変なの
誕生日の翌朝、クロードは朝食を終えると自分の部屋へ戻り、机の上に置かれた雷鳴鋼を眺めた。
昨夜は持ち上げた時の重さに驚いたが、改めて見ても一つの塊としては大きい。
《鉱物生成》で試す見本にするなら、もっと小さなものもあった方が扱いやすそうだった。
それに大きさを変えておけば、それぞれで違いが出るのかも比べられる。
クロードはしばらく雷鳴鋼を見たあと、町の鍛冶屋でいくつかの大きさに分けてもらいたいと使用人へ伝えた。
ほどなく馬車の用意が整い、布で包んだ雷鳴鋼も積み込まれる。
クロードも馬車へ乗り込み、屋敷を出た。
見慣れた畑や林を窓越しに眺めているうちに馬車は町へ着き、入口の近くで止まった。
クロードが降りると、使用人も布に包まれた雷鳴鋼を抱えて後に続く。
町の中へ入り、鍛冶屋へ向かって歩いていると、少し先から野菜の入った籠を抱えた少女がやってきた。
「あ」
向こうもこちらに気づく。
「クロード?」
「ミーニャ」
ミーニャはそのまま近づいてきた。
「帰ってきてたんだ」
「うん、中休みだから」
「いつまでいるの?」
「まだしばらく」
「そっか」
ミーニャは頷くと、クロードの隣に立つ使用人へ目を向けた。
正確には、その腕に抱えられた布包みを見ている。
「何持ってるの?」
「誕生日プレゼント」
「それが?」
「うん」
ミーニャの視線が包みへ戻った。
「昨日、誕生日だったんだ」
「そうなの?」
「うん」
「おめでとう」
「ありがとう」
「それで、何もらったの?」
クロードは使用人へ断って、包みの布を少し開いてもらった。
中から鈍い色をした雷鳴鋼が覗く。
ミーニャが黙った。
「雷鳴鋼」
「らいめいこう?」
「金属だよ」
「金属?」
「うん」
ミーニャは雷鳴鋼を見てからクロードを見る。
「誕生日プレゼントに?」
「欲しかったから」
「何するの?」
「調べる」
少し間があった。
「……変なの」
「なんで?」
「だって誕生日に金属もらって喜んでるから」
「欲しかったんだよ」
「それは分かったけど」
ミーニャはもう一度雷鳴鋼を見る。
「今からこれを小さくしてもらうんだ」
「せっかくもらったのに?」
「なくなるわけじゃないよ」
「でも小さくするんでしょ?」
「いくつかに分けるだけ」
「何で?」
「大きさが違った方が比べやすいから」
ミーニャがクロードを見る。
「何を?」
「いろいろ」
「やっぱり変なの」
今度は少し笑っていた。
クロードもつられて笑う。
「ミーニャは野菜届けるの?」
「うん」
ミーニャは抱えている籠を少し持ち上げた。
「宿屋さんに持ってくところ」
「今日も?」
「頼まれたから」
昔から時々見ている光景だった。
クロードが町へ来た時にミーニャと顔を合わせると、畑の手伝いや野菜を届けている途中ということは珍しくない。
「届けたら帰る?」
「そのつもり」
「そっか」
クロードも鍛冶屋へ行かなければならない。
「じゃあ僕も行くね」
「うん」
「またね」
「またね」
ミーニャは宿屋の方へ歩いていき、クロードも使用人と一緒に鍛冶屋へ向かった。
◇
鍛冶屋へ近づくにつれて、金属を打つ音が大きくなっていった。
中へ入ると熱を含んだ空気が流れてきて、奥の作業場では火の明かりが揺れている。
使用人が声を掛けると、一人の男が作業を止めて出てきた。
「タングスさん、お願いしたいものがあるのですが」
タングス・テインは手を拭きながら近づき、クロードへ軽く頭を下げた。
使用人が作業台へ包みを置き、布を開く。
雷鳴鋼が見えたところで、タングスの手が止まった。
「……雷鳴鋼か」
「分かるんですか?」
「見たことくらいはある」
タングスは表面を眺めてから手を掛け、雷鳴鋼を持ち上げた。
重さを確かめるように少し持ち直してから、もう一度作業台へ戻す。
「珍しいもんを持ってきたな」
「昨日もらいました」
「それで、どうする?」
「いくつかに分けてほしいです」
「いくつか?」
クロードは雷鳴鋼を見る。
「大きいのと、中くらいのと、小さいのが欲しいです」
タングスがクロードを見る。
「同じ大きさに揃えるんじゃなくていいのか?」
「違う大きさがいいです」
「何か作るわけじゃないんだな?」
「はい」
タングスは少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上は聞かず雷鳴鋼へ視線を戻した。
「まあ、できる」
「お願いします」
タングスは塊の向きを変え、どこから分けるかを確かめ始めた。
クロードはその手元を見ながら、一つ気になっていたことを聞いてみる。
「タングスさんは雷鳴鋼を使ったことありますか?」
