人物譚①レグルス
「……おい、またお前か」
路地裏を歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「うちの連中から金巻き上げやがって」
「あ? 知らねぇよ」
大柄な男はレグルスに拳を向ける。
「あまりこの辺りで好き放題すんじゃねぇぞ」
「勝手に領分決めてんなよ」
「うるせぇ!」
男が飛びかかってくる。
レグルスは体を反転して避け、そのまま頭めがけて蹴りを繰り出す。
「のぉっ!」
男は前のめりに倒れる。
「相手見てケンカ売れよ」
レグルスは歩き去った。
賭博小屋に入る。
「よぉ、待ってたぜ」
薄暗い小屋の奥で、タバコを咥えた男と、腕に大きな傷のある男が酒樽に座っている。
レグルスは向かいの樽に座り、テーブルのカードを手に取る。
慣れた手つきでカードを切る。
男たちの前に、カードを1枚ずつ裏返して置く。
自分の前にも1枚、表向きに置く。
レグルスのカードは"4"だ。
小さく舌打ちする。
男たちがカードを確認する。
それぞれ、銀貨3枚を場に置いた。
レグルスは再び男たちの前にカードを1枚ずつ配る。
自分の前にも1枚、今度は裏返して置いた。
自分のカードを確認してスッと戻す。
何食わぬ顔を崩さない。
男たちも自分のカードを見る。
タバコの男は銀貨2枚、傷の男は銀貨3枚を上乗せした。
全員カードを全て表に向ける。
タバコの男は[10・6]傷の男は[11・4]
レグルスは[4・13]
「悪いな」
レグルスはテーブルの銀貨をさらうと席を立った。
「……くそっ!」
「ちっくしょぉぉ!」
2人の悔しい声が背中で響いた。
——自分の寝床に戻ると、寝床の前に身なりのいい男が立っていた。
「お前がレグルスか」
「何の用だよ」
「ヴィルストック子爵様がお話しになる。ついて来い」
レグルスは貴族街にある子爵家に通された。
奥の部屋には、小太りで上等な服を着た男がいた。
レグルスを横目に見て、葉巻に火をつける。
「……お前、相当強いそうだな」
「あぁ」
「我が子爵家の養子となり、帝国武術団で武功を稼げ」
「あ? やんねぇよ」
「お前に選択権は無い」
レグルスは2階の部屋に連れて行かれる。
「ここがお前の部屋だ」
迎えにきた男が言った。
「生活面は面倒を見てやる。武術も習わせよう。ヴィルストック家のため、武功を稼ぐことだけを考えろ」
そう言うと男は扉を閉めた。
ベッドと、椅子と、テーブルのみの部屋。
「……俺の寝床より快適だな。いいやいいや、なんでも」
レグルスはベッドに寝転がった。
翌日から武術の訓練が始まった。
体格のいい男が指導役としてやってきた。
「そんなみすぼらしい戦い方をするな」
「基本を身体に叩き込め!」
「ヴィルストック子爵家を繁栄させる自覚を持て」
「……うるせぇ!」
突き出した拳を受け止められる。
「……文句があるなら勝ってみせろ」
男に見下される。
レグルスは男を睨みつけた。
——2ヶ月後。
レグルスは男を投げ倒した。
床に叩きつけられた衝撃で、男は体を起こしながらよろめく。
「くっ……だいぶまともな動きになったな……では入団試験を受けろ」
翌日、早速入団試験を受けさせられる。
レグルスは見事合格した。
——第一戦線に出て、初めて魔物と対峙する。
「うわ、本当にこんな奴らいるんだな……!」
人と組み手をするのとは、動きが違う。
「どこに当てりゃいいんだ……いって!」
魔物の爪が肩をかすめた。
なんとか避けて、蹴り付けて倒す。
休む間も無く、次から次へと襲いかかってくる。
無我夢中でやっつける。
「あぁぁーー……疲れた」
宿舎に帰り、ベッドに倒れ込む。
(まぁ、いつ死んでも別にいいし)
(1日中戦ってりゃいいんだから、ある意味ラクか)
——数ヶ月後、第二戦線に配置された。
3つの戦線で1番面積が広い。
レグルスは戦闘中、明らかに動きの違う人物が目に留まった。
