シルグリド
翌朝、クロードは机の前に座り、布の上に並んだ雷鳴鋼を見ながらノートを開いていた。
一番小さな雷鳴鋼の隣には、昨夜《鉱物生成》を試した場所が空いたまま残っている。
二度試して、二度とも何もできなかった。
それでも魔力は減っていた。
クロードは昨夜の記録を読み返し、その下へ鉛筆を動かした。
『雷鳴鋼 → 二回とも生成できない』
書き終えてから雷鳴鋼を手に取る。
重さは分かる。
触った感触も分かる。
普通の鉄より雷が長く残ることも、自分で確かめた。
それでも作れなかった。
「……他ならどうだろう」
雷鳴鋼だけを何度も試していても、何が違うのかは分からない。
ほかの鉱物なら作れるのか、それとも同じように何もできないのか。
比べるものが増えれば、何か見つかるかもしれない。
クロードは雷鳴鋼を机へ戻した。
昨日行った鍛冶屋なら、加工で余った小さな端材があるはずだった。
売り物にならないほど小さなものでも、比べるには十分だ。
そこまで考えたところでノートを閉じ、クロードは椅子から立ち上がった。
その前に、いつもの鍛錬がある。
修練場へ向かい、木剣を手に取ると、構えてから前へ踏み込んだ。
剣を振り抜き、戻し、もう一度構える。
ザナンと稽古した時に分かったことを思い出しながら、足だけが先へ出ないよう身体全体を一緒に動かしていく。
相手がいないため本当に届くかまでは確かめられないが、今できることを繰り返した。
しばらく続けてから木剣を置き、水を飲んで休む。
息が落ち着いたところで周囲を確認し、少ない雷を手元へ出した。
《放つ》。
青白い雷が前へ走る。
続けて《曲がる》。
途中まで進んだ雷が向きを変えたものの、思った場所より少し手前だった。
クロードは一度手を下ろし、指の動きを確かめてからもう一度試す。
今度は少し遅い。
狙った場所で曲げるには、まだ繰り返す必要がありそうだった。
何度か試したところで手を下ろし、今日の鍛錬を終える。
剣も魔法も、昨日やったから今日やらなくていいものではない。
そして今日は、そのあとに別のことを確かめたかった。
◇
朝の鍛錬を終えたあと、クロードは使用人と一緒に馬車へ乗り、昨日訪れた町へ向かった。
町の入口で馬車を降り、そのまま歩いて鍛冶屋へ向かう。
近づくにつれて金属を打つ音が聞こえ始め、中へ入ると昨日と同じ熱を含んだ空気が流れてきた。
奥ではタングスが作業をしており、その少し離れたところでもう一人の男が道具を片づけていた。
クロードたちに気づいた男が振り返る。
「あ、いらっしゃいませ」
その声でタングスも顔を上げた。
「また来たのか」
「はい」
クロードが頭を下げると、タングスは隣の男へ目を向けた。
「息子のオーラルスだ」
「オーラルス・テインです」
「クロード・アインハルトです」
互いに挨拶を済ませると、タングスがクロードを見る。
「今日は何だ」
「端材を少し分けてもらえませんか?」
「端材?」
「鉄とアルミが欲しいです」
クロードはそこで少し考えた。
「あと、僕があまり知らない鉱物もあれば、それも欲しいです」
「何に使う」
「比べたいんです」
「何をだ」
クロードはすぐには答えられず、昨日持ち帰った雷鳴鋼のことを思い出した。
「それを探したいです」
タングスが黙ってクロードを見る。
昨日は雷鳴鋼を違う大きさに分けてほしいと頼み、今日は端材を比べたいと言っているのだから、不思議に思われても仕方がない。
けれどタングスはそれ以上聞かず、奥の棚へ目を向けた。
「オーラルス、端材の箱」
「はい」
オーラルスはすぐに棚へ向かったが、一つ目の箱へ手を伸ばしたところで動きを止めた。
「こっちでしたっけ」
「その下だ」
「ああ、下でした」
言われた箱を引き出し、そのまま別の作業台へ運ぼうとする。
「こっちだ」
「……はい」
タングスの短い声に、オーラルスは少し気まずそうに箱を持ち直した。
作業台へ置かれた箱の中には、形も大きさも違う小さな金属片がいくつも入っている。
タングスはその中から一つを取り出した。
「鉄」
作業台へ置く。
続けてもう一つを選ぶ。
「アルミ」
その隣へ置かれる。
クロードが二つを見ていると、オーラルスが箱の端にある端材を一つ持ち上げた。
「親父、これならどうです?」
タングスが受け取り、表面を確かめる。
「シルグリドだな」
「シルグリド?」
クロードが名前を繰り返すと、タングスはその端材を差し出した。
「持ってみろ」
掌へ乗せ、軽く持ち上げてみる。
アルミよりは重い。
けれど鉄ほどではない。
「鉄とアルミの間くらいですか?」
「持った感じならな」
「硬さは?」
「それもだいたいその間だ」
クロードは指先で表面をなぞった。
見ただけなら、ほかの金属と大きく違うようには思えない。
けれど前の世界では知らなかった名前だった。
「加工する時は?」
「鉄ともアルミとも違う」
「どう違うんですか?」
タングスがクロードを見る。
少し間があった。
「端材をもらいに来たんじゃなかったのか」
