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『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』~幼少期・王立学園編~  作者: 黎明の星
王立学園編

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おでかけ

翌朝、クロードはいつものように庭へ出た。

木剣を振り、身体が温まってから小さな雷を生み、《放つ》と《曲がる》を繰り返す。

一通り終えたところで雷を消し、木剣を片づけた。

いつもならこのあと部屋へ戻り、昨日の記録を開くところだった。

けれど今日は違う。

昨日、イリアと約束している。

身体を拭いて着替えを済ませると、クロードは朝食のために食堂へ向かった。

すでに席にいたイリアは、入ってきたクロードを見つけるとすぐに顔を上げた。

「おにいちゃん!」

「おはよう、イリア」

「きょう、いく?」

挨拶より先に確認され、クロードは笑った。

「行くよ」

「ほんと?」

「昨日約束したでしょ」

イリアの顔が一気に明るくなる。

その様子を見ていたエリスが小さく笑った。

「ずっと楽しみにしていたのよ」

「起きてから何度も聞かれたわ」とまでは言わなかったが、イリアの様子を見れば十分伝わってくる。

クロードは席に着くと、イリアを見る。

「どこに行きたい?」

「どこ?」

「今日はイリアと遊ぶ日だから、イリアが行きたいところ」

イリアはすぐには答えず、少し考えた。

クロードは急かさずに待つ。

やがてイリアが顔を上げた。

「まち!」

「街?」

「うん!」

以前一緒に出かけた時も、イリアは馬車の窓から外を眺めたり、店に並ぶものを見たりするのを楽しんでいた。

「じゃあ街に行こうか」

「いく!」

嬉しそうに答えたあと、イリアはエリスを見る。

「おかあさまも?」

「もちろん一緒に行くわ」

「やった!」

朝食を終える頃には、イリアはすっかり出かける気になっていた。

エリスがハミアへ声をかけ、外出の準備が始まる。

今回は家族だけではなく、護衛としてニクター・デゼリトスも同行することになった。

準備を待っている間も、イリアは何度もクロードのところへやってきた。

「おにいちゃん、まだ?」

「まだみたい」

少しすると、また来る。

「まだ?」

「もうちょっとじゃないかな」

3度目に姿を見せたところで、後ろからハミアが歩いてきた。

「お待たせいたしました」

「いける?」

「はい、イリアさま」

その言葉を聞くと、イリアはすぐにクロードの手を取った。

「おにいちゃん、いこ!」

「うん」

昨日まで石の勉強ばかりしていたと言われたことを思い出しながら、クロードはその手を握り返した。


◇


屋敷を出た馬車の横を、ニクター・デゼリトスが周囲を確認しながら馬で進んでいる。

馬車の中ではエリスの隣にイリアが座り、クロードとハミアが向かい側に座っていた。

走り始めてから、イリアはほとんど窓の外を見ている。

「おにいちゃん、みて!」

「どれ?」

「あそこ!」

クロードも窓の外へ目を向ける。

道の脇に咲いている花が風に揺れていた。

「あの花?」

「うん!」

今度はちゃんと間に合った。

以前一緒に街へ向かった時も、こんなやり取りをした気がする。

「今度は見えたよ」

「みえた?」

「見えた」

イリアは満足そうに笑うと、また窓の外へ目を戻した。

少しすると別のものを見つけて、またクロードの袖を引く。

それを何度か繰り返していると、ハミアが静かに笑った。

「イリアさまは今日もお外を見るのがお好きでございますね」

「うん!」

「クロードさまも、以前はよくご覧になっていましたね」

その言葉に、クロードは少しだけ苦笑する。

前にも同じことを言われた。

最近は窓の外より、頭の中の方を見ている時間が増えているのかもしれない。

クロードが考えていると、イリアがこちらを見る。

「おにいちゃん」

「なに?」

「またかんがえてる?」

思わず黙った。

エリスが横で笑う。

「よく見ているわね」

「今日は考えてないよ」

「ほんと?」

「今日はイリアと遊ぶ日だから」

イリアは少しだけクロードを見つめてから、嬉しそうに頷いた。

やがて馬車は街へ入り、人や店の姿が増えていった。


◇


馬車を降りると、イリアはすぐにクロードの手を握った。

反対側にはエリスがいて、ハミアがその少し後ろにつく。

ニクター・デゼリトスはさらに周囲へ目を配りながら、家族から離れすぎない距離を歩いていた。

「どこ行く?」

クロードが聞くと、イリアは道の両側に並ぶ店を見回した。

「こっち!」

何か目的の店があるわけではなさそうだった。

イリアが進みたい方へ進み、気になるものがあれば立ち止まる。

最初に足を止めたのは、店先に色とりどりの布が並んでいる店だった。

「きれい!」

イリアが布を見上げる。

「本当だね」

「これ、おかあさまみたい」

イリアが指したのは落ち着いた色の布だった。

エリスがそれを見る。

「私みたい?」

「うん!」

どういうところが似ているのかクロードには分からなかったが、イリアの中では何かが繋がっているらしい。

少し店先を眺めたあと、また歩き出す。

次は焼き菓子の甘い匂いにイリアが反応した。

「いいにおい」

「何か食べる?」

「たべる!」

答えが早い。

エリスも笑いながら店を見る。

「少し休みましょうか」

