↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』  作者: 黎明の星


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/22

5歳の誕生日

目を覚ますと、いつもと同じ天井があった。

クロードはしばらくそれを眺めてから、布団の中で両手を開いた。

右手も左手も昨日までと変わらない。

指を一本ずつ曲げてみても、何か特別な感覚が増えたわけではなかった。

「……五歳」

今日で五歳になった。

この世界に生まれてから、もう五年が経ったことになる。

赤ん坊だった頃のことは、今ではかなり曖昧だった。

目を開けたときの光や、大きな腕に抱かれていた感覚が断片的に浮かぶことはある。けれど、歩き始めた頃からの記憶と比べれば、どれも輪郭がぼやけている。

それでも五年の間に、ずいぶん色々なことを知った。

家族のこと。文字のこと。この国のこと。

魔法のこと。

石のこと。

そして、知れば知るほど分からないことが増えていくことも知った。

五歳は、この世界では大きな節目になる。

五歳になった子供は《啓示》を受ける。

そこで魔法があると分かる者もいれば、Giftがあると分かる者もいる。どちらも示されない《持たざる者》もいる。

ただし、今日すぐに《啓示》を受けるわけではない。

この辺りでは、その月に五歳になった子供たちが月の終わりに教会へ集まり、まとめて《啓示》を受けることになっている。

自分に何があるのか分かるのは、もう少し先だ。

「おにいちゃん!」

扉の向こうから声がした。

続いて小さな足音が近づき、開いた扉からイリアが顔を出す。

「ごさい!」

「うん。五歳」

「おにいちゃん、ごさい!」

何がそんなに嬉しいのか、イリアは満面の笑みでもう一度言った。

その後ろからエリスが姿を見せる。

「おはよう、クロード。お誕生日おめでとう」

「ありがとう、母さま」

「みんな待っているわ。着替えたらいらっしゃい」

「うん」

エリスに連れられていくイリアを見送り、クロードは寝台から降りた。

五歳になって最初にすることは、いつもと同じ着替えだった。

そんなことが少しおかしくて、クロードは一人で笑った。

着替えを済ませて食堂へ向かうと、いつもより多くの声が聞こえてきた。

扉を開けば、すでに家族が揃っている。

父のガルディオと母のエリスだけではない。

第一夫人のクラリッサと、その息子であるブラインとザナン。第二夫人のセレナと、その息子であるアルトもいる。

ブラインとザナンは十歳から王都の王立学校へ通っているため、普段は屋敷にはいない。今日はクロードの五歳の誕生日に合わせて、二人とも王都から帰ってきていた。

家族全員で一つの食卓を囲むのは久しぶりだった。

「クロード、誕生日おめでとう」

クラリッサが微笑む。

「ありがとうございます、クラリッサ様」

「もう五歳なのね。大きくなったわ」

「まだ小さいけどな」

と横からザナンが口を挟む。

「お前と比べれば誰でも小さく見えるだろ」

ブラインが返した。

「兄上だって大きいじゃないか」

「二人とも大きいよ」

クロードが答えると、セレナが笑った。

その横でイリアが椅子の上から身を乗り出す。

「おにいちゃん、ごさい!」

「三回目だよ」

「ごさい!」

どうやら今日は何度でも言うつもりらしい。

食卓には普段より少し豪華な料理が並んでいた。

食事が始まってしばらくすると、ブラインがクロードを見る。

「五歳か。お前が生まれた日のこと、覚えてるぞ」

「ぼくは覚えてない」

「そりゃそうだろ」

「少しは覚えてる気もする」

ブラインが眉を上げた。

「本当か?」

「父さまに抱かれてたような気がする。でも、はっきりしない」

それが本当に残っている記憶なのか、あとから聞いた話と混ざっているのか、クロード自身にも分からない。

「ぼく、よく泣いてた?」

「普通じゃないか?」

「なんで泣いてたか分かった?」

「そこまでは知らん」

クロードはエリスを見る。

「母さまは?」

「私だって全部分かっていたわけじゃないわよ」

エリスは笑った。

「イリアのときにも言ったでしょう?」

「うん」

赤ん坊は言葉で伝えられないから泣く。

けれど、その理由を周囲が必ず分かるわけではない。

自分もそうだったはずなのに、今のクロードにはその頃なぜ泣いていたのか思い出せなかった。

「あなた、赤ちゃんの頃のクロードを抱くときは、あんなに固まっていたのにね」

エリスが言った。

ガルディオの表情がわずかに動く。

「固まってはいない」

「首を支えるだけで、ずいぶん慎重だったでしょう」

「小さかったからな」

「肩の力も入れすぎていました」

「加減が難しい」

「落とさないようにって、ずっと緊張していましたものね」

「当然だ」

クロードはガルディオを見る。

「父さま」

「なんだ」

「今なら抱いても難しくない?」

一瞬、食卓が静かになった。

ガルディオはクロードを見たあと、立ち上がる。

