次は?
その日の戦術の1限目が始まると、ノルダスは前の授業でも使った小さな木片を教卓へ置いた。
形の違う木片に混じって、壁として使った細長い木片もある。
クロードはそれを見ながら、前の授業で考えたことを思い出した。
相手を見る。
味方を見る。
どこにいるのかを見る。
どれくらい離れているのかを見る。
周りに何があるのかを見る。
それから、何をしようとしているのかも見る。
同じ3人と3人でも、壁が一つ増えたり目的が変わったりすれば、考えることまで変わった。
「全員前へ来い」
ノルダスの声で18人が席を立ち、教卓の周りへ集まっていく。
クロードの近くにはノーゼスとエクリアが立ち、少し離れたところではザナトスとガレスが教卓を覗き込んでいる。
ナーンとヤンナも前へ出ており、タンガは後ろにいるミズーとランが見えるよう少し横へ位置をずらした。
全員が木片を見られるようになったところで、ノルダスは左右へ3つずつ木片を並べ、その間へ細長い木片を置いた。
「右の3人は、1人でも向こう側へ抜ければいい」
前にも考えた条件だった。
「左の3人は止めろ」
ノーゼスが配置を見る。
「前と同じ?」
「条件は同じだ」
ノルダスは右側の木片を一つ動かした。
壁の横へ少し進める。
続いて左側の一つを動かす。
進んできた木片へ近づくように位置が変わった。
「今日は両方動かす」
クロードは2つの木片を見比べた。
前の授業では、置かれている状態を見ながら自分たちならどう動くかを考えた。
けれど今回は、そのあとに相手も動くらしい。
「6人ずつ3組に分かれろ」
生徒たちがそれぞれ集まり始める。
クロードは前と同じく、ナーン、ミナ、タンガ、ヤンナ、ベンと一緒になった。
ノーゼスのところにはエクリア、カイル、トルト、ピア、ミズーが集まり、ザナトスの組にはガレス、レクシア、ラン、リーゼ、マミヤがいる。
3つの組が出来たところで、ノルダスが教卓を指した。
「組の中で3人ずつに分かれろ」
「攻める方と守る方?」
ヤンナが聞く。
「ああ」
今度はそれぞれの組の中で話し合いが始まった。
クロードたちは、クロード、ナーン、ヤンナが抜ける側になり、ミナ、タンガ、ベンが止める側になった。
「最初どうする?」
ナーンが教卓の配置を見る。
前には壁があり、その左右には通れる場所がある。
「1人抜ければいいんだから、3人一緒じゃなくてもいいよね」
ヤンナが壁の両側を見る。
「じゃあ2人こっちで、1人反対?」
ナーンが指で動きを示す。
右側へ2人を寄せれば、守る側もそちらへ動くかもしれない。
そうなれば反対側から残りの1人が抜けられる。
「前もそんな話したよね」
ヤンナが言う。
クロードも覚えていた。
相手を動かすことが出来れば、今まで塞がれていた場所が空くかもしれない。
ただ、その時は実際に相手を動かしたわけではない。
「やってみないと分からないか」
クロードが言うと、ナーンが頷いた。
「じゃあそれでいこう」
守る側のミナたちも反対側で相談している。
タンガが木片の位置を見ながら壁の左右へ指を動かし、ベンもその先を追っている。
それぞれの組で最初の動きが決まるまで、ノルダスは答えを急かさなかった。
やがて3つの組の話し声が落ち着いたところで、ノルダスがクロードたちを見る。
「最初の組」
クロードたち6人が教卓の近くへ残り、ほかの12人は周りから見える場所へ移った。
ノルダスは6人を見回す。
「始めろ」
ナーンが右側の木片を一つ持つ。
それを壁の右側へ少し進めた。
クロードも別の一つを同じ方向へ動かす。
残った一つはヤンナの前に置いたままだった。
クロードたちが考えた通りなら、守る側も右へ2人くらい動く。
クロードは左側の3つを見る。
動いたのは一つだけだった。
タンガが中央にいた木片を、こちらの2つへ近づける。
残る2つは動かない。
「あれ?」
ヤンナが声を漏らした。
ナーンも守る側を見る。
「1人だけ?」
「2人来るって決まってないよ」
ミナが答える。
その通りだった。
クロードたちは2人来るかもしれないと考えただけで、守る側がそうしなければならないわけではない。
