啓示の日
第14話 啓示の日
月の終わりは、思っていたより早くやってきた。
朝食を終えたクロードは、自分の部屋で何度目か分からないほど窓の外を見た。
空はよく晴れている。
いつもと変わらない朝だった。
けれど、今日は月末だ。
五歳になってから待っていた《啓示》の日が、ようやくやってきた。
自分には《鉱物生成》がある。
それはイリシアから直接与えられたものだ。
けれど、この世界では魔法とGiftを同時に持つ者はいないとされている。
自分のような転生者だけが、その例外になり得る。
だから今日、何が示されるのかはクロードにも分からなかった。
もし魔法があれば、それが分かる。
なければ《鉱物生成》が――。
そこまで考えて、クロードはやめた。
考えても答えは出ない。
分からないものを、分からないまま予想し続けても仕方がない。
今日はそれを確かめに行くのだ。
「クロード、準備はできたか」
扉の向こうからガルディオの声がした。
「できた」
返事をして部屋を出る。
廊下にはガルディオとエリスが待っていた。
イリアは今日は留守番らしい。
一緒に行きたいと朝から何度も訴えていたが、教会には同じように五歳の子供たちとその家族が集まる。まだ幼いイリアを連れていくより、屋敷で待たせた方がいいとエリスが決めた。
「緊張してる?」
歩きながらエリスが尋ねる。
クロードは少し考えた。
「分からない」
「緊張しているかどうかが?」
「うん。早く知りたいとは思ってる」
エリスが小さく笑う。
「それはいつものクロードね」
「そう?」
「ええ」
前を歩いていたガルディオが振り返る。
「昨日言ったことは覚えているな」
「一人で試さない」
「そうだ」
「使えることと、安全に使えることは別」
「覚えているならいい」
念を押された。
クロードとしても忘れてはいない。
むしろ、何が出るか分からないからこそ、最初は慎重に確かめるつもりだった。
どれほどの力があるのか。
どうすれば動くのか。
何ができて、何ができないのか。
調べることはいくらでもある。
「……クロード」
エリスが少し呆れたように名前を呼んだ。
「なに?」
「今、何を試すか考えていたでしょう」
「まだ何も決めてないよ」
「何を試すかは考えていたのね」
クロードは黙った。
ガルディオが小さく息を吐いた。
教会は町の中心に近い場所にあった。
何度か前を通ったことはあるが、中へ入るのは初めてだった。
石造りの建物は屋敷ほど大きくない。それでも周囲の家々より背が高く、正面の扉の上には七つの印が刻まれている。
火、水、風、土、光、闇、雷。
七つの魔法属性を示すものだと、以前エリスから教えてもらった。
入口の前にはすでに何組もの親子が集まっていた。
今日《啓示》を受ける子供たちなのだろう。
クロードは無意識に一人ずつ見てしまう。
緊張した顔。
楽しそうな顔。
親の手を強く握っている子。
友達らしい子供と話している子。
同じ五歳でも反応はそれぞれだった。
その中に、見覚えのある髪を見つけた。
「あ」
向こうもこちらに気づいた。
「あ、石の子!」
「石の子?」
エリスが隣で聞き返す。
「ミーニャ」
クロードが名前を呼ぶと、少女は両親らしい男女のそばから駆けてきた。
畑で会ったときと違い、今日は土のついていない服を着ている。
それでも顔は同じだった。
「やっぱりクロードだ」
「ミーニャも今日だったんだ」
「うん。あたしも今月で五歳」
畑で会ったとき、同じくらいの年だとは思っていた。
まさか《啓示》まで同じ日になるとは思わなかった。
「その子がミーニャ?」
エリスが尋ねる。
「うん。畑で会った」
「石見てた」
ミーニャが付け加える。
エリスは一瞬だけクロードを見た。
「……やっぱり石なのね」
「面白い石だったから」
「クロードらしいわ」
ミーニャの両親もこちらへやってきた。
二人はガルディオの姿を見ると、少し緊張したように頭を下げた。
ガルディオも短く言葉を返す。
クロードはそのやり取りを眺めてから、ミーニャへ視線を戻した。
「緊張してる?」
「ちょっと」
「何が出ると思う?」
聞くと、ミーニャは少し考えてから首を振った。
「分かんない」
クロードと同じ答えだった。
「でも、何かあったらいいな」
「欲しいものがあるの?」
「分かんない」
また同じ答え。
それからミーニャは少しだけ教会の外へ目を向けた。
その先に畑があるわけではない。
けれどクロードは、以前聞いた言葉を思い出した。
ちゃんと大きくなりますように。
元気になりますように。
毎日、畑で祈っているとミーニャは言っていた。
クロードは何も言わなかった。
何が出るかは、もうすぐ分かる。
やがて教会の扉が開き、集まっていた家族たちが中へ案内された。