滑らかに剣を操り、瞬く間に魔物を倒していく。
美しいほどの洗練された動きに、思わず見惚れる。
「皇帝陛下」
そう呼ばれて、その人物は振り返った。
「あれが陛下か……」
レグルスが呟くと、隣にいた拳士が話しかける。
「そうだ。7歳の頃から戦線に立たれ、帝国を守っておられる」
「うぇっ」
(俺がフラフラしてた時代も、ずっとここで戦ってたんだな……)
レグルスは戦闘中も皇帝を見ていた。
(右の騎士を気にしてるな)
(お、助けに行った……違う)
(その奥の敵の注意を自分に向けたのか)
(すげぇな)
「……いって!」
右手の拳に小さな魔物がかぶりついている。
「まいっか、せーーの!」
かぶりつかせたまま、思いっ切り地面に叩きつける。
魔物が口を開け、腕を引っこ抜く。
血が滴る。
そのまま次の敵へ向かう。
戦闘が終わると皇帝が騎士の一人に何かを伝え、騎士がレグルスの元へ来る。
「腕の手当てをします」
「あ? いいよ別に」
「陛下のご命令です」
「…………」
仕方なく手当てを受ける。
(武術団の方も見てたってことか)
(何食ったらそんな視野広がるんだ……)
レグルスは、皇帝と同じ戦線に立つときはなるべく近くで戦うようになった。
(陛下を後ろから狙ってる敵がいるな)
(勿論気付いてるだろうけど……)
レグルスはその敵をやっつける。
そして、素知らぬ顔で別の敵と戦い始めた。
ほどなく、レグルスは一番隊の隊長に任命された。
「……いや、俺そういう類の人間じゃねぇから。隊員で気楽にやりてぇんだけど」
「陛下のご命令です」
(……なんで)
一番隊の隊員がレグルスの前に並ぶ。
「……よろしくお願いします」
隊員たちの顔が浮かない。
(元底辺庶民がボスなんて、そりゃ坊ちゃん達からしたら気分悪いよな)
「俺は自由にやるから、副隊長のことを隊長と思って動けよ」
「副隊長、頼んだぜ」
副隊長の肩を叩いてその場を去る。
――ある日、大量の魔物達が押し寄せてきた。
「うわ……これ、キリがねぇな!」
いつもより体力の消耗が早い。
しかし、身体を動かし続けるしかない。
必死で拳を繰り出す。
「あぁー! 終わんねぇ!」
「……下がれ」
皇帝が一言、発した。
騎士達が一気に後ろへ引く。
「隊長、引いてください!」
「え、あ……あぁ!」
皇帝が素早く剣を振り切る。
真っ直ぐな閃光が走り、扇状に広がっていく。
砂埃が舞い、大量の魔物達が閃光に薙ぎ倒される様子が微かに見える。
ガガガガガッ!っと地面が削れる音がする。
衝撃は遥か遠くまで広がっていく。
「……すっげぇ」
「陛下の "一閃" です。我々が勝手にそう呼んでるだけですけど」
「へぇ……」
(陛下、強さがぶっとんでるな……)
——皇妃選抜が始まった。
訓練場で休む拳士達の間でも、皇妃選抜の話題があがる。
「どんな方が皇妃になるんだろうな……」
「世界中から候補者くるんだろ?」
「でもやっぱ、デリーサ様じゃないか?」
(陛下の隣に似合う皇妃……想像つかねぇな)
「あ、隊長、アーカー様のところへ行くんじゃなかったですか?」
「あ、そうだ。行ってくるわ」
——アーカーの執務室に入ると、騎士団三番隊隊長のライネフも呼ばれていた。
「——レグルス隊長、ライネフ隊長。これからしばらく、皇妃候補の訓練のお相手をお願いします」
「……は?」
「剣術、武術試験までの間、練習相手を務めていただきたいのです。戦地との日程調整はこちらで行います。練習相手を務めながら、候補者の熟練度や性格などを報告してください」
「承知しました」
ライネフが返事をする。
(めんどくせぇ……)
「ちなみに、お二人が担当のエリュー様は、剣術、武術、弓術に長け、魔術は全属性が扱えるという特異な方です」
「……凄い実力をお持ちなんですね」
「今日の夕方、一緒にご挨拶に伺います」
——夕方。
レグルスとライネフはアーカーについて離れにやってきた。
