先生が相手
狙った量の魔力を出すことと、その量の雷を形に保つこと。
ノートに書いた2つを、クロードはそれからの実習でも繰り返し確かめていった。
少し多く出せば崩れていた雷も、何度も扱ううちに形を整えられる回が増えていく。
上手くいったからとすぐに量を増やすのではなく、休んだあとにも、別の日にも同じくらいで試した。
それでも崩れることはあったし、前の実習では出来たことが上手くいかず、悔しいまま終わる日もあった。
そんな時には出す量を戻し、雷のどこが動いたのかを見直した。
少しずつではあったが、扱える量は増えていった。
《サンダーボム》を初めて使えた時には、クロードは的の方を見たまま声を上げていた。
何度も教本を開いては、まだ出来ないと思っていた魔法だった。
ようやく出来たのだと思うと嬉しくて、次も上手くいくような気がした。
その次には失敗してしまったので、そこからもまた練習だった。
それでも、もう1度出来るまでやろうと思えるようになっていた。
やがて《サンダーショック》の練習にも進んだ。
こちらも最初から思い通りに扱えたわけではなかったが、先生に見てもらいながら魔力量を調整し、何とか使えるところまで来た。
《サンダーボール》も《サンダーアロー》も、もう練習しなくていいわけではない。
ただ、教本に載っている雷の初級魔法を見て、使ったことのないものばかりだとは思わなくなった。
前期が終わる頃には、それが少し誇らしかった。
◇
中休みは実家へ帰り、屋敷の修練場で剣と魔法の鍛錬を続けた。
木剣を振る時には腕だけでなく足も動かし、踏み込んだあとに次の動きへつなげられるよう繰り返す。
魔法では、学園で使えるようになったものを、休みの間にも忘れないように確かめた。
人のいない方向や周囲を確かめてから《印》を作るのも、すっかり馴染んだ手順になっていた。
学園の演習場とは違う場所でも、雷を扱う時に気をつけることは変わらない。
部屋で1人になった時には、《鉱物生成》の鍛錬もした。
これまでに生成出来た金属を思い浮かべ、掌へ現れた小さな塊を手に取って確かめる。
剣も魔法も鉱物生成も、やりたいことを数えればいくらでもあった。
けれど、そればかりで休みを終わらせるつもりはなかった。
「おにいちゃん、今日はあそべる?」
イリアが顔を出した時、クロードは机の上を片づけているところだった。
「うん、もう終わるよ」
「もう少しじゃなくて?」
「終わる」
クロードが椅子から立つと、イリアはようやく嬉しそうに笑った。
それから手を取って引っ張られ、クロードも笑いながら部屋を出た。
修練場にいる時間も、机へ向かっている時間もあったが、イリアと遊び、家族と食事をしながら話す時間もあった。
休みの間には誕生日を迎え、11歳になった。
それでも、王都へ戻る時に妹を泣かせずに済む方法は、まだ分からなかった。
「もう帰っちゃうの?」
出発する日のイリアは、そう言ってクロードの服をつかんだ。
休みが終われば学園へ戻ることは知っている。
それでも納得出来ないのだと、顔を見れば分かった。
「また帰ってくるよ」
「まだ、いっぱいあそびたかった」
そう言いながら涙をこぼされると、クロードもすぐには返事が出来なかった。
一緒に遊んだ日のことが、いくつも頭に浮かぶ。
楽しかったからこそ、もう少しいたいと思ってしまうのは自分も同じだった。
クロードは膝を折り、イリアを抱き寄せた。
「帰ってきたら、また遊ぼう」
「いっぱい?」
「うん」
イリアはクロードの肩へ顔を押しつけたまま、小さく頷いた。
馬車へ乗り込むまでにはもう少しかかり、乗り込んでからも、クロードは何度も振り返って手を振った。
学園へ戻るのは楽しみだった。
ノーゼスやエクリアに会いたいし、また皆と授業を受けたい。
それでも、見送るイリアの姿が小さくなる間は、なかなか前を向く気になれなかった。
◇
後期の始期式を終え、クロードたちは2年魔法組の教室へ戻ってきた。
席へ向かう間にもあちこちから話し声が聞こえ、まだ休みの話を続けている者もいる。
マミヤとリーゼは何かを話しながら歩いてきて、席へ着く前に揃って笑った。
先に座ったカイルも、通りかかったベンへ声をかけている。
18人が教室へ戻ると、式の間は静かにしていた分まで声が増えたようだった。
クロードが椅子を引くと、ノーゼスがこちらを見た。
「帰ってからも練習してたか?」
「うん、剣も魔法も」
「俺もやってた」
「壁?」
「それだけじゃねえけど、壁も」
ノーゼスは少し得意そうに答えた。
前期の実習でも、端を確かめては作り直し、根元を見てはまた作り直していた。
休みの間にも続けていたなら、また見せてもらうのが楽しみだった。
「エクリアは?」
「私も練習していたわよ」
「水も風も?」
「ええ」
やはり、片方だけで終わらせるつもりはなかったらしい。
初級魔法を覚える間にも、エクリアは水を練習したあとに風へ移り、別の時には風から始めていた。
クロードも自分の雷に苦戦しながら、その様子を何度も見てきた。
周りの皆も、前期を通して使える魔法を増やしている。
すぐに出来るものもあれば何度もやり直すものもあり、初級魔法をだいたい覚えた今でも得意なものは同じではなかった。
