考える前に
翌日、クロードたち1年代表の8人は4年代表との試合を待っていた。
昨日、講堂を出たあとに聞けたことはいくつかある。
球を回すのが速かった。
動き始めるのも速かった。
止まっている時間が少なかった。
4年の予選を見た生徒から聞いた話だった。
「結局、速いってことしか分かんないな」
ノーゼスが4年代表を見る。
「見た人も全部覚えてるわけじゃないからね」
エクリアが言った。
少し離れたところには、昨日講堂で見た8人がいる。
背が高い。
肩幅も自分たちより大きい。
けれど昨日と違い、今日はこれから同じコートへ入る。
「始まったら見ればいいだろ」
ザナトスが言う。
クロードも頷いた。
聞いたことは聞いた。
あとは実際に見るしかない。
やがて試合の準備が整い、両方の代表が動き始めた。
最初にコートへ入ったのは、エクリア、ノーゼス、ザナトス、ミナ、ヤンナ、タンガの6人だった。
クロードとリーゼは外から見る。
4年側からも6人が入る。
昨日クロードと目が合った4年生も、その中にいた。
中央へ球が置かれる。
両方の6人が構えた。
「始め!」
声と同時に一斉に動く。
先に球へ触れたのはザナトスだった。
右へタンガが走る。
4年生の1人がそちらへ動いた。
「左!」
ヤンナの声が飛ぶ。
ザナトスが左を見る。
エクリアが少し前へ出ていた。
球が渡る。
エクリアが受け取ると、正面から4年生が来る。
すぐに後ろへ戻した。
ノーゼスが受ける。
その間にミナが中央へ入った。
ノーゼスからミナへ球が飛ぶ。
4年生が寄る。
ミナは投げずに右へ送った。
そこにはタンガがいた。
タンガが受け取り、そのまま空いた門へ投げる。
球が門を抜けた。
「1点!」
ノーゼスが大きく息を吐いた。
「入った!」
クロードも思わず手を握る。
4年だから何も出来ないわけではない。
相手を見て、味方を見て、空いたところへ球を送る。
今までやってきたことは使えている。
球が中央へ戻された。
今度は4年側が取った。
球を持った4年生が右を見る。
1人がそちらへ走る。
ヤンナがすぐについていく。
その後ろに出来た場所へ、別の4年生が入った。
エクリアがそちらを見る。
球はまだ動いていない。
けれど中央にいた4年生は、もう少し左へ位置を変えていた。
最初に走った1人へ球が渡る。
すぐ後ろへ返る。
受け取った4年生は止まらず、中央へ球を送った。
そこに別の1人が入っている。
ミナが向きを変えた。
その時には、球がもう反対へ出ていた。
受け取る。
投げる。
球が門を抜けた。
「1点!」
1対1。
クロードは球を入れた4年生ではなく、その少し前を見る。
誰かが走る。
そこへ1年生が動く。
空いた場所へ別の4年生が入る。
球を持っていた人も、渡したあとに同じ場所へ残っていない。
次の場所へ動いている。
球が中央へ戻る。
今度は1年側が取った。
エクリアからノーゼスへ。
ノーゼスが前へ出る。
4年生が正面へ入った。
「右!」
タンガが声を出す。
ノーゼスはすぐに右へ投げた。
けれど球がタンガへ届く前に、中央にいた4年生がもう右へ動いていた。
タンガが受け取る。
前には1人。
少し内側にも、もう1人いる。
「戻せ!」
ザナトスの声が飛ぶ。
タンガが後ろへ返した。
ザナトスが受け取る。
その左をミナが走った。
4年側も動く。
「ミナ!」
球が飛ぶ。
今度は間に合わない。
ミナが受け取る。
そのまま門へ投げた。
球が抜ける。
「1点!」
2対1。
クロードは少し息を吐いた。
やっぱり通る。
全部を止められているわけではない。
けれど次の4年側の攻撃で、また同じようなことが起きた。
1人が前へ出る。
ノーゼスが止める。
その横へ別の1人が動く。
ザナトスが寄る。
