8人
3限目、クロードたち18人が身体鍛錬のため運動場へ集まると、ワズカー・ニタカリマスはいつものように大きな声で「よし!」と叫んだ。
その後ろには、以前にも使った6角形のコートと6つの小さな門が用意されている。
中央に置かれた球を見て、何人かがすぐに《六環球》だと気づいた。
「今日は最初に話がある!」
ワズカーが18人を見回す。
「《六環球》の学園大会をやる!」
一瞬遅れて、あちこちから声が上がった。
「大会?」
ノーゼスが隣のエクリアを見る。
ザナトスはすぐに6角形の方へ顔を向けた。
「そして、この授業でお前たちの代表を決める!」
さっきまでのざわめきが少しだけ静かになる。
クロードもワズカーを見た。
「代表は6人!」
ワズカーが続ける。
「補欠が2人!」
18人のうち8人だった。
「補欠だから試合に出ないと思うな!」
今度は球を持ち上げる。
「大会では1試合に2回まで選手を交代できる!」
クロードは6角形の中を見る。
最初に出る6人だけで、最後まで戦うとは限らないらしい。
誰を替えるかでも、その後の動きは変わる。
「今日は6人ずつ3組に分かれて《六環球》をやる!」
ワズカーは球を中央へ戻した。
「今日の動きは全部見る!」
胸を張る。
「点を取ったやつだけ見てると思うなよ!」
何人かが顔を見合わせる。
「《六環球》は1人でやる競技じゃない!」
それは前にも聞いた言葉だった。
クロードは6つの門へ目を向ける。
球、相手、味方、自分の位置、空いている門。
1限目まで教室で考えていたものが、頭の中へ次々と浮かんだ。
見て、考えて、味方へ伝え、味方の話を聞く。
動けば状況が変わり、また見る。
木片なら1つずつ動かせた。
けれど《六環球》では何人も同時に走る。
「よし、組を言うぞ!」
ワズカーが名前を読み上げていく。
第1組は、クロード、ミナ、タンガ、ピア、レクシア、ラン。
第2組は、エクリア、ノーゼス、ナーン、カイル、リーゼ、マミヤ。
第3組は、ザナトス、ヤンナ、ガレス、ベン、ミズー、トルト。
前に《六環球》をした時とも、戦術の授業で組んだ時とも違う顔ぶれだった。
クロードは同じ組になった5人を見る。
ミナはすでに相手側の門を見ている。
タンガはその場で軽く足を動かし、ピアが「どうする?」と全員へ声を掛けた。
「最初は広がる?」
レクシアが6つの門を見る。
ランは相手側の門と中央の球を見比べた。
クロードは頷きかけて、1限目のことを思い出した。
最初に決める。
でも、それに最後までしがみつかない。
「最初だけ決めて、変わったら声を掛けよう」
クロードが言うと、ピアがすぐ頷いた。
「短く伝えるんだよね」
ミナも「うん」と答える。
ワズカーの声が飛ぶ。
「最初は第1組と第2組!」
ザナトスたち6人が審判として門へ分かれた。
クロードたちはエクリアたちと向かい合う。
中央の球を挟んで、ノーゼスが少し身体を低くした。
「また相手か」
ノーゼスが笑う。
「うん」
「始め!」
ワズカーの声と同時に何人も中央へ走った。
最初に球へ触れたのはタンガだった。
けれど正面からカイルが手を伸ばし、球が横へこぼれる。
「左!」
ミナの声が飛ぶ。
クロードがそちらを見るより早く、ミナが球を拾った。
3歩進んでピアへ渡す。
ピアは受け取る前から周囲を見ていた。
「ラン、奥!」
ランが空いていた門へ向かって走る。
それを見たエクリアがすぐに進路を変えた。
「リーゼ、そっちお願い!」
「分かった!」
リーゼがランの方へ寄る。
エクリアはピアへ近づく。
ピアが投げようとした先は、もう空いていなかった。
「変わった」
クロードは思わず口にする。
その間にもピアは向きを変えた。
「クロード!」
球が飛んでくる。
クロードは受け取り、すぐに6つの門を見る。
右はナーンが近い。
正面にはノーゼス。
左ではタンガが走っている。
その奥にある門は、今なら少し空いている。
「タンガ、左!」
タンガがさらに外へ走る。
クロードはそちらへ投げようとした。
その瞬間、ノーゼスが左へ寄った。
