もう少しだけ
食堂へ着くと、クロードたちは空いている席を見つけて昼食を並べた。
午前の魔法実習を2限続けたあとのせいか、席へ座っただけでも少し身体が軽くなった気がする。
クロードはまず水を飲んでから、料理へ手を伸ばした。
向かいではノーゼスもいつもより少し早い勢いで食べている。
エクリアはそんな2人を見てから、自分の皿へ視線を戻した。
「疲れた?」
「ちょっと」
クロードが答えると、ノーゼスも頷いた。
「俺も」
「壁、何回も作ってたものね」
「広くすると端が変になるんだよ」
ノーゼスは食べながら、両手を少し横へ広げた。
「真ん中ばっかり土が集まって、端が薄くなる」
クロードは午前中に見た壁を思い出した。
高さはこれまでとそれほど変わらなかったが、横へ広げた分だけ端の形が揃っていなかった。
「まだ広くするの?」
「いや」
ノーゼスは一度手を止める。
「今度はもっと頑丈にしたい」
「頑丈に?」
「先生の壁、俺のよりしっかりしてただろ」
クロードにも覚えがある。
ガンザスが作っていた土壁は、雷が当たってもすぐに崩れなかった。
ノーゼスはずっと、あの壁を自分の目標の一つにしている。
「大きくするだけじゃなくて、強くしたいんだ」
「どうやるの?」
「それを考える」
ノーゼスはあっさり答えた。
「厚くしたらいいのかもしれないし、土の集め方かもしれないし」
「まだ分かってないじゃない」
エクリアが言う。
「分かってたら練習しないだろ」
「それはそうだけど」
エクリアは少し笑ってから、今度はクロードを見る。
「クロードは?」
「僕?」
「午後もボールのこと考えてそうだから」
クロードは返事をする前に、自分の右手を見た。
午前の最後に的まで届いた《サンダーボール》。
いつもより少しだけ多く魔力を使った。
同じくらいのつもりでも途中で崩れたものもあれば、最後まで届いたものもある。
「もう少しやってみたい」
「やっぱり」
エクリアがすぐに答えた。
「同じくらいで、もう何回か」
ノーゼスが顔を上げる。
「強くしないのか?」
「まだしない」
クロードは首を振った。
「今のでも出来たり出来なかったりするから」
成功した2回だけを考えれば、もっと魔力を増やしてみたくなる。
けれど、その間に何度も失敗している。
午前の最後にも、まず今の量をもう一度やりたいと自分で言った。
それなら、その続きを試したかった。
「エクリアは?」
今度はクロードが聞く。
エクリアは少し考えてから答えた。
「私は水と風」
「両方?」
ノーゼスが聞く。
「両方よ」
「今日も両方やってたじゃん」
「だから何?」
「いや、別に」
ノーゼスがすぐに料理へ戻る。
エクリアは小さく息を吐いた。
「2つあるんだから、2つとも練習しないと駄目でしょ」
クロードは頷いた。
午前もエクリアは水を練習したあと、風へ移っていた。
片方が終わればそれで終わりではない。
2つあるなら、それぞれに使う時間がいる。
「じゃあ放課後、魔法演習場に行く?」
クロードが言うと、ノーゼスがすぐに顔を上げた。
「行く」
エクリアも頷く。
「私も行くわ」
「3人ともじゃん」
ノーゼスが笑った。
「さっきまで2限やってたのに」
「ノーゼスもでしょ」
「俺は壁だから」
「何が違うのよ」
「雷より疲れなさそう」
「そうなの?」
クロードが聞くと、ノーゼスが止まった。
「……分かんない」
エクリアが笑う。
「適当に言ったのね」
「でも壁は残るぞ」
「そこは関係ないでしょ」
2人のやり取りを聞きながら、クロードも少し笑った。
放課後にやることは決まった。
今はまず、午後の授業が残っている。
クロードは料理へ戻った。
昼食を終えたあと、3人は教室へ戻り、それぞれ午後の授業を受けた。
午前に何度も魔法を使った右手へ、時々まだ少し重さを感じる。
それでも授業を聞いているうちに時間は過ぎ、やがて一日の最後を告げる魔導の鐘が鳴った。
◇
放課後、3人は利用の確認を済ませて魔法演習場へ入った。
授業中とは違い、広い演習場には空いている場所も多い。
それでも3人だけというわけではなく、離れたところでは別の生徒たちもそれぞれ練習をしていた。
「じゃあ、俺あっち使う」
ノーゼスが土を使える場所を指す。
「私はこっちにするわ」
エクリアも少し離れた場所へ向かった。
クロードは左右を土壁で隔てた区画へ入り、正面の的を見る。
