クロードも木剣を上げた。
ぶつかった木剣が離れる前に、ザナトスが横へ動く。
クロードも追う。
さっきまでなら、そのままザナトスがもう一度前へ来ていた。
けれど今度は来ない。
少し距離を取ったまま、こちらを見ている。
クロードが右へ動く。
ザナトスも向きを変える。
もう一歩。
今度はザナトスが踏み込んだ。
木剣がぶつかる。
クロードは受けたまま押し返さず、すぐ横へ動いた。
ザナトスも足を止めない。
互いの木剣が空を切る。
離れて、また構える。
「そこまでです」
オルディクの声が掛かった。
クロードとザナトスが止まる。
「交代の時間です」
「えっ」
ザナトスが思わず声を出した。
オルディクは変わらない調子で続ける。
「次の組と交代してください」
ザナトスは木剣を下げた。
「まだ決まってないのに」
「1本ずつだね」
クロードが言う。
「次は俺が取るからな」
「僕も取るよ」
ザナトスが少し笑った。
「じゃあ次だな」
2人は先生の前から離れた。
待っていた生徒たちの中から次の組が入り、それぞれ先生の近くへ分かれていく。
クロードは防具を着けたまま、邪魔にならないところまで下がった。
運動場のあちこちから木剣のぶつかる音が聞こえてくる。
しばらくして再び交代が掛かった。
「次は相手を変えてください」
トルシアの声が運動場に響く。
クロードが周囲を見る。
今度はランと目が合った。
「一緒にやる?」
クロードが聞く。
「うん」
以前の剣の授業でも、2人で距離を確かめたことがある。
けれど、その時は実際に木剣を当て合ってはいなかった。
2人はネノマの前へ移動した。
「よろしく」
「うん」
向かい合って構える。
開始の合図が掛かった。
クロードはザナトスの時と同じように相手を見る。
ランもこちらを見たまま動かない。
少し待つ。
まだ来ない。
クロードも動かないまま、距離を測った。
さらに少し時間が過ぎる。
(来ないな)
ザナトスなら、もうとっくに距離を詰めてきている。
クロードは自分から一歩前へ出た。
ランが一歩下がる。
もう一歩進む。
また下がった。
距離がなかなか縮まらない。
クロードは少し歩幅を広げた。
その瞬間、ランが前へ出た。
「っ」
クロードが木剣を振る。
ランは身体を引いた。
木剣が届かない。
そのまま振り終わったところへ、ランの木剣が伸びてくる。
クロードは足を動かして横へ逃げた。
木剣の先が腕の防具をかすめる。
「今のは入りません」
近くで見ていたネノマが言った。
クロードは少し離れて構え直した。
ザナトスとは違う。
待っていても来ない。
こちらが近づけば、その分だけ離れる。
けれど離れるだけでもない。
クロードが大きく動いた時には、すぐ前へ出てきた。
もう一度、クロードから進む。
今度は一気に近づかない。
ランが下がる。
クロードも止まる。
ランも止まった。
そこから少しだけ横へ動く。
ランの身体がこちらを向く。
クロードはもう一歩だけ前へ出た。
ランが木剣を上げる。
クロードも振った。
木剣同士がぶつかる。
そのまま足を止めずに離れた。
さっきより近い。
けれど、まだ防具には届いていない。
今度はランが先に動いた。
クロードも木剣だけでなく、足と身体を見る。
近づいてくる。
クロードが受けようとしたところで、ランが少し横へずれた。
木剣が脇から伸びてくる。
避けようとしたが間に合わない。
防具へ軽い衝撃が入った。
「そこまでです」
ネノマの声が掛かる。
クロードは木剣を下げた。
「当たった」
ランも木剣を下げる。
「うん」
クロードは打たれたところより、直前の動きを思い返した。
ずっと下がっていたのに、最後は自分から入ってきた。
位置を戻して、もう一度始める。
今度はクロードも最初から相手が来るのを待たなかった。
前へ出る。
止まる。
横へ動く。
また前へ出る。
ランもそれに合わせて距離を変える。
ザナトスと戦った時とは、足を動かす速さまで違っていた。
何度か木剣がぶつかり、そのまま次の交代が掛かった。
今度はどちらも防具へ当てられないまま終わった。
「ありがとうございました」
「ありがとう」
2人で木剣を下げ、その場を離れる。
クロードは息を整えながら次の組を見る。
その中にザナトスがいた。
相手はガレスだった。
開始の合図が掛かる。
クロードは何となくザナトスを見る。
すぐに飛び込むと思った。
けれどザナトスはその場で構えたまま、ガレスの動きを見ている。
ガレスが少し前へ出る。
ザナトスは一歩だけ横へ動いた。
またガレスが進む。
そこでもまだ飛び込まない。
「……あれ?」
クロードが小さく声を出した。
自分とやった時は、最初から一気に来た。
今は違う。
ガレスが木剣を振った。
ザナトスが受け、そこから前へ出る。
木剣が続けてぶつかった。
クロードはその動きを見ながら、さっきのランとの打ち合いを思い出した。
相手が違えば、自分の動きも変わる。
ザナトスも同じなのかもしれない。
そのあとも交代しながら、生徒たちは何人かの相手と木剣を交えた。
前へ来る相手もいた。
距離を取り続ける相手もいた。
こちらが動いた時に初めて動く相手もいた。
クロード自身も一本取れた時があれば、先に防具へ当てられる時もあった。
どちらも届かないまま交代になることもあった。
ノーゼスも相手と距離を取りながら木剣を振っている。
エクリアは一度離れたあと、すぐに向きを変えて相手を追っていた。
少し離れたところではザナトスの声も聞こえる。
同じ授業を受けていても、誰も同じようには動いていなかった。
授業終了の魔導の鐘が鳴る。
「そこまでです」
トルシアの声で、運動場の木剣が止まっていく。
クロードも木剣を下げた。
最初に戦ったザナトス。
その次のラン。
そのあとに向かい合ったクラスメイトたち。
同じ木剣を持っている。
同じように防具も着けている。
それでも、近づく距離も、動く速さも、木剣を振るタイミングも違った。
クロードは並んでいるクラスメイトたちを見る。
次に同じ相手とやったとしても、今日と同じになるとは限らない。
そう考えながら、クロードは防具を外し始めた。