店でいくつか焼き菓子を買い、近くで休める場所へ移動する。

イリアは受け取った菓子を両手で持つと、一口かじった。

「おいしい!」

「よかったね」

クロードも自分の分を食べる。

外側は少し硬いが、中は柔らかく甘い。

最近は工房へ向かうために街へ来ることが続いていたが、こんなふうに座って菓子を食べたことはなかった。

同じ街でも、目的が違えば見えるものまで違う。

イリアは菓子を食べながら、通りを行き交う人たちを眺めている。

「おにいちゃん、おいしい?」

「おいしいよ」

「イリアも!」

「見れば分かるよ」

口元に少しだけ菓子をつけたまま笑っている。

クロードが指で自分の口元を示すと、イリアは不思議そうな顔をした。

「ここについてる」

「どこ?」

「もう少し横」

イリアが何度か拭こうとして、全部違う場所を触る。

最後にはエリスが笑いながら拭いてやった。

「取れたわよ」

「とれた?」

「ええ」

イリアは安心したように残りを食べ始める。

クロードはその様子を見ながら、昨日の「つまんない」という言葉を思い出した。

確かに、こうして過ごす時間はここ数日ほとんどなかった。


◇


休憩を終え、また街を歩く。

イリアは次々に店を覗き、そのたびにクロードを呼んだ。

クロードも最初は呼ばれるたびについていくだけだったが、いつの間にか自分から店先を見るようになっていた。

木で作られた玩具。

色のついた髪飾り。

小さな鞄。

見たことのない形の菓子。

どれも研究とは何の関係もない。

それでも見ていると面白かった。

しばらく歩いたところで、クロードの足が少しだけ遅くなる。

通りの先に金属製の道具を並べている店があった。

形の違う金具や、小さな道具がいくつも置かれている。

あれは何に使うのだろう。

気づけばそちらを見ていた。

「おにいちゃん」

袖を引かれる。

「なに?」

イリアがクロードの顔を見上げていた。

「今日は石のおべんきょうしないんでしょ?」

「あ」

言われてから、自分が見ていた店へ目を向ける。

まだ何も調べてはいない。

ただ少し気になっただけだった。

けれど、そのまま近づけばきっと見始める。

「そうだった」

クロードは店から目を離した。

「今日は行かないよ」

「ほんと?」

「ほんと」

イリアは確認するように少し見つめてから、再びクロードの手を握った。

「じゃあ、こっち!」

今度は引っ張られるまま歩く。

後ろでエリスが笑っているのが聞こえた。

「母さま、笑ってます?」

「気のせいじゃない?」

明らかに笑っている。

ハミアも口元を少し緩めていたが、クロードが見ると何も言わなかった。

そのあとイリアが向かったのは、いくつもの玩具を並べた店だった。

以前クロードが贈った人形とは違うものがたくさんある。

イリアは目移りしながら一つずつ見ていく。

「おにいちゃん、これ!」

小さな木の動物を持ち上げる。

「何の動物?」

「わかんない!」

「分からないんだ」

「かわいい!」

どうやら何の動物かは重要ではないらしい。

しばらく遊ぶように眺めてから、元の場所へ戻す。

その次には別のものへ移っていた。

クロードはそんなイリアの後ろについて歩く。

何か買ってほしいと言うわけでもない。

ただ一緒に見て、気になったものを見せたいらしい。

「おにいちゃん、これも!」

「うん」

また呼ばれた。

昨日までとは違う忙しさだった。

それでも、不思議と嫌ではなかった。


◇


街を歩き始めてからずいぶん時間が経ち、イリアの歩く速さも少しずつ落ちてきた。

最初はクロードの手を引いていたのに、今は手を繋いだまま隣を歩いている。

「疲れた?」

「つかれてない」

答えた直後に小さなあくびをした。

クロードが笑う。

「疲れてるじゃない」

「つかれてないもん」

「そういうことにしておこうか」

エリスがイリアを見る。

「そろそろ帰りましょうか」

「もう?」

残念そうな顔をするが、眠そうなのは隠せていない。

「また来ればいいよ」

クロードが言うと、イリアがこちらを見る。

「またくる?」

「うん」

「おにいちゃんも?」

「一緒に来よう」

イリアはすぐに頷いた。

「やくそく!」

「約束」

馬車へ戻るまでの間も、イリアはクロードの手を離さなかった。


◇


帰りの馬車が街を離れてしばらくすると、イリアはエリスにもたれて眠ってしまった。

行きにはずっと窓の外を見ていたのに、今は目を閉じて静かにしている。

エリスが眠っているイリアの髪を整えた。

「楽しかったみたいね」

「そうですね」

「クロードは?」

「僕ですか?」

聞かれて少し考える。

今日は何かを調べたわけでもない。

新しい魔法を試したわけでもない。

ノートへ書くような結果もない。

けれど、街で食べた菓子の味も、店を一つずつ覗くイリアの顔も覚えている。

「楽しかったです」

クロードが答えると、エリスが笑った。

ハミアも向かい側で静かに微笑んでいる。

クロードは窓の外へ目を向けた。

昨日までは明日何を調べるかばかり考えていた。

今日はそれを一度も考えなかったわけではない。

それでも、途中でやめることはできた。

隣ではイリアが眠っている。

屋敷へ戻ったら、今日はノートを開かなくてもいい気がした。

明日になれば、また続きを考えればいい。

今日はイリアと遊ぶ日だった。

それで十分だった。

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