休みの間に
始期式が終わったこの日は授業もなく、生徒たちは昼前には解散となった。
教室を出たクロードは、ノーゼスとエクリアと一緒に食堂へ向かった。
朝よりは人が減っていたが、休みから戻ったばかりの生徒たちの声があちこちから聞こえている。
3人は空いている席を見つけ、昼食を並べて座った。
「このあとどうする?」
ノーゼスが食べながら聞いた。
「僕は図書館に行く」
「また本?」
エクリアがすぐに反応する。
「うん」
「休みの間も読んでたんでしょ?」
「読んでたよ」
「本当に好きね」
エクリアは呆れたように言ったが、クロードは特に否定しなかった。
「調べたいことがあるんだ」
「金属のことか?」
ノーゼスが聞く。
「それもある」
王都の本屋でもドワーフやザクラスについて調べたが、知りたいところまでは分からなかった。
学園の図書館なら、もう少し詳しい本があるかもしれない。
クロードはスープを一口飲んだところで、ふと思い出した。
「そういえばノーゼス」
「ん?」
「壁、どうなった?」
ノーゼスの手が止まる。
「壁?」
「ガンザス先生が作ってたやつ」
「ああ」
前期の途中から、ノーゼスは何度も土の壁を作る練習を続けていた。
休みに入る前にも、まだ先生のものとは違うと言っていたはずだ。
「休みの間もやってた?」
「やってた」
「どこまでできるようになった?」
ノーゼスは少しだけ口元を上げた。
「見れば分かる」
「見たい」
クロードがすぐに答えると、エクリアが2人を見る。
「だったら私も見たいわ」
「エクリアも練習してた?」
「当たり前でしょ」
今度はエクリアが少し得意そうな顔をする。
「どこまでできるようになったの?」
「それも見れば分かるわ」
クロードは2人を見比べた。
「じゃあ、あとで魔法演習場に行く?」
「いいな」
「私はいいわよ」
ノーゼスが今度はクロードを見る。
「お前も見せろよ」
「僕も?」
「俺たちに聞いといて、自分だけ見ないのはなしだろ」
「分かった」
昼食を終えたあと、3人は時間を決めて魔法演習場で落ち合うことにした。
クロードはその前に図書館へ向かった。
◇
休み中には閉まっていた図書館の扉が、今日は開いていた。
中へ入ると、高い本棚が並ぶいつもの景色が広がっている。
クロードは少しだけ中を見回し、それからムリヌ・ファルテスを探した。
以前、本を探した時にも何度か助けてもらっている図書館管理人だ。
ほどなくして、その姿を見つける。
「あの」
クロードが声をかけると、ムリヌがこちらを見る。
「本を探してるんですけど」
「どのような本ですか?」
以前と変わらない落ち着いた声だった。
「ドワーフと、鉱物とか金属について詳しく書いてある本です」
ムリヌはすぐには答えず、クロードの言葉を待っている。
クロードは少し考えてから続けた。
「ドワーフがどんな金属を使ってるのかとか、金属についてどれくらい詳しいのか知りたいです」
「ザクラスについても、でしょうか?」
「はい」
ムリヌは少し考える。
それからいくつか本の名前を挙げた。
「今のお話でしたら、その辺りが近いと思います」
「ありがとうございます」
ムリヌが教えてくれた場所へ向かい、クロードは棚に並ぶ本を確認していった。
ザクラスの土地やドワーフの暮らしについて書かれたもの。
鉱山についてまとめられたもの。
ドワーフが作る武器や道具について触れているものもあった。
王都の本屋で見たものより詳しい。
それでも、シルグリドが何でできているのかや、その内部がどうなっているのかまで書かれた本は見つからない。
「やっぱりないか」
クロードは開いていた本へもう一度目を落とした。
知りたいところまでは届いていない。
けれど、ドワーフが鉱物や金属と深く関わっていることは、前よりよく分かった。
気になった本をいくつか覚えておき、クロードは魔導時計を見る。
そろそろ約束した時間だった。
本を戻してからムリヌに礼を言い、図書館を出た。
◇
魔法演習場へ着くと、ノーゼスとエクリアはすでに来ていた。
「遅くなかった?」
「ちょうどいい」
ノーゼスが答える。
クロードが2人のところへ行くと、すぐにノーゼスが前へ出た。
「じゃあ俺からでいいか?」
「うん」
ノーゼスは地面へ向き直る。
クロードもエクリアも少し離れた。
ノーゼスが魔力を動かし、土へ働きかける。
地面が持ち上がり、土がまとまりながら形を変えていく。
