溶かすには
タングスは作業台に並んだ4つの鉱物を見たまま、しばらく黙っていた。
鉄、アルミ、シルグリド、雷鳴鋼。
クロードもその横で返事を待つ。
「溶かすって言ってもな」
やがてタングスが口を開いた。
「炉に放り込めば終わりじゃないぞ」
「はい」
金属を溶かすには熱がいる。
それくらいはクロードにも分かっている。
けれど黒木光哲だった頃に見てきた製鉄所と、目の前にある鍛冶工房では設備も扱い方も違う。
ここで実際にどうするのかは、タングスに聞いた方がいい。
「どうやったらできますか?」
タングスは作業場の奥にある炉へ目を向けた。
「少しなら、溶かすための器に入れて熱する」
「器?」
タングスが棚から厚みのある小さな器を取り出した。
クロードは受け取ると、中を覗き込む。
普段屋敷で使う食器とはまるで違い、持った手にもずっしりと重さがあった。
「これに金属を入れるんですか?」
「そうだ」
役目は分かる。
前の世界でも、金属を溶かす時には受けるためのものが必要だった。
クロードが炉へ視線を向ける。
「これを炉で熱する?」
「ああ」
タングスはクロードの手から器を受け取った。
「やるのは俺だぞ」
「分かってます」
何をしたいのかは分かっていても、この工房の炉を安全に扱えるわけではない。
そこはタングスの仕事だった。
「4つとも、これでできますか?」
タングスは鉄を指した。
「鉄はやったことがある」
次にアルミへ指を移す。
「こいつもある」
そのままシルグリドを見る。
「シルグリドも何度も溶かしてる」
「じゃあ、この3つは大丈夫なんですね」
「ああ」
クロードはシルグリドを見る。
自分にとっては前の世界になかった金属だが、この世界では普通に使われている。
タングスにとっては扱い慣れた金属の1つだった。
タングスの視線が最後に雷鳴鋼へ向く。
「問題はこいつだ」
「雷鳴鋼は?」
「溶かしたことはない」
「熱したことは?」
「切ったり削ったりはしたが、溶かすところまではやってない」
タングスは雷鳴鋼を指先で少し動かした。
「だから、やるなら少しずつだ」
クロードは頷いた。
鉄、アルミ、シルグリドにはタングスの経験がある。
雷鳴鋼だけは実際に試してみなければ分からない。
「小さくしてから入れるんですか?」
「その方がいい」
「4つとも?」
「ああ」
タングスは端材を順番に見る。
「大きさがばらばらのままじゃ、お前も比べにくいんだろ」
「はい」
今日削った時も、端材の形や大きさが違うことは比べる時の条件差になった。
熱するなら、最初から減らせる違いは減らしておきたい。
「それから1つずつだ」
「同時じゃないんですか?」
「同時にやって何かあったら、どれがどうなったか分からんだろ」
「あ……そうか」
特に雷鳴鋼は、タングスにも溶かした経験がない。
分からないものまで一度に扱う必要はなかった。
クロードはノートを開いた。
『小さくする』
『器に入れる』
『1つずつ熱する』
そこまで書いてから顔を上げる。
「溶けたらどうするんですか?」
「取り出して冷ます」
「どこに?」
「それも用意する」
クロードの鉛筆が止まった。
溶かすことばかり考えていたが、溶けた後のことまで考えていなかった。
液体になった金属を、そのまま作業台へ置けるはずもない。
『溶けた後に受けるものを用意』
クロードは書き足した。
「鉄とアルミとシルグリドは、いつも同じやり方で溶かすんですか?」
「全部まったく同じじゃない」
「やっぱり違う?」
「違う金属だからな」
タングスは当然のように答えた。
「火の見方も違うし、いつ取り出すかも同じじゃない」
クロードは鉛筆を止めた。
前の世界でも、金属によって扱い方が違うことは知っている。
けれど今知りたいのは、まさにその違いだった。
「じゃあ、同じ時間だけ熱して比べるのは?」
「それで何を見る」