右側へ進めた2つの前にはタンガの一つがいる。
反対側には、まだ守る木片が2つ残っていた。
最初に考えていたように、残った一つを反対から動かしても簡単には抜けられそうにない。
「次は?」
ノルダスが聞いた。
ナーンが動きを止めたまま教卓を見る。
「どうする?」
ヤンナもさっきまで自分が動かす予定だった木片と、残った守る2つを見比べる。
「このまま右から行く?」
ナーンが言った。
クロードは右側を見る。
攻める2つに対して守る1つなら、まだ動けそうにも見える。
けれど残っている2つがこのあとどう動くのかは分からない。
「もう1つ右へ進めてみる?」
クロードが言う。
ナーンが木片を前へ出した。
今度は守る側のベンが一つを右へ寄せる。
右側には2つずつが集まった。
「今度は来た」
ヤンナが言う。
クロードは反対側を見る。
そこには攻める一つと、守る一つが残っている。
最初よりも守る側同士の距離は広がった。
「今ならこっち?」
ヤンナが自分の木片を指す。
「行ってみよう」
木片が壁の左側から前へ動く。
守っていたミナの一つも、その進路を塞ぐように前へ出た。
「あ」
左も止められた。
ナーンが右を見る。
ヤンナが左を見る。
クロードは両方を見比べる。
最初の予定では、ここまでにどちらかが空いているはずだった。
けれど今は右にも左にも相手がいる。
「次は?」
またノルダスの声がした。
答えは言わない。
木片にも触れない。
ただ続きを考えるように待っている。
クロードは右側へ集まった4つを見る。
左側には2つ。
壁は最初から同じ場所にある。
人数も変わっていない。
それでも、始める前とはまったく違う配置になっていた。
「右の2人、少し戻したら?」
クロードが言う。
ナーンがこちらを見る。
「戻すの?」
「ずっと前に行かなくてもいいんじゃない?」
最初に考えたのは、向こう側へ抜けることだった。
前へ進むことそのものが目的ではない。
「戻したら相手も戻るかな」
ヤンナが右側を見る。
「分からない」
クロードは答えた。
「じゃあやってみる?」
ナーンが一つを少し後ろへ下げる。
守る側は動かない。
「来ない」
「もう1つも?」
今度はクロードの木片も少し位置を下げる。
そこでタンガが守る一つを中央へ戻した。
「動いた」
ヤンナがすぐに気づく。
右側に少し空いた場所が出来た。
ナーンがそこを見る。
「今なら行けそう」
木片を前へ進める。
すると守る側も別の一つを動かした。
さっき見えていた隙間がまた狭くなる。
「また変わった」
ヤンナが少し笑った。
攻める側が動く。
守る側も動く。
こちらが予定を変えれば、向こうもそれを見て変える。
最初に決めた順番は、もうほとんど残っていなかった。
それでも3人はその時の配置を見ながら、次に動かす木片を選んでいった。
右へ進む。
止められる。
左を見る。
左も動く。
今度は中央の距離が変わる。
そのたびに「次は?」と考える時間が増えていった。
しばらく続けたところで、左側から進めていた一つが完全に止められ、右側の2つも壁の近くで守る側と向かい合った。
ノルダスが手を上げる。
「そこまで」
6人が木片から手を離した。
ナーンが最後の配置を見る。
「全然、最初の通りじゃない」
「途中から別のことしてたもんね」
ヤンナが笑う。
ミナも守る側の木片を見る。
「こっちも最初に決めたのと変わったよ」
クロードは6つ全部を見た。
攻める側だけが予定を変えたのではない。
守る側もこちらの動きを見て、そのたびに考え直していた。
ノルダスは木片を元の位置へ戻す。
「次」
今度はノーゼスたちの組が教卓の前へ出た。
クロードたちは外側へ回る。
さっきまで自分で木片を動かしていた時は、目の前の相手と自分が動かす場所ばかり見ていた。
外から見ると、6つ全部の位置が少し見やすい。
ノーゼスたちは攻める側がノーゼス、エクリア、カイルになり、トルト、ピア、ミズーが守る側へ回った。
「どうする?」
エクリアが配置を見る。
「最初は固まって行く」
ノーゼスが答える。
前の授業でも同じ考えを出していた。
「相手が来たら途中で分かれるんだよね」
