雷を知る
第15話 雷を知る
翌朝、クロードは目を覚ますと、しばらく天井を見つめていた。
昨日、教会で見た青白い光が頭に残っている。
《雷属性》。
前の世界にも雷はあった。
空から落ちる雷も、電気も知っている。製鉄所で働いていた頃には、電気がどれほど便利で、同時にどれほど危険なものかも身近に見てきた。
だが、この世界の雷魔法が前の世界の雷や電気と同じものなのかは分からない。
似ているからといって、同じとは限らない。
クロードは布団から起き上がった。
知りたい。
まずは、自分の雷がどんなものなのか。
そう思ったところで、昨日ガルディオに言われたことを思い出す。
一人で試すな。
クロードは着替えると、ガルディオを探しに行った。
◇
屋敷の裏にある訓練場で、ガルディオは剣を振っていた。
クロードが近づくと、ガルディオは剣を止める。
「父上」
「どうした」
「雷を試してみたいです」
ガルディオはすぐには答えなかった。
クロードの顔を見て、それから周囲へ目を向ける。
「一人では試していないな」
「はい」
「ならいい」
剣を置き、ガルディオはクロードの前に立った。
「最初から何かを狙うな」
「狙わない?」
「まず、自分がどの程度の力を出せるのかを知れ」
クロードは頷いた。
昨日、《啓示》を受けたあとにも雷は出している。
ただし、ほんのわずかだった。
「昨日と同じ程度の力を出すことだけ考えろ」
「はい」
クロードは右手を前へ出した。
魔力を意識する。
五歳になるまで、外にある魔力を感じることはできても、自分の中にあるものを自由に動かすことはできなかった。
今は違う。
体の奥にある何かを、ゆっくりと腕へ移していく。
焦らない。
必要な場所に、必要なだけ。
父から何度も教えられてきたことを思い出しながら、指を動かす。
次の瞬間。
パチッ。
小さな音とともに、指先で青白い光が弾けた。
クロードは思わず目を見開いた。
昨日よりも落ち着いて見られた。
ほんの一瞬。
細い光が指先から伸び、すぐに消える。
「痛みは?」
ガルディオが聞く。
「ありません」
「痺れは」
クロードは指を何度か動かした。
「ないです」
「熱は」
「大丈夫です」
「気分は」
「普通です」
ガルディオはクロードの手を取り、指先や掌を確認した。
「今日はここまでだ」
「え?」
思わず声が出た。
「一回しかやってません」
「一回やった」
「もう少しできます」
「できることと、やっていいことは別だ」
クロードは口を閉じた。
以前にも似たようなことを言われた気がする。
使えることと、安全に使えることは別だ。
「……はい」
「少し休め。異常がなければ、次を試す」
完全に終わりという意味ではなかったらしい。
クロードは素直に頷いた。
◇
しばらく休んでも、体に変化はなかった。
指先も痛くない。痺れもない。気分も悪くない。
それを確認してから、ガルディオは次の実験を許した。
「今度は何かを狙ってみたいです」
「何を狙う」
クロードは周囲を見回した。
「木の枝は?」
ガルディオは少し考えた。
「乾いたものか」
「はい」
「場所を変える」
「どうしてですか?」
「燃えるかもしれん」
クロードは訓練場を見る。
周囲には草も木もある。
雷がどの程度の熱を持つのかは分からない。
「火事になるかもしれない?」
「分からん。だから燃えて困る場所では試さない」
なるほど、とクロードは頷いた。
分からないなら、失敗しても取り返せる場所で試す。
二人は屋敷から少し離れた、土のむき出しになった場所へ移動した。
ガルディオは念のため水も用意させた。
乾いた枝は少し離れた地面の上に置かれていた。
「まずさっきと同じ程度だ」
「はい」
クロードは枝を見る。
距離はそれほど遠くない。
右手を向け、魔力を動かす。