「そっち見る!」
動く前に声が出ている。
エクリアも中央へ戻る。
さっきまで空いていた門への道が狭くなる。
別の門を見る。
そこにはミナがいた。
けれどクロードが迷った間に、6歩目が近づいた。
「クロード、投げて!」
ピアの声で、クロードは慌ててミナへ球を渡した。
ミナは受け取るとほとんど止まらず、空いた門へ投げた。
球が横木の下を抜ける。
「1点!」
審判をしていたヤンナの声が上がった。
中央へ戻りながら、クロードはさっきの自分を思い返した。
見えていなかったわけではない。
むしろ前より多く見えていた。
そのぶん、どこへ出すかを考えている間に状況が変わった。
再開すると、今度はエクリアたちが先に球を取った。
ノーゼスが3歩進み、クロードの方を見る。
「右行く!」
自分で言った直後にピアが寄ると、ノーゼスはすぐ向きを変えた。
「やっぱ中央!」
「変わるの早い!」
ピアが言いながら追う。
「相手が来たんだから仕方ないだろ!」
ノーゼスは中央へ球を出す。
そこにはエクリアがいた。
エクリアは球を受ける前にランとレクシアの位置を見る。
「リーゼ、奥へ」
短い声でリーゼが走る。
クロードもそちらを見た。
リーゼを追えば中央が空く。
中央に残ればリーゼが空く。
迷ったところへ、エクリアの球が別方向へ飛んだ。
「マミヤ!」
右から入ってきたマミヤが受け取り、そのまま門を狙う。
球が通った。
「1点!」
試合はその後も止まらなかった。
タンガが球を持たずに大きく外へ走ればナーンが引かれ、その空いたところへミナが入る。
リーゼが門の前へ走ればレクシアが寄り、その間をノーゼスが使う。
カイルは球を受けると迷わず近くの味方へつなぎ、ランは空いた門へ何度も位置を変えた。
クロードも声を出した。
「中央見る!」
「右行く!」
味方の声も聞いた。
それでも、同時に見ようとするものが増えるほど判断が遅れる時があった。
4対5になったところで、エクリアたちが球を取る。
ノーゼスからナーンへ渡り、ナーンが右の門へ向かう。
タンガが止めに入った。
「中央空く!」
エクリアの声が飛ぶ。
ナーンは投げかけた球を中央へ戻した。
そこへ走り込んだエクリアが受け取る。
クロードが寄る。
エクリアはすぐに反対を見る。
「リーゼ!」
球が左へ飛んだ。
リーゼは門の少し手前で受け取り、そのまま投げる。
球が門を抜けた。
「6点!」
ワズカーの声が響く。
最初の試合は6対4でエクリアたちの組が勝った。
クロードは息を整えながら、最後に球が通った門を見る。
エクリアが中央へ入った時、自分も見ていた。
リーゼが左にいたことも見えていた。
でも次にどちらへ球が出るかまでは追いつかなかった。
「見るだけでも忙しいね」
ピアが隣で息を吐く。
「うん」
クロードは答えた。
教室の木片より、ずっと速い。
「入れ替われ!」
ワズカーの声で、クロードたちは審判へ回った。
次はエクリアたちの組とザナトスたちの組だった。
クロードは1つの門の近くへ立ち、コート全体を見る。
中にいる時より、外からの方がやはり動きは見えやすい。
けれど前に審判をした時とは、見ているものが少し違った。
球を持っていない人がどこへ動くのか。
誰が声を出し、その声を聞いた味方がどう変わるのか。
試合が始まる。
最初に球を取ったザナトスが前へ出る。
ノーゼスが正面へ回る。
「左空いてる!」
ヤンナの声が飛んだ。
ザナトスが一瞬左を見る。
そこにはガレスが走っている。
けれどエクリアもすでに寄り始めていた。
「じゃあ右!」
ヤンナが今度は反対を指す。
ザナトスは球を持ったまま向きを変えた。
以前ならそのまま正面を押したかもしれない。
今はヤンナの声を聞き、空いている方を見直している。
「ベン!」
右へ投げる。
ベンが受け取り、すぐミズーへ渡した。
ミズーの前へリーゼが入る。
球はまた中央へ戻る。
1つ動くたびに、次の空きが変わっていく。
反対側ではエクリアも声を出していた。
「カイル、戻って!」
「分かった!」
