人物譚②シェイド〜皇妃選抜編〜
七歳の皇子が初陣を飾った——
その報は瞬く間に帝国中を駆け巡った。
代々帝国の皇帝は卓越した武を受け継いできたが、シェイドの剣才はその歴代皇帝の中にあっても群を抜いていた。
シェイドの父、オスクルド皇帝は期待を込めてシェイドを早くから戦線に連れて行き、実戦経験を積ませた。
「良いか。我々は生涯、この戦線を守り抜くことが使命だ。戦線を守ることは帝国だけではなく、この大陸全土を守ることに等しい。誇りを持って己の使命を全うするのだ」
シェイドは期待通りメキメキと存在感を表した。
戦線から戻ると帝王学や礼儀作法を学び、文武ともに秀でた皇子へと成長していく。
一方で、同世代との交流はなく、誰かと他愛ない会話をする機会を得られずに育った。
——双頭竜の襲来で、シェイドは父と母を同時に亡くした。
涙は出なかった。
父の代わりに戦線を守らなくては。
使命感だけが残った——
「皇帝陛下、今年こそは皇妃選抜試験を開催します。ご了承をお願い致します」
外務卿がシェイドの執務机に"皇妃選抜試験の概要"と書かれた書類を置く。
シェイドは政務作業のペンを止め、チラッと書類に目をやる。
……皇妃に選ばれる女性とうまくやっていく自信がない。
適当に言い訳をつけて、先延ばしにしてきた。
「わかった」
シェイドは諦めて返事をした。
「ありがとうございます、では早速準備を進めます」
外務卿は満足そうに執務室を出て行った。
シェイドは小さくため息をつく。
「……国に必要な人ではなく、自分が求める相手を選んでいいのですよ」
隣の机で政務作業をしていたアーカーが言った。
若くして宰相となったアーカーは信頼できる相談相手だ。政務もそれ以外も支え、導いてくれる。
「陛下は、どんな皇妃様をお求めですか?」
アーカーに問われ、考える。
母は全く幸せそうに見えなかった。
戦地しか知らない自分が誰かを幸せになど、できるわけがない。
自分が傍にいなくても、幸せに生きていける人なら、気が楽かもしれない。
「自由に生きている人を選びたい」
「では、そのような方を探しましょう。私が舵取りをします。ご安心ください」
皇妃の募集が始まった。アーカーは膨大な資料の山を抱え、しばらくの間、目の下にクマを作っていた。
数ヶ月後、最終候補者が次々に帝国へやってきた。
他国の王女が来るたび謁見があり、何を話していいか分からない。
みな揃って淑やかな所作。
初めて会ったのに自分への好意を感じさせる言葉に、したたかな野心を感じた。
——最後の国の候補が到着する日。
シェイドは早めに政務を片付けて謁見に備えていた。
アーカーが執務室に入るなり告げた。
「申し訳ありません。ご到着の王女殿下が体調を崩されたようで、この後の謁見は中止となりました。夕食まで特に何もございませんので、どうぞごゆっくりお過ごしください」
——急に自由時間を得た。
とはいえ、何をしたら良いか分からない。
今日の分の政務作業は終えたが、他に無いわけではない。
書類に手を伸ばしかけ、机の中ほどで手が止まる。
立ち上がり、執務室をあとにした。
城内を歩く。
訓練場の前を通ると、騎士たちが訓練している。
「陛下のお通りだ! 全員、敬礼!」
「気にするな、続けてくれ」
要望があって訓練に参加することはあるが、この場は自分から言わない限り、訓練に誘われることはない。
シェイドは何も言わず、そのまま訓練場を通り過ぎた。
候補者の王女たちが宿泊している離れが立ち並ぶエリアに来た。
誰が、どこに泊まっているかは知らない。
訪ねるつもりもない。なんとなく足が向いてここへ来てしまった。
すぐそばの回廊を進む。
一番端の、小さな離れの横を通りかかった。
「エリュー、マルサのことは俺らが見てるから、今からでも謁見してきたらどうだ?」
「いいよ、この先どっかで会うんだし。陛下も無くなって清々してるよ」
思わず足が止まる。
姿は見えない。声は建物の角の向こう側から聞こえる。