指を組み、雷を放つ。
パチッ。
青白い光が走った。
だが。
「……あれ?」
雷は枝には当たらなかった。
枝から少し離れた地面に落ちている。
クロードは枝と、雷が落ちた場所を交互に見た。
「外れた」
ガルディオは何も言わない。
クロードはもう一度枝を見る。
今度はしっかり狙う。
同じくらいの魔力。
同じ印。
できるだけ同じ条件。
パチッ。
二度目の雷が走る。
今度も枝には当たらなかった。
先ほどとは違い、枝より少し手前の地面に落ちた。
「……また」
クロードは眉を寄せる。
一度なら、自分が狙いを外しただけかもしれない。
だが二度続いた。
しかも落ちた場所が違う。
もう一度試そうとしたところで、ガルディオが止める。
「休め」
「でも、まだ二回です」
「二回使った」
クロードは少し迷ってから手を下ろす。
「……はい」
水を飲みながら、さっきの二回を思い返す。
同じ枝を狙った。
同じくらいの力で出したつもりだった。
それなのに、落ちた場所は違った。
少し休んでから、三度目を試す。
今度は指先の向きにも気をつけた。
枝の中央を見る。
魔力もできるだけ同じにする。
パチッ。
雷が走った。
枝の横。
また違う場所だった。
クロードはしばらく黙っていた。
「父上」
「なんだ」
「雷って、狙ったところに飛ばないんですか?」
ガルディオは少し考えてから答えた。
「雷属性は、狙った場所へ安定して飛ばすことが難しいと言われている」
「難しい?」
「ああ」
「どうしてですか?」
「分からん」
あっさりした答えだった。
クロードはガルディオを見る。
「父上も?」
「俺は雷属性ではない。それに、雷属性を持つ者に会ったこともない」
「珍しいから?」
「それもある」
ガルディオは地面に残った小さな跡を見る。
「珍しい力ではあるが、狙った場所へ安定して届かない。実戦では扱いにくい。それもあって、使い手もほとんど聞かん」
クロードは乾いた枝を見る。
三回。
一度も当たっていない。
狙った場所に飛ばない。
それだけ聞けば、確かに使いにくい。
けれど、クロードが気になったのは別のことだった。
どうして外れる?
何も決まっていないなら、どこへ飛んでもおかしくない。
けれど、本当に何も決まっていないのだろうか。
雷が進む先には、何か理由があるんじゃないか。
「もう一回やっていいですか?」
「今日は終わりだ」
「……はい」
即答だった。
クロードは枝を見つめたまま頷いた。
もっと試したい。
だが、回数を増やせば分かるとも限らない。
まず今日分かったことを整理した方がいい。
◇
部屋へ戻ると、クロードは机に向かった。
新しい紙を一枚置き、その上に文字を書く。
『雷の記録』
その下に、今日試したことを書いていく。
三回、同じ枝を狙った。
三回とも外れた。
落ちた場所は、それぞれ違った。
体に痛みや痺れはなかった。
そして、その下に疑問を書く。
なぜ狙った場所へ飛ばない?
雷が進む方向は何で決まる?
距離で変わる?
魔力量で変わる?
周囲にある物で変わる?
前の世界の雷や電気と同じ性質はある?
書いているうちに、疑問の方が増えていった。
クロードは紙を見つめる。
《啓示》で分かったのは、自分が雷属性を持っているということだけだった。
雷が何なのか。
どうして狙った場所へ飛ばないのか。
どうすれば扱えるのか。
何も分かっていない。
けれど、それでいい。
分からないなら、調べればいい。
試して、失敗して、考える。
それでも分からなければ、また試す。
ただし、取り返せる範囲で。
クロードは『雷の記録』の一番下に、新しい一行を書き足した。
次は、何が雷の進む先を変えるのか確かめる。
雷属性は、手に入れた力ではなかった。
これから知っていく、新しい未知だった。