空いた後ろへ、さっき球を持っていた4年生が入っている。
球が戻る。
さらに横へ渡る。
ヤンナが追う。
受け取った4年生は、その場で次を探すようには見えなかった。
球を受ける時には、もう身体が次の方向へ向いている。
そのまま球が離れる。
別の4年生が受け取る。
投げる。
「1点!」
2対2。
クロードは眉を寄せた。
「速いね」
隣でリーゼが言った。
「うん」
聞いていた通りだった。
けれど走る速さだけではない気がする。
次の再開でも、クロードは4年生たちを見る。
ザナトスが球を持つ。
ミナが中央へ動く。
4年生がそちらへ寄る。
ヤンナが反対へ走る。
ザナトスがヤンナへ投げる。
相手も向きを変える。
ヤンナが受け取る。
前を塞がれ、後ろへ戻した。
今度はエクリアが受ける。
そこからノーゼスへ。
何度か球が動くうちに、4年側の1人が少し前へ出すぎた。
中央が空く。
「中央!」
エクリアが声を出す。
ミナが入る。
球が飛ぶ。
その瞬間、離れたところにいた4年生が中央へ動いた。
間に合わない。
ミナが受け取る。
投げようとする。
正面へ相手が入った。
ミナはすぐ横へ渡した。
タンガが受ける。
門を見る。
投げる。
球は門の横を通った。
4年側が拾う。
その時には、もう2人が前へ走り出していた。
「戻れ!」
ノーゼスの声が飛ぶ。
1年側もすぐに戻る。
球が右へ渡る。
ザナトスが寄る。
すぐ左へ戻される。
エクリアが向きを変えた。
その前に、中央へ1人が入った。
球が来る。
投げる。
「1点!」
2対3。
クロードは中央へ戻る4年生を見る。
今の人は、エクリアが左へ動いてから中央へ来たのだろうか。
違う。
もっと早かった。
「……先に動いてる」
クロードが呟いた。
「何が?」
リーゼが聞く。
「僕たちが動いてからじゃない」
クロードは4年側を見る。
「動く前?」
「それも少し違う」
自分でもまだうまく言えない。
球が来る前。
誰かが完全に空く前。
1年生がそちらへ行こうと決めるより少し前。
もう身体が動いている。
試合はそのまま続いた。
1年側も見る。
声を出す。
相手が変われば、自分たちも変える。
それでも4年側は止まる時間が短かった。
1人が前へ出れば、その後ろへ別の1人が入る。
その1人が動けば、さらに隣が位置を変える。
全部を声で伝えているわけでもない。
短い声は聞こえる。
けれど声が出る前に動いていることもある。
得点が入り、2対4になったところで1年側の交代が伝えられた。
クロードが立ち上がる。
コートからヤンナが出てくる。
すれ違う時、ヤンナが小さく息を吐いた。
「早いよ」
「見てた」
「なんか、いるんだよね」
「いる?」
「こっちが行こうとしたところに」
ヤンナはそれだけ言って外へ出た。
クロードはコートへ入る。
外から見ていた時より、4年生との距離が一気に近くなった。
球が中央へ戻る。
再開する。
4年側が球を取った。
右へ1人が走る。
クロードはそちらを見る。
球を持った相手の身体も少し右へ向いた。
右へ来る。
そう思って一歩動いた。
球は後ろへ戻された。
受け取った4年生が左へ投げる。
「左!」
ノーゼスの声が飛ぶ。
クロードも向きを変える。
左ではミナが相手へ寄っていた。
球を受けた4年生が止まる。
クロードは中央を見る。
空いている。
そこへ入ろうとした。
同時に、4年生の1人が中央へ入った。
「あ」
一歩遅い。
球がその4年生へ渡る。
受け取った瞬間には、もう身体がクロードとは反対を向いていた。
そのまま別へ投げる。
クロードが追う。
そこにも4年生がいる。
また渡る。
止まらない。
球を持った人だけではなかった。
受け取る人も、その次に動く人も、球が来てから全部を考えているようには見えない。