「席へ着いたら、少しこちらを向いてくれるかな」
教室の前からゼルトスの声がした。
まだ立っていた者が椅子を引き、隣へ向けていた顔が前へ戻る。
ゼルトスは皆の様子を見てから口を開いた。
「休みの話は、まだ尽きそうにないね」
何人かが笑い、クロードも小さく口元を緩めた。
「だが、後期の話も聞いてもらおう」
ゼルトスがわずかに間を置く。
「これから君たちには、戦闘実践の授業が加わる」
教室のあちこちで声が上がった。
クロードも思わず姿勢を正す。
魔法の実習はずっと続けてきたが、戦闘実践と聞くと、それまでと同じようには受け取れなかった。
「魔法組は魔法を中心に戦うことになるが、剣も使う」
ゼルトスは生徒たちを見渡しながら続けた。
「これまで練習してきたことを、相手がいる中で使っていくんだ」
クロードは修練場で握っていた木剣を思い出した。
剣の稽古には剣の難しさがあり、雷の形を保つ時には、そちらへ気を取られることもある。
それを、同じ戦いの中で使うことになる。
「生徒は3人で1組」
その言葉に、ノーゼスが僅かに顔を動かした。
クロードもそちらを見かけたが、まだ話の続きがあったので前へ向き直った。
「攻撃を受け持つ者が1人、それを支えるサポートが2人だ」
「先生、相手も3人ですか?」
ザナトスが尋ねた。
同じように考えていたのか、周りでも何人かが頷いている。
ゼルトスは口元に笑みを浮かべた。
「相手は先生だ」
「先生?」
ノーゼスの声がクロードの近くで聞こえた。
教室の別のところからも、驚いた声が上がる。
「基本は君たち3人に対して先生が1人」
「3人でかかっていいんですか?」
ザナトスがもう1度聞いた。
先ほどよりも少し声が明るくなっている。
「もちろん、そのための3人組だからね」
ゼルトスは頷いた。
「ただし、君たちの力量によっては、先生が2人になることもある」
「2人……」
ノーゼスが小さく呟いた。
1人でも簡単そうには思えないのに、もう1人加わった時のことまで考えると、クロードもすぐには想像が追いつかなかった。
誰かが楽しそうに笑う一方で、隣と顔を見合わせている者もいる。
ザナトスは、もう誰かと組んで挑む時のことを考えていそうな顔をしていた。
「サポートって、壁で攻撃を防ぐのもですよね?」
ノーゼスが手を上げて聞いた。
「ああ、それもサポートになる」
ゼルトスが答えると、ノーゼスは少し身を乗り出した。
「《ライトボール》で目くらましをするのも、サポートですか?」
今度はベンが尋ねる。
「そうだよ」
ゼルトスはそちらへ顔を向けた。
「光属性だから回復だけを受け持つ、という分け方はしない」
ベンは頷き、近くにいたヤンナも前を向いたまま話を聞いていた。
「回復が必要になるような状況は先生たちが避けるから、今は3人でどう戦うかを考えてほしい」
クロードは教室の中へ目を向けた。
雷を使えるようにすることには、ずいぶん時間をかけてきた。
ほかの皆も自分の魔法を練習し、それぞれ出来ることを増やしている。
その魔法を、今度は同じ相手へ向けて使うことになる。
誰が何を使うのかによって、自分の動きも変わりそうだった。
「魔法実習も続くから、使いにくい魔法をそのままにしておかないようにね」
ゼルトスはそう言って、再び皆を見渡した。
「せっかく覚えたんだ」
少しだけ楽しそうに笑う。
「先生たちにも、見せてくれたまえ」
話を聞いていた生徒たちの間から、また声が上がった。
ノーゼスは机へ置いていた手を握り、クロードの方を見る。
「壁、どのくらい持つかな」
「先生の攻撃に?」
「ああ」
前期から何度も作り直してきた壁を思い出しているのだろう。
クロードも、端や根元を覗き込んだ時のことを思い出した。
「見てみたいね」
「だろ?」
ノーゼスが笑ったところへ、エクリアが声を挟んだ。
「私は、どこで水を使って、どこで風を使うか迷いそう」
「両方あるもんな」
「ええ、せっかくだから両方使いたいわ」
エクリアはそう言ってから、少し考えるように前を見た。
クロードも自分ならどうするだろうと考えた。
遠くへ放つなら《サンダーボール》や《サンダーアロー》を使える。
近づいた時には剣もあり、触れられるなら《サンダーショック》も使えるかもしれない。
けれど、剣を握って動きながら、落ち着いて《印》を作れるだろうか。
先生を見ている間に、味方が動いたらどうするのか。
考え始めると、まだ試したことのないことが次々に浮かんだ。
《六環球》でも、相手と味方が動く中では、考えている通りに自分が動けるとは限らなかった。
今度はそこへ剣と魔法が加わるのだから、覚えたものを順番に使えば済むとは思えない。
「クロードは?」
ノーゼスに聞かれ、クロードは顔を上げた。
「何使う?」
「まだ分からない」
正直に答えると、ノーゼスは少し意外そうな顔をした。
クロードは自分の手を見てから、もう1度友人を見る。
「でも、先生に当ててみたい」
「俺も」
ノーゼスがすぐに笑い、エクリアも口元を緩めた。
本当に当てられるのかは分からないし、使えるようになった魔法も、まだ思い通りにはいかないことがある。
それでも、練習してきたものを使って挑めると思うと、クロードは戦闘実践の授業が待ち遠しくなった。




