食べながら
その日の授業が終わると、クロードは教本を鞄へしまった。
隣ではノーゼスが大きく伸びをしている。
「腹減った」
「まだ早くない?」
エクリアが鞄を持ちながら言った。
「減ったもんは仕方ないだろ」
「それはそうだけど」
クロードも立ち上がり、窓の外を見る。
まだ空は明るい。
翌日は休みなので、授業が終わったあとに急いで寮へ戻る必要もなかった。
「じゃあ、街で食べる?」
クロードが言うと、ノーゼスがすぐに振り向いた。
「行く」
「早いわね」
エクリアが笑った。
「どこに行くかも決めてないよ」
「食べるところなら歩けばあるだろ」
「前に街へ行った時もそんな感じだったわね」
「あの時は食べ歩きだったけど」
クロードが言う。
ノーゼスは少し考えてから頷いた。
「今日はちゃんと飯食おう」
「ちゃんとって何よ」
「飯は飯だろ」
3人はそんな話をしながら教室を出た。
◇
学園を出て王都の街へ入ると、店先では夕食時に向けた準備が始まっていた。
荷物を運ぶ人や買い物をする人が通りを行き交い、ところどころから料理の匂いが流れてくる。
ノーゼスの顔が何度も左右へ動いた。
「また食べ物ばっかり見てる」
エクリアが言う。
「今日は食べる店探してるんだからいいだろ」
「それはそうだけど」
少し先へ進むと、1軒の食堂から温かそうな匂いが漂ってきた。
店先には『イリターニ食堂』と書かれた看板が出ている。
扉が開くたびに、中から何人もの話し声が聞こえた。
「ここどう?」
ノーゼスが足を止める。
「匂いで選んだでしょう」
「人も入ってる」
「否定しないのね」
クロードも店を見る。
大きすぎる店ではないが、客の出入りは多い。
「入ってみようか」
「賛成」
ノーゼスが先に扉へ手を伸ばした。
中へ入ると、外まで漂っていた料理の匂いが一気に濃くなった。
「いらっしゃい!」
奥からよく通る声が飛んできた。
40代くらいの女性が料理を運びながら3人を見る。
「あんたたち3人だね?」
「はい」
「そこの席空いてるよ、座っときな!」
「ありがとうございます」
クロードたちは空いている卓へ向かった。
女性は別の客から「マサナさん」と呼ばれながら、次の料理を取りに奥へ戻っていく。
「ナリナ! そっちお願い!」
「はーい!」
明るい返事が聞こえた。
少しして、若い女性が3人の卓へやってくる。
「いらっしゃい」
はっきりした声と一緒に、にこっと笑う。
「私はナリナ、注文決まったら呼んでね」
言い終えると、すぐ隣の卓へ水を運びに行った。
「元気な人だね」
クロードが言う。
「そうね」
エクリアも頷く。
ノーゼスはナリナが離れていった方を一度見てから、卓上に置かれていた品書きへ視線を落とした。
「何食う?」
「もうそっちなの?」
「腹減ってるから」
3人で品書きを見比べる。
ノーゼスは迷う時間が短かった。
エクリアは何度か見直し、クロードもいくつかの料理を比べてから決める。
「決まった?」
ちょうど戻ってきたナリナが尋ねた。
「はい」
クロードから順に注文を伝える。
最後にノーゼスが料理を1つ言ったあと、少し止まった。
「あと、これも」
ナリナが品書きを見る。
「2つ食べるの?」
「うん」
「ノーゼス、そんなに食べるの?」
クロードも思わず聞いた。
「腹減ってるんだって」
「分かった、じゃあちょっと待っててね」
ナリナは注文を覚えると、厨房の方へ戻っていった。
エクリアがノーゼスを見る。
「本当に2つ食べるの?」
「食える」
「聞いてるのはそこじゃないんだけど」
奥ではマサナが忙しく動いている。
「ナリナ、そっち終わったら皿持ってきな!」
「分かってるって!」
「返事より手動かしな!」
「動かしてるよ!」
そのやり取りに近くの客が笑った。
マサナも気にした様子はなく、次の料理を運んでいく。
クロードもつられて笑った。
「賑やかだね」
「こういう店、俺好きかも」
ノーゼスが言った。
エクリアが横目で見る。
「もう気に入ったの?」
「飯まだ来てないけど」
「そうだった」
ノーゼスが自分で言って少し笑った。
「そういえばさ」
そのままノーゼスが口を開く。
「戦闘実践って、思ってたより難しいよな」
エクリアがすぐに頷いた。
「難しい」
クロードも2人を見る。
「ノーゼスは壁?」
「壁」
ノーゼスはすぐに答えた。
「もっと壁出しとけばいいと思ってた」
「強くする練習もしてたもんね」
「うん」
中休みの前から、ノーゼスは《ロックウォール》を何度も作り直していた。