3人で来たからといって、同じことをするわけではない。
ノーゼスにはノーゼスの練習があり、エクリアにはエクリアの練習がある。
クロードも鞄からノートを出し、午前に書いたところを開いた。
普段の量なら届く。
増やした最初の2回は失敗。
増やし幅を小さくしたあと、的まで届いたものが2回。
その間にも失敗。
同じくらい使ったつもりでも、結果は揃っていない。
クロードはノートを閉じ、少し後ろへ置いた。
まずは普段の量から。
右手を前へ出し、《サンダーボール》の《印》を組む。
青白い雷が手元へ現れた。
少し外へ動いたところを戻しながら形をまとめ、そのまま手順を続ける。
丸い雷が手元を離れ、正面の的へ飛んだ。
短い音とともに光が消える。
「よし」
もう1度。
今度も的まで届いた。
午前と同じように、普段の量なら大きく崩れない。
クロードは一度手を下ろした。
次は、少し多くする。
けれど午前の最初に失敗した時ほどは増やさない。
的へ届いた2回を思い出す。
あの時と同じくらい。
クロードはそう考えてから《印》を組んだ。
雷が集まり、右側が少し膨らむ。
そこを戻す。
今度は下側が揺れる。
まだ大きくはない。
操作を合わせながら手順を続けると、丸い形が出来た。
そのまま放つ。
雷球が前へ飛び、途中で少し輪郭を乱しながらも的へ届いた。
「出来た」
クロードはすぐに右手を見る。
午前にも出来た。
今も出来た。
なら、もう1度。
同じくらいの魔力を込めたつもりで《印》を組む。
最初に左側が膨らんだ。
戻そうとした時には上からも細い雷が伸びる。
一つを抑えている間に、別の場所が大きく乱れた。
バヂッ。
クロードは魔力を止める。
雷が消えた。
「……同じくらいだったと思うんだけど」
手元には何も残っていない。
少し離れたところから、土が動く音が聞こえた。
クロードがそちらを見る。
ノーゼスの前に土壁が立ち始めていた。
午前に広げようとしていたものより横幅は小さい。
その代わり、下の方が少し厚く見える。
ノーゼスは一度壁を作り終えると、正面だけでなく横へ回った。
端へ手を当て、少し押してから首を傾げる。
もう一方の端も見る。
それから壁を崩し、もう一度地面へ向き直った。
クロードも自分の練習へ戻る。
3回目。
魔力を少し増やす。
雷がまとまり、今度は手元から離れるところまで大きく崩れなかった。
そのまま的へ届く。
4回目は途中で消えた。
5回目は届いた。
6回目は手元で崩れた。
クロードは右手を下ろし、水を飲んだ。
午前より出来る回は増えている。
けれど、やっぱり揃わない。
「何回?」
声がして顔を上げると、ノーゼスが近くまで来ていた。
「今の量?」
「うん」
クロードは少し考える。
「3回届いて、3回駄目」
「半分じゃん」
「うん」
「午前よりいい?」
「いいと思う」
午前は成功した回の方が少なかった。
同じくらいの出力を狙って、今は半分まで届いている。
ノーゼスが的を見る。
「さっきの、ちょっと大きくなかった?」
「どれ?」
「最後に失敗したやつ」
クロードは手元を見る。
「大きかった?」
「俺にはそう見えた」
「その前より?」
「たぶん」
ノーゼスは少し迷ってから付け足した。
「でも雷ってずっと動いてるから、ちゃんとは分かんない」
クロードもすぐには答えなかった。
最後の1回。
自分では、その前と同じくらい魔力を使ったつもりだった。
けれどノーゼスには少し大きく見えた。
「もう1回やってみる」
クロードが右手を上げようとすると、ノーゼスが止める。
「休んだんじゃないの?」
「水飲んだ」
「それ休んだって言う?」
クロードは少し考える。
「……もうちょっと休む」
「そうしろよ」
ノーゼスはそう言って自分の壁へ戻っていった。
クロードはその場へ座ったまま、今度はエクリアを見る。
エクリアの前には水が浮かんでいた。
《印》を最後まで続けると、水が前へ飛ぶ。
一度消してから、もう一度。
何度か繰り返したあと、エクリアも手を下ろして少し休む。
しばらくすると教本を開き、今度は風の頁を確かめ始めた。
水を1回、風を1回と交互に変えているわけではない。
まず水を繰り返し、そのあとで風へ移っている。
クロードが見ていることに気づいたのか、エクリアがこちらを向いた。
「何?」
「水、終わった?」
「今日はここまで」
「次は風?」
「そうよ」
「大変だな」
ノーゼスの声が横から飛んでくる。
