人物譚③アーカー
「父上……私は騎士には向いておりません。どうか文官の道に進むことを、お許しください」
アーカーは父親の前で跪き、訴えた。
「ならん。グランバート家は代々、騎士を輩出する武家の棟梁だ。文官になるなど、あってはならない」
アーカーの父、ローガン騎士団長はアーカーの言葉を退けた。
「……しかし、私には剣の才がありません。一族の恥となるのは必至です」
「覚悟が足りていないだけだ。お前が思うものの数倍、訓練を重ねてみろ。結果は変わってくる」
「はぁー……」
帝国騎士団へ入団し、戦線初日。
アーカーは思い足取りで戦地へ向かっていた。
「いよいよ魔物と対面ね……どんな魔物が出るかしら。初日だし、あんまり強いの出てこないといいな」
隣を歩く女性騎士ゼリアが言った。
「今日は満月なので、比較的魔物の出現が抑えられると思います。新人騎士の初陣は大抵満月の日なんだそうですよ」
アーカーが答える。
「へぇぇ……そうなんだ。知らなかった」
「思う存分、才能を発揮して来てくださいね」
「人ごとみたいに言うじゃない。あなたの初陣でもあるでしょ」
「はは、私は目立たないようにしていますよ」
丘を登ると広大な荒れ地が視界に広がる。
「広い……帝国はここを全て守っているのね」
「……なかなか、骨が折れますね。一部を埋め立てる案が出ていますが、人手がかかるため騎士団側からは抗議を入れてるとか」
「アーカーは何でも知ってるのね」
「よし、では各自、配置につけ!」
「ゼリア、頑張ってくださいね」
「アーカーもね!」
二人は別れ、それぞれの配置へ向かった。
アーカーがついた場所は
少し岩場がある、戦線の中心部だった。
地平線から魔物の群れが近づいてくるのが見える。
「翼鹿だ。角に気をつければそこまで手強い相手じゃない。盾をしっかり構えて迎え撃て」
指導係の騎士が言う。
アーカーは震える手に力を込め、剣を握った。
(角は正面ではなく横側から切り付け、盾は胸元より上に掲げて……)
訓練で習った翼鹿との戦い方を頭の中でさらう。
——遂に翼鹿と対峙した。
凄まじい力で飛び乗ってくる。
盾を構える余裕がない。
角を横から捉えることなど出来ない。
アーカーは必死で剣を振り回した。
翼鹿の角がアーカーの腕に刺さる。
「……ぐぅっ!」
「大丈夫か! 岩陰に退避しろ!」
年配の騎士に助けられ、岩陰に身を潜め、腕を抑える。
しばらくすると、戦闘が終了した。
傷の手当てをしに医務局へ向かう。
「……なんであんなのがいるんだ?」
「グランバート公爵家だってさ。試験は顔パスだったんだろ」
「あれが騎士団長の息子?嘘だろ?」
——唇を噛み締める。
翌日、ゼリアが声を掛けてきた。
「怪我したんだって?大丈夫?」
「大したことありません。ゼリアは大活躍だったみたいですね」
「風向きが良かったのよ。アーカーの方は風下でやりづらかったわよね」
「才能の違いを風で誤魔化してくれるなんて、優しいですね」
アーカーはゼリアに笑顔を向けた。
「腕が治るまでは見学者です。皆さんの戦い方をよく学ばせていただきます」
アーカーは丘の上から戦闘を見ていた。
弓術団がせり出た崖の上に立ち、弓を構える。
その横で魔術団が援護魔法を使っている。
(魔術団は向こうの林に配置した方が身を隠せる……)
(弓術団は風向きに合わせて動けた方が……)
アーカーはハッとした。
(違う……戦略ではなく、戦い方を学ばねば……)
アーカーは頭を振り、騎士の方に目を向けた。
——その夜、アーカーは丘の上に立つ小さな人影を見つけた。
(あれは、もしや……皇太子殿下?)
