人物譚②シェイド〜婚約編〜
婚約が決まっても、シェイドの戦線と執務室の往復は変わらず、エリューと会話する機会は得られずに日々が過ぎていった。
そして、あっという間に婚約式の日を迎えた。
アーカーが執務室で式の段取りを説明する。
シェイドは書類を進めながら、頭の中で動きのイメージをする。
「祭壇に到着されたら指輪をお持ちください。エリュー様の左手を取り――」
……手を、取る……
まだ視線すら合わせられないのに……?
「薬指に指輪をはめてください」
……いや儀式のために必要な動きと思えば、できる。
「そのまま、手の甲に口づけし――」
……無理だ。できる気がしない。
「エリュー様をエスコートして退場です。……陛下、流れはよろしいですか?」
「……わかった」
手は、額に当てよう。
淑女への挨拶として使われている所作だ。
それならできる。
「昨日、バルクシア国王陛下がご到着なさいました。……エリュー様とのご関係は、一筋縄ではいかないものと見受けられました」
「……式の前に国王と面会する時間は取れるか?」
「ご用意しております」
あまりに酷い態度なら、国王の参列は禁止にする。
——シェイドの控え室に、バルクシア国王が入ってきた。
「遠路はるばるのご足労、感謝する」
彼女の父親。確かに少し面影がある。
「この度は不出来な我が娘を伴侶にお迎えいただき、幸甚の至りでございます」
国王は跪き、こうべを垂れた。
「類稀なる才能を併せ持つ、稀有な存在を磨き上げるには、難渋を極めたことだろう——」
表向きは平穏な会話を装いつつ、不審な様子を見逃さないよう気を張る。
「……生涯、皇帝陛下のお傍に在れるよう、何卒――お守りください」
そう告げると国王は退出した。
——まだ、掴めない。
聖堂でこちらを向いて立つエリューは、天窓のクリスタルに照らされて、神々しかった。
まるで天界の女神を描いた絵画のようだ。
シェイドはゆっくりとエリューに向かって歩みを進める。
祭壇の指輪を持ち、彼女の手を——
手を、取らねば。早く。
クリスタルの光を受けて輝く手を取る。
繊細で、柔らかい手。
触れた瞬間、心臓が大きく動くのが分かった。
指輪を落とさぬよう、集中して薬指にはめる。
片手を胸に当て膝を折る、騎士の誓いの所作と合わせ、手の甲を額に当てる。
腕を差し出すと、エリューがその腕を取る。
エリューの歩調に合わせ、ゆっくり進む。
列席者たちの微笑ましい視線や拍手がくすぐったい。
だが彼女と共にそれを受け止めるのは、悪くない。
「素晴らしいお式でした。特に誓いの所作は、明日以降、帝国内の婚約式で大流行するでしょうね!」
嫌味のひとつでも言われる覚悟をしていたが、アーカーからは予想外に好評だった。
——食事のあと、シェイドはエリューを散歩に誘った。
傍まで来て手を差し出そうとしたが、どっちの手を差し出せばいいか分からなくなり、結局腕を差し出した。
並んで、中央庭園をゆっくりと歩いた。
くるくると表情を変えながら隊員達の計らいの顛末を話すエリューを眺める。
なんて穏やかな時間だろう。
「戦線での二人はどんな感じなんですか?」
戦地の話になると、言葉が簡単に出てきた。
俺は、戦地しか知らない。
何度目かの食後の散歩で、彼女に両親の話をしたら聞きながら涙を流し、何も言わずに俺の手を握った。
彼女の、俺を労う気持ちが伝わってきた。
言葉がなくても通じる想いがあるのか。
彼女の手を握り返した。伝わるといいが。
彼女の離れの食事会に招待された。
レグルスも同伴だ。
レグルスは隊に入ってすぐ、自主的に俺の補助をするようになった。邪魔だと思った敵はレグルスが処理してくれる。言わずとも伝わるのが心地よい。
あいつがいれば、俺が食事会でうまく立ち回れなくても、場の空気を維持してくれるだろう。
彼女とレグルスは冗談で言い合いをする。
