やっとできた!
次の魔法実習の日、2限目の魔法演習場ではガンザスとマレーナが生徒たちの間を歩きながら、それぞれの練習を見ていた。
初級魔法の《印》を繰り返す者もいれば、途中で教本へ戻る者もいて、少し離れたところではピアの水が丸い形を作ってからゆっくり高さを失っている。
クロードも自分の練習場所へ入り、ガンザスが立てた左右の土壁の間で右手を前へ出した。
今日もやることは変わらない。
《サンダーボール》の《印》を忘れないよう確認しながら、実際に使うのは長い基礎訓練用の《丸くする》だった。
《印》を組み、魔力を動かすと掌の近くへ細い雷が現れる。
ばらばらに伸びようとする光を中心へ寄せ、形を整えていく。
以前は形を作ろうとしたところで雷が外へ跳ね、それを止めようとしている間に残りまで崩れていた。
今は外へ逃げ始める前の小さな揺れが見える。
上側の輪郭がわずかに膨らんだところで手を動かすと、伸びかけた雷が中心へ戻った。
その直後、右側から細い光が外へ走ろうとする。
そちらにも操作を合わせる。
丸い輪郭が残る。
けれど今度は下側が大きく崩れた。
クロードが手を動かした時には間に合わず、バヂッと音を立てて雷が弾けた。
「……下が遅かった」
消えた場所を見ながら、クロードは自分の手を開く。
見えなかったわけではない。
気づいた時には、操作が追いつかなかった。
もう1度《印》を組む。
今度は左側から崩れ始めた。
戻す。
上が揺れる。
そこも抑える。
形が残っている間に右側が外へ膨らみ、クロードはすぐに手を動かした。
雷が戻る。
けれど戻しすぎたのか、反対側の輪郭が崩れた。
バヂッ。
また消える。
クロードは少しだけ息を吐いた。
少し離れたところではノーゼスの土が丸くまとまり、そのまま空中へ持ち上がっている。
エクリアも水を浮かせており、形を保ったまま位置を確かめていた。
クロードは2人を眺めることなく、もう1度自分の右手を上げた。
今は自分の雷を見る。
何度も繰り返すうちに、崩れる場所へ合わせる手の動きは少しずつ小さくなっていった。
大きく形が崩れてから慌てて戻すのではなく、外へ動き始めたところで少しだけ修正する。
一つを戻している間にも、別の場所では雷が動いている。
そこに気づけば、また手を動かす。
それでも全部には追いつかず、何度も雷は弾けて消えた。
「急ぐなよー」
近くを通ったガンザスの声が聞こえる。
「はい」
クロードは返事をして、一度手を下ろした。
ガンザスはそのまま別の生徒のところへ向かい、クロードも少し休んでから練習を再開した。
2限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴るまで、《丸くする》が成功することはなかった。
短い休みに入ると、クロードは水を飲みながら右手を何度か開いたり閉じたりした。
さっきまで何度も雷を動かした感覚が、まだ指先に残っている。
外へ動いたところを見つける。
戻す。
次を見つける。
また戻す。
やっていることはずっと同じだった。
違うのは、前よりもその一つ一つを早く出来るようになっていることだった。
「まだやるの?」
隣からノーゼスの声がした。
「うん」
「まあ、そうだと思ったけど」
ノーゼスも水を飲みながら、自分の手を見る。
「さっき結構丸くなってなかった?」
「なってたけど、最後に崩れた」
「あとちょっとじゃん」
「うん」
クロードもそう思う。
けれど、その少しがずっと出来ていなかった。
短い休みが終わり、3限目が始まる。
クロードは再び土壁の間へ立った。
《印》を組む。
雷が集まる。
最初に揺れたのは右側だった。
外へ出る前に戻す。
次は上側が少し膨らんだ。
そこへ操作を合わせる。
ほとんど同時に左側でも細い雷が伸び始めたが、クロードの手は止まらなかった。