内部は外から見た印象より広かった。
奥には七つの属性を表す印が並び、その手前に白い衣を着た神官が立っている。
子供たちは前へ。
家族は少し離れた場所へ。
そう案内され、クロードはガルディオとエリスから離れた。
「クロード」
後ろから呼ばれて振り返る。
ガルディオがこちらを見ていた。
「落ち着いていけ」
「うん」
エリスも笑っている。
「行ってらっしゃい」
クロードは頷いて、五歳の子供たちが集まる列へ向かった。
隣にはミーニャがいる。
少しだけ顔が硬い。
「大丈夫?」
「クロードは平気なの?」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
「初めてだから」
ミーニャが吹き出した。
「みんな初めてだよ」
「そっか」
言われてみればその通りだった。
しばらくして、神官が前へ出た。
教会の中が静かになる。
「今日ここに集った皆さんは、五歳という節目を迎えました」
穏やかな声が響く。
「これから受ける《啓示》によって、自らに宿る力の一端を知ることになります」
一端。
クロードはその言葉を聞いて、少しだけ神官を見た。
全部ではない。
先日のセレナの言葉が頭をよぎる。
「魔法を持つ者もいるでしょう。Giftを持つ者もいるでしょう。そして、どちらも示されない者もいます」
子供たちの間に、わずかなざわめきが生まれた。
「ですが、今日知るものは、皆さんがこれから歩むための一つの手掛かりです」
クロードは黙って聞いていた。
その言葉が、この教会だけの教えなのか。
それともどこの教会でも同じなのか。
少し気になった。
あとで聞いてみようと思う。
やがて《啓示》が始まった。
一人ずつ名前を呼ばれ、前へ進む。
何が行われるのか、クロードはじっと観察した。
呼ばれた子供が神官の前に立つ。
神官が短く言葉を告げる。
そして、しばらくすると結果が伝えられる。
「土属性です」
家族の方から歓声が上がった。
次の子供はGiftだった。
その次は風属性。
何も示されなかった子もいた。
その子は俯いたまま家族のもとへ戻った。
母親らしい女性がしゃがみ込み、何かを話しかけている。
何を言っているのかまでは聞こえない。
けれど、その手はずっと子供の手を握っていた。
クロードはセレナのことを思い出した。
五歳のセレナも、こんな顔をしたのだろうか。
「ミーニャ」
名前が呼ばれた。
「……行ってくる」
「うん」
ミーニャは小さく息を吸い、前へ出た。
神官の前に立つ。
静かな時間が流れる。
やがて神官が目を開いた。
その表情が、わずかに変わった。
「Giftが示されています」
ミーニャが目を見開く。
「《緑恵》」
「りょく……?」
「《緑恵》です」
神官はもう一度ゆっくり告げた。
「植物に触れ、その状態を感じ取り、その育ちを助ける力のようです」
ミーニャはしばらく動かなかった。
クロードも、その言葉を頭の中で繰り返していた。
植物。
状態を感じる。
育ちを助ける。
畑で祈っていたミーニャの姿が浮かぶ。
ちゃんと大きくなりますように。
元気になりますように。
偶然だろうか。
クロードには分からない。
けれど、あの日の祈りと今聞いた力が、妙に重なって見えた。
ミーニャが振り返る。
両親が驚いた顔で立っていた。
次の瞬間、母親が両手で口元を覆った。
父親も何か言おうとして、言葉が出てこないようだった。
ミーニャは二人のところへ駆けていく。
クロードはその背中を見送った。
《緑恵》。
どこまで植物の状態が分かるのだろう。
何をすると育ちがよくなるのか。
悪い土でも育つのか。
水が足りなければどうなる。
病気の植物なら。
「クロード・アインハルト」
名前を呼ばれた。
「……あ」
考えるのをやめ、前を見る。
危なかった。
ミーニャのGiftについて考えている場合ではない。
今度は自分の番だ。
神官の前まで歩く。
「クロード・アインハルトですね」
「はい」
「力を抜いてください」
言われた通りにする。
何が起こるのか分からない。
だからこそ、クロードは自分の体の変化を見逃さないよう意識した。
呼吸。
指先。
足。
体の内側。
しばらく何も起こらなかった。
やがて、胸の奥に小さな違和感が生まれた。
熱ではない。
冷たくもない。
今まで外にあるものとして感じていた魔力とは、どこか違う。
自分の中にあった何かへ、初めて触れたような感覚。
次の瞬間。
ぱちっ。
右手の指先で、小さな音がした。
クロードは目を見開いた。
青白い光が一瞬だけ走り、消える。
教会の中がざわついた。
神官もクロードの手を見ていた。
「……雷属性です」
クロードは自分の指先を見る。