ブルル……と、馬の呼吸も聞こえる。どうやら馬に餌をやっているらしい。
「清々してるのはお前のほうだろ」
「だって候補者全員と謁見するわけでしょ? 7回も。そのうち6人は今後も他人なのに、皇妃になる体で会話するんだよ? 疲れるよねぇーわたしだったら中止になれば喜ぶ」
「お前〜ほんとやる気ないなぁー」
「そそ、やる気ない人は会わない方がいいんだよ。陛下も時間の無駄でしょ」
パタンと扉の閉まる音がして、静かになった。
シェイドは再びゆっくりと歩き始めた。
歩きながら声の主のことを考えた。
他の候補者にない自由さと、不思議な思いやりを感じた。
執務室に戻ると、アーカーに伝えた。
「試験期間中、戦況に余裕がある時は候補者と交流する時間に充てたい」
——舞踏会の日。
高壇から人々を見下ろすと、すぐ目に留まる人がいた。
一番遠くの、人だかりの端に立つ、美しい人。
全体に視線を向けて口上を述べながら、時折彼女の姿を確認する。
初めはポカンとこちらを見ていたが、途中からスイーツコーナーに釘付けになっていた。
口上を終えて玉座に座ると、視線の端で彼女がスイーツコーナーに駆けていくのがわかった。
……彼女は誰とダンスをするのだろう。
自分でないことだけは確信した。
ダンスの時間になり、高壇を降りていくと、デリーサが待ち構えていた。
帝国の高位貴族、無碍にもできない。
デリーサと踊る。
ダンスの最中に他の女性に顔を向けるなど、失礼なことはしない。
デリーサに顔を向けながら、ターンや横を向く動きの時に一瞬だけ彼女に目線を投げた。
光がこぼれるような、美しいダンスに周りが圧倒されている。
目を向けるたび、周りに人が増えてあまり見えなくなっていく。
二曲目を終えると貴公子たちが殺到し、彼女の姿が完全に見えなくなった。
流石の異常事態に、堂々と視線を向ける。
ライネフが助け出して廊下へ避難させるのが見えた。
広間では少しの間のあと、三曲目が始まる。
3人目とダンスを終えると、アーカーが耳打ちしてきた。
「バルクシアのエリュー様がお帰りになります。一言ご挨拶を」
アーカーはそういうとスイーツコーナーへ行き、パティシエを連れて広間を出ていく。
(帰るのか……本当に執着がない。しかし話せる機会ができた)
すぐに廊下へ向かって進み出す。
何人も話しかけられ、すんなり通れない。
短く対応して広間を出る。
「きゃー! うそでしょ!」
喜びの叫び声が廊下に響いている。
彼女が侍女たちとはしゃいでいる。
アーカーがわざとらしく礼をしてくる。
気付いた彼女が腰を落とす。
「国のものが無礼をした。すまない。怪我はないか」
「とんでもないことです。怪我もなく元気です」
気取らない言い方。
こちらに顔を向けているが、目は合わない。
もっと、何か会話を……
頭を巡らせるが、咄嗟に気の利いた話題など出せるはずもない。
「もう離れへ戻ると聞いた。慌ただしい日々だろうが、無理のないよう――」
「ありがとうございます。貴重なお時間を、すみません」
心残りを抱えたまま、その場を後にした。
広間に戻ると、正面のバルコニーが目についた。
そのままバルコニーへ向かう。
案の定、奥の方に出入り口が見えた。
彼女たちは楽しそうに離れへと帰っていく。
——彼女は、こちらを向いていない。
求める人に出会ったという確信と、不安。
こちらを向いていない人が、皇妃になってくれるのか。
翌日、戦線に余裕があり、食事会を開くことになった。
アーカーが各国の情報を聞かせる。
「——とまぁ、大体この辺りのお話をすれば良いかと」
「最後に、バルクシアですが……エリュー様に関わる情報が殆どないのです。国の話より、昨夜お持ち帰りになったスイーツについてお聞きになると良いかもしれませんね」
食事会では、アーカーの情報のおかげで候補者と順調に会話を進められた。
視線の端で彼女を見る。
ことさら美味しそうに食事を楽しんでいる。
"帝国の菓子を堪能したと聞いた。気に入る店はあっただろうか"
そう発するだけなのに、話しかけようとすると声が出てこない。