小さな男の子がじっと星空を眺めている。
「シェイド皇太子殿下」
アーカーが声を掛けると、シェイドが振り返る。
「初めまして、新人騎士のアーカーと申します。何かお困りでしたか?」
「……星が、動いている」
「どの星ですか?」
シェイドは夜空を指差す。
「この前はあの星が、ここから見てあの岩場の上にあった。少し右にずれている」
「よくお気付きになりましたね」
アーカーは微笑みながら語る。
「夜空は一年かけて一周するのです。季節と絡めて覚えておくと、楽しいですよ。例えば、今の時季ですとパジの実が美味しいですから、ここに星が来たらそろそろパジの実の季節ということです」
「……わかった」
「皇帝陛下の寝所までご案内致しましょうか」
「一人で戻れる」
「左様でございますか。ではまた、何かお困りの時にはいつでもお声掛けください」
シェイドは奥の建物へ駆けて行った。
翌日、アーカーは戦線に立つ皇帝とシェイドの姿を見た。
皇帝が大きな魔物と戦い、周りの小さな魔物をシェイドが切り倒していく。
僅か8歳とは思えない勇猛っぷりだった。
半月後、アーカーの腕の傷は回復し、再び戦線に立った。
地平線からやってきた魔物は、走り竜と呼ばれる、二本足で立つ小柄の竜だ。
どう見ても翼鹿より強い。
アーカーは半身になり、盾を構える。
走り竜が、アーカーに向かって走り出した。
その勢いのまま突進してくる。
アーカーは必死で盾を抑えた。
ザザーーッと身体ごと後ろに滑る。
走り竜が尻尾でアーカーの足元をすくった。
アーカーは仰向けに倒れる。
走り竜が上から覗き込み、大きな口を開いた。
(あぁ……ここまでなんだな……)
アーカーが死を覚悟した瞬間、目の前を小さな影が遮り、走り竜が断末魔をあげて倒れ込んだ。
——シェイドが剣を振るい、瞬く間に走り竜を切り刻んだのだ。
シェイドはアーカーの方を振り返った。
「お前は、こっちじゃないだろう」
そう言ってアーカーの手を取り、引き起こすと
他の走り竜を倒しに駆けて行った。
翌日、騎士団長の父から皇太子直々の命を告げられた。
アーカーは書記官に任命され、騎士団を退団した。
「明日からもう、書記官になるの?」
ゼリアが昼食のパンを齧りながら聞く。
「はい。戦線に来るのは今日が最後になりました。ゼリアの勇士が近くで見られなくなるのは残念ですが……」
「殿下に救っていただいた命と、道を……これからは殿下のために捧げていきます」
「うん、アーカーは文官が向いてる。ここにいるよりずっと殿下のお役に立てる。頑張って」
アーカーは書記官として様々な会議に参加した。
「アルメデスとの鉄鋼取引は順調です」
「今年も鉄の輸入量は維持しています」
「良い傾向ですな」
アーカーは議事録を取りながら考える。
(街に出回るアルメデス産の輸入品が変わってきている。鉄製品が多かったのが、絵画や装飾品が増えている。アルメデスは産業国家から文化国家へ移行しているのでは……)
——社交場にも積極的に顔を出すようになった。
「おや、グランバート家のアーカーくんだね」
「ご無沙汰しております」
「騎士団はどうだね」
「実は殿下から命を頂戴し、早々に書記官へと進路を切り替えたところでございます」
アーカーは様々な人と挨拶を交わし、噂話をかき集めた。
「アルメデスの王様はとある演劇に感銘を受け、それ以来劇場作りに勤しんでいるらしい」
「鉄鋼を扱っていた商人が絵画に切り替えたとか」
情報をまとめて上司に報告する。
「アルメデスは今後、鉄鋼より芸術に力を入れていくようです。鉄鋼の輸入量は徐々に減少する可能性があります。今のうちに輸出先の見直しを進めるべきかと」
2年後、アーカーは政務官に抜擢された。
「凄い勢いね、道を切り替えられて本当に良かった!おめでとう」