「そう」
カイルは守る側の3つを見る。
「どっちへ動くか見てからでいいと思う」
3人の最初の動きが決まる。
守る側も相談を終えたところで、ノルダスが合図した。
ノーゼスが中央の一つを前へ動かし、エクリアとカイルの木片もその近くへ続く。
守る側から動いたのは中央の一つだけだった。
「1人だけか」
ノーゼスが言う。
エクリアは残った2つを見ている。
「まだ左右にいるわね」
もう一つ前へ進める。
今度は守る側の左右から一つずつが中央へ寄った。
3つの守る木片が近くなる。
「あ」
ノーゼスが右側を見る。
エクリアも同じ場所へ視線を移した。
「今なら分かれる?」
右側の一つを壁の外へ動かす。
守る側も一つがそちらを追う。
クロードは外からその動きを見ていた。
右側へ一つずつ動いたことで、中央に残った木片の数が減っている。
隣ではタンガも中央を見ており、ミナは右側から中央へ視線を戻していた。
けれど木片を動かしているノーゼスは、まだ右側を見ている。
ノルダスが周囲の生徒へ目を向けた。
「何が変わった?」
少し間が空く。
トルトが中央を指した。
「真ん中が減った」
ノーゼスがそちらを見る。
「本当だ」
エクリアも右側だけでなく、もう一度全体を見る。
自分たちが分かれたことで相手が追い、その結果として別の場所まで変わっていた。
「続けろ」
今度はノーゼスたちも、一つを動かすたびにほかの場所を見直し始めた。
右へ動けば中央を見る。
相手が追えば反対を見る。
中央を進めれば、守る側の残りがどこへ動くか待つ。
最初に決めていたのは、相手が集まったら分かれることまでだった。
そこから先は、その場で変わっていく。
何度か木片が動いたあと、右側へ分かれた一つが守る木片の横を抜けた。
ノーゼスがその木片を向こう側へ置く。
「抜けた」
少し嬉しそうな声だった。
ノルダスが位置を見る。
「そこまで」
「今のは上手くいったよね?」
ノーゼスが聞く。
「次」
「そこは言ってくれないんだ」
カイルが少し笑い、エクリアも木片を元へ戻し始める。
クロードはさっきの動きを思い返した。
ノーゼスたちは抜けることが出来た。
けれど最初から最後まで全部予定していたわけではない。
途中からは、その時に動いた相手を見ながら次を選んでいた。
最後はザナトスたちの組だった。
ザナトス、ガレス、レクシアが攻める側になり、ラン、リーゼ、マミヤが守る側へ回る。
ザナトスは木片を見ると、すぐ中央を指した。
「最初は真ん中だ」
ガレスが横から見る。
「前と同じか?」
「集めたら横から行けばいいだろ」
前の授業でザナトスが考えていた動きだった。
レクシアも中央と壁の左右を見比べている。
守る側の3人も相談を終え、ノルダスが始めるよう合図した。
ザナトスが中央の一つを前へ動かす。
ガレスもその横を続ける。
守る側は中央へ一つだけ寄せた。
ザナトスはさらに前へ進める。
今度は守る側からもう一つが中央へ来た。
「来た」
ザナトスが横に残していた一つを見る。
「じゃあこっちだ」
壁の外へ回すように動かした。
クロードもその先を見る。
最初の考えなら、中央へ相手を集めたあと横から一つが抜ける。
けれど守る側の最後の一つは中央へ来なかった。
横へ動いたザナトスの木片が進みそうな場所に残っている。
「……来ないのかよ」
ザナトスの手が止まる。
外から見ていたノーゼスが小さく笑う。
「さっき俺たちも思った」
「うるさいな」
ザナトスは中央を見る。
横を見る。
そのまま無理に進めれば止められそうだった。
少し黙ったあと、横へ動かした木片を少し戻す。
「戻すの?」
ガレスが聞く。
「こいつが来ないなら、こっち」
今度は反対側の一つを動かす。
守る側も一つをそちらへ動かした。
ガレスが中央を見る。
「今、真ん中減ったぞ」
「分かってる」
ザナトスが中央の木片を前へ出す。
守る側も戻る。
「ああ、また戻った!」
周りから笑いが起こる。
「笑うな!」
言い返しながらも、ザナトスは止まらなかった。
今度は別の木片を見る。
最初に決めた中央から押して横へ抜ける順番には、もうこだわっていない。
