第38話 エリューの戦線視察
「セリク、わたし戦線に行きたいんだー」
予定表を記入しているセリクが、ピタッと止まる。
「……何を言ってるんですか」
ペンを持ったまま顔を上げ、エリューを見る。
「魔術学校を作って、魔術団の人手が足りなくなったら、私が戦線に出る予定なんだけど……現場は事前に見ておいた方がいいなと」
「……あぁ、冗談ではないんですね。どうでしょうね……戦線に…………」
「…………無理じゃないですか?」
「あ、でもわたし、結構強いみたいだし」
「とはいえ……皇妃様ですし」
(なるべく自由にと言われたけど……)
(これ……どうしたらいいんだ?)
――セリクはアーカーの執務室へ向かった。
「――こんなこと仰ってますが……」
「そうですか……わかりました。私から陛下にお伺いを立てておきます」
「危険そうな要望は、補佐官として僕から断るべきですか?」
「いえ、決めつけずに検討していきましょう」
――翌日。
皇帝は執務室の机に頬杖をつき、机を指でトン、トン、と叩く。
「――俺が第一戦線に立つ日で、ライネフとレグルスを護衛につけられる配置で――なおかつ、魔物の出現が少ない日であれば……」
机をトンッと最後に叩く。
「日中の視察はできる」
「承知しました。では次の満月の日中に実現できるよう、配置調整します。エリュー様が身につけられる小刀などを手配しておきますね」
「頼む」
――満月の日、昼過ぎ。
魔物の侵攻が一段落した頃、ライネフとレグルスを連れ、エリューが第一戦線に到着した。
右腿に小刀をつけ、細い鋼で編まれた鎖かたびらを着て、小さな壺をいくつも抱えている。
「お疲れ様でーーす! チュッキー持ってきたよ!」
見張り以外の騎士と拳士が座る。
エリューと皇帝も座り、みんなでチュッキーを頬張る。
第一戦線は帝国側が小高い丘になっている。
段差には2箇所階段が掘り作られ、一段下がった先は荒れ地が広がっている。
左手に小さな崖があり、崖の上は木が生い茂っている。
「あの小屋は何ですか?」
「寝所だ」
「あっちのテントは?」
「簡易調理場だ」
「お水あるんですか」
「林の奥に小川がある」
エリューの質問に皇帝が答える。
エリューは興味津々で辺りを見回している。
騎士の一人が、地面に敷かれた布に並べられたチュッキーを眺めながら言う。
「エリュー様……明らかに様子のおかしいチュッキーが1つ紛れてます……」
「あ、ただのチュッキーだけだと芸がないかなと。みんなの期待を裏切れないと思って、パジュッキーを作ってみました」
「お前はどこを目指してんだよ」
レグルスが突っ込む。
「でも全然隠れないし、焼いたらパジュマロが溶けちゃった。あはは失敗! というわけで、今からパジュッキー回避決戦を始めます! 隣の人とジケタン※して、一番負けた人がパジュッキーね」
皆、本気でジケタンする。
勝った者はヨシ!と声をあげる。
――エリューと皇帝が最後の二人に残った。
「陛下、絶対負けませんから! ジッ!ケッ!タァーーン!」
エリューが勝った。
「やったぁぁーーーはいどうぞ!」
エリューはパジュッキーをつまんで皇帝の口の前に持っていく。
皇帝はフッと体を引き、エリューの手からパジュッキーをつまんで口の中に入れる。
一同、皇帝の咀嚼を待つ。
「――どう? どうです?」
「…………他より……ひときわ」
「…………甘い」
「あははーお水どうぞ! じゃ、私そろそろ魔術団のところ、いってきますね」
紙で作った簡易コップの水を皇帝に渡すとエリューは立ち上がり、チュッキーの小壺を持って林へ向かった。
ライネフとレグルスがついていく。
言い合い笑う3人の声が林の中へ消えていく。
――じっと林を見つめる皇帝を、隊員たちが背後から見つめる。
急に林から火の鳥がブワッ!と飛び出し、花びらに変わり、舞い散る。
林から「おぉぉーー」と歓声が聞こえ、また静かになる。
「――今のアレだよね、魔術試験でやったっていう」
「すっげーすっげー!」
「なんかさ、攻撃や生活じゃない魔法だよね」
「芸術だよな」
騎士たちも盛り上がっている。
皇帝はスッと立ちあがり、地平線を眺めた。
騎士も立とうとしたが、皇帝が後ろ手に静止させる。
――しばらく様子を見ていた皇帝は、再び座り林を眺めている。
林の方から時おり笑い声が微かに届く。
――皇帝は再び立ち上がり、林へ入っていく。
しばらくすると、エリューを連れて戻って来た。
「そろそろ戻りまーす! あ、陛下今度わたし、"一閃"見てみたいです!」
「お邪魔しましたーみんな、この後も気をつけてね!」
――その日の午後、皇帝は一度も一閃を放たなかった……
※【ジケタン】じゃんけんのこと