横幅や端の厚さを変え、より崩れにくい壁を作ろうとしていた。
「強ければ止められると思ってたんだよ」
ノーゼスは卓上へ手を置いた。
「でも先生、普通に横から来るし」
「壁は動かないからね」
クロードが答える。
「そうなんだよ」
ノーゼスは少し身体を前へ傾けた。
「しかも変なところに出したら味方の邪魔になる」
クロードは自分の前へ壁が出そうになった時のことを思い出す。
「僕の前には出せなかったね」
「それはもう分かったって」
「でも次はちゃんと止めてくれた」
「だろ?」
ノーゼスが少し嬉しそうに笑う。
「水の球止めた時は結構よかったと思う」
「私もそう思う」
エクリアも頷いた。
「エクリアは攻撃役どうだった?」
クロードが尋ねる。
エクリアは少しだけ考えた。
「難しかったけど、もう1回やりたい」
「やっぱり?」
「だってあと少しだったもの」
「先生の剣には届いたじゃん」
ノーゼスが言う。
「先生本人には当たってないでしょう」
「俺なんか先生に壁ぶつけるわけじゃないぞ」
「そういう話じゃないの」
クロードは笑いながら2人を見る。
「前にサポートやってた時と違った?」
「全然違った」
エクリアはすぐに答えた。
「サポートしてる時は、前にいる人と先生を見るでしょう?」
「うん」
「でも自分が前にいると、先生を見るので精いっぱいになるの」
ノーゼスが首を傾げる。
「俺たち見えてなかった?」
「見えてないわけじゃないわよ」
エクリアはノーゼスを見る。
「でもクロードが今魔法を撃てるのかとか、ノーゼスがいつ壁を出すのかとか、全部は分からないの」
クロードもネノマへ挑んだ時のことを思い出した。
自分からはエクリアと先生の距離が見えていた。
けれどエクリアが自分のことまでずっと見られるわけではない。
「僕も、エクリアが行ける時じゃないと撃っても意味なかった」
「そうなのよ」
エクリアが頷く。
「私は今行けると思ってても、クロードから見たら撃てない時があるでしょう?」
「近すぎる時?」
ノーゼスが聞く。
「それもある」
クロードが答える。
「僕と先生の間にエクリアがいた時も撃てなかった」
「そりゃ撃つなよ」
「撃ってないよ」
「ならいい」
ノーゼスが真面目な顔で頷く。
エクリアが笑った。
「でも1回上手くいったじゃない」
「雷の時?」
「そう」
クロードはその時の動きを思い返す。
《サンダーボール》はネノマへ当たらなかった。
先生は避けた。
その時にエクリアが距離を詰めた。
「僕の雷は当たってないんだよね」
「当たってないな」
ノーゼスが言う。
「でも私が近づけた」
エクリアが続けた。
クロードは頷く。
「だからサポートにはなってたのかな」
「かなって」
ノーゼスが笑う。
「だって同じことやったら次は駄目だったから」
「ああ」
今度はノーゼスも納得した。
「先生も見てるもんな」
「うん」
こちらが先生を見るように、先生もこちらを見ている。
1度見せた動きへ、同じように動いてくれるとは限らない。
「でもさ」
ノーゼスが言う。
「雷って壁みたいに守ってないだろ?」
「守ってない」
「それでもサポートなの?」
クロードは少し考える。
「攻撃する人が動きやすくなったなら、サポートなのかも」
「動きやすくする……」
エクリアが繰り返した。
「じゃあ風もそう?」
「風?」
「先生に風を撃って、避けた方へ誰かが行けるなら」
クロードは前に先生へ挑んだ時のことを思い返す。
エクリアの風を避けた先生へ、自分が近づいたことがあった。
「同じかもしれない」
「じゃあ俺の壁も」
ノーゼスが続ける。
「攻撃止めるだけじゃなくて、先生が行けるところ減らせたらサポート?」
「そういう使い方も出来るかも」
クロードが答える。
「でも先生が思った方へ行くとは限らないよ」
「あったな、それ」
ノーゼスが苦笑した。
クロードたちが考えた方とは逆へ先生が動いたこともある。
「結局――」
エクリアが言いかけた時、卓の横から声がした。
「お待たせ!」
3人が同時に顔を上げる。
ナリナが料理を持って立っていた。
「熱いから気をつけてね」
皿が順番に置かれていく。
湯気と一緒に料理の匂いが上がった。
ノーゼスの目がそちらへ向く。
「うまそう」
「まだ熱いよ」
ナリナが念を押した。
「分かった」
答えながら、ノーゼスはすぐに食べ始める。
「熱っ」
ナリナが吹き出した。
「だから言ったでしょう?」
エクリアも呆れている。
「でもうまい」
「ならよかった」