諦めてタリエラに話しかける。
他の人には声が掛けられるのに。
剣術試験でライネフに負けた話を聞く。
しかし普段の訓練の様子から、評価は高得点がついたと。
彼女は順調に点を伸ばしている。
このままいけば技術点は彼女が首位だ。
試験官達の票は彼女に入るだろう。
最終試験で新戦団と魔術学校を提案したらしい。
戦地に立つ者たちの負担を軽くしたいと。
自由時間を持つなんて、考えたこともなかった。
思えば彼女は最初から俺に自由時間を与えてくれていた。
審査は満場一致で彼女に決まった。
彼女がいいと思う反面、今後どう接していけばいいのか分からない。
アーカーが彼女に結果を伝えると、一晩考えたいと返事を保留にされた。
そうだ、彼女は最初から皇妃になる気がない。
合格したからといって、受け入れてもらえるとは限らない。
彼女は今、一体何を思って過ごしているのだろう。
その晩はなかなか寝付けなかった。
翌朝、執務室に彼女がやってきた。
浮かない顔をしている。
まさか……
アーカーが足早に彼女を外へ連れ出す。
——もし断られたら、食い下がる余地はあるんだろうか。
交渉可能だとしても、彼女を振り向かせることなどできるのか。
振り向かせられなければ、他の候補者から選ばなくてはいけないのか。
どきどきと、嫌な鼓動がする。
——アーカーと彼女が戻ってきた。
緊張で全身が強張った。
アーカーは彼女を目の前まで連れてきて、言った。
「婚約をお受けくださるそうです」
一気に力が抜けた。
「今度はお二人でお散歩へどうぞ」
断られた場合のことばかり考えていて、この後何を話せばいいか、何も考えていない。
歩きながら、考えなければ。
少し遠い展望台へ向かうことにする。
ゆっくり進んで会話を考える。
夫婦となるにあたり、何を伝えなければいけない?
自由に生きてほしい。
彼女が何を求めているか、自分に察することができると思えない。
でも彼女が望むことは、なんでも叶えてあげたい。
それを、伝えよう。
展望台についた。
彼女は目の前まで来ると、じっと見つめてきた。
青く透き通った、大きな瞳が美しすぎて、とても見ていられない。
目を逸らして庭園を眺める。
「——婚約を承諾してくれて、感謝する」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「――俺は幼い頃から戦地ばかりで、人として足りない部分がある……。思いを察してやれない時もあると思う。その時は無理をせず打ち明けてほしい」
「はい」
「離れている時間が多いと思うが、気兼ねなく楽しく過ごしてほしい」
「はい」
「……何か望むことがあれば……応える……」
「はい」
欄干に両肘をつき、頭をうずめる。
思いをうまく言葉にできない自分に嫌気がさす。
『陛下はこれから、ご自分のお気持ちを探してください。エリュー様に会ったとき、心が何を感じているか』
アーカーの言葉を思い出す。
頭を上げて、口を開く。
「二人が外へ出ている間、落ち着かない気持ちだった。なぜなのか考えた。それは――もし断られたらと、不安になっていたのかもしれない。受け入れてもらえて、今ほっとしている。共に歩めることを……嬉しいと思っている」
「はい……」
「――気の利いた言葉すらかけてやれないが……お前が幸せに生きる姿を、隣で見ていきたい。末長く、そばにいて欲しい」
なんとか気持ちを言葉にした。
彼女は俺に、自分の時間を過ごしてほしいと言った。その時間を一緒に作りたいと。
彼女はこちらを向いていないが、隣に立つことを選んでくれた。理想通りの結婚相手。
それを望んでいたのに、何か焦る気持ちがある。
——言葉にできない感情を抱え、二人で歩む道が始まった。
物語は第四部まで、ただいま絶賛執筆中です!
次回投稿は
【人物譚②シェイド〜婚約編〜】
7/7(火)0:00に投稿予定です。
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