削る
翌朝、クロードはいつものように修練場へ向かった。
木剣を握って構え、前へ踏み込みながら振り抜く。
足だけが先へ出ないよう身体全体を一緒に動かし、何度か繰り返してから木剣を置いた。
少し休んで息を整えると、今度は周囲を確認して少ない雷を手元へ出す。
《放つ》で前へ送り、《曲がる》で途中から向きを変える。
思った場所で曲がる時もあれば、少し手前で向きが変わる時もあった。
まだ毎回同じようにはできない。
クロードは指の動きを確かめながら何度か繰り返し、今日の鍛錬を終えた。
剣も魔法も、昨日やったから今日はやらなくていいものではない。
ザナンとの稽古で覚えたことを身体へ馴染ませるには、毎日続ける必要がある。
朝食を済ませて部屋へ戻ると、クロードは机の上に並べた4つの鉱物を見た。
鉄、アルミ、シルグリド、雷鳴鋼。
昨日は同じ天秤と同じ容器を使い、重さと相対的な体積、それからおおよその密度を比べた。
比べるための基準はできた。
けれど、鉄とアルミは《鉱物生成》で作ることができ、シルグリドと雷鳴鋼は作ることができない理由までは分からなかった。
クロードはノートを開き、昨日の記録を読み返した。
その少し前には、一昨日シルグリドを持ち帰ったあとに書いた考えも残っている。
削れば表面の下が見える。
傷をつければ、硬さも今より比べられるかもしれない。
クロードはシルグリドを手に取り、指先で表面をなぞった。
「削ってみよう」
口にしたところで、クロードの手が止まった。
削ることは決めても、何を使えばいいのか分からない。
光哲だった頃には、金属を加工するための設備も道具も身近にあった。
けれど、ここは製鉄所ではない。
屋敷の中に何があるのかも、クロードが全部知っているわけではなかった。
まず聞いてみればいい。
クロードは鉱物を机へ戻し、部屋を出た。
廊下で見つけた使用人へ声を掛ける。
「金属を少し削ってみたいんですけど、使えそうな道具ってありますか?」
「金属でございますか?」
「はい、これくらいの小さいものです」
クロードが指で大きさを示すと、使用人は少し考えた。
「刃物でしたら屋敷にもございますが、金属を加工するためのものとなりますと、鍛冶屋へご相談された方がよろしいかと思います」
「野菜を切るのとは違いますもんね」
「ええ、さすがに同じ道具というわけにはまいりません」
クロードは頷いた。
そこで思い浮かんだのはタングスだった。
雷鳴鋼を切り分けてもらったのも、鉄とアルミとシルグリドの端材を分けてもらったのもあの工房だ。
一昨日シルグリドについて尋ねた時には、加工すると鉄ともアルミとも違うと聞いた。
もっと聞こうとして、続きは今度にしろとも言われている。
削るなら、実際に金属を扱っているタングスへ聞くのが一番よさそうだった。
「じゃあ、タングスさんのところへ行きたいです」
「かしこまりました」
クロードは部屋へ戻ると、鉄、アルミ、シルグリド、雷鳴鋼とノートをまとめた。
ほどなく馬車の用意が整い、クロードは使用人と一緒に屋敷を出た。
見慣れた畑や林を窓越しに眺めているうちに馬車は町へ着き、入口の近くで止まる。
馬車を降りたクロードは、使用人と一緒に町の中を歩いて鍛冶屋へ向かった。
◇
鍛冶屋へ近づくにつれて、金属を打つ音が大きくなっていった。
中へ入ると熱を含んだ空気が流れてきて、奥の作業場ではタングスが仕事をしていた。
クロードたちに気づいたタングスが顔を上げる。
「また来たのか」
「はい」
「今日は何だ」
クロードは使用人に持ってもらっていた包みを作業台へ置き、布を開いた。
4つの鉱物が並ぶ。
「これを少し削ってみたいんです」
タングスが手元の鉱物へ目を落とした。
「4つともか?」
「はい」
「何のためだ」
「削った時に、どんな違いがあるのか比べたいんです」
タングスはしばらく4つを見てからクロードへ視線を戻した。
「何を比べる」
クロードは答えようとして、一度止まった。
削れば何か分かるとは考えていた。
けれど、何を見るのかをきちんと決めていたわけではない。
「削れやすさと、削ったあとの表面と……」
クロードは少し考えた。
「削った時に出るものも見たいです」
「削りくずか」
「はい」
タングスは作業台の端へ移動すると、いくつか並んだ道具の中から1つを手に取った。
「それで、どうやって比べるつもりだ」
「同じ道具で、同じ回数だけ削ります」
タングスがクロードを見る。
「回数が同じなら、同じように削ったことになるのか?」
クロードはすぐに答えられなかった。