「聞こえてるわよ」
「褒めたんだけど」
「そうは聞こえなかったわ」
エクリアは言いながらも、少し笑っている。
そのまま風の《印》へ戻った。
クロードも立ち上がった。
右手の重さは、さっきより少し軽くなっている。
もう一度だけ普段の量で《サンダーボール》を使う。
形は崩れず、的まで届いた。
基準はまだ変わっていない。
次に少し増やす。
さっき成功した時と同じくらい。
そう考えて魔力を出す。
雷が手元へ集まる。
右側を戻す。
下側も抑える。
丸くまとまり、前へ飛ぶ。
的へ届いた。
クロードはその結果をノートへ書いた。
もう一度。
今度は途中で大きく崩れた。
ノートへ失敗を書く。
その次は届く。
また失敗する。
何度か繰り返すうちに、クロードは鉛筆を止めた。
成功と失敗が交互に並んでいるわけではない。
2回続けて出来ることもある。
2回続けて崩れることもある。
それでも、どれも自分では同じくらい増やしているつもりだった。
「同じくらい……」
クロードは小さく呟いた。
午前にも同じことを言った。
同じくらい使ったつもり。
トルシアも、その言葉を聞いていた。
けれど、本当に同じだったのだろうか。
魔力を増やすことばかり考えていた。
いつもの量より多くする。
そこから少しずつボムに近づける。
でも、その「少し」が毎回違っていたら。
クロードはノートに並んだ結果を見る。
「何見てるの?」
エクリアが近づいてきた。
風の練習を一度止めたらしい。
「これ」
クロードは成功と失敗が並ぶところを指す。
「同じくらいの魔力でやってるつもりなんだけど、出来たり出来なかったりする」
「午前もそうだったわよね」
「うん」
ノーゼスも壁から離れ、こちらへ来る。
「俺には大きく見えたやつもあったぞ」
「それが気になってる」
クロードは自分の右手を見る。
「同じくらいにしてるつもりだけど、本当に同じなのかなって」
エクリアが少し首を傾げる。
「魔力の量が?」
「うん」
「分かるの?」
「分かんない」
クロードはすぐに答えた。
同じ《印》を使った。
同じくらいの魔力を込めたつもりだった。
けれど、それだけで本当に同じ量だったとは言えない。
雷の形が崩れる原因が、それだけとも限らない。
今までと同じように形を直す操作が追いつかない時もある。
ただ、確かめるものが一つ増えた。
「じゃあ次、強くするんじゃなくて同じの出すの?」
ノーゼスが聞く。
クロードは少し考えてから頷いた。
「うん。もう少し、それでやってみる」
「ボムは?」
「そのあと」
ボムを諦めたわけではない。
むしろ、そのために必要なことを確かめている。
今よりもっと強くする前に、まず今やっていることを何度も試したかった。
「クロードらしいわね」
エクリアが言った。
「そう?」
「1回出来たらすぐ次へ行きそうなのに、最近は戻るでしょ」
クロードは少し考えた。
前なら、出来たことそのものが嬉しくて、その先をすぐ試したこともある。
今だって試したくないわけではない。
けれど出来た1回だけでは、次も出来るとは限らないことを何度も知った。
「失敗するから」
「それは私たちもよ」
エクリアが自分の練習場所を見る。
「風も、さっき出来たのに次は形が崩れたし」
「俺の壁も」
ノーゼスも自分の方を見る。
「厚くしたら、今度は片方に土が寄った」
クロードは2人の練習場所を順番に見た。
3人とも違うことをしている。
それでも、1回出来れば終わりではないところは同じだった。
「もう少しやる?」
クロードが聞く。
「やる」
ノーゼスが即答する。
「もちろん」
エクリアも自分の場所へ戻っていった。
クロードも土壁の間へ入る。
今度は、もっと強くしようとは考えない。
さっき的へ届いた時と同じくらい。
それを狙う。
《印》を組む。
雷が集まる。
形を整え、そのまま放つ。
的へ届いた。
もう一度。
今度は途中で少し乱れたが、崩れる前に戻せた。
的へ届く。
3回目。
手元から離れた直後に大きく揺れ、クロードは魔力を止めた。
「まだ揃わない」
それでも、さっきまでとは見るところが少し変わっていた。
雷の形だけではなく、最初に出した時の感覚も覚えておく。
同じくらいのつもりでも、手元へ現れた時から少し違って見えることがある。
それが本当に魔力の量の違いなのかは、まだ分からない。
休憩を挟みながら、同じ出力を狙って何度か繰り返した。
