同じじゃない
初級魔法を実際に使う練習が始まってから、10日ほどが過ぎていた。
その間、魔法実習の日が来るたびに生徒たちは自分の属性の初級魔法を繰り返し、失敗すれば教本を確かめ、もう1度《印》を組んではやり直してきた。
最初の実習では魔法が現れただけで喜んでいた者も、何度も繰り返すうちに形が崩れる場所や《印》の途中で迷うところを少しずつ意識するようになっている。
クロードも《サンダーボール》の《印》を忘れないよう確認しながら、実際の練習では《丸くする》へ戻ることを続けていた。
短い《印》の中では何が起きているのか追い切れなくても、丁寧に分けられた長い《印》なら雷が崩れ始めるところを見ながら手を動かせる。
だから今は、先へ進むより見えるものを増やしたかった。
この日の2限目も、魔法演習場ではガンザスとマレーナが見守る中、生徒たちがそれぞれの練習場所へ散っていた。
火が現れては消え、水が形を崩し、風がまとまりきらないまま流れていく。
同じ初級魔法を10日ほど繰り返してきても、全員が同じところまで進んでいるわけではない。
クロードは左右に立てられた土壁の間で右手を前へ出し、《丸くする》の《印》を組み始めた。
魔力を動かすと掌の近くへ細い雷が現れ、いくつもの光が中心へ寄りながら少しずつ輪郭を作っていく。
以前より形はまとまるようになったが、まだ完全な球にはならない。
右側から細い雷が外へ逃げようとした。
クロードはそこへ意識を向け、手の動きを合わせる。
膨らみかけた輪郭が戻り、崩れかけた形が一度持ち直した。
けれど右側を直した直後、今度は上側が揺れ始める。
クロードはすぐにそちらを見る。
前なら最初に逃げた雷を戻そうとしている間に全体が崩れ、その後どこから崩れたのか分からなくなることが多かった。
今は一つ直したあとに次の崩れが始まるところまで追えている。
上へ膨らむ雷を抑えると、丸い輪郭がもう一度だけ整った。
その瞬間、今度は下側から細い光が跳ねた。
バヂッと音が鳴り、続くように残っていた雷も形を失って消えていく。
クロードは右手を下ろし、雷が消えた場所を見つめた。
成功はしていない。
けれど今の失敗は、少し前までの失敗とは違っていた。
「クロードー」
少し離れたところからガンザスに呼ばれ、クロードは顔を上げた。
「はい」
「今の、どこで崩れたか分かったか?」
「最初は右です」
クロードはさっきの動きを思い出しながら答える。
「右を戻したあとに上が崩れて、そこを直したら今度は下から逃げました」
ガンザスはクロードの右手を見てから、ゆっくり頷いた。
「前より見えてるなー」
「はい」
「じゃあ次は、今見えたところを忘れないうちにもう1回だ」
「はい」
ガンザスはそれだけ言うと、近くで手を挙げていた別の生徒の方へ歩いていった。
クロードがもう1度右手を上げようとした時、少し離れた場所からマレーナの声が聞こえた。
「ピアさん、今のはさっきと少し違いますね」
ピアの前では水が球に近い形までまとまりかけていたが、片側からゆっくり崩れて消えていくところだった。
「違うんですか?」
「はい、さっきは形になる前に崩れていましたけど、今は形になったあとまで残っていましたよ」
ピアは消えた水があった場所と自分の手を交互に見る。
「でも失敗しました」
「そうですね」
マレーナはその言葉を否定せず、穏やかに頷いた。
「でも、さっきと同じ失敗ではありませんよ」
ピアは少しだけ考えてから、自分の教本へ目を落とした。
その隣ではミナも水を出していたが、ピアとは違い、形をまとめる途中で一部が大きく膨らんで崩れている。
マレーナはピアのところを離れると、今度はミナのそばへ移った。
「ミナさんは、今どこから崩れました?」
「こっちです」
ミナが自分から見て左側を指す。
「では今度は、そこが膨らみ始めるところを見てみましょうか」
「はい」
ミナは頷くと、もう1度最初から《印》を組み始めた。