ナリナは笑って別の席へ向かっていった。
クロードも料理を口へ運ぶ。
「おいしい」
「だろ?」
なぜかノーゼスが少し得意そうに言った。
「ノーゼスが作ったわけじゃないでしょう」
エクリアがすぐに返す。
「あ、そっか」
「何で今気づくのよ」
3人で笑った。
しばらくは戦闘実践の話も止まり、料理を食べる。
店の中では客の声が重なり、奥からマサナの声が何度も飛んでくる。
「ナリナ、そっちの皿空いてるよ!」
「今行く!」
「走るんじゃないよ!」
「走ってない!」
「それならいい!」
近くの客がまた笑う。
マサナも笑いながら料理を運んでいた。
「ここいいな」
ノーゼスが料理を食べながら言う。
「気に入ったの?」
エクリアが聞く。
「飯うまいし」
「そうね」
少し食べ進めたところで、ノーゼスがまた口を開いた。
「さっきの続きだけど」
「もう食べるの止まってるわよ」
エクリアが言う。
「食べながら話せるだろ」
「それでさっき熱いって言ってたでしょう」
クロードも笑いながら、さっきの続きを思い出す。
「壁で先生が行けるところを減らす話だよね」
「そう、それ」
ノーゼスが頷く。
「サポートになると思う?」
「なる時はあると思う」
「時は?」
「絶対じゃないから」
「またそれね」
エクリアが笑う。
「先生によっても違うでしょうし」
「確かに」
クロードもこれまで向かい合った先生たちを思い浮かべる。
水を使うトルシア。
風を使うネノマ。
火を使うオルディク。
土を使うダルガン。
光を使うフィオネ。
使う魔法も、動き方も同じではなかった。
「ネノマ先生に出来たことが、ダルガン先生にも同じように出来るとは限らないよね」
クロードが言う。
「壁出されるしな」
ノーゼスも頷く。
「フィオネ先生なら光も見ないようにしないといけないし」
エクリアが続ける。
「先生変わるだけで、見るところ増えるな」
「一緒に組む人が変わっても違ったよ」
クロードはタンガとランと組んだ時を思い返す。
エクリアが攻撃役だった時とは、雷を使うタイミングも違った。
「結局、毎回見ないと駄目なんだね」
クロードが言う。
エクリアが少し笑った。
「戦術の授業でやったことと同じね」
「ほんとだ」
見る。
考える。
伝える。
動く。
そして状況が変われば、また見る。
木片で考えていた時は、それだけでも難しかった。
今は先生も仲間も自分も実際に動いている。
「でも今の方が面白い」
ノーゼスが言った。
「それは分かる」
エクリアも頷く。
クロードもすぐに頷いた。
失敗しても、次に試したいことが出てくる。
先生がこちらの考えた通りに動かなければ、また考え直す。
自分1人の魔法だけを練習していた時とは違う。
3人とも話す方へ意識が向き、いつの間にか料理を運ぶ手が止まっていた。
クロードがそれに気づかないまま話を続けていると、横から声がした。
「ちょっと」
顔を上げると、ナリナが水差しを持って立っていた。
「話すのもいいけど、料理冷めるわよ?」
3人が同時に皿を見る。
クロードの料理はまだ半分ほど残っていた。
エクリアの皿も同じくらいだ。
ノーゼスの皿だけは、かなり減っている。
エクリアが横を見る。
「ノーゼスは食べてるわね」
「俺はちゃんと食ってる」
「食べながらずっと喋ってたじゃない」
「出来るだろ」
ナリナが笑った。
「感心してないで、2人も食べな」
「はい」
クロードは素直に料理へ手を伸ばした。
「はい」
ノーゼスも返事をする。
エクリアがぴくっと反応した。
「ノーゼス、素直ね」
「何が?」
「何でもない」
ナリナは水を足すと、そのまま別の卓へ向かった。
ノーゼスは少しだけその後ろを見てから、料理へ戻る。
エクリアはそれを見ていたが、何も言わなかった。
クロードも今度は話すより食べることへ集中した。
少し冷めてはいたが、それでも十分おいしかった。
そこからしばらくは3人とも料理を食べる。
話をしても短いものだけになり、皿の中身は少しずつ減っていった。
やがてクロードが最後の一口を食べ終える。
エクリアも少し遅れて皿を空にした。
ノーゼスはすでに2つ目までほとんど食べ終わっている。
「本当に全部食べたね」
クロードが言う。
「だから食えるって言っただろ」
ノーゼスは最後の一口を飲み込んだ。
少しして空いた皿を下げにナリナが来る。
「きれいに食べたね」
「うまかった」
ノーゼスがすぐに答えた。
「ありがと」
ナリナが皿を重ねる。
その時、ノーゼスが卓上の品書きをもう1度見た。