届く回が少しずつ続くようになっても、クロードは魔力を増やさなかった。
離れたところではノーゼスが何度目かの《ロックウォール》を作っていた。
最初より横幅を抑え、下と端の厚みを見ながら何度も作り直している。
壁を作り終えるたびに横から眺め、時には手で触ってから崩し、また最初から作る。
エクリアも風の練習を続け、何度か休んでは教本へ戻り、また《印》を組んでいた。
水の練習を終えたからといって、風がすぐ同じように出来るわけではない。
それでも回数を重ねるうちに、最初より手を止めることは減っていた。
クロードも何度目かの《サンダーボール》を的へ届けてから、ようやく右手を下ろした。
今度はすぐ次を始めない。
少し離れて水を飲み、ノートへ結果を書く。
成功した回もある。
失敗した回もある。
午前よりは、少し多い魔力でも的へ届く回が増えている。
けれど毎回ではない。
クロードはそこまで書いて、いったんノートを閉じた。
「クロードー」
ノーゼスの声で顔を上げる。
「そろそろ終わりにしない?」
演習場へ入った時より、外から差し込む光が低くなっていた。
エクリアもすでに風を消し、教本を閉じている。
クロードは立ち上がった。
「うん」
3人で使った場所を片づけ、鞄を持つ。
ノーゼスは自分の壁があった場所を振り返った。
「次はもうちょっと端を厚くする」
エクリアも言う。
「私は次も水と風ね」
クロードは少し考える。
「僕は……あとでノート見る」
「まだ考えるのか?」
「今日いっぱい書いたから」
ノーゼスが笑った。
「じゃあ明日教えてくれ」
「決まったらね」
3人はそのまま並んで演習場を出た。
◇
夕食を終えて寮の部屋へ戻るころには、外はすっかり暗くなっていた。
クロードは着替えを済ませ、机の上へ教本とノートを置いた。
昼の実習で書いたところから、放課後に増えた記録まで順番に見ていく。
普段の《サンダーボール》は、ほとんど形を崩さず的まで届いている。
そこから少し魔力を増やすと、成功と失敗が混ざっていた。
午前より、放課後の方が成功した回は増えている。
それでも同じようには揃わない。
クロードは成功したところだけを追わず、その間に書いた失敗も一つずつ見る。
手元で崩れた。
放ったあとで崩れた。
途中で自分から止めた。
的まで届いた。
同じくらい使ったつもり。
その言葉も、何度か書いていた。
クロードは鉛筆を持ち、その横へ小さく線を引く。
午前、トルシアにも聞かれた。
どのくらい増やしたのか。
その時、自分は「少し」としか答えられなかった。
放課後にも、ノーゼスから一つだけ大きく見えたと言われた。
自分では同じくらいだったつもりなのに。
「本当に同じだったのかな」
呟いてから、クロードは右手を見る。
形を保てなかった原因が、魔力の量だけだとはまだ分からない。
同じ量でも操作が追いつかずに崩れているのかもしれない。
そもそも毎回の量が揃っていないのかもしれない。
両方かもしれない。
今の記録だけでは、まだ決められなかった。
クロードは教本を開く。
雷属性の頁には《サンダーボール》《サンダーアロー》《サンダーボム》が並んでいる。
その先には、昨日まで知らなかった《サンダーショック》もある。
触れた相手へ雷を流し、魔力量で刺激や痺れを調整する魔法。
クロードはその説明を少しだけ読み、また《サンダーボム》の頁へ戻った。
魔力量を調整することは、どちらにも関わりそうだった。
けれど今は、まだ《サンダーボム》へ必要なところまで出力を上げられていない。
上げる前に、確かめたいことがある。
クロードはノートの最後へ新しく一行書いた。
『次は、同じくらいの魔力を何度も出せるか確かめる』
書いてから、その下には何も続けなかった。
それで形が安定するのかは分からない。
出来たら、その次を考える。
出来なければ、また違いを見る。
クロードは鉛筆を置いた。
朝は、もっと強い雷を保つことばかり考えていた。
昼には、少し多い魔力でも何度か的へ届いた。
放課後には、同じくらいのつもりでも結果が揃わないことが気になった。
一日の中で、見るところが少しずつ変わっている。
クロードは教本とノートを閉じ、机の端へ重ねた。
《サンダーボム》は、まだ出来ない。
だから次も、出来るところから確かめる。
灯りを消す前に、クロードはもう一度だけノートへ目を向けた。
もっと強くするのは、そのあとだった。