上を戻し、そのまま左へ操作を移す。
輪郭はまだ残っている。
下側が揺れる。
今度も大きく崩れる前に戻せた。
クロードは雷から目を離さない。
次はどこだ。
丸い輪郭の中では細い光が絶えず動いている。
止まっているわけではない。
それでも外へ飛び出そうとする動きがあれば分かる。
右が少し膨らむ。
戻す。
上が揺れる。
抑える。
次を探す。
クロードはそこで、手を動かしかけて止めた。
崩れている場所がない。
「……あれ?」
目の前には雷が残っていた。
綺麗な円を描いた絵のように動かないわけではなく、青白い光が内側で細かく揺れ続けている。
それなのに輪郭は崩れない。
どこかから一本だけ外へ飛び出すこともない。
クロードは次に崩れる場所を探した。
右を見る。
左を見る。
上も下も見る。
少し揺れている場所はある。
けれど、すぐに形を失うほどではない。
手元には、丸くまとまった雷が残っていた。
「……丸い」
声に出しても消えない。
クロードは慌てて喜ぶより先に、もう少しその状態を確かめた。
右側がわずかに外へ膨らみ始める。
見えた。
小さく手を動かす。
戻った。
丸い形がそのまま残る。
「先生」
雷から目を離さないまま呼ぶ。
「んー?」
少し離れたところからガンザスの返事が聞こえた。
「今、丸いままです」
足音が近づいてくる。
クロードは雷だけを見続けた。
ガンザスが土壁の外から手元を覗き込む。
「自分で保ってるか?」
「はい」
「じゃあ、そのまま少し続けてみろ」
「はい」
クロードは操作を止めない。
形を作ったから終わりではなく、その形が崩れそうになれば小さく戻す。
一度右を直し、次に下を直した。
それでも雷は丸いままだった。
ガンザスも何も言わずに見ている。
しばらくしてクロードの腕が少し重くなってきたところで、ガンザスが口を開いた。
「よし、止めていいぞー」
クロードは魔力を送るのをやめた。
丸い輪郭がほどけるように崩れ、残っていた雷も消えていく。
しばらく誰も何も言わなかった。
クロードは何もなくなった自分の掌を見る。
「……今の」
顔を上げる。
「出来てました?」
ガンザスはさっき雷があった場所を見てから頷いた。
「ああ、今のは出来てたな」
クロードは目を瞬いた。
「出来た?」
「出来たぞー」
もう一度言われたところで、ようやく意味が身体まで追いついた。
「やった!」
思わず声が大きくなる。
少し離れたところからノーゼスが振り返った。
「出来たの?」
「うん!」
エクリアもこちらを見る。
「《丸くする》?」
「うん」
「おめでとう」
「ありがとう」
嬉しくて、もう一度自分の右手を見る。
何もない掌なのに、さっきまでそこにあった丸い雷がまだ見えるような気がした。
「クロードー」
ガンザスに呼ばれて顔を上げる。
「はい」
「喜ぶのはいいけど、もう1回なー」
「はい!」
すぐに右手を前へ出した。
一度出来た。
今度も出来るかもしれない。
そんな気持ちのまま《印》を組み、雷を集める。
右側が膨らむ。
戻す。
左が揺れる。
そちらへ手を動かした瞬間、下から細い雷が大きく伸びた。
「っ」
バヂッ。
形が一気に崩れて消える。
クロードは右手を下ろした。
「……出来なかった」
近くにいたノーゼスが目を丸くする。
「さっき出来たのに?」
「うん」
クロードも少し不思議だった。
けれど、さっき丸く出来たことまでなくなったわけではない。
ガンザスは消えた雷の場所を見ていたが、特に驚いた様子はなかった。
「出来たばっかなんだから、そんなもんだぞー」
「そんなもんなんですか?」
「1回出来たら毎回出来るなら、練習いらないだろ」
「……確かに」
ノーゼスが先に納得した。
クロードも頷く。
ガンザスはそこで別の方向から呼ばれ、そのまま次の生徒のところへ歩いていった。