やがてクロードたちの前に、厚みのある土の壁が立った。
クロードは思わず近づいた。
「すごい」
休み前に見たものとは違う。
形も崩れておらず、壁としてしっかり立っている。
前にガンザスが作った壁を思い出す。
完全に同じではない。
けれど、かなり近づいていた。
「先生のに近くなってる」
「だろ?」
ノーゼスは嬉しそうに壁を見る。
「まだ違うけどな」
「でも前より全然違う」
「休みの間ずっとやってたからな」
エクリアも壁を見ながら頷いた。
「かなり良くなってるわね」
「次はエクリア」
クロードが言うと、エクリアがこちらを見る。
「分かってるわよ」
エクリアは場所を空けてもらい、前へ出た。
まず水を生み出し、それを丸く整える。
形を崩さないまま浮かせ、空中で止める。
動きに迷いがない。
それを終えると、今度は風へ切り替えた。
見えにくい風の動きを確かめながら、同じように形を整え、浮かせていく。
水とは印も手順も違う。
それでも途中で止まることなく、最後まで進めた。
「すごい」
クロードが言うと、エクリアが少し笑った。
「休みの間もちゃんと練習してたもの」
「2つとも?」
「2つともよ」
クロードはもう一度、エクリアが魔法を使っていた場所を見る。
1つでも覚えることは多いのに、エクリアは2属性をそれぞれ練習している。
やっぱりすごいと思った。
「じゃあ次、クロードな」
ノーゼスに言われ、クロードは前へ出た。
少し離れたところにある的を見る。
距離を確かめ、右手を前へ向ける。
休みの間も、雷の練習は毎日続けてきた。
《放つ》だけではない。
飛び出した雷がどちらへ逸れるのかを見て、《曲がる》を使って軌道を戻す。
それを何度も繰り返してきた。
最初の頃は、逸れてから慌てて修正することも多かった。
大きく外れた雷を戻そうとして、《曲がる》が間に合わないこともあった。
けれど、繰り返すうちに少しずつ違いが見えてきた。
雷が大きく逸れる前に、わずかに方向がずれる。
同じように見えても、魔力の動かし方によって逸れ方が違う。
完全に分かったわけではない。
それでも、以前より雷の動きを見られるようになった。
魔術制御も前より細かく出来るようになり、雷そのものの癖も少しずつ弱くなっていた。
以前ほど大きく暴れなくなった分、《曲がる》で修正するのも楽になった。
クロードは印を結び、雷を放った。
光が的へ向かって走る。
わずかに右へずれようとした。
すぐに《曲がる》を入れる。
雷が戻る。
今度はほんの少し左へ流れようとする。
もう一度、軌道を直す。
大きく蛇行することはない。
小さなずれを何度か直しながら、雷はほとんど一直線に的まで届いた。
光が的の表面へ当たる。
「おお」
ノーゼスが声を上げた。
「今の、ほとんどまっすぐだったわよね」
エクリアも的を見ている。
「うん」
クロードは自分の右手を見る。
前なら、雷がどちらへ飛ぶのか追うだけでも大変だった。
今は違う。
癖がなくなったわけではない。
けれど、癖が弱くなり、その動きも前より見える。
見えれば、《曲がる》で対応できる。
《曲がる》を使い続けたことで、雷のことも少しずつ分かるようになっていた。
「できるようになったじゃない」
エクリアが言う。
「うん」
嬉しかった。
前には出来なかったことが、今は出来る。
それでもクロードは的を見たまま考えた。
今の的は動いていない。
自分も立ったままだった。
「でも、これだけじゃ足りない」
「え?」
ノーゼスがクロードを見る。
「今はまっすぐ飛ばせたけど、的が動いたらまっすぐ飛ばすだけじゃ当たらない」
クロードは的から自分の右手へ視線を戻す。
「僕が動いてても同じだし、剣と一緒に使うなら、もっと違う動かし方も必要になると思う」
ノーゼスが少し考える。
エクリアも何も言わず、クロードの話を聞いていた。
クロードはもう一度、的へ目を向けた。
雷をほぼまっすぐ飛ばせるようになった。
以前より癖も抑えられる。
《曲がる》も、前より細かく使える。
出来るようになったことは確かに増えた。
けれど、出来るようになったからこそ、その先にまだ必要なものがあることも見えてきた。
ノーゼスの壁も、エクリアの魔法も、休みの前とは違っていた。
自分だけではない。
2人も同じように、休みの間に進んでいた。
長い休みは終わった。
けれど、その間に積み重ねたものまで終わったわけではなかった。




