構えから
朝の第2運動場で、クロードはいつものように木剣を振っていた。
休暇中も毎日続けていた鍛錬は学園へ戻ってからも変わらず、踏み込んで振り下ろしては構えへ戻り、足や腰が遅れたと感じれば同じ動きをもう一度やり直す。
父上から教わり始めた頃は剣をどう振るかばかり考えていたが、ザナンとの稽古を経験してからは足や身体の向き、相手との距離まで意識することが増えていた。
一人で振る朝には相手はいないものの、だからといって何となく木剣を動かしていても意味はない。
何度か同じ動きを繰り返したあと、クロードは最後の一振りを終えて木剣を下ろした。
額の汗を拭いながら息を整え、今日もいつもと変わらない朝の鍛錬を終えた。
◇
その日の剣術の授業では、授業用の木剣が生徒たちの前に並べられていた。
身体鍛錬とは別に始まる新しい授業ということもあり、ノーゼスだけでなくピアやミナ、ベンたちも並べられた木剣へ何度も視線を向けている。
やがて教師が全員の前へ立つと、生徒たちの声も少しずつ静かになった。
「バナン・ドルアヌだ」
クロードも初めて見る教師だった。
「これから剣術を担当する」
バナンは生徒たちを見渡してから、近くに置かれていた木剣を一本手に取った。
「最初に確認しておくが、剣を習ったことがある者はいるか?」
その問いに、クロードは右手を上げた。
ほかにも何人かの手が上がる中、すぐ隣から驚いた声が聞こえた。
「え、クロード?」
ノーゼスがこちらを見ていた。
反対側にいたエクリアも、上げられたクロードの手を見て目を丸くしている。
「クロード、剣を習ってたの?」
「うん」
「初めて聞いた」
エクリアが言うと、ノーゼスも大きく頷いた。
「俺も聞いてないぞ」
「聞かれてなかったから」
「いや、そうだけどさ」
ノーゼスが何とも言えない顔をしていると、少し離れた場所からザナトスまでこちらを見た。
「お前、剣もやってんのかよ」
「やってるよ」
「いつだよ」
「朝」
「朝?」
ザナトスだけでなくノーゼスまで聞き返し、エクリアは少し考えるようにクロードを見た。
「毎朝?」
「うん」
「ずっと?」
「休みの間もやってたよ」
3人が揃って黙ったため、クロードは首を傾げる。
自分にとっては昔から続けてきたことなので、そこまで驚かれる理由がよく分からなかった。
「なんで今まで言わなかったんだよ」
ノーゼスに聞かれ、クロードは少し考える。
「剣の話にならなかったから?」
「疑問形で聞くなよ」
ノーゼスが笑い、エクリアも小さく笑った。
ザナトスだけはまだ納得していないようで、クロードをじっと見ている。
「首席で魔法やってて、剣までやってんのかよ」
「剣は首席と関係ないよ」
「そういう話じゃねえ!」
ザナトスの声が少し大きくなり、近くにいた何人かが振り返った。
「話はあとにしろ」
バナンの声が飛んできて、4人は揃って前を見る。
「今日は誰がどれだけ出来るかを見る授業じゃない」
バナンは手にした木剣を下ろした。
「習ったことがある者も、今日初めて触る者も、まず構えから確認する」
生徒たちが順番に授業用の木剣を受け取っていく。
クロードも自分の番になると一本受け取り、普段使っている木剣とは違う重さと握った感触を確かめた。
隣ではノーゼスが木剣を持ち上げたり下ろしたりしており、エクリアも柄を握ったまま自分の手を見ている。
少し離れたところではタンガが木剣を持ち替え、ミズーとランも互いにぶつからないよう間隔を取り直していた。
全員が木剣を持ったところで、バナンが前へ立つ。
「まず見ろ」
バナンが構えると、さっきまで木剣を眺めていた生徒たちの視線が一斉に前へ向いた。
クロードも木剣そのものではなく、バナンの足元から身体全体を見る。
足の位置が決まり、身体の向きが整ったあとに木剣が構えられている。
父上から教わった構えと似ているところはあるが、見ただけで全部同じだと決められるほどクロードはまだ知らない。
「構えてみろ」
生徒たちがそれぞれ見たばかりの形を真似し始める。
ノーゼスは一度足元を見てから右足を動かし、エクリアは木剣と自分の身体の向きを交互に確かめている。
ピアの近くではミナが少し位置をずらし、ベンも隣との距離を確かめてから木剣を上げた。
クロードも木剣を構える。
普段の鍛錬で何度も取ってきた姿勢ではあるものの、今日はバナンが見せた形を思い出しながら足の位置から確かめ直した。
「……やっぱり慣れてるじゃん」
横からノーゼスの声が聞こえる。
「前見てないと先生に言われるよ」
「見てるって」
そう答えながらノーゼスは自分の足を直した。
その向こうではエクリアも一度クロードを見てから、自分の構えへ視線を戻している。
ザナトスは何も言わなかったが、クロードの構えを見たあとで自分の木剣を握り直した。