この短期間でこれだけの信頼関係を築けるレグルスを尊敬した。
彼女がふざけて怒る顔は、レグルスがいなければきっと見ることはなかっただろう。
俺に必要な2人が仲良く喧嘩する様子を見て、思わず顔が緩んだ。
それすら瞬時に言い合いのネタにしてまくしたてる2人を凄いと思った。
——エリューが新戦団に異種族を招致する計画を発表し、招致のための遠征に出ることになった。
思いもよらない行動に驚かされる。
しかし、彼女の望むことは叶えてあげたい。
余計な口出しはせずに、計画を見守ることにした。
エルフの国へ出発する前日になった。
しばらく会えないと思うと、少しでも顔を見ておきたい。
政務作業を中断し、食事の前に彼女を誘い出した。
彼女がこれから向かう、南側がよく見える展望室で過ごす。
相変わらずテンポよく話題を出していく姿を眺める。
この時間がしばらく無くなるのかと思うと、虚しさを感じる。少し前までの日常だったのに。
食後も散歩に誘った。
特に話したいことがあるわけではない。
時間が経つにつれ、心に違和感を感じる。
またエリューが話題を提供してくれる。
「南の方に向かうから、今より暖かくなるかな」
「そうだな」
「帰ってくる時は、帝国はもっと寒くなってるね。あ、帝国は結構 雪、降るの?」
「年によるが、よく積もる年もある」
「そっかぁー、冬の戦線は、大変だね……」
「シェイド――気をつけてね」
彼女の言葉に、心の違和感の正体が分かった。
分かった途端、溢れだす。
「エリュー……」
「ん?」
「もし、交渉がうまくいかなかったら」
「うん」
「無理せず帰還するんだ」
「うん、分かった」
「不穏な空気を感じたら、すぐ退避してくれ」
「うん」
「退路はちゃんと確保して……」
「……うん」
大きなため息が胸を突いて出る。
俺の手の届かないところで、何かあったら……
「やはりレグルスを連れていけ」
「ダメだよ、2ヶ月も隊長を引っ張り出せないよ」
「……心配してくれてるんだね、ありがとう」
そうだ。俺は、今さら不安に駆られている。
「凄く気さくなヒトたちかもしれないし! 私、結構強いし、カーツも強いし、セリクがついてきてくれるし、大丈夫だよ!」
彼女の手を強く握り、額に当てる。
どうか、無事に帰還して欲しい……
——エリュー達はその後も、方々へ遠征を続けた。
戦線に立ちながら、想いを馳せる。
皆で一体どういう話をしながら、どんなものを食べて、何を感じて旅をしているのだろう。
帰還したエリュー達は、毎回成果を持ち帰ってくる。
遠征の報告はいつも想像を超えてくる。
彼女が帝国に来てから、今までにない経験が増えていく。
彼女がノームの国へ出発する日は戦線にいて見送りが出来ない。
その2日前、彼女が馬房まで見送りに来てくれた。
馬の支度をしていると、後ろから声をかけられる。
「今回も、気をつけてね」
名残惜しい。
振り返り、彼女の元へ歩み寄る。
「ノームの国への出発は、明後日だな」
「うん」
「長旅続きで……疲れているだろう」
「大丈夫、よく眠れてるし」
珍しく、彼女の言葉数が少ない。
「荷造りは、済んだのか」
「うん、殆ど終わったよ」
「そうか……」
…………抱きしめたい。
抱きしめても、いいのだろうか。
――彼女はそっと俺の両手をとり、握りしめた。
許可を得たような気がした。
その両手をゆっくりと自分の方へ引き、
触れるか触れないかの距離で彼女を包んだ。
温もりが僅かに伝わってくる。
彼女は、いつからこちらを向き始めてくれたんだろう。
——ノームの国からの帰還報告を受けたのは、日が暮れた頃だった。
エリューが体調を崩して離れで寝込んでいると聞き、急いで離れへ向かった。
2階の部屋の扉を開けると、ベッドで苦しそうに目を瞑る彼女が見えた。
額に触れると、目を開けてぼんやりこちらに視線を向ける。
「……シェイドだ」