何も残っていない。
痛みもない。
「雷……」
「はい。《雷属性》が示されています」
神官が告げる。
後ろから、いくつかの声が聞こえた。
珍しい。
雷だって。
そんな言葉が混ざっている。
クロードには、それより気になることがあった。
《鉱物生成》。
何も言われない。
神官は結果を伝え終えた顔をしている。
「他には?」
思わず尋ねる。
「他?」
「何か、もう一つあったりは?」
神官は少し不思議そうな顔をした。
「いいえ。示されているのは《雷属性》です」
やはり。
クロードは小さく頷いた。
《鉱物生成》は見えていない。
イリシアから聞いていた通り、普通なら同時に存在しないはずの力だからなのか。
それとも別の理由なのか。
今は分からない。
ただ一つ、確かめられたことがある。
《啓示》で分かるものが、自分のすべてではない。
セレナが話していた意味とは違う。
けれどクロード自身は、それを文字通り知ってしまった。
「クロード」
ガルディオの声が聞こえた。
振り返る。
父と母がこちらを見ている。
エリスは笑っていた。
ガルディオはいつもと大きく変わらない顔だったが、ほんの少しだけ目を細めている。
クロードは二人のもとへ戻った。
「雷だったね」
エリスが言う。
「うん」
「どうだ」
ガルディオに聞かれる。
クロードは少し考えた。
嬉しい。
たぶん、それは間違いない。
けれど、それ以上に。
「知りたい」
ガルディオの眉がわずかに動く。
「何をだ」
「雷魔法で何ができるのか」
クロードは自分の右手を見る。
さっきの光はもうない。
ほんの一瞬だった。
けれど確かに、自分の指先から出た。
「どれくらい出せるのか。どうやって動かすのか。何に当たるとどうなるのか。それから――」
「クロード」
ガルディオに止められた。
「なに?」
「一人で試すな」
「……覚えてるよ」
エリスが笑った。
《啓示》が終わり、教会の外へ出る。
先に出ていたミーニャが両親と一緒に立っていた。
クロードを見ると、すぐに駆け寄ってくる。
「クロード!」
「ミーニャ」
「雷なんだって?」
「うん。《雷属性》」
「光ってた!」
「ちょっとだけね」
「すごいね」
「ミーニャも」
「《緑恵》!」
今度はさっきまでの緊張が嘘のような笑顔だった。
「これで畑、元気にできるかな」
クロードはすぐには答えなかった。
《緑恵》が何をどこまでできるのか、まだ分からない。
Giftがあれば雨が降るわけでも、土が勝手に良くなるわけでもないだろう。
できることを確かめる前から、大丈夫だとは言えない。
「分からない」
「えー」
「でも、調べれば分かると思う」
ミーニャは少しだけ口を尖らせたあと、笑った。
「また調べるの?」
「うん」
「クロード、ほんとに変なの」
畑で会った日と同じことを言われた。
けれど今度は、クロードも少し笑った。
帰り道。
クロードは何度も自分の右手を見ていた。
雷属性。
前の世界なら、雷が何なのかは知っている。
雲の中で生じる電気的な現象。
電荷の偏りによって大きな電位差が生まれ、それが放電する。
知識としてなら説明できる。
けれど。
クロードは空を見上げた。
この世界の雷も、本当に同じなのだろうか。
魔法で生まれる雷は、空から落ちる雷と同じものなのか。
同じなら、なぜ魔力から生み出せるのか。
違うなら、何が違うのか。
考え始めると、次々に疑問が浮かんでくる。
「クロード」
「なに、母さま」
「また考えてるでしょう」
「うん」
「何を?」
クロードは少し迷った。
「雷って、なんで光るんだろうって」
エリスが瞬きをする。
「……そこから?」
「知ってることはあるよ。でも、この世界でも同じか分からないから」
エリスはしばらくクロードを見たあと、隣を歩くガルディオへ視線を向けた。
「あなた」
「なんだ」
「この子、一人で試させない方がいいわ」
「最初からそのつもりだ」
クロードは二人を見上げる。
「危ないことはしないよ」
ガルディオがこちらを見る。
「取り返せる失敗にしろ」
朝と同じ言葉だった。
「うん」
クロードはもう一度、自分の手を見る。
五歳になったからといって、急に何でもできるようになったわけではない。
《啓示》を受けたからといって、自分のことを全部知ったわけでもない。
分かったのは一つ。
自分には雷属性がある。
なら、次にすることも決まっている。
知る。
試す。
失敗したら考える。
そして、もう一度やる。
ただし、取り返せる範囲で。
クロードは指先を見つめた。
もう光は走らない。
今はまだ、それでいい。
雷について知っていることはある。
知らないことは、もっとある。
だからまずは、その違いを確かめるところから始めよう。




