魔法になる
この日の魔法基礎は、続けて2限行われることになっていた。
魔導の鐘が鳴り、ナターシャ・ミナルトアが教室へ入ってくる。
教壇へ教本を置くと、いつものように教室を見渡してから口を開いた。
「前期から、皆さんはいくつかの魔術操作を学んできましたね」
クロードも教本を開く。
《放つ》や《丸くする》をはじめ、これまでに習った《印》は増えている。
覚えた《印》の数と、実際に出来ることが同じとは限らない。
クロード自身、《丸くする》はまだ成功していなかった。
「ここからは、それらの操作を使った初級魔法を少しずつ学んでいきます」
教室の空気が少し変わった。
「攻撃に使うものもあれば、防御や補助に使うものもありますし、属性によって覚える魔法も同じではありません」
ナターシャは黒板へ向き直った。
「まずは、皆さんが前期から練習してきた《丸くする》につながる魔法から始めます」
黒板へ最初の魔法名が書かれる。
《ファイアーボール》。
「火属性の初級魔法です」
ザナトスをはじめ、火属性の生徒たちが教本の頁をめくった。
続けて、ナターシャが魔法名を書いていく。
《ウォーターボール》。
《ウインドボール》。
《ロックボール》。
《ライトボール》。
《ダークボール》。
そして最後に、《サンダーボール》。
クロードの目がそこで止まった。
雷属性の初級魔法。
教本には載っていたが、実際に自分が使えるかどうかは別の話だ。
「どれも球状にまとめる操作を使う初級魔法ですが、属性が違えば《印》も効果も違います」
生徒たちはそれぞれ自分の属性の頁を開いていく。
エクリアだけは水属性の頁を開いたあと、風属性の頁も確認していた。
「先生」
ベンが手を挙げる。
「はい、ベン君」
「《ライトボール》も相手にぶつけるんですか?」
「使う時は相手へ向けます」
ナターシャが答えた。
「ただし、相手を傷つけることが主な目的ではありません」
ベンが首を傾げる。
「では、何をするんですか?」
「相手の顔、特に目を狙って投げます」
ベンが一度瞬きをした。
近くでも何人かが顔を上げる。
「目に?」
「はい」
ナターシャは頷いた。
「《ライトボール》は強い光を放ちますから、目の近くで光れば一時的に相手の視界を奪うことができます」
「ああ、目くらましか」
どこかから声が上がった。
「そうです」
クロードは光属性の頁を見る。
同じ球状の魔法でも、使い方まで同じではないらしい。
相手を傷つけなくても、見えなくなれば動きは止まる。
その間に離れることも出来るだろう。
「もちろん、実習で人の顔へ投げることはありません」
ナターシャが付け加えると、ベンが少し安心したように息を吐いた。
教室から小さな笑い声が漏れる。
ナターシャは教本へ視線を戻した。
「では、自分の属性の《印》を見てください」
クロードも《サンダーボール》の頁を開く。
そこには、これまで見たものとは違う《印》が載っていた。
クロードは手順を上から追っていく。
《丸くする》につながる魔法だと言われたのに、前期に何度も練習した《丸くする》の《印》とは違って見える。
隣からノーゼスの声がした。
「これ、《丸くする》入ってるのか?」
クロードも同じことを考えていた。
「入っています」
ナターシャが答える。
「ただし、前期に覚えた《丸くする》の《印》が、そのまま途中へ入っているわけではありません」
クロードはもう一度頁を見る。
「前期に使った《印》は、《丸くする》という一つの操作を覚えやすいよう、手順を丁寧に分けたものです」
ナターシャは続ける。
「完成した魔法の《印》では、その操作が短く変えられ、ほかの操作とつながっています」
「短く?」
ノーゼスが教本へ顔を近づける。
クロードも《サンダーボール》の手順を追ってみた。
言われてから見ても、どこが《丸くする》に当たるのか分からない。
「短くしても同じように丸くなるんですか?」
マミヤが尋ねた。
「正しく操作出来ていれば、《丸くする》としての働きは変わりません」