街の酒場でゼリアと乾杯する。
「ゼリアの活躍も沢山伺っていますよ。女性初の副隊長になるのではと」
「まぁ、女だと副隊長が限界かしらね」
「変えてみせます。女性でも適任に就けるように」
「期待してる。私もアーカーの期待を裏切らないように研鑽するわ」
「皇太子殿下は健やかにお過ごしですか?」
「えぇ。剣の天才っぷりはますます磨きがかかって、もう皇帝陛下と対ではなく単独で行動なさってるわ。あなたを救った時もだけど、とても視野が広い。主戦力としても動くけど、戦力が足りないところをすぐに見つけて補助にも回る。まさに戦地の申し子ね」
「そうですか……引き続き、殿下を守ってくださいね」
「任せて。あなたは安心して政務を整えてね」
——以前から議題に上がっていた、戦線を埋めて狭める案が実際に着工された。
広大な一つの荒れ地だった戦線が、埋め立てにより4つに分けられる計画だ。
作業員が派遣され、その作業員を守るために隊員は増員され、不満は漏れているものの作業は順調に進んでいた。
——そんな中、事件は起きた。
戦線に巨大な双頭竜が現れたと急報が届く。
「なんだと!? 陛下と殿下は!?」
「陛下と殿下、隊員の全軍で応戦中、埋立作業は中断し作業員は退避しています」
「援軍を急げ! 近衛兵も派遣しろ!」
「"中"の守備も強化するんだ!」
戦闘は夜通し続き——明け方のことだった。
「こ、皇帝陛下が……崩御なされました……!」
信じがたい訃報に、官僚達は固まる——
「そんな……」
「殿下は……皇太子殿下はご無事なのか!?」
「いまだ応戦中とのことです……」
「殿下が命を落とすことだけは、あってはならん!」
「しかし、殿下のお力無しでは戦線を突破されてしまい……」
皇妃が大執務室に飛び込んで来た。
「お願い! 今すぐシェイドを戻して! お願いぃぃーー!」
半狂乱で泣き叫ぶ皇妃を侍女達が抑え、部屋へと連れ戻す。
叫び声は廊下に響き渡った——
戦況はなかなか好転せず、更に1日が経過した。
皇妃が自害したと大執務室に報が入った——
官僚達は憔悴し、頭を抱え、うずくまる者もいた。
帝国民、全ての者にとって、長い1日だった。
翌日、皇太子が遂に双頭竜を倒したという報が入る。
一同は泣き崩れ、皇太子の生存と、戦線を守り切れたことに心から安堵した。
アーカーはすぐさま馬に乗り、戦線に走った。
戦地には沢山の隊員の遺体と、巨大な双頭竜が血に染まり倒れていた。
シェイドも双頭竜の返り血で真っ赤に染まり、丘の上で緊急手当てを受けている。
シェイドの無事を確認し、アーカーは駆け出す。
「ゼリア…………ゼリア!」
ゼリアは医務局の中にいた。
全身を包帯で包まれている。
「……アーカー、また会えた」
「……よく頑張りましたね……生きていて、本当に良かった……!」
「皇帝陛下のこと、守り切れなかった」
ゼリアが大粒の涙をこぼす。
「全力を尽くしました。そして、皇太子殿下を守れました。誇ってください」
アーカーは包帯だらけのゼリアの手をそっと取り、
二人で涙を流した。
皇帝の崩御により、シェイドは若くして皇帝の座につくこととなった。
後見人は、アーカーの父であるローガン騎士団長がつくことになった。
「……私はこの国の宰相を目指します。少しでも早く陛下のお力となれるよう、全力で進みます」
「私も、騎士団長を目指す。この命を賭して陛下をお守りするわ」
——アーカーとゼリアは並んで帝国の城を見上げた。
物語は第四部まで、ただいま絶賛執筆中です!
次回は7/14(火)0:00に
【人物譚④エイヴァン〜前編〜】
を投稿します。
ぜひブックマークしてお待ちください。
コメント、ポイント応援していただけると
ここでガッツポーズしています。
なにとぞよろしくお願いいたします。