バナンは生徒たちの間を歩きながら、一人ずつ足や身体の向きを確認していく。
誰かの足を少し直し、別の生徒には木剣を上げすぎないよう声を掛け、そのまま次の生徒へ移っていった。
やがてクロードの前でも足を止めたが、構えを一度見ただけで特別に先へ進ませることはなかった。
「経験はあるな」
「はい」
「なら、自分の癖もあるはずだ」
クロードは少しだけ木剣を見る。
「今まで習ったことを捨てる必要はないが、知っていると思って飛ばすな」
「はい」
バナンはそれだけ言うと、次の生徒のところへ移っていった。
父上から習ったことも、ザナンとの稽古で覚えたこともなくなるわけではない。
けれど別の人から同じ基礎を教われば、自分が今まで意識していなかったところに気づくかもしれない。
「次は足を動かす」
バナンが前へ戻り、構えた状態から一歩動いてみせる。
生徒たちもそれに続いたが、木剣を持ったまま身体を動かすと、構えているだけの時より違いがはっきり現れた。
ノーゼスは踏み出したあとで足元を見て元へ戻り、エクリアは一歩進むたびに木剣の位置を確かめている。
少し離れたところでは木剣同士が軽く触れそうになり、慌てて距離を広げる生徒たちの姿もあった。
「隣を見る前に自分の足を見ろ」
バナンの声に何人かが笑い、それからもう一度構え直した。
クロードも一歩踏み出す。
普段ならほとんど考えずに出している足を今日は意識して動かし、その時に腰や肩がどうついてきているのかまで確かめる。
何度か繰り返していると、またノーゼスがこちらを見た。
今度はクロードの足ではなく、そのまま一連の動きを見ている。
「クロード」
「なに?」
「あとで剣のこと聞くからな」
「いいよ」
「私も聞きたい」
エクリアまで加わった。
少し離れた場所でそれを聞いたザナトスが、すぐに口を挟む。
「俺は聞かねえぞ」
ノーゼスがそちらを見る。
「誰も聞くって言ってないけど」
「うるさい!」
エクリアが笑い、クロードもつられて少し笑ったところで、バナンの木剣が持ち上がった。
「次は振るぞ」
今度こそ全員の視線が前へ向く。
バナンが木剣を振り下ろすと、クロードは剣の軌道だけでなく足から腰、肩へ続く動きを追った。
父上の剣を見ていた時にも、ザナンと向かい合った時にも何度も見てきた身体の動きだった。
それでも、自分が知っているものと同じだと決めつけず、まずは見たままを覚える。
「やってみろ」
18人の木剣が一斉に上がった。
綺麗に振り下ろせる者もいれば途中で木剣が傾く者もおり、足と腕が合わずに一度止まってしまう者もいる。
クロードも周りに合わせて木剣を振り下ろし、構えへ戻った。
すぐ横からノーゼスの視線を感じる。
反対側ではエクリアも見ていた。
そして少し離れたところでは、ザナトスまで自分の木剣を構えながらこちらを気にしている。
クロードは思わず3人を見る。
「前見た方がいいよ」
「お前が言うな!」
ノーゼスとザナトスの声が重なり、エクリアが吹き出した。
今度は周りからも小さな笑いが起こる。
「そこ、集中しろ」
バナンに言われ、4人は再び木剣を構えた。
それから授業が終わるまで、打ち合いには進まず、構えて、足を動かして、振るという基礎をクラス全員で何度も繰り返した。
クロードにとって剣を振ることそのものは新しくない。
けれど同じ教室で過ごしてきた友達がどんなふうに剣を持つのかを見るのも、自分が剣を続けてきたことを友達に知られるのも今日が初めてだった。
そして自分が知っている構えを、別の教師からもう一度最初から教わることも初めてだった。
授業の終わりを告げる魔導の鐘が鳴ると、生徒たちは木剣を戻し始める。
クロードも授業用の木剣を元の場所へ戻したところで、すぐ後ろからノーゼスの声がした。
「で、いつから剣やってんの?」
振り返ると、ノーゼスの隣にはエクリアまで立っている。
少し離れた場所ではザナトスが帰るでもなく、こちらの会話を気にしていた。
クロードは3人を見てから、少し考えた。
「小さい頃から」
「小さい頃って、どれくらい?」
「父上に初めて教わったのは――」
ノーゼスの質問がもう始まっている。
クロードは朝まで自分にとって当たり前だった剣の鍛錬が、3人にとっては今日初めて知ったことなのだと、ようやく少しだけ分かった。
◇
放課後、クロードは魔法演習場で右手を前へ出していた。
朝に木剣を振り、授業ではクラスのみんなと剣術を学び、それが終わったからといって魔法の鍛錬までなくなるわけではない。
長い基礎訓練用の《丸くする》の《印》を組むと、細い雷が掌の近くへ集まり、まだ不完全な輪郭を作り始める。
今日も完成するかどうかは分からない。
それでもクロードは外へ逃げようとする雷を見ながら、いつものように一つずつ動きを追っていった。