ナターシャは答えた。
短くなっても、働きは変わらない。
クロードの目がもう一度《印》へ戻る。
前期に何度も繰り返した《印》より短い。
それでも同じ操作になる。
どうしてだろう。
「クロード君」
ナターシャに呼ばれ、クロードは顔を上げた。
「はい」
「先へ進みますよ」
「あ、はい」
隣でノーゼスが少し笑っている。
クロードは教本へ視線を戻した。
気にはなる。
けれど今は授業中だ。
やがて1限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴った。
◇
2限目が始まると、生徒たちはそれぞれ自分の属性の《印》を確認していった。
今日は魔法そのものを使わない。
教本を見ながら、一つずつ手順を覚える。
クロードも《サンダーボール》の頁を見ながら指を動かした。
一度最後まで進めてから、もう一度最初へ戻る。
途中で指が止まり、教本を見直す。
短くなっているから簡単というわけではなかった。
一つの流れの中にいくつもの操作がつながっているため、途中で分からなくなると前期の《印》より追いにくい。
少し離れたところでは、エクリアが《ウォーターボール》の《印》を確認していた。
一通り手を動かしたあと、今度は《ウインドボール》の頁を開く。
二属性ある以上、今回も両方を覚えなければならない。
隣のノーゼスも《ロックボール》の頁と自分の手を何度も見比べている。
ザナトスは《ファイアーボール》の《印》を途中で止めると、すぐに教本へ戻って最初からやり直していた。
ベンとヤンナは《ライトボール》の《印》を繰り返している。
クロードも自分の手元へ意識を戻した。
もう一度。
今度は最後まで止まらずに進めた。
けれど、これで《サンダーボール》が使えるわけではない。
今出来たのは、《印》の順番を間違えずに動かしただけだ。
「先生」
クロードは手を挙げた。
「はい、クロード君」
「短くなっているところって、自分でもっと短くしてもいいんですか?」
ナターシャはすぐには答えなかった。
「今は、教本に載っている《印》をそのまま覚えてください」
「はい」
「短く出来ることと、自分で好きな手順を抜いていいことは同じではありません」
クロードは《サンダーボール》の頁を見る。
「分かりました」
気にはなる。
短くしても働きが変わらないなら、どこまで短く出来るのかも知りたくなる。
けれど、今の自分はその元になっている《丸くする》さえ完成していない。
それを考えるのは、もっと先でいい。
クロードはもう一度、最初から《印》を組んだ。
その後も何度か繰り返し、途中で分からなくなれば教本へ戻った。
教室の中でも、覚える速さはそれぞれ違っている。
教本を見ずに最後まで手を動かしている者もいれば、まだ途中で何度も頁へ目を戻す者もいた。
ナターシャは教室を回りながら、一人ずつ手元を確認していく。
やがて授業の終わりが近づいたところで、ナターシャが教壇へ戻った。
「最後に、大切なことを言います」
教室の中で動いていた手が止まる。
「今日覚えた魔法は、休みの間に勝手に使わないでください」
何人かが顔を上げた。
「《印》を忘れないように手順を確認するのは構いませんが、魔力を使って実際に発動させてはいけません」
ナターシャは黒板に並んだ魔法名へ目を向けた。
「これまで練習してきた《丸くする》は、それ自体が相手を攻撃するための操作ではありませんでした」
クロードは自分の右手を見る。
雷の場合は形を崩した時の動きにも気をつけなければならなかったが、《丸くする》そのものは攻撃するために覚えたものではない。
「ですが、今日覚えたのは完成した魔法です」
ナターシャが続ける。
「人を傷つける力を持つものもありますし、《ライトボール》のように別の形で相手へ影響を与えるものもあります」
さっきの説明を思い出したのか、ベンが自分の教本を見る。
「成功した時だけではありません」
ナターシャは教室を見渡した。