また聞かれた。
クロードはすぐには答えなかった。
同じ時間。
同じ炉。
同じくらいの量。
条件を揃えることばかり考えていた。
けれど、条件を揃えた先で何を知りたいのかが決まっていなければ意味がない。
「……まだ決めてません」
「なら先に決めろ」
タングスは4つの鉱物を指した。
「溶かしたいだけなら、溶かせるものは溶かす」
そこで雷鳴鋼を見る。
「こいつはやってみないと分からん」
クロードは黙って聞く。
「だが、お前は違いを見たいんだろ」
「はい」
「だったら、何を見たいのか決めてこい」
クロードはノートへ目を落とした。
重さを測った。
体積を比べた。
密度もおおよそ分かった。
今日は削って、表面や手応えや削りくずを見た。
今度は熱を加える。
けれど、何のためにここまで調べているのか。
その答えは最初から決まっていた。
《鉱物生成》。
理解していない鉱物は作れない。
イリシアからそう聞いたのは、ずっと昔のことだった。
クロードは顔を上げた。
「考えてきます」
「ああ」
「それが決まったら、試してもらえますか?」
タングスは鉄、アルミ、シルグリド、それから雷鳴鋼を順番に見た。
「準備してからな」
「はい」
クロードはタングスへ礼を言うと、4つの鉱物と分けておいた削りくずを布へ戻した。
使用人が包みを持ち、クロードたちは工房を出た。
◇
町の入口まで戻り、待っていた馬車へ乗り込む。
馬車が動き始めると、クロードは膝の上でノートを開いた。
工房で書いたものを読み返す。
小さくする。
器へ入れる。
1つずつ熱する。
溶けたら取り出して冷ます。
鉄、アルミ、シルグリドはタングスに溶かした経験がある。
雷鳴鋼はない。
そこまで読んだところで、クロードの頭にイリシアの言葉が浮かんだ。
理解していない鉱物は生成できない。
そして、あの時もう1つ聞いている。
理解とはどの程度なのか。
組成、構造、性質など。
対象について十分に理解する必要がある。
クロードはノートの白い部分を見つめた。
今まで自分が調べてきたものは何だろう。
重さ。
体積。
密度。
硬さ。
削った時の感触。
削りくず。
そのほとんどは、鉱物がどんな性質を持っているのかを知るためのものだった。
「性質……」
小さく呟く。
シルグリドについて、最初にタングスから端材をもらった時より知っていることは増えている。
けれど、それだけで十分に理解したと言えるのかは分からない。
組成。
何でできているのか。
構造。
中がどうなっているのか。
そこについては、まだほとんど何も知らなかった。
クロードは鉛筆を取り出しかけたが、揺れる馬車の中で書くのをやめた。
屋敷へ戻ってから整理した方がいい。
◇
屋敷へ戻ると、クロードは4つの鉱物を部屋へ持ち帰った。
机へ並べ、椅子へ座る。
ノートを開くと、工房で書いた手順の下へ新しく線を引いた。
『理解するために知っていること』
まず鉄とアルミを見る。
この2つについては黒木光哲だった頃から知っていることが多い。
どんな金属なのか。
どんな性質を持っているのか。
熱した時にどう変わるのか。
加工するとどうなるのか。
すべてを知っているわけではない。
それでも、自分の中には鉄とアルミがどういう金属なのかという形がある。
だから《鉱物生成》でも作ることができたのかもしれない。
クロードはシルグリドを手に取った。
初めて名前を聞いた時には、ほとんど何も知らなかった。
この世界では普通の金属でも、クロードにとっては知らない金属だった。
だから作れなかった。
けれど今は違う。
持った時の重さを知った。
鉄やアルミと比べた。
相対的な体積を測った。
おおよその密度も出した。
削った時の感触も見た。
加工すると鉄やアルミとは違うことも、自分の手で確かめた。
「でも、まだ性質が増えただけか」
クロードはノートへ書いた。