「何かあったのか……?」
「……あったといえば、あったし、なかったともいえる。へへ謎かけみたい」
「……俺に出来ることは、あるか?」
「んーとね、じゃあ……しばらくここにいて」
彼女から何かを望まれるのは初めてだ。
熱が下がるまで、傍にいることにした。
頬を撫でるとうっすら微笑んで、しばらくすると眠りについた。
……何があったのか。
ノームの国へは、祖国を通り過ぎたはず。
国へ寄ったんだろうか。
聞いてもいいのか、話すまで待つべきか。
自由に生きて欲しいと言いながら、頼られて嬉しいと思っている。
もっと頼って欲しいと思っている。
俺は一体どうしたいのだろう。
——翌日、回復した彼女が執務室にやってきた。
「これが片付いたら、時間が取れる。……そこで待っていて欲しい」
「……良ければ、旅の話をしてくれ」
仕事をしながら、さりげなく話を振れたと思う。
何があったのか話してくれるだろうか。
「バルクシアの南にある小さな村に寄ったら――
両親のことを知る人がいて。えっと……少し泣いて」
……何か言われたんだろうか。
泣いた理由は聞いてもいいのか。
二人でガラス園を歩くことにした。
「あのね、村で泣いたのはね——」
ガラス園に着くと、泣いた理由を話してくれた。
歩いたのは正解だった。
こうして、彼女との向き合い方を覚えていくのか。
彼女からアーカーに、結婚式の要望が入った。
「エリュー様は結婚式を3日間 開催したいそうですよ」
「3日間……なぜ」
「隊員全員が式に参列できるように、だそうです。陛下の幸せな姿を隊員たちに見て欲しいと」
「……そんなもの、隊員たちは見たいのか?」
「見たいと思いますよ」
「そうか……そうしたいなら、俺は構わない」
「ありがとうございます。調整します」
「アーカー」
「はい、なんでしょうか」
「式の口づけは……何のためにするんだ」
「ほう」
「人前で見せる必要があるのか」
「愛の誓いの証として行われています」
「愛の誓いを示せれば、別の形でもいいんだな」
「いいですよ。人前で口づけるなんて、恥ずかしいですよね。相当な覚悟が必要です。だから、それだけの覚悟を持って生涯守り、愛すことを示す証として行われているのです。でも無理なら、覚悟の要らない手軽な示し方に逃げても良いと思いますよ」
——アーカーにしてやられた。
もう、逃げるわけにいかなくなった……
彼女が最後の遠征を終え、セントール達を引き連れて帰ってきた。
国民戦団も少しずつ戦線に出られるものが増えてきた。
以前より城にいる時間が長くなり、式の準備に手が回せる。
この時間は、彼女からの贈り物だ。
なるべく彼女に還したい。
——中庭の椅子に腰掛け、二人で夜空を眺める。
彼女が腕輪盾を贈ってくれた。
受け取るばかりで、何も贈れていない。
「もうすぐ結婚式だね」
「あぁ」
「式で、セントールのみんなが剣をかざして立ってくれるんだって! エルフのみんなも馬に乗って隊列組んでくれるって。想像しただけでかっこいい〜楽しみ!」
「そうか」
「ゴルが、魔道装置で何か演出考えてるみたい。"当日のお楽しみじゃ!"って。何するつもりなんだろ〜気になるね!」
「そうだな」
「明日、ドレスの試着するよ。リーマルと一緒に選んだんだ。どんな仕上がりかなー」
「当日、楽しみにしている」
ふふふ、と笑いながらエリューはシェイドの肩に頭をもたれる。
穏やかで、満たされた時間。
愛おしい存在と出会えることは、これほど幸せなことだったのか。
シェイドは盾のついた腕で、エリューの頭をそっと包んだ。
彼女がずっと笑っていてくれるよう、守りたい。
物語は第四部まで、いま絶賛執筆中です!
次回は
【人物譚③アーカー】
7/10(金)0:00に投稿予定です。
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