「来い」

クロードも椅子から降りた。

近づくと、大きな両腕が体を持ち上げる。

赤ん坊の頃とは違い、今は自分で姿勢を保てる。

それでも父の腕はやはり大きかった。

「重くなったな」

「大きくなったから」

「そうだな」

ガルディオはクロードを床へ戻した。

「もう難しくない?」

「今はな」

エリスが吹き出し、兄たちも笑った。

ガルディオだけが少し納得していないような顔をしていた。

朝食が進むにつれて、話題は自然と月末の《啓示》へ移った。

「クロードは何が出ると思う?」

ザナンに聞かれ、クロードは首を傾げる。

「分からない」

「予想くらいないのか?」

「予想しても《啓示》が変わるわけじゃないでしょ?」

「まあ、そうだけど」

自分に何があるのかは気になる。

けれど、それとは別にクロードには聞いてみたいことがあった。

家族がどんな魔法やGiftを持っているのかは、これまで何度も尋ねて知っている。

けれど、五歳でそれを知ったときのことまでは、詳しく聞いたことがなかった。

「父さまは、火魔法が使えるって分かったとき、すぐ使えた?」

「使うことはできた」

ガルディオは答えた。

「だが、上手く使えたわけではない」

「失敗した?」

「何度もな」

クロードは少し身を乗り出す。

「どんな?」

「最初は、大きな火を出せれば強いと思っていた」

「違った?」

「大きくするだけなら難しくない。必要な場所に、必要なだけ使う方が難しい」

以前、訓練場で聞いた言葉と同じだった。

力があることと、それを思い通りに扱えることは違う。

「クラリッサ様は?」

「私?」

クラリッサは少し懐かしそうに目を細めた。

「私は水属性だと分かったとき、嬉しかったわ。家に帰ったら、すぐに水を動かしてみたの」

「できた?」

「少しだけね」

クラリッサは指先で小さな輪を描いた。

「器に入った水を動かすくらいなら、思っていたより簡単にできたの。それで、自分は水魔法が得意なんだと思ってしまったわ」

「違ったの?」

「次の日に、もっとたくさん動かそうとして失敗したのよ」

クラリッサは苦笑する。

「少しできたからといって、何でもできるわけではなかったのね。どれくらいなら動かせるのか、どう動かせばいいのか。それはあとから少しずつ覚えたわ」

最初からできないこともある。

最初からできることもある。

けれど、できたからといって、その力を全部知ったことにはならないらしい。

「ブライン兄さまは?」

「俺か?」

ブラインは笑った。

「最初に風を強く出したとき、自分でひっくり返った」

「自分が?」

「ああ。前に飛ばすことしか考えてなかったからな」

「立ち方も必要?」

「必要だ。どこから力を出して、どこへ逃がすかもな」

「ザナン兄さまは?」

「俺の《一点突破》は、もっと分かりにくかったぞ」

ザナンは自分の胸を指差した。

「《啓示》で名前が分かって、なんとなく使える感覚もあった。でも、それだけだ」

「どう使うかは?」

「試した」

「失敗した?」

「当然」

ザナンは笑った。

「名前が分かっただけで全部分かるなら、苦労しない」

「アルト兄さまは?」

「俺?」

アルトは少し嫌そうな顔をした。

「お前、それ何回も聞いてるだろ」

「でも最初の頃の話はあんまり聞いてない」

「……火はまだ分かりやすかった。闇は難しかった」

「今も?」

「今もだよ」

アルトはそう言ってから、少しだけ声を落とした。

「二つあるからって、二つとも上手く使えるわけじゃない。だからお前が見せろって言っても、近くではあんまり使いたくないんだ」

「父さまに止められてるから?」

「それもある」

アルトはガルディオを見る。

「人の近くで使うなら、ちゃんと止められるようになってからにしろって言われてる」

ガルディオは否定しなかった。

クロードはエリスを見る。

「母さまは?」

「私も最初から上手だったわけじゃないわよ」

エリスは答えた。

「光を出そうとしても、思ったところに集まらなかったり、すぐ消えてしまったりしたわ」

「母さまも失敗した?」

「もちろん」

「いっぱい?」

「いっぱい」

エリスは笑った。

「でも、昨日より少しできるようになったら嬉しかった。それでまたやってみる。その繰り返しだったわ」

クロードには、その感覚が少し分かる気がした。

文字を書くときもそうだった。

歩くときもそうだった。

石を調べるときだって、一度で全部分かったことなどない。

そして最後に、クロードはセレナを見る。

「セレナ様は?」

セレナは少し目を丸くしたあと、穏やかに微笑んだ。

「私は《持たざる者》よ」

それはクロードも知っていた。

「《啓示》を受けたとき、どう思った?」

セレナの笑みが少しだけ変わった。

「悲しかったわ」

「悲しかった?」

「ええ。周りの子には魔法やGiftがあって、私には何もなかったから。自分だけ何もないような気がしたの」

クロードは少し考える。

「何も出なくても?」

「ええ」

セレナは頷いた。

