おくりもの
ザナンが王都へ戻ってからも、クロードは毎日のように屋敷の修練場へ通っていた。
木剣を握って足を動かし、何度も前へ踏み込んでは剣を振る。
ザナンとの稽古で身体の鈍りはかなり戻ったものの、動く相手へ当てることも、自分の木剣が届くところまで入ることも簡単ではないと分かったばかりだった。
相手がいなくても出来ることはあるため、今は何度も同じ動きを繰り返して身体へ馴染ませていく。
しばらく木剣を振っていると、少し離れたところから別の剣が空気を切る音が聞こえた。
ガルディオも自分の鍛錬をしている。
クロードが学園へ入る前から何度も見てきた光景だった。
邪魔にならないよう距離を取りながら練習を続けていると、やがてガルディオが剣を下ろした。
「まだやるのか」
「もう少しだけ」
「そうか」
それ以上は何も言わず、ガルディオはしばらくクロードの動きを見ていた。
毎日見てもらえるわけではないが、自分の鍛錬と重なった時や時間に余裕がある時には、こうして様子を見てくれる。
クロードはもう一度構え、足を前へ出して木剣を振った。
何度か同じ動きを繰り返してから、ようやく木剣を下ろす。
「今日は剣はここまでにします」
「ああ」
少し休んで水を飲んだあと、今度は魔法の練習へ移った。
人のいない方向を選び、少ない雷で《放つ》を使い、続けて《曲がる》も確かめていく。
どちらも学園で練習してきたものだが、狙った通りに出来るかどうかは毎回同じではない。
最後に手元へ出した雷を《丸くする》ことも試してみたものの、形を整えようとした途中で青白い光は崩れた。
「……やっぱり難しいな」
学園にいた時から何度も試しているが、こちらはまだ一度も上手くいっていない。
クロードは消えた雷の跡を見てから一度手を休め、それからもう一度だけ同じことを試した。
◇
その日の夜、クロードは家族と一緒に食卓を囲んでいた。
ザナンが王都へ戻ってから少し静かになった食卓でも、イリアが今日あったことを話し続けているため声が途切れることはない。
クロードがその話を聞きながら食事をしていると、エリスがこちらを見た。
「そういえばクロード」
「なに、母さま?」
「もうすぐ誕生日でしょう」
「うん」
言われてみれば、もうすぐ誕生日が来る。
学園にいる間は授業や魔法のことばかり考えていたため、自分の誕生日が近づいていることをあまり意識していなかった。
「誕生日には何が欲しい?」
クロードは手を止めた。
欲しいものを考えようとしたが、最初に頭へ浮かんだものはすぐには消えなかった。
「雷鳴鋼が欲しいです」
ブラインがクロードを見る。
「誕生日に金属か?」
「うん」
「らいめいこう?」
隣ではイリアが聞き慣れない名前に首を傾げていた。
「金属だよ」
「おもちゃ?」
「おもちゃじゃないよ」
「じゃあ何するの?」
クロードが答えようとすると、ガルディオもこちらを見る。
「何に使う」
「まだ何かを作るって決めてるわけじゃないです」
「そうか」
「学園で雷鳴鋼の球を使ったんです」
クロードは学園で行った実験を思い返した。
普通の鉄球と雷鳴鋼の球へ同じように雷を当てたところ、雷鳴鋼の方が雷を長く残していた。
なぜ違うのかまでは分かっていないが、同じ雷でも金属が変われば結果が変わることは自分の目で見ている。
「学園にあったのは球だったから、今度はそのままの雷鳴鋼も見てみたいんです」
「見るだけ?」
エリスが聞く。
クロードは少し考えた。
「触ったり、重さを確かめたりもしたい」
「やっぱり調べるのね」
「気になるから」
エリスは小さく笑ってから、少しだけ目を細めた。
「クロード」
「なに?」
「鉱物も箱に入るだけだからね?」
クロードはすぐに頷いた。
「入ります」
エリスが黙った。
「そういう意味じゃないの」
「え?」
ブラインが横で笑い、クラリッサも口元を緩める。
「部屋を石や金属でいっぱいにしないでねって言ってるの」
「ああ」
ようやく意味が分かった。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「たぶん」
「そこは本当にって言うところでしょう」
クロードが笑うと、エリスも仕方なさそうに笑った。
ガルディオがクロードを見る。
「どれくらい必要だ」
クロードは自分の両手を見た。
大きすぎても自分では扱えない。
「僕が持てるくらいの塊でいいです」
「分かった」
「いいんですか?」
「ああ」
クロードの顔が自然と明るくなった。
「ありがとうございます、父上」
すぐに手へ入るものではないらしいが、それでも自分のものとして好きな時に見たり触ったり出来る雷鳴鋼が来ると思うと楽しみだった。
◇
それから数日が過ぎても、クロードの毎日は大きく変わらなかった。
朝になれば修練場へ行って木剣を振り、一人で出来ることを繰り返し、ガルディオがいる時には時々その様子を見てもらう。
魔法も止めず、《放つ》を使い、《曲がる》を試し、《丸くする》では何度も形を崩した。
誕生日が近づいたからといって、昨日まで出来なかったことが急に出来るようになるわけではない。