同じ水属性で同じ《ウォーターボール》を練習していても、2人が今見なければならないところは同じではない。
少し向こうではベンが《ライトボール》の《印》を組み、現れた光が形を失うとすぐに教本へ目を戻していた。
レクシアも《ロックボール》を繰り返しており、土がまとまりきらず落ちるたびに手順を確かめ直している。
10日前には初級魔法を出すだけで精一杯だった生徒たちも、今は自分がどこで止まっているのかを少しずつ見るようになっていた。
「クロード」
隣から声を掛けられ、クロードは振り向いた。
ノーゼスが《ロックボール》の教本を片手にこちらを見ている。
「また人の見てただろ」
「ちょっとだけ」
「ガンザス先生にもう1回って言われたばっかじゃん」
「でもピアとミナ、同じ水なのに違ってたから」
ノーゼスは一瞬黙ったあと、小さく息を吐いた。
「お前、本当にそういうの好きだな」
「気にならない?」
「今は自分の方が気になる」
そう言ってノーゼスは自分の練習へ戻った。
クロードも少し笑ってから、もう1度右手を前へ出す。
今度は周りではなく、自分の雷を見る。
《印》を組み、魔力を動かすと細い雷が再び中心へ集まり始めた。
右側はさっきより落ち着いている。
代わりに左側が少し膨らんだ。
同じようにやったつもりでも、さっきと同じ崩れ方にはならない。
クロードは慌てずに左側へ意識を向け、外へ逃げようとした雷を中心へ戻していく。
輪郭が一度崩れかけ、それから少しだけ戻った。
まだ丸くはない。
それでも以前ならそのまま弾けていた形が、ほんのわずかな間だけ残る。
クロードは雷から目を離さず、次に崩れる場所を探した。
上側が揺れる。
そこへ手の動きを合わせようとした瞬間、今度は右側から雷が跳ねた。
バヂッ。
形は崩れ、雷が消える。
クロードは息を吐いた。
「今度は右か」
出来なかったという結果は同じでも、その途中で起きていることまで同じではない。
さっき見えなかった場所が見えたなら、それも次に試す材料になる。
クロードはもう1度《印》を組み始めた。
やがて2限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴り、生徒たちは手を止めて短い休みに入った。
クロードも水を飲みながら、さっきまでの雷の動きを頭の中で何度か追い直す。
右、上、下。
次は左、上、右。
毎回同じ場所から崩れるわけではない。
それでも崩れる前の小さな変化は、前より見えるようになっている。
短い休みが終わり3限目が始まると、クロードは再び土壁の間へ戻った。
何度失敗しても、やることは変わらない。
《印》を組み、雷を出し、見る。
崩れそうなら直し、それでも崩れたら次はどこだったのかを覚える。
何度目かの挑戦で、外へ逃げかけた雷を一度戻し、さらに別の場所で膨らんだ輪郭も続けて抑えることが出来た。
球と呼べるほど綺麗ではない。
それでも、それまでより長く形が残っている。
あと少し。
そう思った瞬間、細い雷が輪郭の外へ走り、形はまた崩れた。
クロードは消えた雷を見ながら手を下ろす。
《丸くする》は、まだ出来ていない。
それでも10日前なら、今の失敗はただの失敗として終わっていた。
今は違う。
何を直せたのかも、そのあと何が崩れたのかも少しずつ分かる。
周りを見れば、他の生徒たちも同じだった。
形になったあとで崩れる者もいれば、形になる前に止まる者もいて、教本へ戻る者もいれば、その場でもう1度《印》を組む者もいる。
同じ授業を受け、同じ初級魔法の練習を続けていても、今いる場所は1人ずつ違っていた。
ガンザスとマレーナも、その違いを見ながら実習場の中を歩き続けている。
3限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴るまで、クロードもまた何度も雷を集めた。
最後まで《丸くする》は完成しなかった。
けれど、出来なかったという言葉だけではもう、10日前の自分と今の自分を同じには出来なかった。