「あ」
横でオーラルスが小さく笑った。
クロードも、自分がまた質問を続けていたことに気づく。
「そうでした」
「聞くなら今度にしろ」
「はい」
タングスは鉄、アルミ、シルグリドの端材を布の上へ置いた。
「これくらいなら持っていけ」
「いいんですか?」
「使わん端だ」
「ありがとうございます」
クロードが頭を下げると、使用人が三つの端材を布で包んだ。
その間にも、クロードの目はシルグリドへ向いていた。
名前を知り、少し触り、重さも確かめた。
それでも鉄やアルミに比べれば、知らないことばかりだった。
◇
屋敷へ戻ると、クロードは三つの端材を机へ並べ、その隣に昨日の雷鳴鋼を置いた。
鉄、アルミ、シルグリド、雷鳴鋼。
すぐに《鉱物生成》を始めるのではなく、クロードは先にノートを開いた。
比べるなら、できるだけ同じように試した方がいい。
雷の量を減らして《丸くする》を試した時も、一度にいくつも条件を変えれば何が原因なのか分からなくなると考えた。
今回も同じだった。
クロードは鉛筆を持ち、試す条件を書いていく。
『作る形 → 立方体』
『大きさ → 同じくらい』
『一種類につき一回』
『順番 → 鉄、アルミ、シルグリド』
そこまで書いてから少し考え、もう一行加えた。
『できても、できなくても続けて試さない』
雷鳴鋼は昨夜すでに二度試しているため、今日の三つと同じ条件ではない。
クロードはその横へ『昨日 二回とも失敗』と書いておいた。
これなら今日試す三つは、少なくとも自分で揃えられるところまでは揃えられる。
ノートを机の端へ置き、まず鉄を手に取った。
鉄については、黒木光哲だった頃から知っていることが多い。
何度も見て、触って、加工されるところも見てきた。
この世界でも工房で扱われる様子を見ている。
クロードは鉄を布へ戻し、その隣の空いた場所へ手を向けた。
ノートに書いた通り、指で摘まめる程度の小さな立方体を思い浮かべる。
《鉱物生成》。
魔力を動かす。
こと、と小さな音がした。
布の上に、小さな鉄の立方体が現れている。
「できた」
クロードは生成した鉄を手に取り、端材の隣へ置いた。
ノートへ『鉄 → できた』と書く。
次はアルミだった。
鉄と同じくらいの大きさ、同じ立方体を思い浮かべる。
《鉱物生成》。
しばらくすると、銀白色の小さな立方体が布の上へ現れた。
クロードはそれを確認し、ノートへ書き加える。
『アルミ → できた』
二つとも一度でできた。
クロードは少し休んでから、最後にシルグリドを手に取った。
今日知ったばかりの鉱物だった。
鉄より軽く、アルミより重い。
硬さもだいたいその間だと聞いた。
分かっているのは、それくらいだった。
クロードはシルグリドを布へ戻した。
鉄とアルミの時と同じくらいの大きさで、同じ立方体を思い浮かべる。
《鉱物生成》。
魔力が動く。
クロードは布の上を見て待った。
けれど何も現れない。
「……出ない」
魔力は減っている。
それでもノートに書いた条件では一度だけだ。
もう一度試したい気持ちはあったが、クロードはそのまま手を下ろした。
『シルグリド → できない』
三つの結果を書き終え、ノートと机の上を見比べる。
鉄はできた。
アルミもできた。
シルグリドはできなかった。
その隣には、昨日二度試してもできなかった雷鳴鋼がある。
「雷鳴鋼だけじゃない……」
クロードは椅子へ座り直した。
昨日は雷鳴鋼について知らないことが多すぎると考えた。
けれど今日初めて触れたシルグリドも同じように作れなかったことで、比べるものが一つ増えた。
珍しいからなのか。
この世界で初めて知った鉱物だからなのか。
それとも、まったく別の理由なのか。
クロードは鉄を手に取った。
重さだけではない。
熱されたところも見たことがある。
削られ、叩かれ、形を変えていくところも知っている。
アルミについても、前の世界で知識があり、この世界でも実物を触り、加工されるところを見てきた。
クロードはシルグリドへ持ち替えた。
今日初めて意識して触った。
表面しか見ていない。
加工されるところも知らない。
雷鳴鋼も、まだ分からないことの方が多かった。
「……何が違う?」
クロードはシルグリドと雷鳴鋼を並べた。
まだ答えを決めるには早い。
見ただけで分からないなら、今の自分にできることを一つずつ試していけばいい。
削れば表面の下が見える。
傷をつければ、硬さも今より比べられるかもしれない。
クロードはノートへ視線を戻し、思いついたことを書き留めていった。
何を試せば答えに近づくのかは、まだ分からない。
それでも、何も分からなかった昨夜よりは比べるものが増えている。
最後に鉛筆を止め、クロードは一行だけ書き加えた。
『次は、一つずつ確かめる』
鉄とアルミ、その隣に並んだシルグリドと雷鳴鋼をもう一度見比べる。
同じ鉱物でも、自分が知っていることは同じではない。
その違いが何なのかは、まだ分からなかった。




