第99話 小さな茶会
精霊祭は人々と精霊が交流をもつ初めての場として、穏やかな雰囲気のうちに終了した。
精霊達をかえしたあとも、リュシアはしばらく帝国に滞在し、懐かしい面々との交流を楽しんでいた。
宮殿の中央庭園で、ささやかな茶会が開かれている。
「紅茶、美味しい〜」
リュシアは丸テーブルの椅子に腰掛け、ニコニコとティーカップを口に持っていく。
「リュシア様が好きだったお茶、用意しておいたんですよ」
ルトがチュッキーをリュシアの前に置く。
「そんなこと、覚えててくれたの? 嬉しい、ありがとう」
「精霊界では飲み食いしないんですか?」
「そうね、食べてもいいけど、食べなくても死なないから、食べなかったな」
「地上の味が恋しくなったり、しなかった?」
リュシアの隣に座っているエリューが聞いた。
「うん……結構ずっと、落ち込んでたから。喉を通らなかった」
「――あれから、精霊のみんなはどうしてた?」
「あなたが言った"どっちにもいる"の提案が、あの子達には相当な衝撃だったみたいよ」
「引くに引けないイフリートをウンディーネがたしなめて、もう帰ろって。それでみんな帰ったんだって」
「あの地響きの間にそんなやり取りが……」
リュシアは少し目を伏せる。
「――私はずっと、あの子達はとても我の強い子どもだと思ってた。自分の意思を曲げたり、誰かの意見を取り入れたりすることは無いって」
「でも……全然わかってなかったな」
「あの子達の活動をずっと見守ってきたから、理解しているつもりだったけど……きっと対話が足りてなかったのね」
「イフリートはかなり落ち込んでるわ。自然の営みの必要性ではなく、みんなを傷つけたこと。精霊祭でみんなとふれあって、仲良くなって、ますます落ち込んでる」
「そうなんだ……じゃあ、今度そっちに行って、イフリートに伝えなきゃね。次の精霊祭で "ごめん" って言いなって」
「……イフリートに、ですか?」
「うん」
「ごめん、て?」
「言いなよって」
(突っ込むべきか、正しいのか、判断出来ない……)
セリクはそれ以上何も言わずに紅茶を飲んだ。
リュシアが笑う。
「私もそんな風に接していくべきだったな」
「――精霊界では、地上の様子は見られるのですか」
カーツがリュシアに聞く。
「えぇ。あなたが立派に成長する姿も見ていたわ。私との約束を守って、いつもエリューの傍に居てくれたね」
リュシアはそう言うと、大きな水晶玉を発現させた。
「へぇ……その水晶に地上の様子が映せるんですか」
セリクが腰を浮かせて水晶玉を覗く。
「精霊召喚の時も、これで見せてくれたよね」
エリューも水晶玉を覗き込む。
「この水晶を通さないと、見られないの?」
「ううん。これでもいい」
リュシアは両手を柔らかく広げ、その上に映像を映し出す。
「……水晶玉は、なんで必要なの?」
「なんとなく……」
(あ、この人エリュー様のお母様だ。間違いない)
セリクは確信した。
一同はその後も他愛ない話で盛り上がる。
「精霊祭のジュビナー料理が美味しかった」
「セントールの一族がみんなで帝国に越してきた」
「カーツはなぜパピルキーが強いのか」
「結婚式のシェイドのコーディネートはエリューとリーマルの3人で厳選した」
「――そういえば、陛下は今日、戦線なんですね」
セリクがスケジュール帳を見ながら言う。
「うん、レグルスも一緒に第二戦線だから、のびのびやってるんじゃないかな」
「お二人は仲が良いですよね」
「そうねー、シェイドはレグルスにはサラッと頼るんだよねぇ」
「そうそう、シーカントで買った香油石鹸はレグルスさんが選んだんですよ」
「あ、あれ! 凄い良い香りだった!」
紅茶のお代わりを注ぐリーサが声をあげる。
「軽い時は軽いし、見てるとこ見てるし、レグルスさんってバランスが絶妙な人ですよね」
——楽しそうに談笑するエリューたちの姿を、エイヴァンが少し離れた場所から眺めていた。
リュシアが気づき、おいでと合図する。
エイヴァンはバツが悪そうに歩いてくる。
「……いいんだ、ゆっくり話していてくれ」
「えぇでも、そろそろ行こうと思ってたところよ」
「……エリュー」
途端に表情が固くなった娘の名前を呼ぶ。
「……はい」
「お前は、とても楽しそうに笑うんだな。ずっと、知らずにいた……いや、そうさせなかったのは私だが……」
「……今は楽しく過ごしています」
「……そうだな、何よりだ……」
リュシアが席を立つ。
「じゃ、みんなこの後も、ゆっくりね」
そう言うとエイヴァンの腕を取り、庭園の出口へ向かう。
エリューは二人を見送りに出口へついて行った。
「……一緒には過ごさないんですね」
セリクが呟く。
「まぁ……そんな簡単にわだかまりは解けないよな」
ルトがこたえる。
「エリュー側の、ガッチリ閉まってた鍵は開いた気がするけどな。 でも、扉は重いから、少しずつ開けるしかない。父親が努力してな」
「……ルトさんって、達観してますね」
「そんなこたねぇよ。エリューのことは何となく分かるんだよ」
「なんでですか?」
「それはな……今度ゆっくり語ってやろう」
エリューがテーブルに戻って来た。
「……仲間に入れてあげた方が良かったのかな」
「いや、無理することないさ。上向くのも下向くのも、自分の気持ちに正直でいいんじゃねえか? ゆっくり進めばいいよ。ただ、時間は有限だってことだけ、忘れるなよ。後悔の無いようにな」
「うん、わかった。ありがと」
ルトはエリューの頭をポンポンとすると、リュシアの食器を片付けに行った。
エリュー、セリク、カーツ、リーマルはパピルキーを始めた。
——カーツが全勝した。




