第35話 婚約式
執務室で皇帝が机に向かい、政務をこなしている。
「――では本日の婚約式の段取りを説明します」
アーカーは、皇帝の机の向かいに立っている。
「エリュー様は先に入場され、聖堂の祭壇にてお待ちです。
陛下はそのあと入場され、エリュー様のもとへ歩まれます」
——皇帝はペンを動かしながら、アーカーの説明に耳を傾けている。
「到着されたら祭壇の指輪をお持ちください」
「エリュー様の左手を取り――」
皇帝のペンが止まる。
「薬指に指輪をはめてください」
——再びペンを動かし始めた。
「そのまま、手の甲に口づけし――」
……シャシャッと斜線を引く音が執務室に響く。
「エリュー様をエスコートして退場です」
皇帝を眺めながらひと通りの説明を終え、アーカーはニッコリした。
「――陛下、流れはよろしいですか?」
「……わかった」
――ふと、アーカーの笑顔が曇る。
「昨日、バルクシア国王陛下がご到着なさいました」
「……エリュー様とのご関係は、一筋縄ではいかないものと見受けられました」
皇帝はペンを置き、アーカーを見る。
「夕べのお食事会でのエリュー様は……今までに見た事がない、心を閉ざした……おいたわしいご様子でした」
アーカーの顔に悲痛な表情が浮かぶ。
「……式の前に国王と面会する時間は取れるか?」
「ご用意しております」
「わかった」
皇帝は立ち上がり、式の準備へ向かった。
大聖堂の控え室で皇帝の支度が終わると、バルクシア国王が入室した。
皇帝はまっすぐ国王を見据え、声をかける。
「遠路はるばるのご足労、感謝する」
「この度は不出来な我が娘を伴侶にお迎えいただき、幸甚の至りでございます」
国王は跪き、こうべを垂れた。
「類稀なる才能を併せ持つ、稀有な存在を磨き上げるには、難渋を極めたことだろう。我が国にて一層の光彩を放ち、終生安寧に過ごせるよう伴に存り、我が手でその道を確保しよう」
「……生涯、皇帝陛下のお傍に在れるよう……何卒――お守りください」
そう告げると国王は退出した。
皇帝は鋭い眼差しで国王の背中を追った。
しばらくすると、エリューがやってきた。
光沢のあるドレスが揺れるたび輝く。
普段控えめにしているエリューがティアラやネックレスを身につけ、髪を巻いて横に流している。
特別な日の装いを感じさせる。
「陛下、今回の戦線もお疲れ様でした」
エリューは皇帝の顔を見て、ふんわりと笑顔になった。
「……よく似合っている」
皇帝はエリューの顔を見ると、すぐ視線を逸らした。
「ありがとうございます。陛下も、とっても素敵です! では私、先に待っていますね」
軽く腰を落とし、部屋を出ていく。
——婚約式が始まった。
天窓のクリスタルが聖壇に光を集め、眩しい輝きを放っている。
聖堂には高位貴族を中心に集まっている。
エリューは聖壇の前で皇帝を待った。
ほどなくして、皇帝がゆっくりとした足取りで現れた。
エリューの横に立ち、指輪を取る。
……皇帝の動きが一瞬止まる。
が、再び動き出し、エリューの手を取り指輪をはめる。
片手を自分の胸元に当て、エリューの手の甲を額に当てて膝を折る。
その美しい所作に、参列している高位貴族の令嬢たちは揃って甘い吐息を漏らす。
バルクシア王は眉間に皺を寄せ、式を見届けていた。
——皇帝とエリューは腕を組み退場し、式は滞りなく終了した。




