第36話 式のあと
バルクシア国王は式が済むと、すぐに帰国の途に就いた。
エリューは城門前の馬車へ見送りにいく。
「どうぞ健やかにお過ごしください」
お腹の辺りで手を組み、俯き気味に言葉を発する。
「お前もな」
国王はエリューの手元に視線を落としたあと、馬車に乗り込んだ。
――馬車の音が聞こえなくなると、エリューはようやく顔を上げた。
夜はエリューと皇帝とアーカーで食事をとった。
「それでは――ご婚約、おめでとうございます!」
アーカーがグラスを掲げた。
エリューと皇帝も掲げる。
「……はぁ〜、美味しい!」
エリューはワイングラスを眺めながら言った。
グラスからは、糸のように細い泡が上がっている。
「飲みやすいものをご用意しました。美味しいから、と沢山飲むと、見事失敗するのがお酒ですからね。ゆっくりお召し上がりください」
はーいと手をあげるエリュー。
昨夜とは打って変わって明るく振る舞っている。
「あ、そうだ、セリクこっちに来てくれる?」
壁際に控えていたセリクが驚いた顔でテーブルへやって来る。
「陛下、こちら皇妃補佐官になったセリクです」
「は、はい! 初めまして……皇妃補佐官のセリクです。今後、お目にかかることもあるかと存じますが、よろしくお願いします……!」
皇帝は食事の手を止め、セリクに返事をする。
「なるべく自由に過ごせるよう、手助けしてやって欲しい。頼んだ」
「はい、承知いたしました!」
――壁際に戻ったセリクは、ふぅっと深呼吸した。
「――少し、歩かないか」
食事を終えた皇帝がエリューを誘う。
「あ、歩きたいです!」
エリューはナプキンをたたむ。
皇帝は席を立ち、エリューの隣へ来るとしばらく考え――腕を差し出した。
エリューは皇帝の腕を取り、立ち上がった。
二人は並んで中央庭園をゆっくりと歩く。
「――最初は、陛下に届いた怪文書から始まったんですよ」
エリューは先日の壮大な仕掛け事件について話す。
「解決するの手伝ってくれないかってライネフとレグルスが相談に来て――」
「城下町でルビーの雫を買ったら――」
「陛下の一番好きな曲が誰も分からなくて――」
くるくると表情を変えながら顛末を話すエリュー。
ときおり短く相槌を打ちながら、皇帝は静かに聞いている。
「そうそう、陛下はどんな曲がお好きですか?」
「……考えた事がなかった」
「必要最低限の音楽にしか触れていないので……どんな曲があるのか教えて欲しい」
「分かりました、今度色々弾くので、教えてくださいね! それで次は――」
「――だから、ライネフとレグルスは全部知ってたんですよ。アーカーも! びっくりしました!」
「――二人とも戦線では優秀な指揮官であり、貴重な戦力だ。そうした一面も持っているんだな」
「そっか……戦線での二人はどんな感じなんですか?」
「ライネフは実直だ。太刀筋に性格が出ている。責任感が強く、時々無理をするところを隊員がうまく助力している」
「レグルスは聡い。近接戦の時に背中を預けられるのはレグルスだ。向こう見ずなところを危惧していたが、最近少し落ち着いてきた」
急に饒舌になる皇帝を横から見つめる。
「二人とも頼りになるんですね」
「あぁ」
「――少し冷えてきた。離れへ送る」
——離れで挨拶を済ませ、エリューを中に送る。
扉を閉めると、リーマルの甲高い叫び声が聞こえて来る。
——皇帝は少し目を細め、宮殿へ踵を返した。




