短いほど
休みが明けた朝、1限目の魔法基礎が始まると、ナターシャは休み前に覚えた初級魔法の《印》をもう1度確認するよう生徒たちへ告げた。
教室ではそれぞれが教本を開き、自分の属性の頁と手元を見比べながら《印》を繰り返していく。
クロードも《サンダーボール》の頁を開き、右手を動かした。
休みの間にも《印》だけは何度も確認していたため、手順そのものは途中で止まらず最後まで進められる。
それでも前期に練習してきた《丸くする》より、手の動きはずっと短い。
「先生」
少し離れたところからノーゼスが手を挙げた。
「はい、ノーゼス君」
「《印》が短いなら、そのほうが簡単なんですか?」
何人かの手が止まり、クロードもナターシャを見る。
「必ずしもそうではありません」
ナターシャはそう答えると、自分の手元を見せるようにゆっくり片手を上げた。
「《印》が短くなれば、同じ操作を安定させるために使える時間も短くなります」
クロードは《サンダーボール》の頁へ目を戻す。
休み前に聞いたのは、短くなっても《丸くする》としての働きは変わらないということだった。
「じゃあ、短いほうが難しいこともあるんですか?」
今度はクロードが尋ねた。
「あります」
ナターシャは頷く。
「熟練した魔法使いほど《印》を短く出来るのは、必要な操作を減らしているからではなく、短い時間でも崩さず行えるからです」
「やることがなくなるわけじゃないんだ」
ノーゼスが自分の《ロックボール》の頁を見ながら呟いた。
「はい、少なくとも今皆さんが覚えている段階では、そう考えてください」
ナターシャは教室を見渡した。
「ですから今日は、まず教本どおりに動かせるかを確認します」
生徒たちは再び手を動かし始める。
クロードも《サンダーボール》の《印》を最初から組み直した。
前期の《丸くする》と同じ《印》が途中へそのまま入っているわけではない。
1つの流れの中に短く変えられた操作がつながっているため、見ただけではどこが《丸くする》なのかも分かりにくい。
だからこそ、実際に魔力を使った時にどうなるのかが気になった。
けれど今日は、実際に魔力を使って試せる。
1限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴ると、生徒たちは教本を閉じ、次の魔法実習へ向かう準備を始めた。
◇
2限目、魔法演習場へ集まった生徒たちの前で、ガンザスがいつものように手を叩いた。
「よーし、始めるぞー」
その隣にはマレーナも立っており、生徒たちの手元を見ながら穏やかに周囲へ視線を向けている。
「今日はさっき確認した初級魔法を実際にやってみる」
ガンザスは全員を見回した。
「出来なくても急ぐなよー、まずは教本どおりだ」
生徒たちがそれぞれ間隔を取り、自分の練習場所へ散っていく。
クロードもガンザスが見られる場所へ移動し、右手を前へ出した。
周囲へ雷が逸れた時に備え、ガンザスがクロードの練習場所の左右へ土壁を立てる。
クロードは1度息を整え、《サンダーボール》の《印》を組み始めた。
魔力を動かすと、掌の近くに細い雷が現れる。
そのまま教本で覚えた1つの流れを崩さないよう手を動かし、雷をまとめようとする。
けれど輪郭を整えるより早く、細い雷の一部が外へ跳ねた。
バヂッ。
すぐに残りも形を失い、散るように消えていく。
クロードは手を下ろした。
休み前まで練習していた《丸くする》なら、外へ逃げようとする雷を見ながら調整する時間があった。
《サンダーボール》では、その操作をもっと短い流れの中で崩さず行わなければならない。
短いから簡単なのではなく、安定させるために使える時間まで短くなっている。
クロードはもう1度《印》を組む。
今度はさっきよりも意識して雷をまとめようとしたが、手の動きに気を取られた瞬間、雷の形が先に崩れた。
「うーん」
思わず声が漏れる。
「どうしたー?」
近くを巡回していたガンザスが足を止めた。
「《印》は間違えてないと思うんですけど、短い流れの中だと安定させきれません」
「そうか」
ガンザスはそれだけ言うと、クロードの右手を見る。
「もう1回やってみろ」
「はい」
クロードは3度目の《印》を組んだ。
今度は速く終わらせようとはせず、教本どおりの動きを崩さないことだけに意識を向ける。
それでも雷が丸い形へまとまりきる前に一部が跳ね、残りも続いて消えた。
ガンザスはしばらく消えた雷のあたりを見てから、クロードへ視線を戻した。
「どうだった?」
「やっぱり、どこで崩れたのか全部は見えません」
クロードは自分の手を見る。
「先生、《丸くする》に戻ってもいいですか?」
「なんでだ?」
「長い《印》なら、今より動きを見ながら直せるからです」
ガンザスは少しだけ考え、それから頷いた。
「いいぞー」
クロードが顔を上げる。
「出来ないまま同じのを繰り返すより、どこで崩れてるか見たほうがいい」
「はい」
「ただし、初級魔法の《印》も忘れるなよー」
「分かりました」
ガンザスはそのまま別の生徒のところへ歩いていった。
少し離れた場所では、火や水や風が現れては崩れ、何人もの生徒が教本を見直している。
マレーナも1人の手元だけに留まらず、何人かの間を移動しながらそれぞれの動きを見ていた。
クロードはもう1度右手を前へ出す。
今度組むのは、前期から何度も繰り返してきた《丸くする》の《印》だった。
2限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴ったあとも、短い休みを挟んだ3限目でクロードは《丸くする》を続けた。
丁寧に分けられた長い《印》を組み、雷を出し、外へ逃げようとする動きを見ながら少しずつ中心へ寄せていく。
形は以前よりまとまり、丸い輪郭へ近づく。
それでも完全には保てず、端から細い雷が跳ねようとする。
クロードはそこを見て手の動きを合わせた。
一瞬だけ、崩れかけた形が戻る。
けれど次の瞬間には別のところから雷が逃げ、結局は弾けて消えた。
成功ではない。
それでも、さっきの《サンダーボール》より何が起きているのかを追うことが出来た。
「なるほど」
クロードは小さく呟き、自分の右手を見る。
《印》が長いのは、余計なことをしているからではない。
今の自分でも操作を見て、直しながら覚えられる時間がそこにある。
短くなれば、その時間も短くなる。
だから短い《印》を使えること自体が、操作に慣れている証になる。
少し離れたところからガンザスの声が飛んできた。
「クロードー、考えるのはいいけど手も動かせよー」
「はい」
返事をしながら、クロードはもう1度《丸くする》の《印》を組む。
今はまだ長い。
けれど、その長さの中で出来ないことを1つずつ出来るようにしていけばいい。
3限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴るまで、クロードは同じ《印》を何度も繰り返した。