アーカーが扉を叩くと、騎士らしき男が顔を出す。
「申し訳ありません……エリュー王女はただいま留守にしております」
(居ないのかよ……)
「――わかりました。では夜に出直して参ります」
アーカーは扉を閉め、振り返ると二人に言う。
「……そういうわけですので、また後ほど参りましょう」
「……めんどくさそうな姫さまっすね」
「時間を守れないのは、どうかと」
「護衛をつけずに街歩き出来るということは、やはりお強いんでしょうねぇ」
——日が暮れた頃、再び離れにやってきた。
中から説教をする声が漏れ聞こえる。
「あのなぁ、初めての街歩きだし楽しめるように緩くしてやってんだから、ちゃんとしろ」
「はい、すいません——」
「……めちゃくちゃ怒られてるな」
「……ぷっ」
アーカーは説教が済んだ絶妙なタイミングで扉を叩く。
——扉が開いた。
「こんばんは! すみませんでした、二度もお手間をかけさせてしまって……バルクシア王女のエリューです」
(うーわ、すっげぇ美人)
(でも服が庶民)
(てか王女が扉開けるのかよ)
「——エリュー様のみご希望された項目は全てエリュー様への加点といたします」
「……不公平ですから、加点はしないでください」
(そのままの方が有利なのに……クソ真面目)
離れの扉を出て歩き出すと、アーカーが話しかけてきた。
「お二人とも、第一印象はどうでしたか?」
「はい、素直で真っ直ぐな方に見受けられました」
「……美人っすね」
「アーカー様はどう見られましたか?」
「そうですね、二人と同じ印象は持ちました。——もう少し深掘りしたくなる魅力がありますね」
初めての稽古の日。
レグルスが訓練場に入ると、エリューは既に訓練場で待っていた。
「レグルス隊長、おはようございます。
先日はご迷惑おかけして、すみませんでした」
道着姿で頭を下げる。
「……レグルスでいいすよ。王家の人間が城下町へ繰り出すなんて、なかなかっすね」
パッと顔を上げる。
「……普通、行かない?」
「普通、行かないすね」
「あ、私も、エリューでいいよ」
「お、助かる」
「そっか、そうなんだ」
「世間知らずか」
「そうなの」
エリューは水差しを見せる。
「ねぇこの訓練場、井戸が遠いよね! 水汲みダッシュを賭けて勝負しない?」
(次は賭け事かよ)
「あぁ、いいぜ」
「やった! じゃ早速勝負しよー!」
エリューは水差しを床に置き、横にピョンピョンと跳ねてずれると、身構えた。
(プライド高いと、負かしたら面倒かもな)
(怪我させても、面倒だよな)
「……どーぞ」
レグルスは手の甲を向け、手前に動かす。
エリューは先制に蹴りを繰り出す。
(速い!)
レグルスはサッと避ける。
エリューはすかさず連続して突く。
レグルスは全て手の平で受け止める。
(あっぶね!)
(めちゃくちゃ強いな!)
エリューの踵落としを横に避けてしゃがみ込み、咄嗟に足蹴りを繰り出す――
(やべっ)
蹴りがひるむ。
エリューは腰を落とし、蹴りを肘で受け止める。
油断したレグルスの腕を取り、背負い投げる。
ドサッ
「勝った!」
エリューはパァッと笑顔になる。
「やったねーー! じゃ、レグルスが水汲みダッシュね!」
水差しを手に取り、レグルスに突き出す。
「……はいはい、行ってきますよ」
「ダッシュ、ダッシュー!」
「……あぁっ!」
レグルスはダッシュで訓練場を飛び出す。
廊下まで出ると早歩きで井戸へ向かう。
(相当強いな……でも、負かしても逆上はしなさそうだな、次は勝ってやろ)
水を汲み、訓練場の手前から走り出す。
「ほい、どーぞ」
息を切らしたフリをして水差しを渡す。
「よしよし、ちゃんと走ったね。私より、少し遅いくらいだったよ」
グラスに水を注ぎ、レグルスに渡す。
「え……時間測ってたのか?」
「そうそう、実際どのくらいかかるか、さっき数えながら走っといた」
(……足、遅すぎないか?)