「ノーゼス、右!」
「今行く!」
声だけで全部うまくいくわけではない。
2人が同じ門へ寄って反対を空けることもあった。
投げた先へ相手が先に入ることもある。
それでも、ずれたあとに戻るのは前より速かった。
リーゼが球を持たないまま左の門へ走ると、ベンがそちらへ寄った。
そのぶん中央が空く。
「中央!」
リーゼの声を聞いたノーゼスが空いた場所へ入り、エクリアから球を受け取って門を狙う。
球が通ったあと、リーゼはすぐ次の位置へ走っていた。
そんな動きが何度も続き、5対5になる。
球を持ったエクリアが中央で止まる。
ザナトスが前へ出た。
「こっち来いよ!」
「球を見なさいよ!」
エクリアが返す。
その横でノーゼスが右へ走る。
ヤンナが気づく。
「右、ノーゼス!」
ザナトスがそちらへ顔を向けた。
その瞬間、エクリアは左のリーゼへ球を出した。
リーゼが受け取る。
ガレスが寄る。
「中央!」
今度はマミヤの声がした。
リーゼが中央へ返す。
ノーゼスが走り込んでいる。
けれどその前へヤンナが入った。
指先が球へ触れる。
球が地面へ落ちた。
「取って!」
ヤンナの声と同時にザナトスが拾う。
そのまま走り出す。
カイルが追う。
ザナトスは4歩目で前を見た。
正面の門にはエクリアが戻っている。
右にもノーゼスがいる。
「左!」
ヤンナの声がまた飛ぶ。
左ではトルトが門へ向かっていた。
ザナトスが球を投げる。
トルトが受け取り、すぐ門を狙った。
球が通る。
「6点!」
2試合目は6対5でザナトスたちの組が勝った。
トルトが両手を上げる。
「入った!」
ザナトスもそちらへ走っていく。
ヤンナは少し離れたところで息を整えながら、最後まで周囲を見ていた。
クロードは自分の担当した門から離れ、次の試合へ入る。
最後はザナトスたちの組とクロードたちの組だった。
エクリアたち6人が審判へ回る。
「これで最後だ!」
ワズカーが球を中央へ置いた。
クロードは自分たちの5人を見る。
最初の試合では、見ようとするものが増えたせいで何度か迷った。
でも、外から見ていた時には声と動きが少しつながって見えた。
「最初はどうする?」
ピアが聞く。
ミナがザナトスたちを見る。
「同じでいいと思う」
タンガも6つの門を見ながら頷く。
クロードは全員の位置を見た。
「空いたところも声に出そう」
レクシアが頷き、ランも相手側の門へ視線を移した。
「位置につけ!」
向こうではザナトスとガレスが中央寄りに立ち、ヤンナが少し外へ広がっている。
ベン、ミズー、トルトもそれぞれ別の門を見ていた。
「始め!」
今度はクロードが中央の球へ先に触れた。
すぐザナトスが来る。
クロードは球を抱え込まず、右を見る。
「ミナ!」
投げる。
ミナが受け取った。
クロードはそのまま走る。
後ろからピアの声がする。
「左空く!」
左を見る。
タンガが外へ走り、ミズーが追っている。
そのぶん中央が薄くなった。
「中央行く!」
クロードが声を出して方向を変える。
ミナはそれを聞いた。
けれどすぐにはクロードへ投げない。
ヤンナが中央へ戻ってきたからだった。
「右!」
今度はランの声が飛ぶ。
ミナが右へ球を出す。
レクシアが受け取った。
クロードは中央へ走りながら、それを見る。
自分が「中央行く」と言ったあとでも、状況は変わる。
だからミナが別へ出した。
それでいい。
レクシアからピアへ渡る。
ピアは2歩進んで門を狙う。
ガレスが寄る。
「タンガ!」
ピアが投げる。
外へ開いていたタンガが受け取った。
目の前の門は空いている。
タンガが投げる。
球が門を抜けた。
「1点!」
審判のノーゼスが声を上げる。
中央へ戻りながら、クロードはさっきより迷わなかったことに気づいた。
自分が言った通りに球が来なくても、そこで止まらなかった。
変わったなら、もう1度見ればいい。
試合はまた動き出す。
今度はザナトスが球を取った。
「右行く!」
ヤンナの声。
「俺は中央!」
ガレスも言う。
ザナトスは2人の声を聞いて左を見る。
トルトが走っていた。