相手が動けば別の場所へ動かし、そこを止められればまた中央を見る。
ガレスも空いた場所を見つけるたびにザナトスへ声を掛け、レクシアも自分の木片と守る側との距離を見ながら位置を変えていった。
守る側もそれに合わせて動くため、一つ進めるたびに教卓の上は少しずつ違う形になる。
結局、ザナトスたちの木片は向こう側まで抜けられなかった。
ノルダスが手を上げる。
「そこまで」
「まだ行けるって」
「終わりだ」
ザナトスは不満そうに木片を見る。
「あとちょっとだったのに」
「どこがあとちょっとだよ」
ガレスが返し、また周りから笑いが起きた。
3組が終わる頃には、授業の最初に整っていた6つの木片を何度見たか分からなくなっていた。
ノルダスはそれぞれの組が使った木片を最初の配置へ戻す。
「最初に決めた通りだったか?」
クロードたちの組からナーンが答える。
「全然違いました」
ノーゼスが横から続ける。
「俺たちも途中から変えた」
「相手が違う動きをしたからでしょ」
エクリアが言う。
ザナトスも腕を組んで教卓を見ていた。
「来ると思ったのに来なかった」
「相手も考えてるんだから、そりゃそうじゃない?」
ヤンナが言う。
「分かってるよ!」
「今分かったんじゃないの?」
ノーゼスが笑う。
「うるさい!」
ノルダスはやり取りを止めず、6つの木片をもう一度見る。
「ほかには?」
ミナが少し考えてから口を開いた。
「こっちが動いたら、そこだけじゃなくて別の場所も変わりました」
クロードもノーゼスたちの組を外から見ていた時のことを思い出す。
右へ一つが動けば、中央から一つが減った。
本人たちが右を見ている間に、外から見ていたトルトが先にそれへ気づいた。
「動かしてる時より、外から見てる方が分かるところもあった」
クロードが言うと、ナーンも頷いた。
「自分でやってると目の前ばっか見てた」
タンガも最後の配置を思い返すように、壁の左右へ視線を動かしている。
ノルダスは答えをまとめなかった。
「では、最初に考える必要はなかったか?」
今度はすぐに声が出なかった。
クロードは授業の最初を思い出す。
何も考えずに木片を動かしたわけではない。
最初にどこへ行くかを考えたから、まず動くことが出来た。
ノーゼスたちもザナトスたちも同じだった。
「必要だと思います」
クロードが答える。
ノルダスがこちらを見る。
「なぜだ?」
「最初に何も決めてなかったら、どこへ動くかも分からないから」
ノルダスはそれ以上答えず、今度は全員を見る。
「では、最初に決めた通りに最後まで動けばいいか?」
「それは無理じゃない?」
ノーゼスがすぐに言った。
「相手が違うところ来るし」
「こっちも途中で変えたものね」
エクリアが続ける。
ナーンも最後の木片を見る。
「決めたのに、すぐ違うことになった」
ザナトスが少しむっとした顔で教卓を見る。
「向こうが思った通り動かないからだろ」
その言葉を聞きながら、クロードも同じことを考えていた。
最初に考えたことが全部無駄だったわけではない。
そこから始めることは出来た。
けれど自分たちが一つ動けば、相手も一つ動く。
その瞬間、さっき考えていた時とはもう配置が違う。
次の一手を動かせば、また違う。
だから授業の途中で何度も手が止まった。
そのたびに木片を見直し、最初とは違うことを考えた。
ノルダスが何か言おうとしたところで、1限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴った。
教室の緊張が少し緩み、周りから息を吐く音や小さな話し声が戻ってくる。
「終わった」
ナーンが呟く。
ノーゼスは教卓の木片を見たままだった。
「でも次も戦術だよね」
「そうだった」
その言葉で何人かが席へ戻りかけた足を止める。
ノルダスは木片を片づけず、そのまま教卓の上へ残していた。
クロードも席へ戻りながら、一度だけ振り返る。
6つの木片は授業の最初と同じ位置へ戻されている。
けれど今は、最初に見た時と同じものには見えなかった。
次にこの木片を動かした時、自分たちは何を見るのだろう。