「調査は どの道で行ったんだよ」
「え、真っ直ぐだよ。途中で2.3回迷ったけど」
「迷った分は時間から引いたのか?」
「…………」
エリューはハッとした顔をレグルスに向ける。
「バカだろ」
「バカだね」
二人で噴き出す。
「あのなぁ、今日は小手調べで負けてやったけど、次からはもう負けることはねぇから」
「ねぇ、負け惜しみって言葉、知ってる?」
「俺の実力あんなもんだと思うなよ」
「勝ってから言いなよ」
「はいはい、束の間の勝利を味わいな」
レグルスは手をあげて訓練場を出て行った。
「隊長、皇妃候補の訓練に付き合ってるんですか」
「どんな方なんですか?」
戦線で珍しく隊員から話し掛けられた。
「あぁ……美人だよ。強いし」
(バカだけど)
「へぇぇーいいなぁ、未来の皇妃様とお近づきになれて」
「誰が受かるか、まだ分かんねぇじゃん」
「その方、受かりそうですか?」
「どうだろなー」
「次の練習はいつですか」
「明日。こっちのことは副隊長とやってくれ」
レグルスは魔物と戦いながら明日のことを考える。
(明日、カードやらせてみるか)
(絶対のってくるよな)
——翌日の訓練場。
「水汲みダッシュをカードで決めようぜ」
レグルスはカードを見せる。
「おぉーいいねいいね、やる! どうやって決めるの?」
「俺が1.2.3の三枚のカードを置く」
レグルスはカードの数字の面を見せて置いた。
カードを一枚ずつ裏返す。
「どれか一枚、パピルキーのカードに変わってる」
「えっ嘘でしょ」
「どれがパピルキーか指差して」
「えぇっ! 全然分かんなかったよ!?」
「んーーーー……」
エリューはカードを凝視する。
「……コレかな?」
右端のカードを指差す。
「残念、こっちでした」
レグルスが左端のカードをめくると、パピルキーが出てきた。
「何これ何これーーー凄い! もっかい!」
「お前の水汲みダッシュはもう決まってるぞ」
「いい! わかったからもっかい!」
レグルスが同じ動作をゆっくり見せてやる。
エリューは真剣に見ている。
「……コレ」
「ぶーーー」
「えぇぇぇーなんでぇーー!」
「はは! ほら水汲み行ってこいよ」
「えーー絶対そのままだったけどなーーー」
エリューは喋りながら廊下へ走って行った。
その日の組み手はレグルスが勝った。
「――エリュー様の実力はいかがですか?」
執務室の机に座り、アーカーが問いかける。
「強いすね。王女様のレベルじゃない」
「どんな印象ですか?」
「……いろんな行動に打算が無い。バカとも言えますけど。人懐こくて、壁を作らない。ただ、やっぱ、王女っぽくないっすね」
「分かりました、ありがとうございます。引き続きよろしくお願いします」
――レグルスは戦線で皇帝を見た。
皇帝は丘に立ち、地平線の魔物達を眺めている。
(もうすぐ結婚相手を選ばなきゃいけないのか……王族は大変だな)
(あいつは陛下の隣に立つんだろうか。全くそんな空気出さないから、想像つかねぇ)
(他の候補者はデリーサとタリエラしか知らない。二人の方が皇妃っぽい気はする)
(でもあいつだったら……陛下をいつか笑顔にできる気がする)
レグルスは立ち上がり、皇帝と同じ方向を向く。
「レグルス」
「頼む」
皇帝はそれだけ告げると、丘を降りて魔物に向かって行った。
レグルスは丘の先に目を向ける。
魔物の中に1匹、大きくて厄介そうなのがいる。
周りには小さめで沢山の魔物達が群がっている。
「……そういうことか」
レグルスは丘を駆け降り、皇帝の後ろへつく。
皇帝は大きな魔物と対峙した。
レグルスは皇帝に攻撃しようとする小さな魔物を片っ端から叩いていく。
戦いながら、レグルスはそっと笑った。
物語は第四部まで、ただいま絶賛執筆中です!
次回は7/3(金)0:00に
【人物譚②シェイド〜皇妃選抜編〜】を投稿します。
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