『シルグリド』
その下へ3つに分ける。
『組成』
『構造』
『性質』
性質の横には、今まで調べたものを書き込める。
けれど組成と構造の横には、まだ何も書けなかった。
クロードは鉛筆を止める。
イリシアは、組成と構造と性質を全部1つずつ調べれば使えるようになるとは言っていない。
それでも、理解するものの例としてそれらを挙げていた。
なら、性質だけをいくら増やしても足りない可能性はある。
「じゃあ、溶かすのは?」
クロードはシルグリドを机へ戻した。
熱を加えれば、また性質を知ることができる。
どんな変化をするのか。
どのように溶けるのか。
冷ました後にどうなるのか。
さらに、熱する前と後を比べれば、見た目や硬さだけでは分からなかった変化が出るかもしれない。
クロードは新しいページを開いた。
『熱した時に見るもの』
最初に考えたのは量だった。
4つの端材は大きさが違う。
そのまま使えば、熱する量までばらばらになる。
昨日使った天秤なら、重さを揃えることはできる。
『同じ重さにする』
そこで手が止まる。
同じ重さでも、同じ大きさにはならない。
昨日、相対的な体積を比べたから分かっている。
『大きさは揃わない』
横へそう書き足す。
次は器だった。
『同じ器を使う』
工房で見た器は1つだった。
同じものがいくつあるかは聞いていない。
1つを順番に使えるのかも、自分では決められない。
『タングスさんに確認』
次に熱の加え方を考える。
『同じ炉』
『できるだけ同じ場所』
さらに『同じ時間』と書こうとして、鉛筆を止めた。
鉄、アルミ、シルグリドは、タングスがそれぞれ違うものとして扱っていた。
同じ時間だけ熱しても、同じ状態になるとは限らない。
むしろ、その違いを見ることも今回の目的だった。
「時間だけじゃない」
本当なら温度が分かれば比べやすい。
クロードはノートへ『温度』と書いた。
そしてすぐに眉を寄せる。
「……どうやって測るんだ?」
前の世界なら温度を測る道具があった。
けれどこの世界で、炉の中が何度なのかを数字で確かめる道具をクロードは見たことがない。
少なくともタングスの工房で今日見た範囲にはなかった。
『温度を確かめる方法があるか聞く』
測れるかどうかはまだ分からない。
それなら、見て分かる変化は記録できる。
色。
形。
溶け始めるまでの様子。
完全に溶けるか。
冷ました後。
クロードは順番に書いていく。
書き終えると、もう一度シルグリドへ目を向けた。
今度は、ただ4つの違いを見るだけではない。
熱した時の性質を知ったあと、自分の中のシルグリドがどこまで変わるのかも確かめたい。
クロードはページの一番下へ書いた。
『熱したあと、もう一度シルグリドを作ってみる』
鉛筆を止め、その文字を見る。
もし作れるようになったなら、ここまで増やした理解のどこかで《鉱物生成》に必要なところまで届いたことになる。
作れなかったとしても、前と同じ失敗ではない。
少なくとも、重さや密度、加工や熱への性質を知るだけではまだ足りないと分かる。
その時は、まだ空白のままになっているところを見る。
組成。
構造。
クロードはノートの前のページへ戻り、2つの言葉を見た。
「理解って、どこまでなんだろう」
あの時イリシアへ聞いた問いが、今になってまた自分へ返ってきた。
全部を知らなければならないのか。
それとも、その鉱物がどういうものなのかを自分の中で掴めればいいのか。
境目はまだ分からない。
だから試して確かめる。
クロードは最後に、次にタングスへ確認することを書いた。
『同じ器を使えるか』
『熱をどう揃えるか』
『温度を確かめる方法があるか』
その下へ少し間を空ける。
そして、もう1つ書き加えた。
『熱した後のシルグリドで《鉱物生成》を試す』
クロードは鉛筆を置いた。
次に確かめるものは、もう決まっていた。