「私は悲しかったけれど、だからって何もしないで生きてきたわけじゃない。できることを覚えて、やれることをやってきたの」

そう言って、セレナは食卓を見渡した。

「そうして今は、こうしてみんなの隣にいるでしょう?」

クロードもつられるように周りを見る。

父も、母も、兄たちもいる。

魔法を持つ者もいれば、Giftを持つ者もいる。

その中にセレナもいる。

「みんなは魔法やGiftを持っているわ。でも、だから私は何もできないのかしら?」

「……違う」

「でしょう?」

セレナは笑った。

「《啓示》で何も出なかった。それは本当。でも、それだけで私の全部が決まったわけじゃないのよ」

クロードは少し考えた。

「じゃあ、《啓示》で分かることは、その人の全部じゃない?」

「ええ。もちろんよ」

《啓示》で何が分かるのか。

それはクロードにも、もうすぐ分かる。

けれど、そこで示されたものだけで、その人の全部が決まるわけではない。

家族の話を聞いていると、そんな当たり前のことが少しだけ分かった気がした。

「クロード」

ガルディオに呼ばれ、顔を上げる。

「《啓示》で何かしらの力があると分かっても、すぐに一人で試そうとするな」

「魔法でもGiftでも?」

「そうだ」

「使えるようになっても?」

「使えることと、安全に使えることは別だ」

その言葉には覚えがあった。

魔法を教えてほしいと頼んだときも、父は似たようなことを言っていた。

力は、使えることより制御できることの方が大事だと。

「父さまがいるところなら?」

「まずはな」

「いっぱい試してもいい?」

ガルディオが黙った。

エリスが笑いを堪えるように口元へ手を当てる。

「あなた。この子、本当にいっぱい試すつもりよ」

「分かっている」

ガルディオは小さく息を吐いた。

「失敗するなとは言わない」

クロードは父を見る。

「失敗しなければ分からんこともある。だが、取り返せる失敗にしろ」

クロードはすぐには答えなかった。

失敗したことなら、これまでにもたくさんある。

歩こうとして転んだ。

文字を書こうとして上手く書けなかった。

石を調べようとして、測るための道具すら足りなかった。

けれど、そのたびに考えて、もう一度やってきた。

もし、もう一度ができない失敗をしたら。

そこから先を知ることもできない。

「うん」

クロードは頷いた。

「父さまがいるところで使う」

「そうしろ」

「安全にいっぱい試す」

「……それならな」

今度こそエリスが笑った。

午後になると、クロードは自分の机へ戻った。

五歳の誕生日だからといって、一日中何か特別なことをしているわけではない。

机の上には、これまで集めた石と『石の記録』、それからガラス職人に作ってもらった細長い器がある。

いつもの景色だった。

クロードは一つの石を手に取った。

黒っぽく、表面が少しざらついた石。

畑でミーニャからもらったものだ。

家の近くで拾った石と比べてみたいことが、まだいくつも残っている。

「おにいちゃん」

振り向くと、イリアが机の横から顔を出していた。

「どうしたの?」

「いし」

机の上を指差している。

「石が見たい?」

「みたい」

クロードは少し迷ってから、尖った部分のない大きめの石を選んだ。

以前、イリアが石を口へ入れようとしたことがある。

あれ以来、石は床へ置かないようにしている。

「持ってもいいけど、ぼくも持ってるからね」

「うん」

クロードが片側を持ったまま、イリアにも触らせる。

イリアは嬉しそうに石を撫でた。

「くろい」

「これは黒っぽいね」

クロードは別の灰色の石を見せた。

「これは?」

「くろい」

「こっちは?」

「くろい」

「全部?」

「ぜんぶ!」

クロードは二つの石を見比べた。

自分には違って見える。

けれど、イリアには同じなのかもしれない。

畑でミーニャと石を見たときのことを思い出した。

ミーニャには同じに見えた石の違いを、自分は気にした。

代わりに彼女は、クロードには見分けられなかった作物と草を簡単に見分けた。

同じものを見ても、気づくところは人によって違うらしい。

「おにいちゃん」

「なに?」

「ごさい」

「うん」

今日何度目だろう。

イリアはにこっと笑った。

「おめでと」

クロードは少しだけ目を見開いた。

「ありがとう」

イリアは満足したように、また石を撫で始めた。

五歳になった。

けれど、昨日までの自分が消えて、今日から別の何かになったわけではない。

分からないことは相変わらず多い。

机の上の石も、魔法も、Giftも、《啓示》のことも。

自分に何があるのかも、まだ分からない。

月の終わりになれば、そのうちの一つは分かる。

けれど、それで全部が分かるわけではない。

クロードは『石の記録』を開いた。

《啓示》の日が来るまで、まだ少しある。

それまでは、今できることをして待てばいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。