「じゃあ左!」
球を出す。
クロードたちも戻る。
「ラン、中央!」
「分かった!」
「レクシア、右!」
短い声が行き交う。
クロードも自分の場所だけを見ない。
球を持つトルト。
左へ走るザナトス。
中央へ戻るヤンナ。
味方のミナ。
反対側のタンガ。
全部を同時に細かく見ることは出来ない。
でも、今必要なところを変えながら見る。
4対4。
次の1点をザナトスたちが取る。
4対5。
中央へ戻された球を見て、クロードは息を整えた。
あと1点取られれば終わる。
けれど最初に決めたことへ戻る必要はない。
今を見る。
ワズカーの声で再開する。
球を取ったのはミナだった。
ベンが正面から近づく。
「右行く!」
ミナが言う。
タンガが右へ走り始める。
それを見たミズーも寄る。
クロードは左を見る。
ピアがいる。
その奥には門。
「左空いてる!」
声を出す。
ミナがすぐ左を見た。
球がピアへ飛ぶ。
ピアが受ける。
ザナトスが戻る。
「クロード!」
ピアから球が来る。
クロードは受け取った瞬間に前を見る。
正面の門にはヤンナがいる。
右にはガレス。
左からザナトスも来る。
球を持ったまま使えるのは6歩までしかない。
前より早く決める。
「タンガ!」
右へ投げる。
タンガは走ったまま受け取った。
けれどその門へガレスが寄る。
タンガは止まらず中央へ返す。
そこへミナが入っていた。
ミナが投げる。
球が門を通る。
「5点!」
5対5になった。
最後の1点。
両方の組から声が増える。
中央へ戻された球に何人も走る。
ガレスが先に触れた。
球が弾かれて右へ転がる。
ヤンナが拾う。
「中央行く!」
ザナトスが走る。
クロードも中央へ戻る。
ヤンナはザナトスへ投げると見せて、右のベンへ出した。
ベンが受ける。
レクシアが寄る。
ベンはミズーへ渡す。
ミズーの前へランが入る。
「こっち!」
トルトが声を出す。
ミズーが投げる。
その途中へタンガが手を伸ばした。
指先に当たった球が落ちる。
タンガとトルトが同時に走る。
先に拾ったのはタンガだった。
すぐ後ろからザナトスが来る。
タンガは1歩だけ進み、クロードを見る。
クロードは中央にいる。
でもヤンナもいる。
「奥!」
ミナの声がした。
クロードはその声で反対を見る。
ピアが奥の門へ走っている。
タンガも見た。
すぐにピアへ投げる。
ピアが受け取る。
ザナトスたちの向きが一斉に変わった。
その隙にタンガは別の門へ走り直している。
「ピア、こっち!」
ピアが振り向く。
前にはベン。
そのまま門を狙わず、走ってきたタンガへ返した。
タンガが受け取る。
目の前の門にはまだ誰も戻っていない。
投げる。
球が門の内側へ抜けた。
「6点!」
最後の試合は6対5でクロードたちの組が勝った。
タンガが大きく息を吐きながら足を止める。
ピアがすぐ近くまで走ってきた。
「今のよかった!」
タンガは息を整えながらピアを見て頷いた。
クロードも2人の方を見る。
最後に見ていたのは球だけではなかった。
ミナの声で別の門を見た。
ピアが走ったことで相手が動いた。
そのあと空いた場所へタンガが走り直した。
1人の動きだけで出来た得点ではなかった。
「全員集まれ!」
ワズカーの声が運動場へ響いた。
18人が6角形の外へ集まる。
息を切らしている者もいれば、まだ最後の動きを話している者もいる。
ワズカーは全員が揃うまで待ってから口を開いた。
「3試合、全部見た!」
18人の顔が上がる。
「勝った組から6人選ぶわけじゃない!」
3組とも1度勝ち、1度負けていた。
「点を取った数だけでも決めん!」
ワズカーは6角形の中を指す。
「球を持っていない時も《六環球》だ!」
その言葉にクロードは最後のタンガを思い出した。
「代表を言う!」
運動場が静かになる。
ワズカーが読み上げた6人は、エクリア、ノーゼス、ザナトス、ミナ、ヤンナ、タンガだった。
クロードは名前を1人ずつ聞く。
自分の名前はなかった。
少しだけ胸の奥が落ちる。