「ほとんどないな」
「雷をどれくらい残せるかは知ってます?」
「そこまでは知らん」
「雷が残りやすいことは?」
「それくらいなら知ってる」
タングスは道具を選びながら答える。
「試したことはないんですか?」
「俺は雷を使えん」
「あ」
クロードはそこで気づいた。
言われてみれば当たり前だった。
「雷を使える奴自体が滅多にいないからな」
「そうですね」
雷鳴鋼に雷が残りやすくても、それを実際に確かめられる人がほとんどいない。
クロードは作業台の上にある雷鳴鋼を見る。
詳しく分からないなら、自分で確かめればいい。
タングスが作業の準備へ入ったので、クロードは邪魔にならないところまで下がった。
五歳の頃にも金属を加工してもらったことがあり、その時は作業へ近づきすぎて止められた。
今は最初から距離を取り、並べられていく道具やタングスの手元を眺める。
どんな道具を使うのかも気になるし、雷鳴鋼が普通の金属と同じように扱えるのかも気になる。
けれど作業はすぐには終わらなかった。
しばらくして、隣にいた使用人が懐から懐中時計を取り出した。
蓋を開いて時間を確かめ、作業場へ目を向ける。
「まだ少し時間が掛かりそうですね」
「うん」
「先ほどのミーニャさんと、お話の続きをされてきてはいかがですか?」
クロードは顔を上げた。
「ミーニャ?」
「宿屋へ向かわれたのでしょう」
今頃なら、もう野菜を届け終えているかもしれない。
クロードは作業場を見る。
タングスはまだ雷鳴鋼へ手を入れている途中だった。
「行ってきてもいい?」
「はい、私もご一緒します」
クロードはタングスへ一声掛け、使用人と一緒に鍛冶屋を出た。
宿屋の方へ向かって歩いていくと、途中で空になった籠を抱えたミーニャがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「ミーニャ」
「あれ、クロード」
「終わった?」
「うん」
ミーニャは軽くなった籠を持ち上げる。
「クロードは?」
「まだ」
「まだ小さくしてるの?」
「うん、思ったより時間掛かってる」
「金属って大変なんだね」
「雷鳴鋼だからかもしれない」
「ふうん」
二人は並んで歩き始めた。
何度か顔を合わせることはあっても、クロードが学園へ入ってからは以前ほどゆっくり話す機会はない。
クロードはミーニャの籠を見ながら、昔から気になっていることを思い出した。
「ミーニャ」
「なに?」
「《緑恵》、最近どう?」
「どうって?」
「畑で使ってる?」
「使ってるよ」
「疲れるまで?」
ミーニャがクロードを見る。
「そこまで使わないよ」
「あの時みたいに?」
「もうやらないって言ったでしょ」
「今も?」
「今も」
ミーニャは少し呆れたように答えた。
「次の日すごくつらかったもん」
「じゃあ今は、どこでやめるの?」
「疲れる前」
「分かるの?」
「分かるよ」
「どうやって?」
「なんとなく」
「なんとなく?」
「何回も使ってれば分かるの」
クロードは少し考える。
「何回くらい?」
「数えてないよ」
即答だった。
クロードは思わずミーニャを見る。
「今も数えてないの?」
「数えないよ」
「でも――」
「クロード」
「なに?」
「質問ばっかり」
以前にも同じことを言われたことがある。
「気になるから」
「知ってる」
ミーニャは少し笑った。
「クロードはまだ数えてるの?」
「必要な時は」
「何回使ったとか?」
「うん」
「疲れ方とか?」
「それも」
ミーニャがクロードを見る。
少し間を置いてから笑った。
「変なの」
「なんで?」
「やっぱり変わってないから」
「ミーニャだって数えてないじゃん」
「普通は数えないの」
「普通かどうか分からないよ」
「そういうところ」
「どういうところ?」
ミーニャがまた笑った。
クロードにはよく分からなかった。
「学園でも調べてるの?」
「うん」
「雷?」
「雷も」
「他にも?」
「金属とか」
ミーニャが少し考える。
「だから誕生日に金属なの?」
「それは欲しかったから」
「やっぱり変なの」
今日何度目か分からなくなってきた。
それでも、昔のように嫌な感じはしない。
クロードも笑った。
少し話していると、後ろを歩いていた使用人が懐中時計を取り出した。
時間を確認してから二人へ近づく。
「クロード様、そろそろ一度鍛冶屋へ戻りましょうか」
「うん」
クロードはミーニャを見る。
「僕、戻るね」
「うん」
「また畑に行ってもいい?」
ミーニャが少し笑ってクロードを見る。
「石を見に?」
「それもあるけど、野菜も見るよ」
「やっぱり野菜もなんだね」
「うん」
ミーニャは呆れたように笑った。