クロードはその動きを見たまま、修練場を思い出した。
ザナンと木剣を持って向かい合った時。
足。
身体。
腕。
剣。
一つずつ見て、一つずつ考えていたら間に合わなかった。
剣を習い始めた頃は、構えるだけでも手や足の位置を考えていた。
今はそこまで考えない。
木剣を持てば身体が構える。
何度も繰り返したからだった。
「クロード!」
エクリアの声が飛ぶ。
クロードは顔を上げた。
球がこちらへ来ている。
考えるより先に手を伸ばした。
指先へ球が当たる。
勢いが変わった。
地面へ落ちる。
ザナトスが拾った。
「前!」
ノーゼスが声を出す。
ザナトスが球を運ぶ。
クロードも走った。
右に4年生がいる。
中央にもいる。
クロードは左へ向きを変えた。
そこへ相手の1人が動く。
だったら戻る。
クロードが中央へ寄る。
今度は相手も戻る。
「こっち!」
ミナの声。
ザナトスからミナへ球が渡る。
クロードはそのまま中央を通り過ぎた。
自分についていた4年生が少しだけこちらへ来る。
その分、後ろが空いた。
「エクリア!」
クロードが声を出す。
ミナが後ろへ戻す。
エクリアが受ける。
門を見る。
投げる。
球が抜けた。
「1点!」
3対4。
クロードは振り返った。
出来た。
相手を見た。
動いた。
味方へ伝えた。
その動きで相手も変わった。
今まで習ったことは、4年相手でも使える。
球が中央へ戻る。
クロードはもう一度構えた。
今度はさっきより早く動けばいい。
相手を見る。
球を持った4年生が右へ身体を向けた。
クロードの足が動く。
さっきより早い。
けれど球は来なかった。
相手は右を向いたまま後ろへ戻した。
クロードが止まる。
その時には別の4年生が、クロードの後ろへ入っていた。
球が渡る。
「後ろ!」
ノーゼスの声。
クロードが振り返る。
もう次へ球が出ている。
今度は左。
エクリアが動く。
その隙間へ別の1人が入る。
クロードも戻る。
間に合わない。
球が門を抜けた。
「1点!」
3対5。
クロードは息を吐いた。
今度は先に動いた。
それでも遅かった。
違う。
遅かっただけではない。
自分が早く動いたことで、空いた場所を使われた。
相手もこちらを見ている。
それは予選で分かった。
でも4年生は、そこから次へ移るのが早い。
考えていないわけではない。
見ていないわけでもない。
見たものを、全部言葉にしてから身体を動かしていない。
「……剣と同じだ」
クロードが小さく呟く。
次の再開では1年側が球を取った。
クロードはまだ考えていた。
何度もやる。
考えて動く。
失敗する。
直す。
またやる。
それを繰り返せば、考えなくても動けるところが増える。
自分の剣もそうだった。
4年生たちは、自分たちより3年多く学園にいる。
自分たちが今習っていることを、もっと長く続けている。
ノーゼスが球を持つ。
右へリーゼが動いた。
4年生が寄る。
「中央!」
クロードが声を出す。
ノーゼスが中央へ戻した。
ザナトスが受ける。
クロードも走る。
4年側も動く。
今度はさっきより少しだけ早く見えた。
誰かが動いたあとではなく、その前の身体を見る。
向いている方向。
足の位置。
次に空きそうな場所。
全部を一つずつ考えれば遅い。
それでも今は、見えるものを使うしかない。
ザナトスからクロードへ球が来た。
受け取る。
正面へ4年生が入る。
右にはもう1人いる。
後ろから声が飛ぶ。
「戻して!」
エクリアだった。
クロードはすぐ後ろへ返す。
エクリアが受ける。
その間にクロードは左へ動く。
相手もついてくる。
中央が少し空いた。
エクリアからミナへ。
ミナが受ける。
4年生が中央へ戻ろうとする。
その前にミナが投げた。
球は門の横へ外れた。
「あっ」
4年側が拾う。