クロードはもう一度右手を前へ出す。
今度は、さっき出来た時と同じ場所から崩れるとは考えなかった。
これまで何度も、同じようにやったつもりでも違う場所から雷が逃げるところを見ている。
だから、その時に動いたところを見る。
《印》を組む。
雷を集める。
左側から細い光が伸びた。
戻す。
次は下側。
そこも抑える。
右側が少し膨らんだところで小さく操作を加える。
また左が動く。
一度戻した場所だからといって、そのまま落ち着いているとは限らない。
クロードは目の前の雷が変わるたびに手を動かし続けた。
何度か失敗した。
一度は丸い輪郭まで届く前に大きく崩れ、別の一度は形が整いかけたところで戻しすぎて反対側から弾けた。
それでも、さっきまでとは少し違う。
出来るかどうか分からないものへ手を伸ばしているのではない。
一度、自分の手で丸く出来た。
なら、もう一度そこまで行けるはずだった。
クロードは少し休んでから、再び《印》を組んだ。
雷が現れる。
集める。
右へ伸びた光を戻し、上へ膨らんだ輪郭を抑える。
下が揺れたところで操作を合わせ、その直後に動いた左側も外へ出る前に戻す。
丸い形が残った。
クロードは声を出さず、そのまま続ける。
次に崩れる場所を探す。
右側が動く。
小さく戻す。
また形が整う。
さっきと同じだった。
雷が内側で細かく動いていても、輪郭は丸いまま残っている。
「……出来た」
今度は小さな声だった。
それでも近くを歩いていたガンザスには聞こえたらしい。
こちらを見ると、土壁の向こうから雷の形を確かめる。
「今のも出来てるぞー」
「はい」
クロードは雷を見たまま答えた。
嬉しかった。
一度だけではなかった。
最初の成功とまったく同じ動きではない。
崩れ始めた場所も、直した順番も違う。
それでも丸く出来た。
やがて腕が重くなり始めたところで、クロードは無理に続けず魔力を止めた。
雷が消える。
今度は消えたあとも、自然に笑みが残った。
その後も《丸くする》を繰り返し、出来る時と出来ない時の両方があった。
失敗する回の方がまだ多い。
それでも、もう一度丸く出来たことが偶然ではないことは自分でも分かった。
3限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴り、実習場のあちこちで魔法が消えていく。
クロードも手を下ろし、息を吐いた。
片づけを始めたところでガンザスがこちらへ歩いてくる。
「今日は何回出来た?」
「2回です」
「失敗は?」
クロードは少し考えた。
「……いっぱいです」
ガンザスが笑った。
「まあ、最初はそれでいい」
クロードも少し笑う。
「次も《丸くする》は練習しろよー」
「はい」
「でも、前に習った《空中浮遊》も次からやっていいぞ」
クロードの手が止まった。
《空中浮遊》。
前期に教わった時、自分は《丸くする》が出来ていなかったため、実際にそこまで進むことは出来なかった。
「やっていいんですか?」
「《丸くする》が出来ないまま先へ行くのは止めたけど、今日は出来ただろ」
「はい」
「じゃあ次だ」
ガンザスはそう言うと、ほかの生徒たちの片づけを見るため歩いていった。
クロードはもう一度、自分の右手を見る。
次は《空中浮遊》。
そのあとには《静止》もある。
けれど今は、まだその先を考えるより手の中に残っていた感覚の方が強かった。
何度も弾けた。
何度も外へ逃げた。
雷鳴鋼球を使って動きを長く見たこともあった。
休みの間も毎日雷を動かし、戻し、少しずつ制御出来るところを増やしてきた。
その全部を続けてきて、今日ようやく何もない手元で雷を丸く保つことが出来た。
まだ毎回ではない。
それでも《丸くする》は、もう出来ないことではなかった。