昨日も、端材はそれぞれ大きさも形も違うため、持った時の重さだけでは鉱物そのものを比べられないと考えた。
削る時も同じだった。
同じ道具を使って同じ回数動かしても、力の入れ方まで毎回同じになるとは限らない。
当てる場所も完全には揃えられない。
「……なりません」
「だろうな」
クロードはノートを開いた。
『同じ道具』
『同じ回数』
そこまで書いてから、その下へ続ける。
『力は完全には同じにできない』
『端材の形も違う』
クロードは書いたものを見直した。
「正確には比べられないけど、できるだけ同じようにはできます」
タングスは何も言わず、手にした道具をクロードへ見せた。
「まず使い方を覚えろ」
「はい」
タングスが端材へ道具を当て、動かし方を見せる。
クロードは手元をよく見てから道具を受け取った。
「無理に力を入れるな」
「分かりました」
最初は鉄だった。
端材が動かないように押さえ、教わった通りに道具を当てる。
ゆっくり動かすと、手の中へ細かな振動が伝わってきた。
もう一度。
決めた回数まで繰り返したところで手を止める。
表面には削った跡が残り、その近くには小さな削りくずが落ちていた。
クロードは表面と削りくずを見てからノートへ書き留めた。
次はアルミだった。
同じ道具を使い、同じ回数だけ動かす。
鉄の時とまったく同じではなかった。
道具を動かした時に手へ返ってくる感触も、残った跡も、周りに落ちた削りくずも違って見える。
クロードは鉄の時と同じ項目へ記録した。
「違う」
「違う金属だからな」
タングスの返事を聞きながら、クロードはシルグリドを手に取った。
一昨日ここでもらった時、タングスは加工すると鉄ともアルミとも違うと言っていた。
今度は自分の手で確かめる。
道具を当て、同じ回数だけ動かす。
手へ返ってくる感触を覚え、表面を見て、削りくずを確認する。
やはり鉄ともアルミとも同じではなかった。
最後に雷鳴鋼を置く。
クロードは一度手を休めてから、同じように道具を当てた。
決めた回数まで削り終えると道具を置き、4つの鉱物を並べ直した。
それぞれに削った跡が残っている。
削りくずも混ざらないよう分けてある。
クロードはノートを見ながら1つずつ確かめていった。
4つとも違いはある。
けれど、その違いを並べても鉄とアルミだけが同じで、シルグリドと雷鳴鋼だけが同じという分かれ方にはならなかった。
《鉱物生成》で作れた2つと作れなかった2つを、そのまま分けるような違いは見つからない。
「これだけじゃ分からないか」
クロードは小さく呟いた。
削りくずへ目を向ける。
そこにも違いはあるように見える。
けれど違って見えるからといって、それが《鉱物生成》に関係しているとは限らない。
今分かったのは、削った時にも4つが同じではないということだけだった。
クロードは削りくずをそれぞれ混ざらないよう包み、名前を書いておく。
あとで見直せるようにしてから、もう一度4つの端材を眺めた。
重さを比べた。
体積も比べた。
今日は削ってみた。
まだ試していないことはある。
クロードは削られた金属の表面を見ながら、光哲だった頃の光景を思い出した。
熱せられ、色を変え、さらに熱を加えられて形を失っていく金属。
金属は削るだけでなく、熱を加えて加工することもできる。
クロードは顔を上げた。
「タングスさん」
「何だ」
「金属を溶かしてみたいんですけど、できますか?」
タングスの手が止まった。
視線が作業台に並んだ4つへ向く。
「これ全部か?」
「はい」
「溶かした時にも違いがあるのか見てみたいです」
タングスはすぐには答えなかった。
鉄、アルミ、シルグリド、雷鳴鋼を順番に見ていく。
「簡単に返事できる話じゃないな」
「できないんですか?」
「できるかどうかも含めて考えないと分からん」
クロードも4つの鉱物を見る。
削ることも、始める前には同じように道具を動かせば比べられると思っていた。
実際にやってみれば、揃えられる条件と揃えられない条件があった。
溶かすことも、やってみる前に決めつけない方がいい。
「分かりました」
クロードはノートを開き、今日分かったことを書いていく。
『削ると、それぞれ違いがある』
『作れるものと作れないものを分ける違いかは分からない』
少し間を空け、その下へもう1行書いた。
『溶かす → タングスさんに相談』
答えはまだ見つからない。
それでも昨日まで数字で比べていた4つを、今日は実際に加工した時の違いから見ることができた。
クロードはノートを閉じる前に、作業台の上の4つをもう一度見比べた。
次に確かめられることは、まだ残っていた。