「変なの」
「また?」
「また」
「じゃあね、ミーニャ」
「うん、またね」
クロードはミーニャと別れ、使用人と一緒に鍛冶屋へ戻った。
作業台の上には布が敷かれ、その上に大きさの違う雷鳴鋼が並べられている。
元の大きさを残したものから、片手で持てるくらいの小さなものまでいくつかに分かれていた。
「こんな感じでいいか?」
クロードは一番小さな雷鳴鋼を手に取った。
片手の中に収まり、向きを変えて表面を見るのも簡単だった。
次に少し大きなものへ持ち替える。
同じ金属でも重さの違いはすぐに分かった。
「これで大丈夫です」
「そうか」
「ありがとうございました」
使用人が分けられた雷鳴鋼を布へ包み直す。
クロードはタングスへ頭を下げ、鍛冶屋を出た。
町の入口まで歩いて馬車へ戻り、雷鳴鋼を積み込んで屋敷へ向かう。
◇
屋敷へ帰ったクロードは、雷鳴鋼を自分の部屋へ運んでもらった。
机の上へ布を広げ、大きいものから順番に並べていく。
昨日は一つだった雷鳴鋼が、今は何個にも分かれていた。
クロードはそれを見ながら、昨夜エリスに言われたことを思い出す。
部屋を石や金属でいっぱいにしないでね。
「……小さくしただけだから、増えてない」
全部を合わせれば昨日と同じだ。
クロードは一人で納得すると、雷鳴鋼を机へ残したまま修練場へ向かった。
外はまだ十分に明るい。
木剣を手に取り、構えてから踏み込み、振り抜く。
ザナンと鍛錬していた時に指摘されたところを思い出しながら何度も繰り返し、姿勢が崩れれば一度止めて構え直す。
しばらく続けたあと、クロードは木剣を置いて水を飲んだ。
息が落ち着くまで休み、それから魔法の鍛錬へ移る。
周囲に人がいないことを確かめ、使う雷も少なくする。
まず《放つ》。
続けて《曲がる》。
雷の進む方向が変わる。
一度手を下ろして指の動きを確かめ、もう一度同じ操作を繰り返す。
今は《丸くする》より、《曲がる》を自分の思った通りに扱えるようにする方を優先していた。
《放つ》。
《曲がる》。
一回ごとに間を空け、手や身体の様子も確かめる。
何度か繰り返しているうちに、修練場へ伸びる影が長くなってきた。
クロードは空を見上げ、それ以上は続けず右手を下ろした。
部屋には、朝から確かめたかったものが待っている。
木剣を片づけると、クロードは屋敷へ戻った。
◇
日が陰り始めた頃、クロードは机の前へ座った。
目の前には大きさの違う雷鳴鋼が並んでいる。
まず一番小さなものを手に取った。
昨日の大きな塊よりずっと扱いやすく、片手の中で向きを変えながら表面を見ることもできる。
指先で触れ、重さを確かめる。
次に少し大きなものを持ち、また戻す。
同じ雷鳴鋼でも大きさが違えば、持った時の感覚は当然変わる。
クロードはもう一度一番小さな雷鳴鋼を手に取った。
これくらいなら、作れたとしても大きすぎない。
布の上へ戻し、その隣の空いた場所へ手を向ける。
《鉱物生成》。
頭に浮かべるのは、今まで触っていた雷鳴鋼だった。
魔力を動かす。
けれど何も現れない。
クロードは少し待ってから手を下ろした。
「……出ない」
布の上は空いたままだった。
もう一度雷鳴鋼を見る。
失敗しただけなら、それほど気にはならない。
気になったのは、身体の中に残った感覚だった。
何も出来なかったのに、魔力は減っている。
クロードは一番小さな雷鳴鋼を持ち上げ、もう一度表面を見る。
指で触れ、手の中で向きを変える。
それから布へ戻した。
もう一度だけ試す。
《鉱物生成》。
魔力が動く。
それでも何も現れなかった。
「……だめか」
クロードは手を下ろす。
二度目だから意識していた分、魔力が減った感覚もさっきより分かりやすかった。
アルミを作る時より多く使っているような気もする。
けれど、今の二回だけでは本当にそうなのか分からない。
クロードはもう一度手を上げかけて止めた。
同じようにやって、また何も出なければ魔力だけを使うことになる。
それなら、先に雷鳴鋼そのものをもっと調べた方がいい。
クロードは一番小さな雷鳴鋼を手に取った。
重さは分かる。
触った感触も分かる。
普通の鉄より雷が長く残ったことも知っている。
けれど、どのくらい残るのかは知らない。
大きさが違えばどうなるのかも分からない。
「……まだ知らないな」
クロードは雷鳴鋼を机へ戻した。
大きいものから小さいものまで、順番にもう一度眺める。
今日はこれ以上《鉱物生成》を使わない。
まずは目の前にある雷鳴鋼について、分からないことを一つずつ確かめてみる。
クロードは空いたままの布の隣へ、一番小さな雷鳴鋼を置いた。