「なあ」
「何?」
クロードが聞く。
「デザート食べようぜ」
エクリアの手が止まる。
「まだ食べるの?」
「デザートは別だろ」
「2つ食べたばっかりでしょう?」
「まだ入る」
ナリナが重ねた皿を持ったまま笑った。
「デザートもあるよ」
「食べる」
返事が早かった。
エクリアがノーゼスを見る。
「早っ」
「食うって決めたから」
「じゃあ何にする?」
ナリナが品書きを卓へ戻した。
ノーゼスはデザートのところを見て、ほとんど迷わず1つを指す。
「これ」
「はいはい」
ナリナは注文を聞いてから、ノーゼスを見る。
「本当によく食べるね」
「腹減ってたから」
「いっぱい食べる人は好きよ」
ノーゼスの動きが止まった。
クロードは品書きを見ていた顔を上げる。
エクリアは何も言わず、ノーゼスを見る。
「……え?」
ナリナがにこっと笑った。
「売り上げが上がるし」
一瞬の沈黙のあと、エクリアが吹き出した。
「そっちね」
「そっちって何だよ」
ノーゼスが少し慌てて言う。
「私は何も言ってないわよ」
「言ってるだろ、それ」
ナリナも笑った。
「いっぱい頼んでくれるなら大歓迎だから、また来てね」
「……うん」
「じゃあデザート持ってくるね」
ナリナは皿を持って離れていった。
ノーゼスは黙ったまま水を飲んだ。
エクリアがじっと横顔を見る。
「何だよ」
「別に」
「笑ってるだろ」
「笑ってないわよ」
どう見ても笑っていた。
クロードは2人を交互に見る。
「どうしたの?」
「クロードは気にしなくていい」
エクリアが言う。
「何で?」
「いいから」
よく分からないまま、クロードも品書きのデザートを見る。
「僕も食べようかな」
「食う?」
ノーゼスがすぐに聞く。
「うん」
「じゃあ呼ぼうぜ」
「今行ったばかりでしょう」
エクリアが止める。
結局クロードとエクリアも1つずつ頼み、3人でデザートまで食べることになった。
届いたデザートを食べながら、戦闘実践の話はまた少しだけ続いた。
けれどさっきほど真面目にはならず、途中から別の授業の話や明日の休みをどうするかという話へ変わっていった。
ナリナが近くを通るたび、ノーゼスの視線が少しだけそちらへ動く。
エクリアはそのたびに気づいていた。
クロードは最後まで気づかなかった。
◇
3人がイリターニ食堂を出た頃には、外はすっかり暗くなっていた。
通りには明かりが灯り、学園を出た時とは違う景色になっている。
「結構いたね」
クロードが言う。
「デザートまで食ったしな」
ノーゼスは満足そうに腹へ手を置いた。
「ノーゼスは食べすぎ」
エクリアが言う。
「まだ食えるぞ」
「もういいわよ」
3人は笑いながら歩き始めた。
翌日は休みなので、少し遅くなったことを気にしている様子はない。
それでも、もう学園へ戻ることにした。
少し歩いたところで、ノーゼスが言った。
「またあそこ行こうぜ」
エクリアがすぐに横を見る。
「気に入ったの?」
「飯うまかったし」
「デザートも?」
「うまかった」
「ナリナさんも?」
ノーゼスが足を止めかけた。
「何でそこ入るんだよ!」
エクリアが笑う。
「だって、また来てって言われてたじゃない」
「客にだろ!」
「そうね、売り上げ上がるものね」
「そうだよ!」
クロードは2人を見ながら首を傾げた。
「普通にまた行けばいいんじゃない?」
「クロードはそれでいい」
エクリアが笑いながら言う。
「何が?」
「何でもない」
ノーゼスは少しだけ顔をそらした。
それからまた歩き出す。
「でもまた行くだろ?」
「うん、おいしかった」
クロードが答える。
「私もいいわよ」
エクリアも頷く。
「じゃあ決まり」
ノーゼスが満足そうに言った。
クロードは笑った。
こうして3人で街へ出て食事をするのも悪くない。
食堂で話したことを思い返すと、戦闘実践で分からないことはまだたくさんあった。
雷で出来ること。
壁で出来ること。
風で出来ること。
攻撃役から見えるものと、サポート役から見えるもの。
相手が変われば、それもまた変わる。
「次の戦闘実践、楽しみだね」
クロードが言う。
「うん」
エクリアが頷く。
「次こそ先生止める」
ノーゼスが言った。
「壁で?」
「壁で」
「横から回られるよ」
クロードが言う。
「だから次は回られないようにするんだよ」
「どうやって?」
「それを考える」
エクリアが笑った。
「まだ決まってないのね」
「次までには考える」
3人はそんな話を続けながら、学園へ向かって歩いていった。