「失敗した時に、どんな動きをするのかも皆さんはまだ知りません」
教室が静かになる。
「ですから、教師がいないところで試してはいけません」
ザナトスが《ファイアーボール》の頁を見る。
試してみたい気持ちはあるのだろう。
クロードにも分かる。
新しく知ったものは、自分で使ってみたくなる。
けれど今回は、今までの基礎操作とは違う。
「休み明けにもう一度《印》を確認します」
ナターシャが言った。
「実際に使うのは、そのあとの魔法実習です」
「分かりましたか?」
「はい」
いくつもの返事が重なる。
クロードも一緒に答えた。
ほどなくして魔導の鐘が鳴り、2限目の魔法基礎が終わった。
◇
その後、3限目の授業を終えると、クロードはノーゼスとエクリアと一緒に食堂へ向かった。
昼時の食堂には多くの生徒が集まり、あちこちから話し声が聞こえている。
3人も料理を受け取り、空いている席へ座った。
「初級魔法か」
ノーゼスが食べ始めながら言った。
「やっと魔法っぽくなってきたな」
「今までも魔法でしょ」
エクリアが言う。
「そうだけどさ」
ノーゼスは少し考える。
「《ロックボール》とか名前がついてると、なんか違うだろ」
「分からなくはないけど」
クロードも自分の教本に載っていた名前を思い出す。
《サンダーボール》。
まだ《印》を覚え始めただけで、実際に使ったわけではない。
「クロード」
エクリアに呼ばれ、顔を上げる。
「また考えてた?」
「ちょっと」
「やっぱり」
ノーゼスが笑った。
クロードは食事へ戻る。
しばらく3人で食べていると、ノーゼスがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、次の休みさ」
「何?」
エクリアが聞く。
「街行かないか?」
クロードもノーゼスを見る。
「街?」
「うん、3人で」
「何しに?」
そう聞くと、ノーゼスが一瞬止まった。
「遊びにだよ」
「遊びに」
「なんで言い直した?」
エクリアが小さく笑う。
「私はいいわよ」
「クロードは?」
ノーゼスに聞かれ、クロードも頷いた。
「僕も行く」
「じゃあ決まりな」
それだけ決めると、ノーゼスはまた食事を始めた。
どこへ行くのかも、何をするのかもまだ決まっていない。
ただ次の休みには、3人で街へ遊びに行くことになった。
クロードも食事を続ける。
そのあと話は別のことへ移り、昼休みはいつものように過ぎていった。
◇
午後の授業を終え、夜になると、クロードは寮の自室でノートを開いた。
今日覚えたことを上から順番に書いていく。
『初級魔法』
その下へ続ける。
『攻撃、防御、補助など、属性によって覚えるものが違う』
少し間を空け、今日教わった魔法を書き並べていく。
『火 《ファイアーボール》』
『水 《ウォーターボール》』
『風 《ウインドボール》』
『土 《ロックボール》』
『光 《ライトボール》』
『闇 《ダークボール》』
『雷 《サンダーボール》』
クロードは最後の一行を見る。
《サンダーボール》。
今日《印》を覚え始めた、自分の属性の初級魔法。
その下へ、もう一つ書く。
『《丸くする》の操作が中に入っている』
続けて、
『前期の《印》より短く変わっていて、ほかの操作とつながっている』
と書いた。
クロードはそこで鉛筆を止める。
短くなっても、《丸くする》としての働きは変わらない。
その横へ小さく印をつけた。
やっぱり気になる。
けれど、今はそこではない。
少し前の頁を開くと、《丸くする》について何度も書いた記録が残っている。
集めるところまでは出来る。
前より丸い輪郭にも近づいた。
それでも最後には雷が外へ逃げる。
まだ成功していない。
クロードは今日の頁へ戻り、《サンダーボール》の文字を見る。
この《印》の中にも《丸くする》が入っている。
なら、その前にやることは決まっていた。
クロードは最後に一行だけ書き加える。
『まずは《丸くする》』
しばらくその文字を見てから、クロードはノートを閉じた。