すぐに動き出す。
1年側も戻る。
クロードは走りながら周りを見る。
今度は声が出る前に、ザナトスが中央へ戻っていた。
ノーゼスも反対側へ寄っている。
自分たちだって、さっきまでと同じではない。
けれど4年側も同じだった。
ザナトスが中央を塞ぐ。
球を持った4年生はすぐ横へ送る。
ノーゼスが寄る。
後ろへ戻る。
ミナが動く。
その外へ別の1人が走る。
球が渡る。
リーゼが追う。
受け取った4年生は門を見た。
クロードもそちらへ走る。
投げる。
球が門を抜けた。
「1点!」
続いて試合終了の声が上がった。
「6対3! そこまで!」
クロードは足を止めた。
息を整えながら門を見る。
終わった。
4年代表が6点。
1年代表が3点。
ノーゼスが悔しそうに息を吐く。
「負けたか」
「うん」
エクリアも短く答えた。
クロードは4年生たちを見る。
何も出来なかったわけではない。
3点取った。
相手の球へ触れることも出来た。
こちらが動けば4年側も変わった。
見たことも、伝えたことも、ちゃんと使えた。
それでも最後に6点へ届いたのは4年だった。
◇
試合が終わり、両方の代表が向かい合った。
「ありがとうございました」
声を合わせて頭を下げる。
クロードが顔を上げると、昨日講堂で目が合った4年生が近くにいた。
クロードは少し迷ってから声を掛けた。
「あの」
4年生がこちらを見る。
「どうした?」
「どうして、あんなに早く動けるんですか?」
4年生が少し首を傾げる。
「走るのが?」
「走る前です」
クロードはさっきまでのコートを見る。
「球が来る前とか、誰かが動く前から動いてました」
4年生は少し考えた。
「前から、っていうほど分かってるわけじゃないけどな」
「でも僕たちより早かったです」
「そりゃ、やってきた回数が違うからじゃないか?」
「回数?」
「ああ」
4年生は自分の仲間たちを見る。
「最初の頃は俺たちも、どこを見るとか、誰が動くとか、いちいち考えてたよ」
クロードは黙って聞く。
「でも授業でもやるし、練習もするし、学園の外へ出る実習でも周り見ながら動かなきゃならないだろ」
「外の実習?」
「場所が変われば、毎回同じようにはならないからな」
4年生は少し笑った。
「何回もやってると、見えた時に身体が先に動くことが増えるんだよ」
その言葉を聞いて、クロードはやっぱりザナンを思い出した。
「考えないんですか?」
「考えるよ」
4年生はすぐに答えた。
「考えないで動いたら間違えるだろ」
「じゃあ……」
「全部を最初から考え直さなくなるだけじゃないか?」
クロードは自分の足を見る。
剣を構える時も同じだった。
今は手をどこへ置くか。
足をどこへ出すか。
一つずつ考えてはいない。
でも何も考えずに剣を振っているわけではない。
相手を見て、その時に必要なことを考える。
その前に出来ることは、身体がもう覚えている。
「ありがとうございました」
クロードが頭を下げる。
「おう」
4年生も軽く手を上げ、仲間のところへ戻っていった。
クロードはその背中を見送る。
負けた。
悔しくないわけではない。
けれど、今まで習ったことが間違っていたわけでもなかった。
見る。
伝える。
動く。
変わったら、また見る。
今日もそれで動けた。
ただ4年生は、その同じことを自分たちよりずっと多く繰り返していた。
考えてから動いている部分が、自分たちより少ない。
クロードはもう一度、自分の足を見る。
剣の時も、出来るようになるまで何度も繰り返した。
戦術も同じなのかもしれない。
分かっただけでは、まだ身体は動かない。
今日見つけたものも、これから何度もやる必要がある。
クロードは顔を上げた。
出来るようになったことの先には、まだ続きがあった。