それでも屋敷へ荷物が運び込まれる音がすると、以前より少しだけそちらが気になるようになった。
雷鳴鋼だったのか聞きに行きたくなる時もあったが、届けば教えてもらえると思い直して修練場へ戻る。
そうしているうちに、誕生日の朝がやってきた。
◇
目を覚ましたクロードは、いつもと変わらない天井をしばらく眺めた。
身体を起こして両手を見ても、昨日までと何かが変わったようには見えない。
「……10歳か」
口にしてみても、急に身体が大きくなったわけでも、魔法が上手くなったわけでもなかった。
寝台から降りようとしたところで、廊下から足音が近づいてくる。
すぐに扉が開き、イリアが顔を出した。
「おにいちゃん!」
「おはよう、イリア」
「お誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
イリアは嬉しそうにクロードのところまでやってくる。
「10歳!」
「うん、10歳」
「大きくなった?」
イリアが近くからクロードを見上げる。
「昨日からは変わってないと思う」
「そうなの?」
「1日だからね」
イリアは少し残念そうな顔をした。
何を期待していたのかは分からなかったが、クロードは笑いながら着替えを済ませた。
部屋を出て食堂へ向かっていると、廊下の先から来た使用人がクロードに気づいて足を止めた。
「クロード様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
その先でも別の使用人から同じように声を掛けられ、クロードはもう一度礼を返した。
食堂まで歩く間にも何人かから祝われ、そのたびに今日は自分の誕生日なのだと改めて思う。
食堂へ入ると、家族がすでに席についていた。
「クロード、誕生日おめでとう」
クラリッサが微笑む。
「ありがとうございます、クラリッサ様」
セレナもクロードを見て穏やかに笑った。
「おめでとう、クロード」
「ありがとうございます、セレナ様」
ブラインはクロードを見ながら少し笑う。
「もう10歳か」
「うん」
「大きくなったな」
「ブライン兄様に言われると、まだ小さいって言われてる気がする」
「実際まだ小さいだろ」
「やっぱり」
二人で笑っていると、ガルディオがクロードを見る。
「10歳だな」
「はい」
ガルディオは小さく頷いた。
「おめでとう」
「ありがとうございます、父上」
エリスもその隣で笑っている。
「お誕生日おめでとう、クロード」
「ありがとう、母さま」
「おにいちゃん!」
隣からイリアの声が飛んでくる。
「なに?」
「お誕生日おめでとう!」
「朝にも聞いたよ」
「もう一回!」
クロードは思わず笑った。
食卓には普段より少し豪華な料理が並び、いつもの朝より賑やかな時間が続いた。
それでも朝食が終われば、その日も時間はいつも通りに流れていく。
クロードは修練場へ行き、木剣を振り、休んでから魔法も少し練習した。
誕生日だからといって一日中何か特別なことをしているより、いつものことをしている方がクロードには落ち着いた。
◇
夜になると、家族が再び食卓へ集まった。
朝よりも料理が増えており、イリアは自分の誕生日でもないのに嬉しそうにしている。
食事をしながら学園でのことを聞かれ、クロードも授業や寮であったことを思い出しながら話した。
やがて食事が一段落したところで、エリスがクロードを見る。
「クロード」
「なに?」
「おくりものよ」
クロードはその言葉に少しだけ姿勢を正した。
ガルディオが席を立ち、少し離れたところに置かれていた包みを持ってくる。
目の前へ置かれたそれは布に包まれていたが、机へ置かれた音だけでも軽いものではないと分かった。
「開けていい?」
「ああ」
クロードは布をゆっくり外していった。
中から現れたのは、球でも道具でもない金属の塊だった。
「雷鳴鋼……」
「これが?」
イリアが横から覗き込む。
「うん」
学園で見た球とは形が違うため、同じ素材だと知っていても見え方が違った。
クロードは顔を近づけ、向きを変えながら表面を見る。
「クロード」
エリスに呼ばれて顔を上げる。
「なに?」
「もう調べてるでしょう」
「まだ見てるだけだよ」
「それを調べてるって言うんじゃないか?」
ブラインに言われ、クロードは自分の手元を見る。
「……そうかも」
クラリッサが笑い、セレナもつられるように口元を緩めた。
クロードは改めてガルディオとエリスを見る。
「ありがとうございます、父上、母さま」
「ああ」
「大切にしてね」
「うん」
クロードはもう一度雷鳴鋼へ両手を伸ばした。
置かれている時には分からなかった重さが、持ち上げた途端に腕へしっかりとかかる。
思っていたより力を入れなければならず、クロードは両腕で抱えるようにして持ち直した。
「……結構重い」
ブラインが最初に笑い、エリスも吹き出した。
クラリッサとセレナも笑い、何がおかしいのか全部は分かっていないイリアまで一緒になって笑い始める。
ガルディオも僅かに口元を緩めたので、クロードは雷鳴鋼を抱えたまま家族と一緒に笑った。