けれど最初の試合で何度も迷ったことも覚えている。
「次、補欠2人!」
クロードはもう1度顔を上げた。
呼ばれたのは、クロードとリーゼだった。
「あ」
小さく声が出る。
隣にいたタンガがクロードを見る。
ワズカーは8人を順番に見た。
「代表6人、補欠2人!」
拳を握る。
「今日うまくいったから、次も同じとは限らん!」
クロードは1限目に聞いた言葉を思い出した。
状況は変わる。
変わったら、もう1度見る。
「大会でも正しく見ろ!」
ワズカーの声がさらに大きくなる。
「そして正しく生きろ!」
誰かが笑った。
クロードも少し笑いながら、もう1度6つの門を見た。
教室の木片よりずっと速く、思った通りには動いてくれない場所だった。
それでも前より、次に何を見ればいいのかは少しだけ分かっていた。
◇
その夜、クロードは寮の自室でノートを開いた。
戦術について書いてきた頁を、最初からゆっくり読み返す。
最初の授業で書いたのは、何を見るのかだった。
相手。
味方。
位置。
距離。
周りにあるもの。
そして何をしようとしているのか。
次の頁には、相手が動けば最初に考えた通りにはならないことが残っている。
さらに頁をめくる。
『同じものを見ても、同じことを考えるとは限らない』
その下には、昨日書いた問いがあった。
『味方が何を考えているかは、どうすれば分かる?』
今日の1限目で、その答えも少し分かった。
クロードは新しい頁を開いて鉛筆を置いた。
『見る』
その下へ続ける。
『考える』
『伝える・聞く』
『動く』
『変わる』
『また見る』
ノルダスが最後に教えた順番だった。
教室では木片を動かしながら、一つずつ確かめることが出来た。
けれど3限目の《六環球》では違った。
クロードは少し考えてから、その横へ新しく書き始める。
『みんな同時に動く』
書いた文字を見ながら、最初の試合を思い返した。
前よりたくさん見ようとした。
相手も味方も門も見えていた。
それなのに、どこへ球を出すか考えている間に空いていた場所が塞がった。
『見ている間にも変わる』
次の行へ鉛筆を動かす。
『全部見ようとすると遅れる』
そこで手を止めた。
見なくていいということではない。
前に《六環球》をした時、球や目の前の相手だけを見て何度も別の場所を空けた。
今日も周りを見なければ、タンガが外へ走ったことや、誰かが動いたことで空いた門には気づけなかった。
けれど全部を同じように見ようとしても、考えている間に次が来る。
クロードは3試合目を思い出した。
自分が「中央行く」と言っても、ミナは中央へ球を出さなかった。
ヤンナが戻ってきて、そこがもう空いていなかったからだ。
それで止まる必要はなかった。
変わったなら、別を見る。
クロードはさらに書き足す。
『言った通りにならなくてもいい』
『変わったら、伝えることも変える』
その下へ、
『味方の声を聞いて変える』
と書いた。
最後の得点も思い出す。
球を持っていないピアが奥へ走った。
相手がそちらへ動いた。
そのあとタンガが別の門へ走り直した。
球を持っている人だけで状況が変わっていたわけではない。
『球を持っていない人が動いても変わる』
鉛筆を置き、書いた頁を上から読み返す。
見るものは増えた。
相手を見る。
味方を見る。
位置を見る。
距離を見る。
周りを見る。
何をするのかを見る。
でも、その全部をずっと同じように見続けるわけではなかった。
球を持っている時と持っていない時でも違う。
攻めている時と守っている時でも違う。
誰かが動けば、次に見る場所も変わる。
クロードは頁の一番下へ、最後の1行を書いた。
『何を見るかも、その時で変わる』
しばらくその文字を眺める。
最初の戦術で聞かれたのは、戦う時に何を見るのかだった。
あの時より答えはずっと増えた。
けれど増えたものを全部覚えて終わりではない。
今はどこを見る。
その次はどこを見る。
変わるたびに、それも考え直さなければならない。
クロードはもう1度だけ頁を読み返してから、ノートを閉じた。




